日記ログ


*とります(121024)

きらいでは無いほそい躯にひっそり、縋るように体温をねだられていた。

とりぐちは生れつき富んだ人間であった。 好かれる顔も頑丈な身体も頼られる力も愛嬌のある性格ももっていた、それは一個の固有財産のようなもので無くて困る感覚もあって誇る感覚もない、ただまぶしそうに目を細め甘やかしてくれるにんげんが居るのは好い心地だと思っていた。とりぐちは求める貧しさを知らないから惜しみなく注いだ。自己愛と分離もしないそれをしかし恋人達はああ太陽を浴びてるようよと有り難がった。とりぐち守彦は富んだ人間である。

呑み屋でだいぶ好い気分で酔って帰る夜道だ。彼は会ったはなからなんだか様子がおかしかった、女であったならぐずぐずにして宿で布団にくるまりあう使命を鳥口に思い出させる。
うそ。ほんとうは気づいてた彼が淋しくてさみしくて鳥口にあてをもとめていたこと、だってきみはめめしいもの(大将の言うことは全てをすっ飛ばして核心だけをえぐるそうだ、)ん――?なるべく誠実そうに、そうして純朴そうに、人気も無い夜道で腕に縋って鳥口を立ち止まらした相手の顔を覗き込む、このおとこの(おとこ?)泣き顔とか縋る顔とかはひどくその顔のつくりに馴染む、元々そちら側の人間であるのだろう。軽薄だとか付けたりで、しかしそれを切り撮って仕舞うのはあんまり憐れだと考えていた。
「よった?」困ったように俯いていたからそう助け舟をだせばそれだけが縋る糸であるように、眉を寄せはいと頷く。(救いを幻視するなら止めて欲しいものだ、いやただ見るぶんなら構わない、ただそれを実際、押し付けられると困る、だって鳥口は代替可能な人間存在など意味は無いと思っていた)詭弁は細い身体を抱き寄せてくちづけたら流れていく、星を流すよう、濁流に流されていく灯、ペルソナの裏の物を擽ればかんたんにおちてくれるものだ、それは鳥口の経験則の一つとも云えた。それは些か狡い遣り口だ、と理解している、治す気はない。


(さみしい)
(さみしい)
(―――)糊塗という言葉が似つかわしいことは悟っていた、けれど体温に潜る以外にこれをやり過ごす術をますだはしらない。とりぐちはよい男だ、それで、恋とか愛とか求めなければ肉体関係だって為し得る造りをしていた、「アぁ」それは益田には馴染みよい様式であり棲み佳い湿度だった(秋雨(あきさめ)が降る)うしろからいれられる。無防備な場所を愛しもしてくれない人間に拓くのは露出狂の快感に似つかわしいし、また被虐者の悦びでもある。(驟雨(あきさめ)?)

(突かれている憑かれている)
哀しさを喰って欲しい。からだごと喰って欲しい。食べて仕舞って欲しい。
―寂寥は縷々と破滅願望に繋がっていくのでおそろしかった、(どうでもいいけどまさぐる手はいつもの鳥口のものじやないようだ)(疲れている)
こんなに疲れていては涙も流せやしないよ。
「僕を喰って」
骨も残らぬようにガツガツと、
「それはあんたの専売特許ですよね」
応えて乳首を吸う牡を悪食の犬だとわらった。



*百合(性転換)えのます
(121029)


