甘え下手
トントントン、と野菜を切っていた。今日の夕飯の支度である。血盟軍は大柄で食べ盛りが集まっている故、それを一人でこなすニンジャは、毎度一苦労である。
(しかし、あやつらを台所に入れると それはそれは邪魔で仕方が無いからなぁ)
寧ろ一人の方が効率が良かったりもする。
「…………」
ピタリと包丁を動かす手を止め、一息ついた。
「……何用か、アシュラ」
「カカカッ、気付いておったか…面白くない」
ため息をついて振り返ると、六本の腕で腕組みをしたアシュラマンが後ろに立っていた。
「何か飲むのか?」
「いや、貴様の働く姿を見ようと思ってな」
ただの見学か。ニンジャはそう思い、また包丁を持って作業を開始した。キッチンには、ニンジャのたてる料理の音だけが響く。うしろでずっと立っている彼は退屈しないのだろうか。
「御主、そんなところに居ても退屈なだけだろう?」
「まぁな」
「……………」
じゃあ何故居るのか。ニンジャにはさっぱり分からなかった。大体、六本も器用な腕があるのだから料理の一つくらい手伝ってくれてもいいところ……、とそこまで考えてから、ニンジャは額に手を当てた。そうだ、この後ろに居る方は『魔界の王子様』であった、と。
『私は魔界の王子だぞ、家事などしたことがないわ』
住み始めに言いのけたこの潔さ。逸そ清々する。その言葉通り、アシュラマンは自室の掃除はたまにするが、他の事はてんでやる気がなかった。
「宝の持ち腐れとは、まさにこの事……」
再びため息をつくと、後ろから件のアシュラマンが話しかけてきた。
「おい、後どのくらいで出来上がる?」
「? 後はこれ等を煮込むだけでござるが」
そうか、そう一言だけ言うと、アシュラマンはニンジャの背後から六本の腕でガッチリホールドしてきた。突然の抱擁にニンジャは驚きを隠せない。
「なっ!」
「ニンジャ、なべが煮えるまで俺に構え……」
ギュウギュウと抱き締めるアシュラマンの腕は、少し加減してくれているようだ。若干苦しいが、息が詰まる程ではない。それに、この後ろからホールド を決めてくるときは、大体が邸内に誰もいないとき、少なくとも近くには誰もいないときである。アシュラマンが誰にも甘えたところを見せないように用心深いからだ。
「……御主は、甘えるのが下手だな」
「お前には言われたくない」
「フッ…、御互い様と言うわけか」
身体をアシュラマンの方に向け、そのまま大きな身体に腕をまわす。彼の身体は見事な筋肉に覆われていて、それは宛らかの有名な仏像のようだ。青い彼の肌に触れるだけのキスをすると、頭の上で小さく唸り声が聞こえた。
「ちゃんとしたところでしてもらおうか」
「"ちゃんとしたところ"とは?」
そこまで言うと、アシュラマンは少し屈み、ニンジャの頬を二つの手で包んだ。あぁ、悪魔のクセに こんなにも暖かい手。
「頬を染める貴様は珍しいな」
「御主こそ、デレ期でも来たか?」
悪戯にニンジャが笑ってやると、フンッと鼻で返すアシュラマン。
「私はずっとデレ期だがな」
「戯言を……」
どちらともなく繋がる唇。ぬるりとした舌の感触にニンジャが逃げ腰になるも、アシュラマンの腕が後頭部と腰の辺りを掴んで離さない。
「ん…ふぅぅ……」
ニンジャから漏れる喘ぎと、鍋の中で具材が踊る音だけがキッチンを満たす。温かな舌を絡めれば、押し問答のように乱れる。グニグニとニンジャの口内を刺激しながら進むアシュラマンの舌に、ニンジャは音をあげそうになった。唇から溢れた唾液は、もう顎にまで達している。
「んぅっ!んっ、んぅ!」
ニンジャはギブアップを知らせる為に、アシュラマンの胸をタップした。
「………はぁ、これしきの事で情けない」
唇を離してすぐ悪態をつくアシュラマン。恋やその行為に馴れていないニンジャと違い、彼は経験が豊富のようだ。
「っは……うるせぇ、」
息も絶え絶えに反論するニンジャは、あまりの刺激に悪魔時代の口調を出しそうになる。頭を掻き乱されるような錯覚を覚えるこのキスに、ニンジャはまだ馴れることが出来ない。
「まぁいい、苦しさに喘ぐ貴様も見物だからな」
「……ケッ、」
「おい、戻ってるぞ」
「いいさ、どうせお前しか居ないのだから…」
開きなおったニンジャが口元をゴシゴシ拭うと、アシュラマンに身体を預けてきた。
「拭うなよ、流石に傷付くぞ」
「フム、お前でも傷付く事があるのか」
「そりゃあるさ、好意を抱く者に拒まれれば 傷付きもする」
「フンッ」
「貴様だって、俺が拒めば傷付くぞ?」
「そうだろうか……」
「まぁ、私はお前を拒みはしないがな」
お前は知らなくていい事だ、アシュラマンはそう言って ニンジャの身体に再び腕をまわした。頭巾の上から頭を撫でてやると、ニンジャはアシュラマンを見上げて優しく微笑む。悪魔時代には見せなかったその笑みを見て、
(あぁ、血盟軍に入ってよかったのかもな……)
アシュラマンは胸の内で呟いたのだった。
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