メール青益


※現代高校生パロ



 怪訝(おか)しなメールが一通舞い込んでいた。見覚えのないアドレスから出されたものだ。新着ランプがあかあかと灯っているせいで、何となく開いてしまった。

sub:そういえば
――先週貸したCDはやく返してよ

友人に当てた物だろうか。そっけない一文の末に、ひとつふたつ、ふざけた顔文字がくっついていた。
青木は予備校の椅子に座ったまま大きく背をのけぞらせた。講習は30分ほど前に終わっているため、教室の中の人影は疎らだ。次の電車までの時間つぶしもかねて、青木は課題を片付けていた。そしてふと転じた目の先に、ちかちかと新着メールの灯りを灯らす携帯があった、というわけだった。
どうしようかと思案しながら、握ったままのシャープペンの芯をカチカチと長く出した。それを机に押し当てて再び戻す。正直返信するのもめんどうだった。こんなどうでもよいメール、別に届いたって届かなくたってどっちだっていい気もする。
もしかして、でも、女の子とかだったりする、かな。
絵文字を使用するのは何となく女子らしいイメージがあった。携帯の先に、ピンクのケータイを持った、かわいい女子高生の姿がなんとなく青木の脳裏に連想される。ロングの茶髪とかだったらどうしようか。
無論、それは冗談半分だった。都合がよすぎる妄想だと、若干自嘲しながら、しかし返事を書く気が少し湧いた。

sub:re;そういえば
――間違ってますよ

そうだとしても、酷く色気のない文面だった。仕方ない。女の子とメールとかしたことないし。ていうか、男かもしれないし。送信ボタンを押して携帯を閉じ、青木は再び、テキストの上に視線を投じた。込み入った数字の羅列に没入する。世界がすっと遠くなる感覚。じきに、メールは再び送られてきた。

sub:re2:そういえば
――え まじですか すみません

これもまた文面に汗のマークがくっついていた。再び青木はそっけない文章を打ち返した。
――いえ
これだけでは流石にあれかと思って、とりあえず「何のCDですか?」と付け加え、そして少し思案してさらに、「別に答えなくていいです」と、輪をかけて荒唐無稽な文をうった。小問2つと、証明1つぶんの間の後、携帯のランプがほんのりと灯る。
――確認しました 僕が送るとき間違って、アドレスの数字一つ消しちゃったみたいです すみません。 CDは×××の新アルバムです 「コーデリア」。
 …「僕」か。…男か。
現金なもので、そうわかった途端少々萎える気に自分で苦笑した。こんなメール一本のやり取りに、性別も何も関係ないと言うのに。このメールにも、いまいち用途不明のキラキラした絵文字がついてきている。しかも文面に書かれたのは女性アーティストのもので、それもなんだか、気持ちが悪い、気が、しないでもなかった。甘ったるい恋愛の曲ばかりつくる、低い声のシンガーソングライター。最近は下火気味のアーティストだった。
――僕もたまに聞きます 
暗に自分の性別を察しさせるつもりでそう書いて送った。律儀に返信がくる。
――そうですか ていうか男の方ですか
 思わずふっと笑った。画面の向こうでこいつも、誤送信メールの相手を、「ちょっとメールがそっけない感じの、かわいい女の子」なんかと想像していたと思うと、おかしかった。
――はい。期待した?
――正直 (照れたマーク。きもい) ていうか、何歳なんですか?
――高三
――うそ。僕もです 受験ですか
――うん。今予備校でした
――わ。そうですか 国公立とかですか?
――一応。君は? ていうか、名前聞いてなかったね
――僕は一応音大志望です  あ 益田です あなた は?
 そこで、事務員が、閉めますよ、と声をかけてきた。ふとあたりを見渡すと、だだっぴろい教室はいつのまにか青木一人だけになっていた。急いで荷物をまとめて予備校を出た。《あなた は?》一文が何となく目に焼き付いて離れなかった。
《あなた は?》なんて気取った言い方、今までされたことがあったろうか。予備校は駅前にあった。制服を着た若者と、スーツを着た大人とが数えきれないほどにひしめいていた。鞄を抱え直し、定期を自動改札に当てて通り抜ける。電車を待つ間に再び、メールを書いた。
――音大って凄いね。 青木といいます。
目の前に並んで電車を待つ、短いスカートの女の子たちが何となく気にかかった。真白い太ももと、黒いニーハイの対比がどぎつかった。青木の通う高校は自慢ではないが男子校である。赤いスカーフ、やわらかそうな脚、真白なうなじ。オンナノコなんてものは、青木にはキラキラした、一生手が届かないような場所で、くすくす、あるいはゲラゲラ笑っているものだという、漠然としたイメージがある。傍に居られるだけでも、まま青木は途方に暮れてしまった。

