臨也
※途中でやめた
平和島静雄などといつ見たって人畜無害を声高に標榜するような名前をした歩く瓦礫生産機は今日だって何一つ愉快なことなどこの世に存在しないような顔で池袋をうろついている。見かけは細身の大人しそうな青年なのに一旦キレればダンプカーも真っ青の破壊力なのだから臨也はそいつを見る度に人間の秘める可能性について身震いせずにはいられない。人間は好きだ。なぜって面白いから。それ以上でもそれ以下でもなくおそらくはこの世に生まれ落ちた瞬間から、臨也の中で人間への飽くなき愛情は続いている。挨拶がわりに彼は、静雄の後ろ姿に呼び掛けた。
「おーやシーズちゃん!死ねばいいのにね!なんで今まで生きてるんだい君なんて愛してくれないのに誰も!」
ただでさえ人間離れしているくせに静雄の臨也に対する瞬発力は並大抵のものではない。臨也は運命も必然も蓋然も神も信仰していないしまた存在を認めようとも思わないけれどそれでもこのある意味において非常に特別な間柄がどのようにして築かれてしまったのかそのそもそもを疑問に思うことはある。猪のように突進してくる彼を辛うじて避けながら、臨也はそれに応える。ひとえに静雄の暴力癖(という並大抵の言葉で済めばいいのだが)と自分の底意地の悪さ(という…以下同文)によるのだろう。つまりは驚嘆に価するほどに、静雄と自分は相性が悪いのだ。静雄の地を這うような声がする。「いーざーやー…てめぇ二度とブクロに来んなって何度言わせんだよそんな殺してほしいのかああん!?」相変わらず馬鹿丸出しの脅し文句だねシズちゃん、臨也は自分のよく回る舌に我ながら呆れながらそれに返す、君に俺の行動範囲を制限する権利なんてありゃしないってわかってる?君が俺に逢いたくないのと同じようにさ、俺だって君みたいな怪物の相手なんてしたくないんだよね、つまりはさあ死んでよ、ナイフで切り付けた筈の腕には切り傷は愚かかすり傷すら残らないので臨也は溜息をつき、逆に歪んでしまったようにも思える愛しい獲物をしまい込んだ。肉弾、をどうにかやり過ごして離れる、間髪いれず追撃してくる自動販売機の律儀さには涙が出る。毎回毎回見舞い有難う、でも「俺死因が自販機とか下手すりゃギネスな死に方したくないんだけど!」「てめえええうろちょろすんじゃねえええッ!死ね死ね死ね今すぐ死ね百万回死ね死ぬまで苦しみ抜いて死ね今すぐ死ねええ!」化け物は人間の規格なんか知らないので電柱を引っこ抜いて振り回し始めた。金髪とサングラスが日光をきらきらと反射させる。
「いやマジで君の方が死ぬべきだと思うんだけど。だってほら、君って化け物じゃん?化け物ってさあ、大人しく人間に殺されるのが筋だと思うんだよねー」橙色のでっかいものが横を飛んでいって何かと思ったら郵便ポストだった。コンクリをひびわれさせて割れる。流石に少し血の気がひいた。24時間戦争コンビの呼称は伊達じゃない、殺し合いなんていう物騒な言葉も誇張ではない。襲い来る電柱とちぎれた電線。折原臨也は路地裏を駆け出す、平和島静雄の野獣のような怒声。ファーコートを翻し臨也は、電柱なんて担いで入れない、細い裏通りに滑り込み全力で逃げ出した。
俺はこの至って平凡な日常に、多少なりとも歪みを伴ったものとしても愛情を抱いている。そう、情報屋としての極めてありふれた素晴らしき日常、だ。情報屋は良い、もしあなたが少しばかり人よりも起伏一つない人生に退屈しやすい性分であるなら、俺はまず情報屋をおすすめする。華麗なる一情報屋としての一日はまずは紅茶から始めるべきだと俺は常々考えていて、そうしてそれゆえに俺は今こうして、朝八時三十六分四十五秒現在、優雅なティータイムを楽しんでいるわけだ。平和島静雄なんかのことを思い出してイラつくよりは一京倍有意義な時間の過ごし方だと自認している。