私の目の前に現れたのは幻でも人形でもそっくりさんでもなく、本物の一之瀬一哉その人であるようだ。というのに気づいたのは意外とすぐのことだった。シャツは全開でスカートも脱ぎかけ、なんてあられもない姿で対面したせいで、一哉くんは私と目を合わせようとはしなかったけど、それでも十二分にわかることはあった。見覚えのある白いユニフォーム、聞きたかった高めのアルト、馴染みのあるきれいな茶髪。これだけ揃えば十分だろう。それにもし私を騙すつもりでこの少年が派遣されてきたのだとしても、ここまで精巧に似ているのなら騙されてあげようという気にもなるものだ。


「…一哉くん?」


それでも、もし疑問を抱くとするなら1つだけ。


「な…なんですか?」


どうして中学生の頃の姿なのかということだ。


「えっと、聞きたいことが幾つかあるんだけど、答えてもらえるかな?もし嫌ならなにも言わなくていいから」
「…」
「まず…名前、は、一之瀬一哉、で合ってる?」
「…はい」


よかった、答えてくれた。


「じゃ、次ね。年はいくつなのかな?」
「14、ですけど…」
「じゅうよん…中学2年生?」
「はい」


嘘を吐いているようには見えない。ならあと聞かなきゃいけないことは…


「…どうして私の家にいたの?」
「それが…わからないんです。いつもみたいに皆とサッカーしていて、技を打ったら突然」
「へぇ、サッカー、やってるんだ…なんてチーム、だったの?」


少しわざとらしかっただろうか、そもそも名前を知っていてサッカー選手であることを知らないというのは不自然だということに言ってから気づく。しかし切羽詰まっているのか一哉くんはそんな矛盾には気づかないままに「ユニコーンっていうアメリカのチームです」と教えてくれた。その名前に胸が締め付けられた。ユニコーン…ということは、やはりアメリカに渡った後…私と、別れた後、であるらしい。


「そ…か。うん、じゃあ私も自己紹介。名前は天降真幸、社会人だよ。君を養えるだけの蓄えはあるし、気兼ねせずにここに住んで。行くところ、ないでしょう?」
「えっと…わかりません。そもそもここがどこなのかさえ見当がつかないので…」
「あ…そっか…」


当たり前だ、彼は気づいたらここにいたと言っていた。正直に話していいものか逡巡するが、彼の不安そうな表情を見ているとかわいそうになってきて、せめて必要最低限は教えてあげようと決めた。


「ここは君のいた時代より10年は後の未来だよ」
「…え」
「まあ信じてもらえないかも仕方ないとは思うけど、ほら」


卓上カレンダーを指差して西暦を示す。それを見て目を白黒させながらも一哉くんは頷いた。


「いきなりこんなとこに来て不安だろし私のことも不振に思ってるだろうけど、信じてほしい。私は君を知ってるし、害意を加えるつもりもない。むしろ君を元の世界に返してあげたいって思ってるの。もし不安なことがあるなら質問してもらえれば答えられるだけ答えてあげられる」
「…じゃああの、少し質問いいですか?」


と、真剣な表情になった一哉くんが姿勢を正して私を見た。早速きた。相変わらず頭の回転ははやいようだ。
突然見知らぬ場所の見知らぬ人に名前を呼ばれてここに住むといいなんて言われたら私なら疑って逃げ出そうとするだろう。行く宛もないことを一瞬で見抜いて、その上で私と対面する彼を純粋にすごいと思った。
正直今を一番信じられないのは私だ。でも、一哉くんがここにいるという事実は紛れもない現実で。なら私のするべきことは彼を元の時代に安全に帰してやることなのだろう。


「その、天降さんて…もしかして、少し前まで…いや、昔俺と付き合っていませんでしたか?」
「…それは、教えられない、かな」
「だって俺の名前、知ってましたよね?」
「一哉くんは有名人だから、ね」
「…そう、ですか」
「うん、これ以上は教えてあげられないけど…確かに私は君と関わったことがあるよ。だけど誰だったかは教えられないな」


一哉くんと別れて何年か経った頃私の両親が離婚したせいで私の名字は変わってしまったから、恐らく名前からの推測だったのだろう。案外あっさり引いてくれた。
彼の名前を知ってることについても嘘は言ってない。事実彼は今やサッカー界のトッププレイヤーだしね。でもそんなことを教えてしまったら過去が変わってしまう、なんてのはSFの見すぎだろうか。


「他には?なにか質問、あるかな?」
「…いえ、十分です。迷惑をかけますが、これからよろしくお願いします」
「…うん」




こうして私と一哉くんの、奇妙な共同生活が始まったのだった。












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