挨拶

「あー、えーっと、とりあえず挨拶してみたらいいんじゃないかなあ?話したことない感じ…なんだよね?」
「あー…うん、そう、かな?」

目の前の色男もとい橘くんが頬を染めたまま頭を掻く。
なんだおら、反応がはっきりしないなあもう…
イケメンだからなにやっても許されるんだけどね!いいけど!

「じゃあやっぱり挨拶だよ挨拶。挨拶すると相手にも認知してもらえるしさ」
「そ、っか…そうだね。うん、明日早速実践してみるよ!ありがとう、羽月さん!」
「いえいえどうも、また何かあったら報告しにきてよ」

いつものように受け答えをして、なんだか晴れやかな笑顔の橘くんがいい笑顔で教室を出て行くのを見送る。
彼の姿が見えなくなり、足音が消えてから、貼り付けるように固めていた笑顔をため息を吐くと同時に消した。
はぁぁぁぁぁ、なんつー面倒くさそうな相談事だろうか。
いやね?確かに、確かにさ、男子から恋愛相談されたことだってあるにはありますよ。
ダテに中学から恋愛相談窓口開いてないっつのって感じですよ。
でもなー、そういうときの男子ってさぁ、ちょっと地味めだったりとかさぁ、ヘタレだったりとかで女子人気が高くない感じの子ばっかでさぁ、なんつーかこう…
橘くん、私に相談なんかしなくても告白したらその日にオッケーもらえるだろお前!みたいなさあ!
ね!?わかるよね!?

「…ま、今日は帰りますか」

明日から行動するみたいだし、もしかしたら明日で全部うまいこといっちゃうかもだし?
もう私のところに彼が来ることはないだろう。
もし来るとしてもそれは告白成功の報告の可能性が高い。
うん、我ながら悲しくなってくるわ。
なにが悲しくて非リアの私がリア充増殖させにゃならんのだろうか。
いいけどね!恋する乙女は総じて可愛い(嫉妬してる系とかntr系は除く!)から許すけど!

「あーあぁ、私も彼氏ほしーなー」

ボソリとそう呟きながら、私は教室を後にしたのだった。
まさかこのつぶやきが誰かに聞かれてるとも知らずに、ですよ。















「おはよ〜」
「あ、おはよ」

みなさんおはようございます羽月巴絵です。
正直ちょっと眠いけど今は我慢して下駄箱なう。
今日は1限目から古典だからきっと寝れるんだ〜なぜならゆるふわおじいちゃん先生だから!
古典は成績も悪くないし、多少寝たって平気でしょう!
そこかしこで交わされる魔法の言葉をBGMに、友達の挨拶ににへらとした緩い笑顔で答えていく。
もうなんだか懐かしいよね、あのCM。
ぽぽぽぽ〜ん!が今年の流行語大賞になるんじゃないかって真剣に思ってた時期あったもんなぁ、私。
そんなことをつらつら考えていたところで、あ、と思い出した。

「(そーいや橘くん好きな子に挨拶できたんだろうか?…ま、私には関係ないか。いや、あるのか?)」

うーむと若干寝不足の頭で考える必要があるのかないのかわからないことを考える。
相談されたわけだし丸っきり関係ないなんてことはないよなぁ、とぼんやりした頭で考えていると、昨日も聞いた柔らかな声が耳朶を震わせた。

「おはよう、羽月さん」
「ふぇ?え、橘くん?」
「うん、そうだよ」

寝ぼけてるの?なんて悩殺スマイル(命名:私の橘くんのふんわりした笑顔のこと)で首を傾げられてもとっても困るんですけど。
とりあえず挨拶されたからには返すのが礼儀だ。
私は中途半端に開いていた自分の靴箱の蓋から手を離して彼に向き直り、おはようございますー、とおちゃらけたように腰を曲げてお辞儀をした。
片手に革靴持ってるけどそこはまあ妥協していただこうか。

「橘くん今日は遅かったんだねえ」
「あー、今日はハルがなかなか風呂から出てくれなくって」

苦笑交じりのその台詞は一般的に考えるとわけがわからないのだけれど、わたしはそこには深くつっこまず、そうなんだーと躱しておいた。
ちなみに朝が早いだの遅いだのは例に漏れず恋愛相談から仕入れた情報である。
でもとりあえず心中でくらいつっこませてほしい。
なんだ朝から風呂って。
ハル、が彼の幼なじみの七瀬遙くんを指すのはわかるんだけども、何、朝から風呂入っちゃう系男子なの?潔癖症なの彼?
…ま、いっか。七瀬くんの話なんてそれこそ私には全く関係のない話である。
彼も人気が高いからいろんなことを聞かされて知ってるけど、今の話は初耳だ。
また彼のことが好きな子がいたらアドバイス混じりに教えてあげようそうしよう。

「あ、そういえば。橘くん橘くん」
「ん?どうしたの、羽月さん?」

ふと思い出して橘くんを呼び止めると、七瀬くんの方へ向かおうとしていた彼が何故だか嬉しそうな笑顔で私を振り向いた。

「いや、例の子に挨拶できた?って聞こうと思ったんだけど、聞く必要なかったみたいだね」
「えっ!?なな、なんで!?」
「なんでもなにも、そんな朝から嬉しそうな顔してるの見ちゃったらねえ…」

聞かずともわかるってもんですよ。

「成功したんだね、おめでとう」

私も嬉しくなって彼に微笑むと、橘くんは頬を刷毛で塗ったかのように一瞬でピンク色に染めた。
おうおうどうしたよ色男くん!そんなことで恥ずかしがっちゃってー!初だなあ!
だから人気高いんだよこのこのー!
…ふう、私なんで朝からこんなにテンション高いんだよ疲れるわぁ…

「あ、ありがとう」

赤い顔のまま嬉しそうに頭を掻きつつ橘くんにお礼を言われ、こちらとしても嬉しい限りだ。
やっぱ顔がいいってのは得だね、何しても似合うんだもん。

「あ、その、また恋愛相談、しに行っても…いい、かな?」

林檎みたいに茹だった表情で、両の手の人差し指の先をちょんちょんと突き合わせる仕草が似合うってなんなの、本当に男なの?
いや男の子なんだけども。男子用の制服着てるし。
でもなんというか、その仕草で上目遣いはかんべんして欲しい。
なんで橘くんのほうが身長高いのに上目遣いできるのかとっても気になるところだけれど、今はそれよりも通常より少し早い鼓動を抑えることの方が大切だった。
さすが第一印象が心臓に悪い男、だった橘くんである。

「もちろん、羽月恋愛相談窓口はいつでもだれでもご利用可能ですよ!」

ニシシ、とイタズラっ子の様に笑い返すことが、今の私ができる精一杯の照れ隠しだった。




(0829)



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