 それからも「益田」とのメールは続いた。顔も知らない、他人から少しだけはみ出したくらいの希薄な関係だからこそ、何気なく交わせる言葉があって、それが青木には快かった。益田の返信は大抵が早かった。これは明らかに授業中だろうという時間にも返ってくる。机の下で携帯をいじる男子の姿を思い浮かべて、途端に湧き出てくる親近感に、少し戸惑ったりもする。メールから立ち上る男の姿は、今時の、例えば制服の下から薄い色のカーディガンをはみ出させて、靴の踵を潰して履いているみたいな、そんなニュアンスを帯びていた。それは、マフラーを買っただの、友達と遊ぶのに今日のピアノレッスンさぼっちゃいましただの、今日すごい寒くないですかだの、めがねはかけてないですだの、――そんな心底どうでもいいような些末な情報からたちのぼる虚像であった。
では逆に、自分はこの男にとってどういう印象を与えているのだろうと考えると、青木ははたと行き詰る。多分、面白味のない、そっけない男、あたりではないのだろうか。なぜって、それらに返す言葉と言えば、僕も最近手袋買った、とか、受験生なんだからあんまりさぼるなよとか、うん寒いね、だの、そうなんだ、とか―そういう無難過ぎるくらいのものが大半だったからである。

秋も深まって、冬の入り口の前に立たされている心地がするような時期だった。
――ドトールなうっ
 すつかり馴染みになったアドレスからの新着メールには、そんな一言が認(したた)められていた。青木は下校途中で、寒さにかじかんだ指をむりやり動かして返した。
――なうって何?
――知らないんですか流石青木さんですね
――なうって何なんだよ
――なうはなうです
――何かかわいいね
――不覚にもときめきました そうやって僕の心をもてあそんで
――ていうかドトールってどこの? 今僕ドトール通ったけど
――そういえば何か今通りましたねイケメンが 
――あのさあ…
――xx百貨店の近くの小さいとこですけど
――え?
――え?
 携帯をぱちりと青木は閉めた。濃い緑のマフラーと、地味な黒いコートを纏った自分が、今通り過ぎた喫茶店の一つ先の、服屋のショーウィンドウにうつりこんでいる。
まず。
嘘だろう、と思った。だって、青木は今まで益田が都内にいることも確認していなかったのだ。xx百貨店の最寄りのドトールといえば確かにここなのだけれど、しかし東京ではない場所の、ということも充分に考えられることではないか。
それに。何となく、怖かった。から。
何となく立ちすくんでいると、携帯が再び鳴った。道の端に寄って開く。
――嘘です。適当書きました
嘘かどうかは判じかねた。判じかねて、しかし、五歩進めば入れるだろう喫茶店に入る勇気は、なぜか青木には出なかった。益田はどんな気持ちでこれをうったのか分からない。いつもの追従みたいな絵文字もその文面からは消え失せていた。
でも、自分をからかっていたのだとすれば、謝罪の念を表すために、絵文字を使わなかった可能性もあるではないか。実は青木と同じように、何となく、顔を合わせるのが嫌だったから、なんてことは。きっと、無いと思う。液晶を睨んだって、答えが浮かび上がるわけもなかった。青木は戸惑う。逡巡する。実際、会いたいよりは、会いたくない気持ちのほうが勝っていた。何というか、自分たちの関係は、そんなふうな関係ではないように思えた。おおっぴらに顔を合わせて話すようなものでは、なく。世界のどこともしれない場所で二人、こっそりと、小指だけ、絡ませ合って、内緒話をかわしている、みたいな。気持ち悪いかもしれないが。
とにかく、何だかそんな、らしくもない感傷的なおもいを、青木は自分と益田の間にすべり込ませていたのだった。
道の端に植わっている、黄色い葉をつけた街路樹を見る。さむそうに背を丸めて、白い息を吐きながら歩いて行く人々。何となく目を凝らしてみる。そこに益田がいるかどうか、確かめるような気分で。おそらくいないだろうし、いたって分からないのに。男女だったらいざ知らず、男同士が写メールを交換するなんてものすごく気持ちが悪かったから、青木は益田の顔も知らない。それは逆も然りだ。まあくれと言われたって送る写真も青木は無いのだが。
何となく、改めて、自分のことをつまらない男だと思った。
空を見やった。薄い水色で、雲もやけに淡い色をしていた。どことなく現実感がない。コートのポケットに手ごと、携帯電話も突っ込んだ。
その、ときである。
カランと軽妙な鈴の音がして、喫茶店の扉が開いた。そして、青木はそっちに目をやった。人影が店から飛び出してきた。
白状しよう。初め、青木は女の子かと思ったのだ。華奢な体に、ショートカットを何となく伸ばしたような長さの髪、茶色のダッフルコートに、はやりのブランドのナップザック、黒いズボン。視線が交錯した。そう高くもない上背。
切れ長の釣り目、細くとがった顎。横に大きめに開いた口。目元までかかる前髪。
「………青木さん、ですか?」
「――益田くん?」
それが、最初の邂逅だった。




121012-13

青益bot(http://twipple.jp/user/aomasu_bot)「時々、電話とか、してもいいですか」から派生した妄想
電話まで行かなかった…
続き要望あったら書きます…




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