*特にえろくはないけどやることやってるので一応R18



 ノミ蟲の笑顔には、ろくな思い出がない。
 思い出したくもないムカつく記憶の中には、必ずと言っていいほど臨也の胡散臭い笑顔が紛れ込んでいる。

 未だに殺し損ねているおかげで、臨也の胡散臭い笑顔は数え切れないほど目にしている。中でも一番見慣れているのが、真正面から対峙しているときの、ナイフを突き付けながら浮かべる貼り付けたような笑みだ。俺が疎ましくて憎らしくて仕方ないという目をしているくせに、かたちだけ無理矢理笑うのが腹立たしい。感情のままに顔をしかめている方が幾分か腹も立たないだろう。いつも自分にさえ嘘をつくように表情を貼り付けるところが、コイツの特に嫌いなところだ。
 その次くらいに見慣れているのが、人を馬鹿にするときの嘲笑だろうか。その笑顔ひとつで殺してやりたくなるくらい腹が立つのだから、コイツは人の怒りを煽るのがムカつくほど上手い。あの笑顔で一言二言嫌味を言われるだけで、他のことが全て頭から吹っ飛んで、ノミ蟲をぶっ飛ばさないと気が済まなくなる。
 ほかにも、自分に都合の悪いことを誤魔化すときや、苛立ちが頂点に達したとき、うんざりしているときも弱っているときも、思い返せばコイツは笑ってばかりだ。笑顔ひとつにどれほどの感情を詰めれば気が済むのだろう。あらゆる感情を覆うように貼り付けられる笑顔が、そうして覆い隠してしまえるノミ蟲が腹立たしい。見ているだけでイラついて、どうにかその貼り付けられた笑みを引っ剥がしてやりたくなる。


「ねえ、何考えてるの? シズちゃん」

 後ろから伸びてきた白い腕が、じゃれるように首に絡みつく。甘えるように背中にのしかかってくる重みと温かさは、つい先刻突然家を訪ねてきたノミ蟲――臨也のものだ。

「……手前には関係ねえだろ」
「ひどいなぁ」

 くすくすと耳元で臨也が笑う。
 ひそめられた声は、日中に街中で対峙したときとはあまりに違う。

「ねえ、いつまで煙草吸ってるつもり? せっかく俺が来てあげてるっていうのにさあ」

 わざとらしいほど甘えた声で文句を言う臨也の細い指先が、俺が咥えていた煙草をするりと抜き取った。いたずらな指が、煙草を持ったまま背後に消えていく。
 数秒の後、臨也がふう、と息を吐く。吐き出された煙が、風に流されてふわりと空に溶けた。

「……まっずい」
「なら吸うんじゃねえよ」

 臨也は煙草が嫌いだ。臨也の寝室で煙草を取り出そうものなら、うんざりするほど嫌味をぶつけられる。それが自分から吸ってみせるなんて、どういう気紛れだろうか。
 背後から伸びた指先が、そばに置いていた灰皿に煙草をぐりぐり押し付ける。

「おい、」

 勝手に奪って勝手に吸って文句を言って、挙げ句勝手に消した臨也を振り返る。せめて返すべきだろ、と文句を言う前に、じゃれるように唇を押し付けてきた臨也によって遮られた。
 薄い割に柔らかい唇は押し付けるだけですぐに離れ、恐らく臨也の思惑通りに言葉を呑み込んだ俺を見て、臨也はしずかにわらう。

 唇の端を持ち上げて、僅かに目を細めるその笑い方も、嫌いだ。
 その笑みひとつで、ノミ蟲の思惑通りだとしても、噛み付かずにはいられなくなる。

 開け放っていた窓を閉め、臨也の身体を床に押し倒した。頭をぶつけないように最低限支えてやることは、もう癖のようになっていて、何も考えなくても手が動く。勿論最初からそんな風に丁寧に扱ったわけもなく、散々文句を言われ続けて渋々そうするようになって、それがいつの間にか定着した。そうやって慣れて癖になるほど、この行為を繰り返している。

「ベッドに行く余裕もないの?」
「煙草吸い終わるのも待ってられなかったのは手前だろ」

 余裕のなさをからかってくる臨也にそう言い返せば、臨也はまた笑った。ふふ、と楽しげに声を漏らす臨也がこれ以上余計なことを言う前に唇を塞ぐ。何か言いかけていた舌は大人しくキスに応え、言葉はくぐもった声に変わっていった。









「はっ……ん、っんぁ、し、しずちゃん、シズちゃん……っ」
「っ、んだよ……臨也」

 名前を呼びながらついでに耳朶をやわく噛めば、なかがきゅうっと締まって、臨也がひ、と引きつった声をあげた。見下ろした臨也はうつろな目で俺を捉えて、シーツを掴んでいた指が解け、ゆるりと俺の首の後ろへと回る。力の入らない腕に引き寄せられるまま、唇を重ねた。
 身体を重ねている最中だけは、臨也も言葉をどこかに置いてくる。全身で快楽を享受しているのだとわかるような甘ったるい喘ぎ声と、縋るように繰り返し呼ばれる俺の名前だけが、肌を重ねる臨也の言葉の代わりだ。
 迎え入れるように開かれた唇に舌を潜り込ませれば、普段は饒舌に苛立ちを煽ってくる舌が甘えるように絡んでくる。弱いところを舐めてやりながら腰を使えば、くぐもった高い声と共に薄っぺらい身体が快感にびくびくと跳ねた。触れれば触れただけ反応を返してくる身体は素直で、誤魔化しが利かない。貼り付けた表情で全てを覆ってしまうような面倒くさいノミ蟲の、誤魔化しも嘘も封じてしまえるこの行為に、俺は初めて身体の関係を持った高校生のときから、うっかり嵌ってしまっている。

