逃げ水のゆくえ


※R18
※※秋彦さんは紳士じゃないし益田は変態でございま
※※秋彦さんは独身で益田と爛れた関係にありますます…



肉体は死してびっしり書庫に夏
―――寺山修司



桟敷に半裸で寝そべる。時折吹く風が微かな涼をもたらす。ぱた。ぱた。汗が散り、少し色を濃くした床板を益田は横目で見遣った。太陽は健やかに照っている。気温は高い。風鈴の音が聞こえる。暑い。夏だ。うだる、ような。寝ていても汗が染み出るような。
目の上に腕を置きまばゆいばかりの陽光を遮ろうと試みた。吐精後のけだるさに体を支配されている。心地好い疲れだった。久しぶりの逢瀬だった。おうせなんて。そんな洒落たものでもない、けれど。勝手に益田が来て、古書肆に絡んだだけなのだ。久しぶりの性行為は、言ってしまうなら、とても気持ち良かった。はあ、口から零した息の熱っぽさは何が原因なのかしれない。暑い。熱がこもる。次するのっていつなんだろ。終わったばかりだというのに次のことを考えるこの貪婪さ。それはしかし、中禅寺の態度のせいだ。彼は、自分の気が乗らないと絶対に抱いてくれない。いくら誘ったって駄目だ、彼はそういう男だった。蘊蓄を垂れて煙に巻かれるか、閻魔はだしの仏頂面で睨まれるか、そげない言葉で追い返されるか。一応は恋人だというのに。冷たいと思う。けれど少なくとも、今日は抱いてくれた。あちらから腕を伸ばして押し倒してくれた。ならいいかなと思う自分は、きっと、かなり安い。安いけれど、別に今に始まった話ではなかった。彼に抱きしめられればそれだけで益田は酷く、ときめいて、しまうし、接吻なぞされれば股間は熱を持つし、ネクタイを解かれれば腰の奥も痺れていってしまう。そうしたらあとはもう彼の望みにこたえるだけだ。とろけた頭のまま和服をはだけさせて、彼のものをくわえ込む。
「ふ」
ヘンタイだ。我ながら。
おかしくて一人で仰向けのままちょっと笑った。大の字のままで、手足が少しつれる。でも、彼とケモノになる瞬間は、好きだ。彼に揺らされて、彼と繋がる瞬間、益田は毎度幸福で死にそうになる。というか死ぬなら、そのときがいいなんて密かに思っている。
ふと視界に影がさした。いとしの閻魔のお出ましである。
「西瓜だ」
「わあ」
単純な歓声を上げて益田は腕を伸ばした。茶も満足に入れてくれない癖に、わざわざ西瓜を切ってきてくれたらしかった。中禅寺は起き上がる気色のない益田を変な目で見遣る。益田は笑って云った。
「キスしてくれたら起きますよ」
「馬鹿なことを云うな」
彼は、そして仏頂面を崩しひそやかにわらった。益田は少し驚いてそんな彼を下から見る。中禅寺は西瓜ののった盆を片手に、益田の横に腰を下ろした。「汗まみれだな」額に張り付いた前髪に触り云う。「中禅寺さん一人で水浴びて来たんでしょ」ずるいですよ。戯れにそう云えば、「君の卑怯が移ったかな」などと酷く甘い言葉が返ってきた。益田は驚いて目を剥く。これは、珍しい。
「移るほど一緒にいませんし」「なんだ」凪いだ低い声が降ってくる。
