夏祭り
※この秋彦さんは良い年して独身にしておいてやってください ※中益+青敦+鳥口・榎・関(榎関?)みたいな オールキャラっぽいです
ひらひらと、藤色の浴衣の裾をたなびかせて益田が歩く。榎木津の奇行を心配そうに眺めながら、探偵助手は先般買ったりんご飴を舐めている。傍らには、射的の景品の狐の面を額に付けた鳥口ががつがつと焼きそばをほお張っていた。立ち歩きの上でその食べ方なのだから二重に行儀が悪い。 榎木津は関口に絡みながら、次は金魚掬いに標的を絞ったようだ。 「おオっ、関、金魚だ。やるぞ!」 「や、やるなら、一人でやってくださいよ、僕は…」 「下僕の癖にがたがた言うな!」 関口は酷い恰好だった。しわだらけの服を猫背の体に着けて、髭も伸ばし顔色は悪く隈は濃い。髪には寝癖もついたままだ。しかし責めるのは酷というものだろう。彼は榎木津が呼びに行った時は暑気あたりで寝込んでいたのだ。三十分近くの押し問答の末、榎木津は半強制的に、鬱一歩手前(であろう、おそらくは)の小説家を床から連れ出してきた。 その当の榎木津はというと藍色の浴衣に草色の帯を締めて下駄を引っ掛けている。頭には鳥口と同様に、射的の戦利品のおかめの面を掛けているのにかかわらず、その立ち姿には多くの女性が見とれている。美丈夫はどこまでいっても美丈夫なのだと中禅寺は変な感心をした。いや、単にあれがぎゃあぎゃあ騒ぐ為に目立つというのもあるだろうが。 「ほら関!何をやっているのだ、ちゃんと取る!」 「ううう……」 「何がうーだ!ほらあそこのを捕れ!神の命令だぞ」 「榎さん、あんたは本当に横暴だな」 祭の喧騒に入り混じって二人の声が中禅寺の耳に入ってくる。目の前に並んだ益田と鳥口が顔を合わせて苦笑し合う。 「相変わらずですな、大将は」 「相変わらずどころかですね、僕ァ時々あの人の精神年齢は退行してるんじゃないかと疑いますよ」 「あああー!おいサル!」 「――怒らないで下さいよ榎さん、だ、大体ですよ、僕は金魚なんか欲しくないんだ、あんな死にやすいもの怖くて買えやしない、」 どうやら三文文士はポイの紙を破いたらしい。鳥口が焼きそばを啜りながら爆笑する(器用だ)。最近さらに伸びてきた髪を揺らせて益田が中禅寺を振り返った。 「案の定ですな」 「あいつに金魚掬いなんて高等技術を求める方が間違いなんだよ」 「相変わらず手厳しいですね、中禅寺さんは」 彼は八重歯を覗かせと笑い、細い目を更に細くした。浴衣から覗く肌の白さが、祭りの暖色の光を浴びて中禅寺の目にはやけにあだめいてうつる。頬にへばりついている細く黒い髪。 「あー…殴った!」 鳥口の声に中禅寺が視線を投ずれば、榎木津が関口の体を押さえて頭をはたいている。 「ちょっと鳥口くん、助けに行ってあげれば」 流石に見兼ねたのか益田が言う。ん、と気の良い青年は頷いて、一気に残りの焼きそばをかきこんだ。もぐもぐと頬を動かしながら、金魚組の二人に近づいて行く。 益田は、当然のようにふらりと細い体を中禅寺の傍に寄せた。りんご飴の着色料の紅色が唇に付いていた。心持ち上目づかいで問うてくる。 「中禅寺さんはこういう祭りはあまり来ないですか」 「ああ…まあ花火くらいは見るが。喧しいのは好きじゃない」 「らしいなあ」 口角を吊り上げて益田が微笑する。中禅寺は厭味げに続けた。 「君があまり執拗く誘うから仕方なくだ」 すると、男は嬉しそうな顔で言うのだ。 「僕が誘ったから来てくれたってことですか、それ。うっれしいなぁ」 「…馬鹿か君は」 一瞬虚をつかれながらも、中禅寺が自分より少し低いその顔を見遣れば、益田は長閑に、知ってますよぅ、と返してきた。