ばらのある食卓


※現パロ結婚(同棲)済設定
※本日の被害者⇒鳥口・中禅寺

※益田が女々しい…かも





益田は事あるごとに色々な障害を見出だした。彼と彼自身のうえに。
唐突に目が見えなくなったと言ったり、帰ったら台所で死んだふりをしていたり(びっくりして駆け寄るとネットで見たんですと得意げな顔で言われた。安心したやら呆れたやらで思わずひっぱたいたら益田は泣き始めた。つられて二人でわあわあ泣いた。落ち着いてからいっしょにケチャップやら何やらを掃除した。それからしばらくは手を繋いで寝た。)、足が動かないと言いだしたり大量の絵の具を買ってきたりナマズを飼いたいと言い張ってきかなかったり。そのバリエーションは驚くほどに豊富であった。
そうして今日。
「妊娠しました」
満面の笑みで言い放った益田の、エプロン越しにもまっ平らな腹の上に、思わず青木は目を滑らせた。
結婚してから二年、いっしょに朝食をとることは、たとえ喧嘩中であれ二人の間の暗黙の約束事になっており、それは目下一度も破られたことはない。
青木は口の中のトーストを咀嚼し終えて、手に持っていたコーヒーカップに一口口を付けた。新聞から目をあげて、
「……そっか」
「三ヶ月でした」
間髪入れず返ってくる言葉に、青木は、
「……それは。めでたいね」
ぎこちなく笑って言えた自分を自分で褒めた。恋人は青木の前から空になった皿を取り上げてシンクに置いて、青木に背を向けたまま言った。
「言ってましたよね青木さん。子供欲しいって」
――言った気もするけども。それは言葉のあやというもので。
益田の声は過去聞いた中でもかなり不穏な響きだったので。君生理来てたのとか、ひいては子宮があるのかとか、とどのつまりは男が妊娠するはずがないだろうとか、そういう言葉を全部飲み下して、青木は、がたんと音をたてて椅子から立ち上がった。益田が首だけ振り向いて青木を見る。
「いや、めでたい、めでたい!今のはほら、あんまり突然だったから、言葉とかでてこなかったんだ、あるだろそういうこと。いやあ嬉しいなあ!僕たちの、こどもか」
ははっ、嬉しそうに聞こえるよう精一杯頑張った笑い声をあげて青木は益田の傍まで歩き寄り、エプロンを巻いた細腰を抱えた。益田はびっくりしたように口を開けている。八重歯が見える。
「嬉しいよ。じゃあこれから僕は、今まで以上に君を大事にしなきゃならないね。こどもなんてまだ実感湧かないけどさ、きっと僕ら世界で一番幸せで素敵な家族になれるだろうね、いや、そんな家庭を築いていけるといいね、ええと頑張ろう、ね、龍一くん、」
駄目だ。
例の憑き物落としならこんなときなんて言うのか。結婚までしたくせにあまり呼ばないファーストネームを申し訳に最後にくっつけて、青木は益田の顔を鼻先まで近づいて見遣る。
「――はい、」
細い目がまんまるに見開かれていてかわいい。エプロンを掴む手に力が入っているのが分かって、むしょうに愛しくなってしまったから、青木は益田にくちづけた。耳まで真っ赤になっている。
「…あっあっ青木さん、」
「なんだい」
柄ではないのを知りながら、腕を彼の肩に伸ばして置いたまま正面から益田の顔を覗き込んだ。
「はっ、はっ、」
どもりまくる彼。こんなのいつ以来だろう。多分結婚して半年後くらいにあったクリスマスの夜くらい以来か。彼は普段は何枚舌だというくらい喋るくせに、本当にときめくとどもりまくるのだ。
「はっはっはんかちっ持ちましたかっ」
「持ってない」
「もっぼっもっ僕もっ持ってきますっ」
「お願いします」
にんしん、は?
もう済んだのか。そんなことを考えながら青木は体を外す。くるりと身を返した益田は、二三歩歩いてから、倒れた。ばたああん。
「…えっ、えええええええ!?ちょっちょっと君大丈夫?」
助け起こすと益田の顔の真ん中は真っ赤だった。にへらと益田が笑う。
「…鼻血出ました…」
「…ほんとだね」
出勤時刻も佳境であった。


