猫って生き物は気紛れ屋だ。我が道を突き進んだり気分が乗って甘えてみたり。かくいう俺も猫に例えられることが多いし、その行動原理はわかる気がする。もしくは、気がしていただけなのかもしれない。

あの珠洲とかいう黒猫は結局今日一日中ずっと俺にべったりだった。でもまぁ猫特有の気紛れだ、放課後になったら知らない間にどこかに行っているだろうと、そう思っていた。
のに、だ。


「わあぁかわいいぃぃ!!」
「本当に狩屋の飼い猫じゃないの!?」
「か、狩屋くん!撫でてみてもいいですか!?」


放課後。ということは部活があるわけで、珠洲とかいう猫のことは放ってサッカー棟へ向かった。よく考えたらこの時点であいつは既に俺の側にはいなかった気がする。あーやっと離れた清々したー、なんて心中で歓喜のため息を吐いてサロンに入るための自動ドアを越えた途端に、目についたのは人の山。しかも黄色い声援ではなく猫なで声のパレードがある一点に集中していた。まさか、なんて俺の予感は的中で、あの猫野郎がまあ、ドヤ顔で座っていた。で、さっきの台詞に繋がるわけだ。
すぐ近くを囲っているのは一年生だが、その外周はすでに二・三年生に固められている。しかもみんなだらけきった表情で、そわそわしながら。
こりゃだめだと辺りを
見渡すと少し離れた所に剣城くんがいて、やっぱ大人っぽい奴は違うよなーなんて思いながらそちらへ歩を進めた。背後で何故か俺に猫を触る許可を取りたがる奴らに適当に返事をして、剣城くんに話しかける。


「つーるーぎくん」
「…なんだ?」
「いや、みんな猫に夢中で話し相手がいなかったからさ。やっぱ精神が大人な剣城くんは猫くらいで挙動不審になったり…剣城くん?」


しないよな?と続く筈だった俺の言葉は遠い宇宙の彼方に飛んでいった。目の前の、同年代で一番落ち着いている彼を凝視する。
当の彼は腕を組んだ状態で指を震わせ、今にも何か言い出しそうな、踏み出しそうな体勢…というか姿勢だった。誰かの「ふわふわー!」という感想が聞こえると肩もピクリと反応して、えーっと。


「…触りたいなら、行ってきたら?」
「なっ!?べ、別にそんなわけじゃ!」
「いやだってあからさまにそわそわしてたし、隠しても無駄だよ」


行ってきなよ、と促すと、どこか赤い顔のまま剣城くんはあの人ごみのなかに紛れていった。…今度から剣城くんに対しての認識を改める必要があるかもしれない。

そんなこんなでかれこれ20分は経過して、ミーティングのためにやって来た円堂監督や音無先生、はてはあの鬼道コーチまで珠洲を愛で始めたものだから、危機感を覚えた俺は慌てて皆からあの猫女を取り上げた。恨みがましい視線なんて知るかよ!
すぐに猫を被った俺は「みなさん着替えて来なくていいんですか?」と声をかける。すると、やっと皆が正気に戻って更衣室へ駆け込んでいった。因みに俺は既に準備万端だ。監督たちに少し外に出てくる旨を伝えると、珠洲を抱えて棟を出た。
…さて。


「おい、お前」
「珠洲だよ!」
「あぁもううっせぇなぁ、とにかく!これじゃ部活にならねぇからどっか行け。戻って来んなよ!?」
「えー!やだぁ!!」


口論を繰り返すが目の前の猫娘が首を縦に振る様子がない。だからといってこちらも譲歩できないし、落とし処が複雑だ。
というかそもそもどうしてこの猫女は雷門に来たんだ?初歩的な問題に行き着いてふと口の動きを止める。ん?本当に理由がわかんねぇ。


「つーかお前、なんでここに来たわけ?」
「?なんでって…なんで?」
「いや、聞いてんの俺だし」


わからないことは聞くに限る。どう考えても俺にこの女の行動は読めないし、そもそも俺、こいつのことなんも知らない。いやどーでもいいけどさ。
しかし質問を質問で返されると返答に困るわけで、なんかしどろもどろに口を動かしてよくわからない理由を述べると、目の前の猫は まぁいっか と言うような表情で口を開いた。


「だってマサキに会いたかったんだもん」
「…は?」


何言ってんだこいつ…?


「ほら昨日マサキがさ、私の声に反応したじゃない?」
「…」


不本意ながら思い当たる節がある。昨日の放課後の話だろう。渋々頷くと、猫女はそれはもういい笑顔で「だから!」と言った。
…待ってくれ、話が全く読めない。起承転結きっちりした文章でもう一度説明を頼む。


「どーいう意味かわからないんだけど?」
「だーからぁ、マサキみたいにさ、私が見える人に会うの、初めてだったんだー!」


だから嬉しくなって君のこと調べちゃったよ、とこの女はやけに嬉しそうに話す。が、俺はそれどころじゃない。ということはなんだ、これは俺の不注意からきた結果ってことか?普通じゃない俺が、普通の人間みたいに暮らそうとした見返り?


「なんだよそれ…」
「?マサキ?」


そんなの、受け入れられるわけがない。俺だって好きで見えるように生まれてきたわけじゃない。勝手にこんな能力を俺に与えておいて、それで一般人のフリをしたらその報復が来る?ふざけんじゃねぇ。


「もう知らねぇ。お前なんか勝手にどっか行け!二度と俺の前に姿を現すな!!」
「え?あっマサキ!?」


抱え上げていた黒猫の体をブンっと放る。場所は既に校門前だ。スタッと難なく着地されて腹がたったが、もうあんな奴に構う義理はない。というか義理なんてものそもそもないんだよ。
珠洲とかいうあの猫のその後を確認しないまま、俺は校門に背を向けた。

早く帰らなきゃ。ミーティング始まってなきゃいいけど。



そんな俺の背中を、あの猫がどんな目で見つめていたかなんて知らない。
知ろうとも思わなかった。












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