その顔にはそれでもえくぼが浮かんだままだ。(可愛い。) 「でも中禅寺さんとお祭り来れて嬉しいです」 なおも言い募るから応対に困る。こんな往来で何か出来る筈も無いので、中禅寺はただそうかとだけ返した。 夏祭りの紅白幕が屋台の軒並みに垂らされ、人の行き交う路地を照らす電球や提灯の明かりは黄味がかった色を纏い浮世離れした雰囲気をつくっていた。祭り囃子と太鼓、そして少し遠くでやっている神楽か何かの音と。人々の喧騒。もう一時間ほどすれば川で花火の打ち上げも始まるだろう。ぴいひゃら、ぴいひゃら、ぴいひゃら、ら。和楽器の音はどこか滑稽みがあり明るいが、幽かな震えがどこかしら聞く者を不安にもさせる。西洋の楽器とは異なる情味だった。中禅寺ははたはたと手元のうちわを扇ぐ。 「暑いな」 「ですねえ」 てらいなく益田はにこりと笑う。多分それが、そこにいる女たちよりも可愛いらしいと感じる時点で自分はもう終わっているのだろうと中禅寺は思う。ふと吹いた風に靡き益田の髪の先が浮く。 鳥口はなかなか手間取っているようだった。榎木津がぎゃあぎゃあ喚くせいもあるのだろう。関口は榎木津にもみくちゃにされながらも耐えていた。災難だと思うが仕方がない。あいつはああいう役割なのだ。躁に当てられて少しは心身を持ち直せばいいのだが、厄介な男だからそう単純にはいかない。恐らくあいつは帰ったら寝込むだろう。雪絵さんには苦労をかける。 益田がうひゃあ容赦無いなあと言ってケケケと笑った。口角が吊り上がっている。手に持ったりんご飴は、ルビイのように光っている。益田の唾液で濡れたまるい飴は妙に淫猥だった。 二人の視界には多くの客が行き交う。髪を結い上げ、浴衣を着け、小物を持ってめかしあげた女たち。きゃあきゃあと声をあげて子供ははしゃぐ。わたあめの製造過程に見入っている子供たちもいた。彼らの目には、わたあめ屋の親父が魔法使いか何かにうつっているのに違いない。 祭り囃子の音楽が響く。恋人連れも当然のことながら多く、指を絡ませ合ったり肩を組んだりと、一昔前であれば考えられなかったような大胆さであった。祭りの夜は非日常だ。此処は異界だから、あるいはそんなことも出来るのかもしれない。 「中禅寺さん食べますか」 唐突に益田が口を開いた。何事だと思い、視線を転じれば、青年はりんご飴をゆらゆらと振った。 「さっき見てたでしょ」 「遠慮する」 即答すると、 「中禅寺さん甘いの好きじゃなかったですっけか」 「君は何が言いたいのかね、欲しかったら飴くらい自分で買うさ」 「まあまあ、どうですか。美味しいですよ。甘くて」動く口元が食紅をうつして赤い。思わずそれを見ていると、益田が眉を寄せて、味見してください、とねだるような声を出した。 「しつこいなあ」 「元刑事の現探偵ですからね。しつこいですよ、じゃあ、はい、かがんでください」 面倒だと思いつつ、中禅寺は飴の高さに腰をかがめた。 益田が首に腕を回して唇を重ねてきた。驚いて身を引くが爪先立って益田はくちびるを離さない。彼の舌が中禅寺の唇を押し割り入ってくる。 りんご飴の味がした。甘く、けれど酸味のある味だった。益田の口からも微かに甘い香が漂って、中禅寺の鼻腔をかすめる。 益田は二三舌を絡ませて直ぐに口を離した。 呆気にとられている中禅寺の表情を見てにんまりと笑う。 「おいしかったですか」 ルイス・キヤロルの童話のチエシヤ猫じみていた。うるさい、はしたないだろうと叱る語調で返すと、誰もみてませんってと笑い、彼は再び榎木津たちを見やる。 彼等は今度は隣のヨーヨー釣りに挑んでいるようだった。 