貸し借り

「はい、橘くん。これ前言ってたCDね」
「えっ本当に持ってきてくれたの?」
「私は有言実行が信条なのですよ!」

えっへんと胸を張る私に笑顔を返してくれる橘くんのなんと神々しいことか。
以前約束していたシャンペインのファーストシングルを持ってきただけなので大したことは全くしていないのだけれど、橘くんのこの笑顔を見るとまあいっかって思っちゃうのは何でだ。ほんとうに不思議である。
これこそ橘くんのみが成せる技なのではなかろうか。

「わ、シャンペンのファーストシングル…」
「おー橘くん、もしかしてこの間話した後にちょっとシャンペンについて勉強した?」
「…わかっちゃう?」
「まあ、こないだネットでちょっと聞いたことあるって言ってたし…半分は勘かな」

はは、でも正解。と橘くんは苦笑する。
ちょっぴり頬に朱が混じっているのがなんとも可愛いったら。だからもう、天然キラーっぷりを私に見せつけるんじゃありません!

「なんかねー、デビュー曲はすっごいシャンペン節が効いてていい感じだよ。シャンペン好きならたまらんっ!て感じ」
「へぇ、気になるなあ…でも家帰らないと見れないし…残念」
「まあまあ、もう一日も半分過ぎたわけだし、もう一頑張りですよ!」

微妙な感じで励ますと、橘くんははは、と力なく微笑みを返してくれた。
そう、さっき橘くんの言葉にも出てましたが、ただ今絶好調お昼休みin中庭です。
中庭なんて人目につくところにいて大丈夫?って心配してくれるお嬢さん、ご心配痛み入りますが大丈夫です。なぜなら…
橘くんが私に相談してることがバレましたーかっこなきーかっこばくしょうー!
笑い事でも泣き事でもねーよって感じですがそこは許していただきたい。
うん…あの時の女子の怖さったら…なかったよね…
それ以来なんというか、皆さん推奨のもと、公認のお友達みたいなポジションにいます。とっても居づらいポジションです。
皆さん私たちを見守る目がランランと輝きすぎデスヨ。
あの橘くんの好きな人って誰!?
好みのタイプって!?
橘くんについてもっと教えてよ!
もしかして、私のこと好きになってくれてたり…!?
などなどなどetc…いやー、恋する乙女の暴走力…ごほん、訂正します。
恋する乙女の妄想力…あれ、これも駄目?だったら…
恋する乙女のパワーってのは計り知れないですね!
えー誰と喋ってんだって?そこは気にしたら駄目なとこですよ!
気にしたら負け!おっけー?

「あ、そーだ。橘くん、お菓子いる?」
「へ?お菓子?」
「うんそう、お菓子。友達の誕生日に作ってきたんだけど余っちゃって」
「そうなの?そっかぁ、貰えるんなら欲しいなぁ」
「いや寧ろ貰っていただける方がコチラとしてはとってもありがたいっていうか!いやこんなシロウトが作ったもんなんて食えたもんじゃねえよ!ッて感じなんだけど!」
「そんなことないよ、この間羽月さんからもらったマドレーヌ、美味しかったよ?」
「あーあれですか、まああれはレシピ通りに作っただけだから私の力量っていうかあのレシピを探しだした先生の力量ッて感じがするんだけど…まあ美味しかったならよかったですよ。お粗末さまでしたってね」

ニシシとイタズラっぽく笑うと、どういたしまして、と微笑む橘くん。
この笑顔が見れたならまぁこんな素人手作りなお菓子にも感謝かなぁと思ったり。
橘くんの笑顔には人を幸せにする成分でも含まれてるに違いないよ?

「あっそういえば、橘くん!」
「ん?なぁに?」

その柔らかい笑みを私に向けるなとあれほど!…口に出しては言ってないけど!!

「あのー、例の女の子に趣味聞けた?」
「あぁ、うん、聞けたよ。偶然だけど、好きなアーティストが同じだったんだ」
「へぇ!いいじゃないっすかいいじゃないっすか!!」
「それで、今度CD貸すねって言ってもらえて」
「おぉー!!」

いい感じじゃないか、これどう考えても脈アリなんじゃないっすかね?
しかし自分に恋愛相談してる相手が、意中の人と仲良くなっていくのを聞くのはなかなかに嬉しいものですね!
私は未だに独り身なわけですが!

「で、さっきそのCDを貸してもらえたとこ」
「え…そうだったの!?おめでとう!…かな?」
「うん…ありがとう」

まるで私を窺うような目線が気になったけど素直に賞賛を送れば、橘くんはがっくりと肩を落としてそう言った。
どうしたんだろう橘くん?

「しかし、橘くんと趣味が合う子ってことは、その子と私も気が合いそうだね!」
「そ、そうだね」
「いつか紹介してね!!」
「…羽月さんは、もう知ってる人だよ」
「…えっ!?誰!?」

私が知ってる人!?私の知り合いに橘くんの好きな子がいるわけ!?
誰だ誰だ、橘くんに見初められるくらい可愛い子いたっけ?
えっちゃん?いや、みきちょんも清楚系(残念)美人だし、夏子も可愛いよな…誰だ!!
結局橘くんはそんな爆弾発言だけを残して、私には名前を教えてくれませんでした。まる。
くそぅ、諦めないからな…!



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