おろかなひめごと


※学パロ
陰湿ないじめを受ける益田
※※重い そして半端です

中禅寺→益田と同学年の生徒
榎木津→保健室の先生(保健医)
で中←益←榎




図書室で佇むあの人のことが好きだった。



ばしゃあと頭上から降った水を、流石に気にかけないわけにはいかなかった。下駄箱に手を突っ込んで靴を触れば、それもご丁寧にぐっしょり濡れていた。
制服はジャージに。上履きはスリッパに。変えればいいことだろうか。
そう思いながら簀の子の上に立っていた。吹き込んで来る秋口の風が冷たい。益田を出来るだけ早く帰らせるか長く休ませた奴がこのゲームの勝者だそうだ。ばかだと思った。だから、笑って、でも、笑えなかった。
ぐじゃぐじゃ。ぐじゃぐじゃ。ぐじゃぐじゃ。服のなかが気持ち悪い。鞄には水はかからなかった。それをラッキーだと思った。まあ、そのなかの教科書にだって、油性ペンで死ねとか帰れとか書かれているのだけれど。
回りに水溜まりが出来ていく。靴の裏とか拭いた雑巾を洗ったみたいな、そんな水なんだろうと思った。
汚いとか厭だとかは、なんでだか思えなかった。滴り落ちる汚水は、けれども自分がここに確かに存在している証なんだと感じた。感じて、何かそれおかしくないか、と思った途端、それ以上立っている気力も無くなった。