榎木津が大きい鮮やかな橙色のヨーヨーを釣りあげている。鳥口がさすがですね大将とはしゃいだ声をあげる。たくましい体躯を低い水槽の前でちぢめてしゃがみこんでいるのが可笑しい。関口はといえば、ぷかぷかとおよぐ金魚が入った袋を童子のように三つばかりぶらさげて泣きそうな顔をしていた。気遣う鳥口がたまに声をかけるのだけれど、榎木津もそのたびにサルサルと雑言を発するので、関口の耳には届いていないだろう。 「仲いいですね。榎木津さんと関口さん」 「ああいうのは腐れ縁というんだ」 何気なく交わす言葉のいちいちに、祭りの音が彩どりを添えている。
タコ焼き屋の前で中禅寺敦子は足を止めた。隣を歩いていた青木が気がついて、なに?と問う。 年に一度の夏祭りの夜である。子供の頃は、兄と二人で見て回ったものだった。頑是ない子供のふりをして、年の離れた兄に、あれも買ってこれも買ってと甘えたりもした。そんなとき兄はまず、あれが何で出来ており、いかに体に悪いかを滔々と語るのだった。いかにも石頭らしい。しかし、それでも欲しいのだと食い下がってねだれば、兄はだんだんとほだされてくれた。 「敦子は夕ご飯もちゃんと食べるか?」「食べるもの!」「ほんとに?」「ほんとう!」 いつもの兄貴のしかめっつらが、そのときだけはふっと緩む。小さい敦子にはそれがとても不思議なことに思えたものだ。兄は約束だぞ、と敦子の頭を撫で、そして最後にはいつも、お好み焼きだのべっこう飴だのを買ってくれた。青木が敦子の視線の先を追って、 「タコ焼き欲しいの?敦子さん」 「いえ、ただ、小さいときのことを思い出して」 懐かしいなあ、って。敦子を見る青木の目は優しく細められていた。 今日の敦子は浴衣を着付けていた。朝顔と藤の柄が散っている、藍色の浴衣だ。実はほんのりと紅もさしている。髪は短い為に、結い上げることはできなかった。それでも、いつも男のようだと揶瑜される普段に較べれば、敦子は随分努力したつもりである。それを青木が気づくかどうかはまた別な問題では、あるのだが。青木は仕事帰りの合流のため、いまだ制服を着たままだった。 「祭りは不思議ですね。何だか懐かしい気持ちになる」 「そうですね。ずっと、ずっと変わらないから…でしょうか」 色とりどりの風船屋。子供達。家族連れ。友達連れ。恋人連れ。人々がざわめく。祭り囃子に太鼓の音。酒を飲んで陽気になった大人。はあ、と敦子はため息をついた。夏祭りの夜独特の熱気に彼女は圧される。大丈夫ですか、と青木が尋ねる。はい、と返し、「それにしてもどこにいるんでしょうね、兄貴たちは」敦子は先程からの疑問を口にした。 榎木津が中禅寺を誘いに来たとき、丁度敦子も京極堂に居たのだった。何も好きでいたわけではない。飽くまで取材の為の情報収集である。それはいいとして…後はまあ、大体の想像はつくだろう。「おお敦ちゃん。かわいいねえ。君も一緒に来たまえよ!野郎ばかりでは気が滅入る」というわけだ。 青木を誘ったのはただ敦子の意思であった。のんびりと青木が言う。 「どこだろうね。一通り回ってみましょうよ。多分あの五人は目立つから、すぐ分かりますよ」 敦子はぷっと吹き出す。しかし言われてみればそのとおりかもしれない。 「…ほら」 ぴたり、と青木が足を止めた。今度は敦子が青木を追って歩みを止める。青木の視線の先を追うと、金魚やヨーヨー、スーパーボール等を釣る水槽の屋台があった。なぜだか人だかりが出来ている。 「…え?」尋ねるように青木の横顔を見上げた次の瞬間、 「ぶわははは!!何だ慣れれば大したことはないじゃないか!おやじ参ったか!神に不可能はないのだ!」 ――馴染みの声である。 