宵醒め


好きでもない相手に、そんなことを真剣な顔をしてやっているというのはなかなかにバカっぽいと、ひそかに益田は思う。痛くないのに越したことはないから特段何も言わないが。秘所にローションが塗りたくられ、内膜が刺激されていく。言われた通り膝をもって寝転んで、益田はそのおかしな感覚に身をゆだねていた。セックスするための、準備。それなりに馴れた行為だけれど、毎回覚える漠然としたばからしさを否めない。
照明と暗い天井を眺め、益田は暫し呆けた。何だか疲れたなあ、と、そんなのんきなことも思った。昨日、長丁場の浮気調査をやっと終わらせたばかりだ。たぐる記憶が、司と二人でいたときに彼とばったり出くわしたあの夜に結びついた。


間の悪いことに―丁度、酔った二人は路地裏でことに及ぼうとしていたのだ。郷嶋も多少は酔っていたようだったが、ほとんど半裸の状態の益田と、それに密着している男が一人、となれば、大体の察しは―まあ"そっちのケ"がないにせよ―つくだろうし、そして郷嶋は、"そっちのケ"も立派にお持ちだったからにして―
「お、良い所来ちゃった。おまえ、名前なんつったっけ」
にやにや下卑た笑いに顔をゆがます男に益田はまず心中で、あんたもっとハードボイルドな感じじゃなかったでしたっけとささやかなツッコミをいれたのだった。
ボタンをひきちぎられたシャツとか、地面に落ちたタイとか、緩められたベルトとか、そういうのを直しながら何を言ったところで意味がないのはわかっていたけれども。プライドとか体面とかの問題だ。なけなしの。
「司、こいつ貸してよ」
「はあ? 郷サン何言ってるの?」
脇を車が走り抜けていき、明るいヘッドライトが益田たちを照らす。ああこの二人知り合いだったのか、何だろ、中禅寺さんとか青木さん経由なのかな、そんなことを益田は考えていた。しかしものでもあるまいに人を貸せ、とか。益田はそう自己愛が強いタイプでもないし、どちらかと言えば自分に価値を見出だすことに怯えるたちの人間だった。それでも、その言い方は少し癪にさわった。しかし何か軽口で茶化す気分にもなれなく、結局若者はただ口をつぐんで汚い路を見ていた。酔いも手伝って頭も上手に働かないし、中途半端に刺激された体は辛いし。そんなことを考える。ふと首筋に視線が刺さった気がして目をあげると、郷嶋がこちらを見ていた。乱れたシャツから覗く肌は我ながらふしだらな印象を与えるが、しかし、ひきちぎられた釦はどうしようもない。白い腹は宵闇に街灯を浴びてやけに鮮やかだった。益田はその視線を何も言わずに見返した。郷嶋の云う「貸せ」は恐らくはセクシャルな意味合いも孕んでいるのだろう、が。益田はその精悍な顔をこっそり睨む。
――誰がそんな公衆便所みたいなことやるものか。
「そんなこと出来るわけないじゃない」
ちょうど益田の心中を代弁するように司が顔をしかめて返すと、
「ああ?」不機嫌に、唸るように郷嶋が言う。前も思ったことだが警察というよりはやくざに似ている。何だろう、荒んだ雰囲気のせいだろうか。


