名も無き星のレーゾンデートル


※現パロ ノンケ榎×ゲイ益
すさんだかんじ
モブがでます


よぎってゆく街の光を、コートのポケットに手を突っ込んで歩きながら益田は眺めていた。冬の闇夜は絹のようだ。したたかに黒く滑らかでとりつくべくもない。顔を上げると星が見えた。
最近始めたコンビニのバイトを益田はまあ気に入っている。コンビニはささやかな生活の縮図のようで、好きだ。贅沢はしない。無駄遣いも。こうやって、傾斜して暮れやすきこのひびを、愛呼して撫でてただ捨てる生き方はなかなか益田の性に合っていた。うっとりしてしまう思慕とか。跳ね回る心臓の収拾がつかないような情熱とか。ゾクゾクするような快感とか。要らないなとおもう。おもってやめて、大体一月がたつ。人とは案外生きていけるものらしかった。恋うる人を見なくとも。
(…わすれられるだろうか。)
忘れてしまいたいと益田はおもう。平凡で、そこそこ上手くやれて、単純で、くだらないような。取るに足らないような。ひびを。自分はきっと、あいしていると思う。飛んだ途端に熱くて跳ね上がるような。火傷してしまいそうな。油のような、そんな危険なものは要らない。
(要らないよな。)――はなから話にならないような恋だ。遊ばれるのに疲れたからやめた。それだけの話。「さっむい…」手袋で耳を覆う。薄いコートをかき集める。そそくさとぼろアパートへの家路を急ぐ。

俗にいう、所謂、ゲイバーだ。はってんば、というまで落ちてはいないとしても。どうして益田がそんなところで働いていたかといえば、いや、ゲイだからです、としか答えられない。それに益田は女は苦手だった。きらい、と言い換えてもいい。おんなはとにかく嫌だった。肉も、髪も、化粧も、服も、匂いも声も何もかもが畏避の対象だった。益田はずっと男子校だった。誰かと付き合ったことはなかったけど。
おんなは、嫌だった。

「怯えてるの? かーいーね。」何をお気に召したのかはしらない。リーマンのおっさんが益田を壁に押し付けている。店の裏口。バイトじゃなくて私服で遊びに着ていた。ぼーっとしていたら釣ってくれて、話して酒を奢って貰って手を握って見つめ合って顎に触られてべろちゅーまでした。酒で酔ったあたまでは、自分が何を欲しているのかよくわからなくなっていた。この人が好きなのかどうなのか、とか、これからどういうことになるのかとか、そういうことにあたまが働かない。ただ少し戸惑っている。
「―僕こういうの、初めてで。」
「えーまじで?勿体ないねこんなにかわいいのにさあ。かわいそう」
頬からをされたことがない手つきで撫でられる。
男のこぼす言葉はなんにせよよく益田の孤独を炙った。そういうことが得意な男なのかもしれなかった。
「―…、」
首や耳をやさしく刺激されて益田は少し息を呑む。俯いた前髪が揺れる。
「かわいい、ね?」宥めるように、あやすように、さとすみたいにおとこは問うてきた。ずくり、心臓の癒着したきずが疼く。可愛い。きっと自分はそれを言われたかったのだと益田は思った。だからあんなに、おんなが憎くも思えたのか。日のあたる場所表舞台、当然のようにかわいいを享受し我が物にする、彼女たちのこと。
「ん、―…っ」
いきなり唇を塞がれた。やわらかな唇、ざらつく髭の固さ、酒と煙草が入りまじった口臭、抱きすくめられて強くからだが密着する。「―っひぅぁ…」
ときに男同士のかかわりは露悪的だ。ぎゅうと股間を押し付けられた。相手のものが既に猛っていることを益田は知る。思わず漏れ出たか細いこえを、相手は満悦に受け取ったらしい。「―いやほんとかわいいね益田くん初々しくて。ねえ、ラブホ、行こっか?」脳みそは先から酒で蕩けている。いて、何度も思い描いてきた瞬間に心臓が震えた。
「―でも、…」流石に渋る益田におとこは云う。「大丈夫大丈夫。安心して、俺変な奴とかじゃないし。金とか全部俺だすしさ。…益田くんみたいに若いコとするの久しぶりだし、俺スッゴい気持ちよくしてあげるよ」熱い吐息が耳に絡まる。汗ばんだ手の平で手を握られて、「俺益田くんが気持ち良くなってるとこ見たくてたまんない」きっと、かわいいんだろうな。
言い寄られるという経験のない益田にとってその甘言は愛のことばに等しかった。
――やさしく、してくれるなら。憧れていた言葉を益田は吐いた。胸が高鳴っていくのは、ときめきゆえなのか、恐怖のせいなのか、単に酔いのせいか判らなかった。