「会いたかったのかね?」「…別に、そんなことないですよお」「ならいいじゃないか」
今分かっててスルーしたと思う。けれど頭を撫でる手がいやに心地好くて益田はこっそりと息をつく。…意地悪だ。
上手いようにてのひらで転がされている気がしてならない。それでも甘やかされるのがこんなに気持ちいいのはなぜだ。
「中禅寺さんは不器用なようで、器用ですね」
中禅寺は西瓜を片手で食べていた。しゃくりと音が鳴る。赤い果汁が、堰を切ったように溢れ流れていった。皿の上に滴り落ちていく。「何の話だ」咀嚼しながら返事をする。「キスしてください」無視して益田は言い募った。中禅寺は手の甲で顎を拭い種を吐いた。「なぜだね」
「理由なんか要りますか」「さあ」
解らないな。中禅寺は云う。云って一人だけ西瓜を食う。狡いと思った。ずるい。益田は起き上がった。起き上がって中禅寺に向かい合い両肩を掴む。痩せている、殆ど骨と皮だ。
「夏だからです」云い捨てて益田は彼に強引にくちづけた。強く甘い西瓜が香る。匂いたつ。狡い人はあなただと強く思い、思いながら唇を割り舌を絡める。西瓜の名残のある唾液を益田は飲み下す。知っている癖に知らない振りをして、気づかない振りをしながらいつだって何だって気づいている、癖に。
唇を離した。挑発するように睨みつければ、中禅寺は悪どい表情で笑った。益田は思わずぎくっとする。途端首の付け根に手が宛がわれ、重ねられた唇を知覚するのと同時に、再びバタッと桟敷に押し倒されていた。
「え、」
枯木のような痩躯を何故か押し退けることができない。中禅寺は非力な癖に器用に体を利用する。もがく益田を軽く抑えて、馬鹿みたいに巧緻な奸計を思い付いた時の笑みを浮かべた。
(…――ッ!)ぞくぞくぞく、凶悪な表情を細い面に浮かべられて益田の背筋は瞬時に恐怖と興奮に粟立つ。和服が裸の上半身に掠れる、禁忌のように気持ち良いその感触。ざらっとした禁欲的な生地が、中禅寺の袖の裾が、益田の乳首を掠めては動いていく。どろり。脳がとろけていく感触。彼に教え込まれた快感、背徳ゆえの。
「いい顔をするようになったじゃないか?」
ますだくん?
苛むように低い声、興奮はそよとも聞き取れない、常の精緻な理論を述べるときと全く同じ声質がますだをなぶる。疼痛じみた快感はあっという間に益田の体を覆っていく。「っ、ん、あ、ッ、あ、」頬が自然と興奮で熱を持った。唇が赤く腫れていくのを感じる。声が甘く、熱を孕んでいく。細くのぼせた声で益田はあえいだ。「ちゅ、ぜんじさ、それや、やです、や、やあ、」
「嫌?」君はこうされたかったんだろうに。声は相変わらず冷ややかで静かだ。
「嫌ならやめようか」
きっと弄ばれていると解っている、でも彼から与えられる快感に病み付きになってしまっている益田に、彼に勝つ術は無く、
「あ、ちが、やだ、やめないで――…」
離れていく彼の指を益田は熱い指で掴まえる。自分の朱に彼の指を押し付ける。「は、は、ん…ん」頁をめくるせいか彼のつま先は心なし固い。自分でもどうしてこんなにたやすくのぼせて仕舞うのか分からなかった。
(なつの、夏の、夏の所為)


