青い春中益


※書きかけ


キスしてください。

証として
何でも

もだもだ
王道

榎木津

一昔前みたいな定番高校生活


――中禅寺はふと廊下を進む足を止めた。
放課後だった。窓からの西日は息を呑むほど美しい。
国語教諭の司書に頼まれて、彼は書庫の整理をしていたのだった。受験をひかえた三年の秋に、なぜ図書委員でもない中禅寺がそんなことを依頼されるのかといえば、それは彼の本に関する愛情と知識の膨大さが、教師陣にも轟き渡っていたからにすぎない。古典の授業のときなど、教師のほうが彼にお伺いをたてるときもある。
渋々引き受けたのに、いざ始めると、ひどく興が乗ってしまって、気づけば三時間があっという間に消し飛んでいた。帰りの電車の時刻も迫っていた。
中禅寺は、だから、珍しく急いでいたのである。
それなのに。
――かすかな旋律が耳をついた。


扉を開ける。使われていない旧音楽室は、普段は施錠されているはずなのに、すんなりと開いた。
しかし、中からピアノの音が聞こえているなら、当然のことだ。下手な怪談でもあるまいし。
流れるような旋律はいまだ続いている。中禅寺は音楽には明るくないが、澄んだ音だと思った。
中禅寺の立っている場所の、およそ対角線上にピアノが置かれていた。弾いている人間は、その陰に隠れていて、また逆光のせいもあってよく見えなかった。
女生徒であろうか。
ピアノといえばまず女性的なものだという感覚が中禅寺にはあった。偏見であるのだろうが。
旋律は悲しげだった。聞く者をぶって、そのまま流されるのを誘うよう、な。上手い修辞が思い付かない。音の物語は佳境に入ったようだ。旋律が聞く者の心に畳みかけるように、ひときわせつなく、しかし華やかに繰り返される。

――ガタン。

ハッとした。

それと同時にピタッとピアノの演奏も止まった。
力が抜けて、思わず鞄を落としてしまったらしかった。
「―誰ですか?…」
かけられた声は、また低かった。焦った仕草で、ピアノの向こうの人物が立ち上がる。
暮れかかった西日を浴びた細い人影。それは、思っていたようなスカートを履いた女生徒ではなく。
何の変哲もなさそうな、前髪の長い男子生徒だった。


弁当を食う。
彼は益田龍一と名乗った。上履きに入った線の色から一年生なのだと察せた。
「先生かと思って焦りました」
そう言って笑った。
妙に人好きのする男だった。中禅寺は生来の悪相のせいもあって、まずは怖がられたりすることが多い。なのに益田はただへらへらと笑って、何のてらいもなく舌を回していた。
「僕勝手に鍵盗んで使ってるもんで見つかったら言い訳できないんですよォ。元々髪のせいで目つけられてますし」
…あの静かな旋律を弾いていたのと本当に同じ人物なのだろうか。
「演奏の邪魔をして済まなかったね」
中禅寺は漸くそれだけを言った。普段の饒舌が嘘のように、なぜか頭が痺れて動いてくれない。
「いいえ、暇つぶしですから」
ケケケ。硬質な音を立てて益田が笑った。それに、なぜああ返してしまったのか、今でも理解ができない。
「いや、―綺麗だったよ」
西日は濃く陰ってきていた。薄暗い中で一瞬、驚いた顔で息を呑む益田が目に焼きついている。言葉が帯びた妙なニュアンスに、中禅寺は慌てて言葉を付け足した。
「いや、曲…が。その、良かった、思わず聞き入ってしまったから」
――あれではまるで関口巽だ!
弁当の玉子を中禅寺は強く噛んだ。
隣で、風に髪を遊ばせている榎木津がふっと視線を流してきた。
「…何だ榎さん」
「いや、何となく。何だか朝から変じゃないかおまえ」
「そんなことはない」
そうか。興味を無くしたらしく、榎木津は今度は生欠伸をして、長い脚を組み直した。自称帝王、他称3Cの王子の膝には、今日も女生徒からの貢ぎ物の弁当がひろげられている。
作り物のような顔がうろんな顔で虚空を見つめる。
不気味である。
歌うように暇だなあと榎木津が言う。言って、可愛らしい弁当を片手に立ち上がると、彼はそのまま教室を出て行った。
関口のところへでも行ったのだろう。また構い倒して遊ぶのだろうから、あいつも随分物好きだと思う。
中禅寺は溜息をついた。
ひとりきりの、夕闇のまの演奏会。中禅寺には綺麗に聞こえた。淋しげな音の砂鎖が繋がって、すんなり心に沁みいった。
耳の奥で繰り返されるピアノの音に、読書の続きにも身が入らないのだから。
弁当は妹の敦子がつくる。親が早逝し、二人を引き取った叔母の負担を少しでも無くしたいからと言って。そういうことであれば弁当など要らないと中禅寺は言ったのだが、敦子は毎朝、つくった弁当をもたせてくれる。
本人には死んでも言わないけれど、弁当は美味かった。そう、美味いはずなのに。
今日に限ってなかなか箸が進まなかった。その理由も判然とはしない。教室の喧騒を耳に挟みながら、中禅寺は本の表紙を撫でた。



