she hates december


※学パロですごく欝オチ
※ほとんどオリジナルっぽい





くじゃくの羽根よりカラフルで天使のそれよりも獣にちかい。だからそれは人間に賜れることが自然だともおもう。彼の薄い背(せな)からは確かに、面積としてはその数倍にもなるだろう大きく豊かなつばさが飛び出し、ふわふわと、空気に揺れていた。羽毛が多い。その羽根は、かなり立派なくせに、居心地が悪そうに宙をたゆたっていた。青木はそれに触れる。二人の通う高校は海際にあり、梅雨どきのそれはかなり暗く沈んだ色をしていた。吸い込まれそうだと、青木は彼の翼ごしに窓の外を眺めて思う。つばさ。つば、さ。彼は―益田は、或は友人は、上半身を裸にしてただ俯いて立っていた。はかなく見えた。無力に。見て欲しいものが、あって。彼はただでさえ白い顔をさらに蒼白にさせそう言った。羽根はそうして、あきらかに、彼の細い体には不釣り合いな大きさだった。横の面積が、五倍以上は軽くあるか。鳥らしいのに、どちらかといえば、蝶の胴体と羽根の比率に似ている。よく、学ランの中におさめられたものだ。そう言うと、「これ、背中に入るんです。」と益田は小さい声で青木に教えた。
羽根は―特記すべきことはこうだ―空前絶後の美しさだった。神さまがこの世のとりどりの色彩を、腹いせみたいに、求愛みたいに、その翼に撒き散らして乾かしたようだ。使い込まれた、描きかけのパレット。その形容が一番しっくりくるのかもしれない。その翼の微にいり細をうがつような色彩はまがまがしくもあるほどに綺麗だった。
「神様が、さ。世界を描くときに使って、洗ってないパレット、みたいだね、これ」
そう言いながら青木は翼に触れた。柔らかかった。何に似ているだろう。猫の毛?ひどく…しなやかで、湿り気を帯び艶やかだ。想像していたようなカサカサとした感触でないのに驚く。益田は息を詰まらせて体をわななかせた。青木は手を離す。「気持ちいいの?」なんだか動物を飼い馴らす気分だった。相変わらず俯いてうん、と益田が言う。
ひの当たらない、曇り空の、人気のない教室のなかで、それはただひとつ、ただひとつの、印しに見えた。信ずるべき、温かな血の結晶にみえた。



明け方の世界は、はかない。東北の朝の空気は、ひやりとしてきれいだ。だから余計に、せつなさとか、切り立った孤独みたいなさみしさが輪郭を現す。
人気のない、それでも24時間煌々と明かりをともし、人を待つちいさなコンビニは、優しかった。それだけで青木は泣けるような気持ちになった。こんな気持ちになるのは、おかしい、きっと。
コンビニを出て、買ったパンをはんだ。益田はコートを着込んで、鼻の頭を赤く染めて青木を待っていた。パンは、なんのこともないデニッシュパンだったけれど、甘いバターのあじがして、二人で体を寄せ合って代わりばんこにそれを食べた。
吹いた冷たい風に前髪を浮かせながら、おいしいと益田が笑った。すべてが尊いと思った。口のなかで、唾液が、デニッシュのぱりぱりとした層に染み込む。彼の唾液に濡れたパンが、くちびるに当たる。次第にどちらともなく互いのくちびるを探り合って、最後には目をつむってくちづけた。
空気がつめたい。鮮やかな羽根を、地味なコートで仕舞う彼。世界がふたりを見逃して、そこでそうしてくれることを許してくれている。錯覚だって構わない。一つの、たった百五円の、コンビニのパンを。二人で食べる。狂おしい、尊くて尊くて。泣いてしまいそうになった。
もしかしたら昼は来ないかもしれない。もしかしたらこの朝に、ずっとずっと、いれるかもしれない。それは切実な、そして、どうやっても願うことが無駄な類の願いだった。
益田が泣くように息をするから、細い体をかかえるようにして抱きしめた。