青木が凄くうんざりした顔をした。人だかりの真ん中では例の探偵が両脇に戦利品を抱えて颯爽と仁王立っていた。色とりどりのヨーヨーとスーパーボール…である。 「信じられない」 木場さん連れて来れば良かったかな…でも逆に張り合われたら困るしな…青木がぶつぶつ呟く。本当にそうだ。水槽はしかもほとんど空になっているように見える。榎木津が爛々と目を輝かせて、関口先生にヨーヨーを押し付けている。その脇にいた鳥口が、青木たちに気づいた。 「ああ、来ましたか、敦子さん、青木さん」 目の寄った精悍な顔を、いかにも若者然にくしゃくしゃと笑ませて歩み寄ってくる。 「うへえ敦子さん浴衣ですか、小野小町ですな。眼福っすよ。青木さんもお仕事お疲れ様です」 「あはは、ありがとうございます」 「君敦子さんに妙なことを言うのはよしてくれよ」 祭りの夜はやはり不思議な風情があった。だんだんと涼しくなってきた風が、屋台の熱気を運んでいる。 「しかし大変な騒ぎだね」 青木に鳥口は、そうなんですわと頷いた。 「なにしろ師匠がでばってくれないもんですから」 「「はあ?」」 敦子と青木の声はほとんど同時だった。そういえば兄貴は?どこにいるんだろう。鳥口と関口先生だけでは確かに、あの傍若無人を抑えるのには無理がある。あの出不精はどこで何をしてるんだろう。 「兄貴は何してるんですか?」 「あは。百聞は一見に如かずっすわ。お、珍しく合っている気がする。こっちに来て御覧なさい」 そう言って鳥口はひらっと浴衣を揺らし、体を返した。青木と敦子は目を見合わせてから彼を追う。青木が途中で気付いて言う。 「そういえばさっき、益田君もいなかったですね」 「一緒にいちゃついてます」 「「――はああ?」」 「お、意気ぴったりですね。おしどり夫婦っすね。こういうの何ていうんでしたっけ…れんりひよく?」 「―君わざと間違えてないか」 「いやだなあ青木さん。僕がそんなやらしいことするわけないですよ。青木さんじゃあるまいし」 「どういう意味だ?」 「そのままっすよ。どうせ青木さんはこんな清楚な敦子さんをですね―」 「うるさい」 「お、いたいた」 鳥口がぴたりと立ち止まる。 そして三人の目に飛び込んできたものは。
その瞬間のことを益田はあまりよく覚えていない。 「あんまりばかすか食べると体に悪いぞ」 「何すかそれ。もう子供じゃないんですから平気ですよ」 「まあ、君は痩せてるからもう少し食うべきだとは思うが」 「それは中禅寺さんも一緒でしょう」 今さっき屋台で買ったお好み焼きが、とてもうまそうに、ソースをてらてらと光らせている。豚タマである!しかも特大。益田は顔がにやけるのを抑えられない。 「ただでさえ薄給のくせに」 「これでも僕ア有能ですからね」 「とてもそうとは思えないがな」 やり取りはもうなじみのものだ。益田は行儀が悪いとは思いながら、お好み焼きのパックを開けて、一口かじる。中禅寺が例の閻魔顔で問うてくる。 「どうだい」 「旨いです」 もくもくとお好み焼きをほおばりながら益田は返した。中禅寺があきれたように目を眇める。 「…ついてるぞ」 「は?」 指が近づいてくるのが咄嗟のことで反応できない。しなやかな指が頬を口元をぬぐう。視線が交錯する。体が固まる。中禅寺が腰をかがめる。顔がちかづく。
そしてそしてそしてそして。
「うわあああ!何してんですかお二人さん!」
120729
人知れず益田君に萌える中禅寺さんは想像すると身悶えれますね ちゅうますはですね…少女漫画のようなことをさせるのがすきです ついてるぞ→ちゅー→目撃されるみたいな… あああ!!おそまつさまでした |