中禅寺秋彦、について。
実は。益田龍一は前々から知っていたのだ。
初めて彼を見たのは図書室だった。
怒ったような顔で、しかし酷く優しげな手つきで本を扱うのが、面白いなと思った。何となく目が離せなくて、彼がふっと振り返るまで、立ちすくんで見つめていた。
それ以来。
帰る際に、下駄箱を除いて、何となく彼が帰ったかまだいるのか確認してみたりとか。
…図書室の彼の名前の書かれた貸出カードのついた本を借りてみたりとか。
…たまに、女の子の代理とか言って、隠し撮りを買ってみたりとか。
益田は、していたのだ。
無論こっそりと、それがどれだけ気持ち悪いことか重々承知しながら。

――だから。
益田は心臓が口から飛び出すかと思うほど驚いた。
精一杯取り繕った。幸い日はもう沈みかけていたから、表情ははっきりとは見えていなかったと思う。もうピアノどころではなかった。今まであの秘密の練習を気づかれたことなんてなかったからなおさらだ。真っ赤になった顔を前髪で隠して益田はぺらぺらあることないこと並び立てた。自分の軽い舌をこれほどありがたく思ったこともなかった。
―――であるのに。

いきなりバアンと机を叩いて立ち上がった益田に、鳥口と青木は驚いて昼食の手を止めた。
割り箸をくわえたまま、鳥口が益田を下から見上げて言う。
「…顔真っ赤だよ益田君」「ていうか君、朝からずっと挙動不審だよね。まあ益田くんがおかしいのはいつものことだけどさ」青木は単語カードをめくりながらそう言ってのけた。チラッと一瞬こちらを見ただけで、それ以上構おうともしない。
「うっ…」
ひどい。
ここでいつもなら泣きつくふりのひとつでもするところなのだが、生憎と益田にはそんな余裕はない。ないのである。なぜって。そんなの。決まっていて。
思い出す度に身もだえるし、勝手に顔が赤くなるし、勝手に心臓がどきどきしだすのである。ガタッと椅子に座って益田は手で顔をおおった。
「僕ア…とうとうほんとにダメかもしれないです」
「んー今さらだよね」
にへらっと鳥口が笑う。
「あのときの反応変じゃなかったかなぁ…ていうかあの人も何言い出すんだろう…ていうか…」
姿勢をくずしてぶつぶつ言い出した益田に、青木と鳥口は一瞬目配せし合い、ほうっておこうと頷き合った。「そういや青木さんなんで単語見てるんですか?」
「え?五限の英語小テストだろうに」
「あっ、ああああっ!」
益田はそんなもの構っていられない。耳まで紅くして頭をくしゃくしゃと掻き乱している。(どっ…どうしよ、次からどんなかおして会えば…)悩みは堂々巡りするばかりだ。




120118

かなり前に書いたやつ
お蔵だし
最初キスしてくださいなのにキスまでいかないこの安定の




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