毛布も暖房も凍えたみたいに冷えた体に与えてやった。殴ってやればいいと言ったら、彼は僕ア弱いし、人を傷つけたくないんですと言った。
そんなことは人に傷つけられないくらいの強さをもってからいえばいいのに。
体温計に表示された数字は平熱だった。榎木津はぐしゃぐじゃとその頭をタオルで乱暴にかき回す。
「ったぁ!? いったいですよ、先生」
「うるさいなあ。だからおまえは弱いんだ。痛いのもちゃんと受け止めるようにならなきゃだめだ」
白衣の裾が風でうかんだ。
益田の細い指が、榎木津の荒っぽく髪を乾かす手を上からつかむ。それをばちんと叩いて、榎木津はさらにその髪をかきまぜた。
「痛い痛い痛い!はげますって、いや、はげないですけど、毛が抜ける!」
「ふん女々しい前髪は少しぐらい抜けた方がいいのだ!」
これは半分本気である。益田はその前髪で損をしていると榎木津は思っている。これは―個人的な意見なのだが、目もすっとした切れ長だし、額もせっかくきれいなかたちをしているのだから、出したほうがきっとよくなる。まあ僕ほどではないだろうが、このぐらいの顔なら寄ってくる物好きもいないとは限らない。そしてそばに可愛い女の子が一匹でもいれば、こいつの状況も少しは変わるのではなかろうか。
益田が逃げるようにベットの上を後ずさるから、榎木津は逆にベッドに膝をついて乗り上げた。
「いたいですってばぁ―、」
あがる泣き声が変に高くて、少し面白くて更に追いかけてやった。ら、バランスが崩れた。つんのめった上体を、このままいったら益田に頭突きする形になると思ったから、タオルを離してベッドに両手をついた。
榎木津が益田のうえに覆いかぶさる格好になった。
白衣の裾が揺れる。
髪を乱して、目に涙を浮かべて、榎木津に押し倒された益田は、つやっぽかった。
濡れた前髪が額に貼りついている。榎木津の気に入りの額のかたちがよくわかる。薄い体はやはり細くて、このまま抱きかかえることも容易だというのが、酷くよくわかった。自分の体の影が、照明の所為か大きく見えた。展開についていけていないのか目を丸くしている。薄くあいた唇が女のようだと思った。
「――…」
交錯した視線と、榎木津の体に乗り上げられても、彼は何も思うところがないのだろうか。益田は呑気に笑って言った。
「…先生の目、やっぱり綺麗ですね」ほんとに茶色い。
「――おまえなあ、おい」
「何ですか?」
それとも、勘付いてなお、こんな態度をとっているのだろうか。どちらにしても、脈は無いということだ。むろん榎木津とて、様々な傍若無人天衣無縫の保健医として伝説を築き上げているのは確かなことだが、生徒に手を出すほど落ちてはいない。ため息を吐いて榎木津は益田の上から退いた。益田も目に疑問符を浮かべながら上体をたてる。
「あの―?」
「髪はちゃんと乾かすこと」
鼻先に指をつきつけて念を押す。迫力に気圧されたか、益田は素直にうなずいた。榎木津はなおも保健医としてくどくどと注文をつける。
「僕が担任の先生に言っておくから、制服がクリーニングから戻るまではジャージで過ごすこと。上履きはスリッパでいいね。また汚されたり無くなったりしたら来なさい。あんまりひどくいじめられるときも来る。あと―」
徐々に暗くなってゆく細面を分かりやすいと思って眺めた。どうにもやりきれなくてその頭を、榎木津は、あくまでも保健医の仕事の範疇として―撫でた。電流が走ったかのようにして体を震わせる青年。
「泣きたくなったら来なさい」
言いながら少女マンガのような台詞だと思った。益田はやはり一瞬きょとんとした。ひとつなんだか寂しげに笑ってから、「ありがとうございます」なんて言う。
気に入らなかった。
「…僕と会うのは不満か?」くちびるが、そんなねじけたことばを紡いでしまったのは、全く意図の埒外にあった。それを音として耳で認識した瞬間、榎木津の心臓はばくんと烈しい音をたてて鳴った。益田が今度は目を本当にまんまるにして眺めてくる。何だか耳が熱くなってきた。益田は、あはは、と声をたてて笑った。細い目尻に寄ったかすかなしわを、榎木津は何か信じられない想いで見つめた。
「違いますってェ。だけど―せんせいは、先生ですし、あんまり、迷惑もかけられないですし、それに、僕には…」
そんなの別にいいのに、と正直、思ったことを榎木津は否定しない。だが、それを表情や口に出すより先に、益田が、今度はさっきよりももっと嬉しそうな顔で、ちょいちょいと、耳を貸せという手振りをしてきた。その気安い仕草が少し、ほんの少し、榎木津には嬉しい。腰を軽く折り、その口元に耳を近づけた。
「秘密ですよ、榎木津せんせい」
その口調があんまり甘かったものだから、―思わず一瞬期待に鳥肌がたった。つぎに聞こえてくる言葉に全神経で耳を傾けた。
「…僕、図書室で、好きな人と会えるから。大丈夫なんです」
――がらがらと、何かとてつもないものが崩れ落ちる音を、このとき保健医は初めて知る。そんなことは露とも知らず、益田は―ほそいほそい体つきの弱い男子生徒は―八重歯をのぞかせてかわいらしく笑ったのだった。