乱暴に引き込まれた書庫には熱が篭る、というか此処は書庫だろうか、単なる彼の書斎ではないだろうか、しかしこの家にはどこにだって本が居並んでいるんだから同じことだ、そんなことどうだっていいし何だっていい、ただ押し開かれる強い感覚が焼き付くようで紛らわせないだけ、「あ、ア、ア、あ、ああ――…ッ!」がっしりとした木製の机の上で足を広げて彼の背中に取り縋る。悲鳴じみた嬌声には錆びが混じる、「あ、あ、あッ」むり、むり、譫言のように彼の肩口に歯型と涎を付けながら益田は云う、中禅寺は応じない、益田が知る限り彼が言葉を蔑ろにするのはこのときだけだった。知らない面を知っていく、それだけでも射精できてしまうくらいの快感で、心臓が爆発するかと思うほどの高揚を覚える。脳みそがびっしりと居並ぶ本が熱と興奮を篭らせて高まらせている。何て不健全な揺り篭なんだろう、何て、ことを僕はしているんだろ、あの中禅寺と、こんなに本で囲まれた場所で(何たる背徳で興奮なのか、何たる罪悪で何たる快感なのか!)体をぎりぎりと拓いて彼が入ってくる、暴力と紙一重の挿入される感覚が益田は酷く好きだった、益田は被虐嗜好だったから、髪を振り乱して泣き声をあげる、それなのにぜったいにやんでくれない強い快感が好きで堪らなかった。「うぅ、う、あ、あっ、あッあ、や、だまだ揺れないで、まだだめ、あ、は、あやっ、だああ、あ、ちゅ、ちゅうぜんじさ、」口からよだれが滴っていく。かなり爪を立てていたことにふと気づいた。背中に引っ掻き傷をつけてしまったろうか、すべての刺激が鋭敏で感覚は膨張し統御は効かなくなってしまう、脳みそが狂っていく(夏の所為)、机から落ちないよう、益田は腕と足を中禅寺の体に絡める。密着する体、汗の感触、如実にわかる、痩せた彼の骨と皮と薄い筋肉。眩々とした。彼の背(せな)に益田の足が絡み、首から肩に腕が廻っている。こんなことをしては駄目だ、中禅寺秋彦という人間はこんな恥ずかしいことをするような人間ではない、ないのに、「――…ッ!…」篭った気温よりも尚熱い中禅寺の吐息が耳に直接吹き付けられた途端、益田はびくびくと身をわななかせ射精していた。粘り気のある白濁が飛ぶ。中禅寺が一度驚いたように動きを止めた。着崩れた和装がなまめかしい。益田は頬も耳も紅潮させ目も潤ませ、口で荒く息をしながら中禅寺を見上げる。古書肆は目を眇めて「白痴の、ようだよ」と笑った。射精した直後なのにそれは背筋がわななくような興奮を益田に齎した。僕は本に囲まれて貴方に抱かれて白痴になるのか。
「中禅寺さんの、せいです、」益田は快感でふれる意識で言い返した。中禅寺は益田の髪を優しく手で梳きながら云う。
「…おや、夏の所為じゃなかったのかね?」
息が詰まった。
「ち、中禅寺さんのばか…」「ばかは」君だろう。
嘲る声さえむやみに通り、またゆるやかに与えられる刺激に益田は思わず目をつむった。「はふあ、ぁああ…」期待と満足を同時に孕む声が出る。こんな声がだせるなんてしらなかった、今までの全てが解(ほど)け溶けて焦げていく。ますだの中で中禅寺秋彦といい存在が塗り代えられていく。汗が熱に霧散するように溶けるとすればやはり何か、先があるのだろうか、また新しく再構成される何物かがあるのだろうか。(憑き物落とし[あなた]らしい)、いつもの凄惨な事件と同様に了(おわ)りまで知っていて尚しらばっくれているというのならば――彼という人間はやはり狡い人だと思う。彼の性器が益田の最奥をえぐり益田はぎうと目をつむりあられない嬌声を上げた。「―あ、だめ、そんなおく、だめ、―…っあっ、やだだめ、ちゅうぜんじさ、そんなおくやだ、だめ、ですだめっ、ぼく、しんじゃ、やっだ、あっアッあっ」中禅寺はふと何処かを聞き咎めたのか律動をやめる。益田は驚いて首筋から追って再び彼の顔を見た。
中禅寺は低い声で、―――いつかは死ぬさ、と呟いた。と同時に性器を握られて益田は息を詰める。つよい快感がまた始められる。謎掛けのような言葉と彼に与えられる快楽だけで頭の中が塗り潰される。振れる視界、まといつく熱と何処か常軌を逸して嵌まりこんでしまったくらいの興奮、痩せぎすで肩の骨が固く痛いほどで、でもその硬さが彼の存在の表象だとも感じる。
思わず息を詰まらせた途端、体内が熱いものが腹の中に直接注ぎ入れられた。「ッ――!っあ、つ……、」流石に乱れた彼の息と、そうして鬢が益田の頬あたりにふれた。ぜいぜいと荒れた息は常ならば絶対に聞けることがないだろう。「―…は、あ…、」彼の精子を身篭る。淫靡過ぎて眩暈がする。二匹の獣を本だけが見ていた。書架は牢でありまた番人である。むせ返る夏に汗がじわりと滲んでいた。この戀も情事も空間も息詰まるような密度であった。


にげみず【逃(げ)水】
―砂地や舗装道路で、前方に水たまりがあるかのように見え、近づくとその先に移っていく現象。光の異常屈折によるもので、強い日射で地面が非常に熱せられたときに見られる。地鏡。(明鏡国語辞典)




121202
121204 改

寺山さんの句から一気に
インスピがきたので
あと最近寒いから暑苦しい話がよくて

中益でえろできんわと思ってたのに書けちゃったよというか
中禅寺さんは存在自体がエロいということを実感したというか
むずいですね!萌えるけどね!中益はエロいんだなあ新発見だ




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