パン。カップ麺。おにぎり。弁当。お菓子。ポケットティッシュ。やきそば。今の季節ならおでん。肉まん。ケーキ。次々と差し出されてくるそれらを益田は淡々とバーコードで読み取る。このまま機械になって死ねたらいいかなと思う。
「いらっしゃいませ」近づいてくる人影に気づいて伏し目で挨拶をした。レジの上に置かれたのははたしてコンドームで、別に気にもせずに手を伸ばそうとした。紫色のパッケージ。
―――手を掴まれて心臓が縮み上がった。
「おい、」
「ッ、」
いっぱいに見開いた目を上げた。そこには、ハーフと見紛うような、端正な顔立ちの男が立っていた。驚愕し過ぎて益田は一瞬忘我に陥った。
「――えっ、えっえの、きっ――な、な、な何で此処に、」
「それは」
相も変わらぬ居丈高な口調で彼は云った。見たことがないぐらい(これは由々しき事態である、だって益田は過去穴があくほど彼に見とれていたのだから)険悪な表情を浮かべていた。
「こっちのせりふだ、馬鹿愚か」


冬の夜の公園に人気なぞはなかった。寒風も吹きすさぶ凍てつく夜に、榎木津と益田は二人でベンチに座っていた。鼻の頭を赤くして榎木津はホットの缶コーヒーをあおる。街灯の光に裏切られて闇から照らされた姿は何だか神々しさすらあった。
榎木津は。
バーのオーナーと知り合いで、酒が安く呑めるからということでたまに店に来ていた。益田が働いていたのはゲイバーはゲイバーだけれど、別にノンケが立入禁止というわけではなく、冷やかしや物珍しさで訪れる客も多かった。榎木津は性的嗜好はノーマルだ。だが人脈は広く、様々な人間と通じているように思えた。
「何で逃げた」
「いや、」べつに逃げたわけじゃないっすよ。ただ、ちょっと怖いんだな、って分かったから、懲りて―みたいな。どこにも掠らないで滑り落ちていく言葉を感じる。
「ええと……、」益田は曖昧に笑った。榎木津は何も言わない。上質そうなマフラーの間から白い息を立ち上らせて、両膝に両肘を置き、広げた脚の間に缶コーヒーをさげている。
「…あの。でも、すみません。僕あ、感謝してます。榎木津さん、あのとき助けてくれて――」
「お前はほんとに馬鹿だよ。あいつは有名なバイヤーだろうが」
吐き捨てるように云った榎木津の言は正しかった。益田があの夜処女を投げ出そうとしていた相手は、あの界隈では有名な麻薬の取引人だった。優しくホテルにカモを引っ張り込めば、あとは無理矢理注射して快楽を教え込ませて、あとは脅したり宥めたりでハマらせる。そういう男だった。
「どうしてあんな店で働いててそういうのを知らないんだ」
「―…おっしゃるとおりですね」
ラブホの駐車場で丁度、榎木津と益田は出くわした。榎木津は女を連れていたが、ふと益田と目があった途端視線を険しゅうして歩み寄って来て。問答無用で、益田の隣の男の顔面を殴り飛ばしたのだ。
益田はその時榎木津が自分の顔を覚えていたのかどうか確信がもてない。名前もあやしいものだと思う。多分彼は殴りたいから殴ったんだろうと思っている。そりゃあ、――…都合のいい妄想に浸らなかったといえば、嘘になるけれど。だって益田は、榎木津が初めて店に来たときから、彼に落ちていたから。一目惚れだったのだから。
「おまえはふらふらして危なっかしくて見ちゃいられない」
榎木津は苦々しげに言う。益田も別にそれに反論しようとは思わなかった。自分は、肉体的にも精神的にも弱い。でも、だから、見せちゃいられないから消えたのに、わざわざ探されて文句を言われるのも傷つくものがあると思った。
「ですよねぇ…」
濁らせて澱に紛れさせるのを益田は得意としている。恥ずべき特技であるだろうか。知らない。益田は隠蔽しようとしていた。ベンチから立ち上がりながら、薄ら笑いを浮かべて益田は云った。
「…ですから、もうやめましたよ榎木津さん。あなたは心置きなくまたあの店に通えるじゃないですか」
元々向いてなかったし。何となく始めたバイトでしたし。ざざああと裸の枯木をざわめかせて冷たい風が吹きつける。嘘をついた唇が冷たくてぞっとした。というか。冬の夜の世界はただひたすらに冷たかった。なんて冷たい宵なんだろう。なんて冷えきった世だろうか。背を向けた益田に向かい、榎木津が、
「――益田!」
背筋が震えた。名前覚えてたんですね、かろく言えるならよかったとおもう。でもそれには胸に飼い馴らした杏くさい感情が多すぎた。夜の外気は阿呆みたいに冷え切り、今にも益田のすべてを氷づけにしようと企んでいる。それでも熱を精製するこの体の往生際のわるさ。益田は振り向いた。榎木津が見たこともない表情をして立っている。街灯に曝された姿はやっぱり彫像じみて美しい。誰からも愛される姿だ。
紫が脳裏を過ぎる。益田はふと笑って云った。
「榎木津さん、」
報われないのは嫌だった。制御出来ず心から溢れ出して仕舞いそうな感情を、必死に留め置くことにも益田は疲れていた。二十数年間繰り返してきたそういうこと。益田が好きになる相手は必ず、女が好きだった。あのいやらしく、可愛らしい女たち。
「あのコンドーム、誰に使うんですか」
かじかんだ唇でも笑えた。寒くて死にそうな足でも歩き去ることが出来る。ならもう、それでいい。
彼が好きだから、要らなかった。秋の落ち葉を寒風が弄ぶようにさらっていく。裸の畑の落ち穂を、嘲笑うようだ。