机には。
花が。
供えてあって。
それを見た瞬間目の前が真っ暗になるような感覚を覚えた。
それはもう放課後のことだった。朝起きて、昼過ぎまで続く頭痛と戦ってずるずると学校に出向き、吐き気を抑えながら階段を上って、たどり着いたのが、益田の教室であり、最初に目に飛び込んだのは、後ろの扉に一番近い、はじにある自分の机の上の、菊の花、であった。
わざわざ、買ったのだろうか、これを。
花屋まで、皆で、金を出し合って、買いに、行ったのだろうか。
菊の花、を。
涙があふれる。のどがつまる。身からすっと血の気がひく。足ががくがくと震えだす。あんまりにも悪趣味だと思った。
息ができない。自分を取り巻く全世界から送られたそのあまりの悪意に、頭が痺れたように動かなかった。腹の腑は黒くひきしぼられるようだ。手向けられた土産は毒だった。辛さが凝固して成ったのが涙であるとそう感じる。声を上げぬように、必死で益田は拳を口に押し当てた。
誰にも、気付かれてはならない。それだけを強く強く感じた。こんな恥ずべき場所を、時間を、自分を、誰一人にすら見つけられてはならないと思った。
背後に気配を感じた、振り向く間もなく、その風を纏う人は教室の中に脚を踏み入れて、机の上の花瓶を持ち上げ、思い切り床に叩きつけた。安物の花瓶は、ひどい音をわめきちらしてあっけなく砕け、白い破片をそこらじゅうにばらまいた。床をバシャアンと打ち水が広がる。美しく黄色い菊の花がばらばらと散った。
「――っ!」
図書室でいつも、ひそやかな会話を交わす彼が…中禅寺秋彦が、教室の窓から差し込む西日を浴びて立っていた。
恥ずかしかった。
羞かしくて羞かしくてたまらなかった。
世界からの迫害を、こんなにもみじめなかたちで受け続けざるをえない自分を、益田は恥じていた。そしてだからこそ、そのことを、彼にだけは知られたくないとそう思っていた。
なのに、なのに、なのになのになのに。
こんな、露呈の仕方があるか。
顔が真っ赤になっていくのを止められない。消えたかった。恥かしかった。死にたかった。
ひた、と彼が足を踏み出す。それが何よりも恐ろしいと感じた。彼に否定されたらきっともう自分に立っていられる場所は無かった。ここに来るよすがは失われ、世界との糸は絶たれる。そして益田は、黒い黒い黒い穴にずうっと吸い込まれていくに決まっていた。それは覚悟を決めるにはあまりに恐ろしく、おぞましいことだった。
こわい。
こわい。
こわい…
沈黙を恐れて道化を演ずることも益田はいつも進んでやるくせに、そしてそれにこれまでいくら救われてきたかもわからないくせに、中禅寺の声が世界で一番な好きなくせに、このときばかりは、彼の口が、沈黙を破り言葉を発する瞬間が永遠にこなければいいと願った。
中禅寺の指が、ジャージの裾を握り締めていた益田の指を搦め捕る。そのまま何も言わず、益田の手を握り、中禅寺は早足で教室を出ていく。益田は足を縺れさせながら彼に着いて行った。放課後なので流石にあまり人気はないけれど、誰かクラスの奴に見られるのではないかと、廊下を歩きながらも益田は気が気ではなかった。
一度曲がり角を曲がってきた人影が、見覚えのある人物だと感じて体が固まった。かなり早足で進んで行く中禅寺とその途端一度手が離れた。最近ちょっと表情柔らかくなってきたかな、なんて思っていた彼にぎっと悪相で睨まれて益田は頭が真っ白くなる。じゃあ、どうすればいいのだろう、彼に迷惑がかかったりしたら益田に残された選択肢なんて申し訳なくて首を吊るくらいしかない。でももっとショックだったのは今ここにいる彼がひどく明瞭な―おそらくは嫌悪を、自分に向けてきたことだった。こちらを不思議な顔で見ながら通り過ぎた生徒は、しかし違う教室の見も知らぬ人物で、益田は感情が交錯する中でもほっと胸を撫で下ろした。中禅寺が益田に向かい合う。
馬鹿者、と言われた。
頭の芯が痺れた。
中禅寺は再び今度は、益田が離すことが出来ない手首を掴んで歩き出した。力の加減は痛いくらいで、筋肉なんてほとんどわからないその体のどこにこんな力があるんだろうと驚く。益田よりは背の高い彼は、しみひとつ、チョークの粉ひとつついていない学生服を茜に染めて、凛と背を伸ばして歩いていく。
その姿はとても清くて、気高くて、しょぼいジャージに身を包む自分なんか釣り合うべくもないように思えた。



121013アップ

半端なのばっかで申し訳ないですほんと…
一ヶ月くらい寝かせてたんですけど続き書けなかったので一端あげました
題名/クロエさまより




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