ありがとう、って。え?何か買い物すると、うん、言われるでしょう、ありがとうって。うん、ベッドの中で、口をゆっくりと彼の体にそわした。幸せでぞくぞくした。触れることがこんなに幸せなことなんて知らなかった。裸の彼にくちづけながら青木は続ける。言われるの、好きなんだ。ありがとうって。そっ、か。うん、ねえ、益田くん、にげ、ないの。にげようよ。見上げた。ぶざまだったかもしれない。惨めだったかも。それでも構わなかった。彼と共に生きる。それが手に入るなら何でも出来ると思う。
益田はじっと青木を見つめた。静かな表情だった。にげよう、よ。そう言いながら青木はたまらなくなって、細い体を抱き寄せた。お金なんてなんとかなる。羽根なんてどうってことない。にげよう、一緒に。ふたりで生きよう。その言葉は舌が焼けそうなほどに甘かった。益田は微かに唇を緩ませて、ぶわり、と背から翼を生やした。しなやかな、容量をもつ、どうあったって間違いとして済ませられない大きな羽根が、益田と青木をくるむ。羽根でできた卵の中にいるようだった。田舎の安いラブホテルはことりとも音をさせない。一つの卵の中で身を寄せ合う。青木はひとりでなど生きられなくて、益田はひとりでだって生きていくことができなかった。シーツのきぬ擦れの音が響いて、鼓膜を揺らした。


夜なんか明けなくたっていい。馬脚を現す朝を、どうすればころせるのかとおもって、そんなことが出来るはずもないのに、夢と現実はいつもとはその力関係を異にしているように感じた。ぼんやりと思う、今ならころせるかもしれない、現実。それは多分翼を生やした益田と屋上にいるからだった。息がつまる。哀しみの故か、寂しさの故か、興奮の故か愛しさの故か、それともまだ青木が名前を知らない感情の故、か。
この世のなごりにと煙草を買った。
初めてのそれを益田は三度も吸い込まないうちに激しく咳込み、放棄した。残りは青木がすうことになり、吸い慣れていないわけでもない青木は苦味のあるそれを口にくわえた。
自由とは何物の名か。そんなものどこにだってあるのに、どこに行ったって見つからないように思う。それは青木が、十八年と数ヶ月の人生の中で、思い付いた結論だった。
本当に、ああ本当に自由とは、自由とは何物の名か。
清い空気の中に煙りを吐き、青木は、柵のすぐ前に立つ益田の背中に声をかけた。
「ほんとに、しぬの」
羽根はみるたびに纏う色を変えるようにも感じられた。見る度に、新鮮な驚きと微かな感動を与える。益田は青木を振り返った。彼はいつもの軽薄な笑みを浮かべていた。
「はは、ねえ、青木さん、僕には翼が生えたんですよ、だから、落ちないかもしれないでしょ、羽根があるんだったら、空を飛べるかもしれない、それは、じさつとは呼ばない。あは、だけど、僕は飛べないと思う、飛べないことを、知ってるのに、空を飛ぼうとするのは、じゃあそれはじさつですか?誰もすくってくれない、ことは、それは、じさつってよぶんですか、」
こいつは弱い人間かもしれない。弱い奴はもしかしたら死ななければならないのかもしれない。そして、そういう世界からの否定は彼は充分に受けたのだ。傷は多分、弱さに与えられる制裁だ。だから彼は逃げようとしている。遠い場所に。ナルシズム、エゴイズム、ニヒリズム。どの言葉もどこか的外れな気がした。批判されることではない。多分、彼の行為は理に適っていた。憎むべきは世界だ。兎の穴に逃げ込むことはできないという、それだけのことだ。
空が白み始めていた。青木は益田に近寄り彼の頭に手を置いた。
彼を傷つけぬ朝はどこだ。僕らが生きれる朝が訪れるのはいつだ。翼は動かないだろう、夢はかりそめの朝日とともに瓦解する運命にある。益田は青木を抱き寄せて囁いた。
「おはよう、君に会えて良かったよ、ありがとう」
そして不器用に、益田は柵によじ登った。不安定にその上に立つ。翼に朝日が反射して、その一瞬、真っ白に見えた。天使のそれのように。
「さよなら」
彼は一度青木に振り向いてそう言うと柵を蹴り、真っ逆さまに落ちた。

世界は静まり返って、もしかしたら本当に、果てがきてくれたのかもしれない。青木は自らの手に視線を落とす。鈍く光るナイフがあった。青木は笑む。こんなもので朝などころせるものか。世界など壊せるものか。こんなもので息の根をとめられるものなんてたかが知れている。

痛みはあまり感じなかった。




///


people in the box
rabbit hole
she hates december


最初は益田ひとり死なせる予定だったけど青木が可哀相だから後追いさせた
思いつきですほんとごめん…

120603




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