「おめえ集中しろよ」
耳元でささやかれた言葉に飛ばしていた意識が強制送還させられた。耳殻を舐めて、彼はその奥の穴にまで舌をいれる。ただでさえ弱い耳なのに、はあはあという彼の息がまたいけない、体中を快感が走り、声にならない悲鳴をあげて益田はのしかかってくる郷嶋の背中にしがみついた。
「〜〜〜っ!」
脳がゆすぶられるようだ。郷嶋は益田のそんな反応に気をよくしたのか、さらに深く耳にくちづけてくる。
「あっ、あっぁっ」口からあふれる甘い響きを止められない。びくびくと身をもがいている益田を、郷嶋はさらに体重をかけて抱きつぶす。気持ちいい。気持ちいい。ほんっと何なんだろうこれ、腰が跳ね、足がでたらめに動く。ぴんと反り返り、内に合わさり、時々勢いよく空気を蹴る。ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ、唾液の音がとても大きい。
「やっ、いや、っ、はあ、ンんっ、あっあっ、」
郷嶋が再び指をくわえさせてくる。舌先がしびれる。男の堅く太い指。益田はそれを、いやらしく舌を鳴らしながら強く吸った。くちびるをすぼめさせて、時に歯をたて、ぺろりと舐め上げて、強くはじく。みみを犯す快感に時折喉をそらせ、喘ぎを漏らしながら。
「だいぶほぐれてきたな」
耳に吹き込まれる刺激の中にそんなことばを感じた。蕩けた頭がその意味を理解したのは何秒か後で、次に移行するだろう行為に思い至る瞬間、益田はぎょっとするほどの期待とめまいを覚えた。
「…―えっ、や、だ、」
郷嶋の口が耳から離れる。足に手を宛てがわれて、凶悪な目でいぬかれた。腰の奥がじんと痺れる、が、その反面恐怖が染み出していた。
「や、いや、嫌だ」
「あぁ?ここまできといて何言ってんだよ」
「ふざけっ…、だってあんたの、はっ、はっきり言ってきょっ、凶器なんですよ!? 入らないですよ、」
彼との同衾はこれで三度目だ。だが、初めの夜の翌朝の痛みを益田ははっきりと覚えている。腰も腿も何よりあそこが洒落にならない痛さだった。痔の薬を買うかと本気で算段したほどである。
郷嶋は目をすがめて、しかし折り曲げた益田の脚を掴む力は緩めない。益田は身をよじり郷嶋から離れようと腰を浮かした。
「ちょっと待ってくださ、い、一旦離して」
抗議する益田はもはや涙目である。しかし公安は意に介さない。ぎらぎらとした目で睨みつけられて益田はちょっとひるんだ。
「入んないとかじゃねえよ、入れるんだよ」
「――ッ!」
乱暴にずるっとまた腰を引き寄せられて、益田はシーツに落ちる。
「ぅあ、いや、やあ、ね、だめ、さとじまさん、あっ、うっ、っやだあ――…」
益田の懇願を、しかし彼は聞き入れなかった。ぬぷり、と卑猥な音が響く。次いで益田を襲ったのは、肉が裂ける痛みと、狂暴なほどの充溢感だった。わけのわからない場所にわけのわからないものが押し入ってくる。いたい。いたい、
「いたいっ―…、ふああ、ああ、いたい、さとじまさん、あっいった、いたい、」
「はあ…っ、力ぬけバカ」
何その言い方。
想像できないくらいの痛みと快感が益田を襲う。そのどちらかでも、少しはまぎらわせないかと、探偵助手はベッドの上で頭を振った。ばさばさと軽い音がたつ。腹までおとこが侵入ってくる。信じられない。
「はう、あ…っ!」
異物感に反射的に入った力をふと抜くと、郷嶋が自身を体の奥に挿し入れてくるのが如実に解った。いやだ、こわい――反面燻る欲望の炎と、期待を益田は知っていた。腹の俯が痺れるようだ。郷嶋の挿入がおわる。益田はぼうっと彼を見上げた。腹の奥の奥まで食い荒らされているような錯覚。
郷嶋は荒い息をつき益田の腹に触れる。そこから手を滑らせて性器に、腿に触る。掌の固さ。郷嶋はひとつくちづけを落とすと、何も言わず腰を動かし始めた。
「っ―…ぅ、っ…、いた―ン、っン、ぅ…」
意味のない音だけが零れ落ちる。郷嶋はもう益田がどこがよいのか諒解していて、その場所をかすめるように、ときにえぐるように、突いてくる。シーツがこすれる音、体液の音、人間二人の荒い息、だんだんと勢いを増した体がぶつかって、この時以外ありえないような音をたてる。そうなってくれば、益田はただ口をあけて、荒い息と嬌声と唾液を漏らすしかない。こういうときは、はめられてるってぴったりの言葉だと思う。はあ、はあ、はあ、はあ、熱を帯びた呼吸がただよう。益田は目を覆った。ああなんて卑猥。淫蕩。言い訳がきかない。内側から揺らされる体、快感に流れていく汗。
「…あっ、っ、ア、」
視界がかすむ。もう快感をたどることしかできなくなる。ぞくぞく、体中が総毛立つ。