「見つかっちゃいますよォ榎木津さん…」泣き出しそうな声をうなじに受け流して益田の目の前の少女はぐいぐいと進む。益田の指をしっかりと掌で包んで、榎木津は細い道を歩いて行く。益田は溜息を飲み込む。この元華族のお嬢様はお転婆で、いつだって好奇心をいっぱいに満ち溢れさせている。彼女はこころを見透かすような目をしている。益田はその目に弱い。じぃっと強気そうに目を覗き込まれ、ときには涙さえ浮かべて懇願されれば、益田は大体の彼女の要求は呑んでしまうのだった。曰く新田堂のショートケーキ、曰く神楽坂に新らしく出来た喫茶店、曰く忍びの夜(よる)遊び、曰くジャズクラブの演奏のお供―
今回の気まぐれはにゃんこの尾行だ。ご丁寧に準備したらしい鳥打ち帽と虫眼鏡、おまけに例のポンチョまで揃いで着せられて、しかもそれが昼休みの衝動でそのまま抜け出して来たわけだから下は制服のままである。しかもにゃんこ様はにゃんこ様であるがゆえに人の道など通ってくれない。細い路地やら塀のうえ、今は人様の敷地を横切っている。正直死ぬほど目立っている。
「やめましょうってばァ―」「うるさいぞ馬鹿愚か!にゃんこが逃げたらどうするんだッ」綺麗に日に透ける髪が目前できらきら、宝石みたいに反射している。振り返ったそのおおきな目がまた爛々と輝いていて益田はぎょっとして見とれてしまう。さくらんぼうみたいな唇だ。
「おまえはあのにゃんこの行く末を突き止めたいとは思わないのかっ!きっとにゃんこの集会所にたどり着くに違いないし、そうなったらもふもふ天国だぞもふもふ天国!」「引っ掻かれるのが落ちですよおぉ」益田はもうすっかり慣れた泣き声をあげた。というかさっきから道行く人にあからさまにクスクス笑われているのが恥ずかしい。「どこへ行くの女学生さん」「違う、探偵だッ」「これは失敬。お嬢ちゃんも探偵さんかい?」「分かってないなあこいつは助手だ!」どんな電波だ。物語の世界から飛び出してきたような容姿をもつ彼女だからこそこんなことが許されるのであって益田なんかどうして付き合わされているのか全く解らない。頬を膨らましている榎木津に、老人はまた笑って、じゃあ探偵料をあげなきゃねと、飴玉をふたつ取り出した。榎木津がふぅんと眉をあげる。全くその姿さえも愛らしいのだから呆れてしまう。これでも益田の二つ年上、もうすぐ十九にならんとする乙女なのか。華も恥じらう嫁入り前、箸が転んでもおかしいような年頃ではないのだろうか。鬼も十八と諺にもあるではないか。どうでもいいけど彼女からは物凄くよい匂いがする。舶来の化粧品でも使っているのか。いつものうっとりするような薔薇の香水だけではない。



*えのと寝たいんだけど
えのは秋彦さんとできてるから
寝られない益田
(121030)

「すきです」―ごめんなさい。体からあふれて口から零れたというように、男はそう口にした。すきです。すきです。すきです。すきです。すきです。惹かれて言葉にも成らない、あなたがいる、それだけで世界がむせかえってしまうように想える、すきなんです榎木津さん、ごめんなさいこんなにすきに、なってしまって、痩せた男は云う。云って垂れた髪の奥の双眸を揺らしてごめんなさいと繰り返した。ことばが落ちて寝台のうえにただよう。榎木津は睡たげに目を細めている、いるけれど、それが本当に睡いだけではないことをますだはもう知っていた。知っていて、こんなに知ったあとでは戻ることも出来ないなとおもう。自分独り、戻れなくなるなら善いと思うけれど、彼を巻き添えにしてはいけないと強く思っている。泣きじゃくる。益田はほとんど反狂乱のようになっていた。「ごめんなさい榎木津さん、僕はあなたが好きだから、あなたとは寝られないんです、あなたとだけは寝られないんです」出来たら貴方の御期待に添いたい、あなたにちょっとだって気持ち良く、なってほしいけれど、けれど、でもだって、そうしたら益田のこころが後に戻れなくなってしまうのだ。これから先になまぬるくぼんやりと横たわる行為はきっと至上のものだと判っている、願ってもない類のものだと判っているけれど、その先の千尋の谷に飛び入ることはどうしても出来ない。できなくッて、だからその指に触ることは自分にはついぞ許されえないのだとそのように益田は云った。

121207




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