「―逃げてるじゃないか」益田の問いには応えることなく、榎木津は、座ったまま苦く笑って云った。そんな話し方をする彼を見るのは初めてで益田はうろたえる。ぐさっとくるいつもながらの言葉以上に、それは益田を動揺させた。
(あなたでもそんな、にんげんらしい笑い方、するんですね)
榎木津は彫像のようにうつくしい。神様みたいに強く健やかで。いつも真実をたがえる、ということがない。そう思っていた。そう、思っていた。
「おまえが自分をごまかすのは別にどうでもいいさ、だけれど―」
榎木津が一度俯いてから立ち上がった。街灯の光のために出来たその濃い影に益田の心臓はどきりと鳴った。空っぽの缶コーヒーを持っている、そうして益田のほうに歩み寄る。すれ違い様に小さく云った。
「僕をごまかすのは赦さない」
途端冷たい指先で、缶コーヒーを委ねられた。思わず益田は受け取る。そのまま榎木津は去って行った。
―――寒さを音にしたかのような静謐が耳に痛い。ちぎれそうなくらいに赤く耳が冷えていた。益田は再び夜空を見上げた。澄んだ冬の夜空にはふたつ三つ浮かぶ星を見ることができた。白く、冷たそうな、小さな光りだった。少しそれに見とれてから、我に帰った意識の先にあるのは、軽い小さな缶コーヒーだ。益田はそれを少し眺めた。もうすっかり冷えていた。一瞬捨てようかと、逡巡した。棄てようか。棄ててしまおう、か。けれど結局、益田はそれをゆっくり持ち上げて、その飲み口にくちづけた。

「―にが…」

わずかに残ったコーヒーの苦味がくちに広がる。嗚咽が勝手にせりあがり喉から変な音がたつ。なんだかむしょうに泣きたくなって、思わずその場にしゃがみこんだ。

ああどうしよう、彼が好きだ。




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-13改

続くべき
なんだろうか
わからんです

むらさきのコンドームは
榎が益と致すときに
未開封のまま持ち出すとかそんなんで

インスピ
傾斜した暮れやすい日々を僕らは歩いている(谷川俊太郎)
なんてことだ、世界はこんなにも冷え切っている
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