つらぬかれて、もうたまらない。
「みじめって言ってたよな?」
獣の息に混じり、郷嶋が言葉を零した。快感ににごりゆく意識のなかで、益田はそれが何に対する応酬なのか、なかなか思い出せなかった。郷嶋は体を伏せて、益田に顔を近づける。
「ッあ――!」
角度がひどく深くなり、益田は声にならない悲鳴をあげる。のどをそらして腹の中の肉から少しでも距離をとろうとする。無駄な抵抗なのはわかりきったことであった。
熱い息が、汗と煙草のにおいが濃さを増す。耳の奥に、直接鼓膜に刻むように、男はささやいた。
「…っは、安心しろよ、おまえもだ…っ!」
腕が頭の上で拘束された。あとはもういけなかった。がんがんと快楽が直接脳をぶつようだ。何も考えられない。半分泣きじゃくって、益田はのぼりつめた。


煙草をすうおとこを横目で見やった。
益田はたばこはあまりすわない。匂いがつくのが嫌いだし、四六時中それを吸いたがる人間を見ていると、何だか怖くなって尻込みしてしまうのだ。あまりうまいものでもないと思う。
郷嶋は事後に決まって煙草を吸う。最初は嫌だったが、司だって今まで寝た刑事だってそうだったからもう慣れた。意識がそれる。あの人はどうなのだろう。
あの人はたばこを吸うんだろうか。
カサカサとしたシーツに寝転がり益田は思う。たばこのにおいはしただろうか。わからなかった。今度関口あたりにでも聞いてみようか。しかし、きっと、吸うとしたって「事後に」かどうかは益田は一生知ることがないのだろう。特に悲しいとは思わない。そういうものだと分かっていた。郷嶋の視線に気づく。顔をやった。
益田はたしかに公衆便所は嫌だと思った。しかしそれでも、最初の一回はまだ過ちとしても、じゃあなぜ自分は、今もこうして彼に会うのだろう。
「――次は目隠しでもするか」
ぼそりと低い声で呟かれる。目を隠したってどうしようもないだろうと思った。顔と体は隠せるかもしれないけれど、心はただ如実にとがるばかりだ。それよりかは酒のほうがよほどしゃれている。
「…」
熱がはじけたあとの会話はいつだって息詰まる。ピロウトークなんて恋人にしか通じないからだ。益田はピロウトークなんてしたことがない。したいとも思わないが。
郷嶋がベッドに膝をついて乗る。腕がのびてきて顎をつかまれた。益田は唇を動かす。何だかそれは随分と苦労がいった。
「――…目隠しなんてもうしてるじゃないですか」
それでも彼を好きな限り自分はこの男と会い続けるのだろうと益田は思った。焼けつくような軽蔑と、強すぎる快感と、寒々とした事後を、繰り返すのだろうと。合わせた唇からは煙草がにおう。合わせた舌からは煙草の苦みが伝わる。彼は。彼は。彼は。かれはかれはかれはかれは。

――それでもくちは、この煙草の味を覚えてしまう。

ベッドの上に手を重ね、体を抱き込んでくる男の意図を、益田は別にたずねようとも思わなかった。






120814

この後×××さんに押し倒されて無理やりいただかれてしまう益田もよいでしょう




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