お話し

「挨拶出来たのは嬉しいんだけど、その後どうしたらいいのかわからないわけね?」
「うん、そうなんだ。どこまでなら嫌がられないのかわからなくて…」

屋上inお昼ターイムな私と橘くん。
一緒に屋上でお弁当食べてるところです、が、冒頭の台詞でわかってくれたようにただお昼をご一緒してるわけじゃありません。
ただいま恋愛相談中なのですよ!
教室に橘くんが現れて私の名前を呼んだ時は戦慄が走ったけど、私は今ここに居ます!
生きてるってすばらしいね!
後でクラスメイトその他諸々に諸事情を説明しなきゃいけないのとグループの奴らに根掘り葉掘り聞かれるだろうことを思うとちょっと今から憂鬱ですが、まあなんとかなる!よね!
しかも橘くんに好きな人がいるってことを隠しながら話を躱さなきゃいけない結構難易度たかい任務だけど、大丈夫だよね!がんばれ自分!
それはともかく、今の私の任務は悩める子羊な橘くんにナイスなアドヴァイスをすることなわけで、ここで一人で喋ってるだけじゃ駄目なわけですよ。
んー、どうしたもんだろうかと一人思案。
正直な話をしちゃうとですね。

「もう告っちゃえば?」
「えっ!?」
「だーいじょうぶ大丈夫、橘くんなら即オッケーもらえるって!」

かっこいいしという言葉は未来の彼女さんのためにも言わないであげた。
大体橘くんの顔が整ってるのは周知の事実だしね!今更私なんかに言われてもな感じでしょ知ってる!

「そそそそんなことできるわけ!」
「なんで?」
「なんで、って…そりゃ、まだ顔見知り程度の仲、なわけ…だし…」

あ、自分で言ってて凹んでる。
しょぼんとする橘くんがなんというか小動物可愛くて思わずときめきそうになってしまった。
いかんいかん。
私はただのしがない恋愛アドバイザーなのだ、相談している相手に惚れるなんて将来彼とお付き合いする女の子に悪いってもんである。
っていうかそれなんて乙女ゲームだよって話だ。

「まあそんな冗談は置いといて、ですね」
「冗談だったの?」
「まぁ…」

半分本気だったとは言わないでおいてあげよう。
ともかくおふざけモードは一時中断して、真剣に頭を悩ませる。
挨拶できて、その時点で好感触だったわけでしょう?
なら、次は…

「とりあえず…廊下とかですれ違った時にでもさあ、話しかけてみたら?」
「話す…そっか、素直に喋りかけたらよかったのか」
「うん、まあ今は顔見知り段階なわけだし、話すのくらいいいと思うんだ。そうやって徐々に仲良くなったらいいんじゃないかな?」
「わかった、やってみるよ!」

きらきら光るその笑顔がとっても眩しいです橘くん。
若葉色の瞳が輝くのを見て視線をお弁当箱に下げる。
いやあ眼福というか心臓に悪いというか、小悪魔だね橘くんってば!私なんかに愛想振りまかないで!思わず照れちゃうじゃないですかただの喪女なのに!

「もし失敗しちゃったらごめんね、私のせいにしちゃっていいから」
「ううん、そんなこと絶対ないよ!」

ありがとう、羽月さん。
そう言って微笑んだ橘くん。
あ、もうだめだ橘くんの後ろに後光が見えた!















休み時間は移動と喧騒のお祭り騒ぎである。
かく言う私も次が家庭科実習で友達と移動中なわけだけど、そこらから聞こえてくる声のうるささったらない。会話できないほどの音量ってなに!どんだけはしゃいでんの!?

「でさー」
「えっちょっとごめん全然聞こえないんですけど!」
「え?なんて?」
「あーもううるせえな隣のクラス!ごめんまじで聞こえない!」

喧騒といったけどここまで来ると騒音のほうがしっくりくる気がする。
あまりの騒がしさに眉を寄せていると、友達が「あ」と声を上げたのが動きで分かった。

「ごめん!忘れ物しちゃったから先行っといて!」
「へ?あぁ、うんわかった!」

相変わらず声は聞こえないけど身振りでなんとか判断して友達と別れた。
煩わしい五月蝿さからはやく逃げたくて急いで階段を下りる。
手元には教科書とプリントとエプロンその他調理実習用のセット。
それを胸元に抱え込むようにして下りていると、まあ足元なんて見えなくて、気づくと足が角に付いているすべり止め用のゴムに引っかかっていた。

「あ」

やっべこれ結構段差残ってる!
ひやっとしたものが背中を駆け下りていき、目に映るものが全てスローモーションで過ぎていく中、私はぼんやりと「これどうしようか」と思っていた。

「危ない!」
「ほへっ!?」

突然、重力に逆らう動きが加えられ、足の裏に硬いタイルの感触。
目の前は真っ暗でなにがなにやら全くわからない。
ふぅ、と頭上から聞こえてくる声に合わせて上下する目の前の壁、いや、この感じは人の体…?
流れでそのまま上を向き、見知った顔が思った以上に近い場所にあって思わず瞠目する。

「え…橘くん?」
「よかった…羽月さん、怪我はない?」
「へ?あ、あぁ、うんお陰様で…っていうか今助けてくれたのって橘くん、なんだよね?」
「うん。向かいから羽月さんが見えたから、話しかけようとしたら落ちてくるし、びっくりしたよ」
「うわぁぁありがとう!死んだかと思った!」

心底感情を込めてお礼を言うと、言われた本人は嬉しそうにはにかんだ。
橘くんすげぇ!普通は落下してる人間助けるとか出来ないって!

「いやあほんと助かった!今度お礼させてもらいたいくらい助かったよ!」
「お礼だなんて。いっつも相談させてもらってるし、俺のほうがお礼したいくらいだよ!」
「いやいやいや、私なんて橘くんにお礼してもらえるほどのことやってないから!」

本当にありがとうと声をかけると、すっと自然に身体の距離が離された。
そっか、今までほとんど抱きつくような体勢で話してたから…そのさり気なさはどう考えても熟練の(恋愛)スナイパー並なんですけど。ほんとに君何者なの!
つーか恋愛スナイパーって私も恥ずかしすぎるわ!
今までひっついていた事実と私の脳内語録の痛さのせいで頬に熱が集まる。
うわあこれ死んでも人様に見せられない顔になってる気がする!

「あ、それじゃあ私、これから調理実習だから!」
「そうなの?じゃあ、頑張らなきゃだね」
「あっうん…っそうだ!お礼にさ、今日の実習のマドレーヌ、持って行くよ!」

たはーと馬鹿っぽく笑いながら橘くんを見上げると、彼は一瞬驚いた顔をした後にっこりと微笑んだ。

「本当?嬉しいなあ」
「もし失敗しちゃったらごめんね!あ、その時に意中の子と話せたか話聞かせてよ!」
「失敗なんてしないよ。それに、好きな子とはもう話せちゃった」
「え」

どういうことだと詰め寄る私に、いつものふんわりした笑顔だけを向ける橘くん。
どういうことなの!?超気になるお話聞きたい!と大声を上げたところで次の授業の予鈴が鳴ってしまった。

「うわあやばい予鈴!」
「あっほんとだ」
「じゃっ私行くね!」
「うん。それじゃあ羽月さん、また後で」

結局慌ただしく橘くんと別れた私は、マドレーヌを渡しに行く時にこの時のことを再度訊ねたのだけれど、彼は食えない笑顔で教えてはくれないのでした。



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