言っておく。
青木は断じて美男子などではない。自分のアップなどで鼻血をふくのは世界ひろしといえど益田だけだろうという自覚はある。
「つまり嫌われてはいないっていうのはわかってるんだ。でもじゃあなんだい何がしたいんだ彼は」
「正直のろけにしか聞こえませんよ青木さん」
焼鳥うっまあ。
鳥口は焼鳥の旨さのほうが数段関心があるらしいが青木はそんなこと知ったことではない。
午後八時も間際の居酒屋はかなり混んできていた。今日の夜空いてるかいとかなり急な誘いを、しかしこの友人は快諾してくれた。
「君モテるだろ!? なんかこういうのどうすればいいか教えてくれよ」
仕事のあと居酒屋で気の置けない友人とビールを飲む。常々これほどの喜びはないと青木は思っている。しかし今回ばかりは気分は急降下するばかりである。
「まあ普通女の子がそういう嘘つくのは、結婚したいときでしょうな。男がなかなか結婚してくれないとき、妊娠を決定打に使うとかってよく聞くでしょう。でも益田くん男だし。お二人はもう結婚してるし。わかんないっすわ」
「そこを何とか頼むよ。君結婚式にも出てくれただろ。でお約束で皆にてんとう虫のサンバとか歌わせて僕らにキスさせただろ!」
鳥口は鶏肉をいじりながら脳内で反駁した。言っておくがその本当の発案者は敦子だ。それに、その借りはとうの昔に、青木との喧嘩で家出して来た益田を保護してやったことで返したと思う。しかしてんとう虫のサンバを歌う中禅寺秋彦はなかなかレアなものであった。
「僕よりか青木さんのほうが分かると思うんですけども…確か前例ありましたよねこういうの。あのときはどうしたんですか?」
「…目が見えなくなったときは、映画とか水族館とか、見えなきゃ楽しくないとこ行って、午後は体が良くなる温泉とか、最後には神社に願掛けしに行ったさ。結局神社から帰る途中の電車で終わった」
それはただの一日デートではあるまいか。
「やっぱりのろけられてる気しかしないんですけど帰っていいですか」
「頼むよ今日おごるからっ!」
かの敏腕刑事もこうなってしまえば形無しである。仕方ないなあと鳥口は浮かせた腰を再び据えた。
「甘えたいんじゃないんですかね。多分ですけど」
横にいる女の子たちを見ながら鳥口は言う。
「なんか不安なんでしょきっと。益田くん結構薄幸体質っていうか…、愛されてるかとかよく不安がったりするじゃないですか。そういうことなんだと思いますよ」
食い入るように鳥口を見ていた青木はいきなりがばっと頭を抱えた。
「…僕は僕なりに益田君ちゃんと甘やかしてあげてるつもりなんだけどなあ。
そりゃ何日も帰れなかったりとか、夕飯作らせといて帰るのが深夜とか、そういうのはよくあるけどさ、彼だって刑事だったんだから分かってるはずじゃないか仕方ないって。弁当だって食べれる時間がある日はみんな食べてる。いってらっしゃいとお帰りなさいのキスだってしてるし、夜だって金曜日には必」
「ああもう分かりました僕が悪かったですお願いだからやめてください!」
鳥口は声を張り上げて、すっかりピンクに染め上がっているような青木の愚痴を止めた。三十路間近の男二人のラブラブな恋愛事情なんて聞きたくもないのである。特に、最近彼女にフラれて独り身の男としては。それまでは口をつけていなかったビールをあおる。
「その…妊娠?三ヶ月っていうのは、誰かに言われたんですかね、益田君」
「―…いや!いやいやいや、有り得ないだろ、男が産婦人科で三ヶ月とか言われるとか! 自分で考えたんだと思うよ、よく言うだろ妊娠三ヶ月めってほら、ドラマとかでもさ」
「いや。僕も産婦人科で言われたなんて思いませんよ。でも、もしかしたらですよ。誰か…益田君にとって最も説得力のある人物が言ったとしたらどうです?」
青木が抱えた指の隙間からこちらを見た。
「…どういうことだいそれ」
ぶっちゃけ口から出まかせである。
「ですから。例えば益田君が、益田君が思い付く限り最良の相手に相談したとして、その人が君は妊娠しているよとか言ったら、益田君はそう言うんじゃないですかね」
つまりは。
押し付けようと鳥口は思ったのである。
「――それって…!」
こんなものを真に受ける青木が物凄く馬鹿だと思う。しかし必死に真剣な顔をつくって、鳥口は、
「それはきっと青木さんにとっても同じ人間なはずですよ」
青木はガタンと立ち上がった。自分の結婚式に、てんとう虫のサンバを葬式のような顔で歌い上げた人物のところに行くのだろう。いやしかしこれは単なる責任転嫁ではないのである。鳥口にとっても青木にとってもついでに益田にとっても、中禅寺に相談すればよい結果になるはずだ。多分。
ありがとう、と言いながらばたばた出て行った青木を見送った鳥口が、机に残された伝票に気がついたのはそのあとである。




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