「ん、んん……っ! ぁ、あ、シズ、シズちゃん、しず……ッ!」
「はっ、クソ……!」

 キスの合間に切羽詰った声で繰り返し呼ばれ、否が応にも昂っていく。もっと奥まで侵してやりたくて、細い腰を掴んでぐっと引き寄せた。繋がりが深くなり、臨也が「ひぃ……っ」と引き攣った声をあげる。衝撃に視界が奪われているのか、焦点が合わない瞳を見下ろし、その首筋に噛み付いた。瞬間、なかがきゅうきゅう吸い付くように収縮して、堪らず臨也の腰を掴んだまま欲望に任せて抽挿する。絶頂の最中に好き勝手揺さぶられている臨也は過ぎた快楽から逃れようともがくが、加減してやろうなどと思うはずもない。必死に首を横に振りながらか細い悲鳴をあげる臨也の姿に、余計に興奮を煽られた。

「〜〜〜ッ……!!」
「……っは……」

 本能のままに細い身体の奥深くに射精して、息を吐く。臨也はまだ身体に燻る快楽から逃れられないのか、荒く湿った呼吸の合間に不規則にびくびく身体を跳ねさせていた。繋がったままの臨也のなかもその度にきゅうきゅう締め付けてきて、抜かないとまたぐちゃぐちゃにしてやりたくなりそうだ。それでも別に構わなかった。明日は休みだし、臨也の体調を慮ってやるような関係でもない。
 古くなってきたシングルベッドに横たわる臨也を、そのままの体勢で上から見下ろす。焦点の合わない目で放心している様子の臨也を眺めるのは楽しい。普段ぴょんぴょん飛び回っているノミ蟲が、少なくとも今この瞬間は俺の下で身動きが取れなくなっている。どこへ逃げ出すこともなく、すべて煙に巻くような饒舌に苛立たされることもない。
 紅潮し生理的な涙に濡れている頬を撫でると、ようやく臨也の目がぼんやりと焦点を結ぶ。俺を捉えた赤みがかった瞳が、ゆっくりと細められた。荒い呼吸を落ち着けながら、頬を撫でる手に臨也の左手が触れる。

「死ぬかと思った……」
「死んだことねえだろ」

 そもそもこの程度で死ぬような脆い人間であれば、臨也のことはとうの昔に殺せていただろうと思う。小さく笑った臨也が「そのくらい、よかったってこと」と挑発的に微笑んで、頬に触れる親指に噛み付いた。痛みは感じないが、噛んだところをちろりと舐める舌に劣情を煽られる。噛まれた親指を臨也の口に押し込んで舌の表面を撫でると、ぴくんと細い肩が跳ねた。僅かに眉を寄せ目を細めたその表情から、臨也が感じているのだと気付く。口の中に指を突っ込まれて性感を得ているなんて、さすがにえろすぎやしないだろうか。そんな状態で日常生活をきちんと送れているのだろうか、とまで考えてしまった。仮に臨也が食事の度に性感を得て欲求不満を拗らせている変態野郎でも俺には関係ないが、ただふと気になった。

「……手前、そんなんで普通に生きていけんのか?」

 考えていたことがそのまま口から滑り落ちる。俺を見上げた臨也はぱちりと瞬きをし、それからゆっくりと微笑んだ。嘲笑うような、誘うような、自嘲するような……臨也らしく分かりにくくてムカつく――それでいて、手を伸ばさずにも居られなくさせるような、そんな表情で。
 臨也の手が、自身の口から俺の指を引き抜く。かと思えば、臨也の唾液に濡れた指に見せ付けるように唇を寄せて。

「君なしじゃ生きていけなくなったら、君はどうしてくれる?」
「……」

 寄せられた唇を指でなぞる。何度も舐めては吸って口付けを重ねたせいか、いつも以上に紅い。

「……どうもしねえし、有り得ねえよ」

 誰かが居ないと生きていけなくなる臨也など、想像もつかない。俺が居なくなったところで臨也は何も変わらずに日々を過ごし、今までと同じように周囲を引っ掻き回して、そしていつものように『人間を愛している』なんて嘯いて笑うのだろう。見慣れたあの薄っぺらい笑顔で。
 いっそ本当に俺が居なければ生きていけなくなってみればいい。両腕を折ってアキレス腱を切って、首輪で繋いでおけばそうできるだろうか。想像してみようとして、出来なかった。どこまでもしぶといノミ蟲は、どんな目に遭わせたところで、ヘラヘラ笑って抜け出していくに違いない。四肢の自由を奪ったくらいでどうにかできるのなら、出会ってからの短くはない年月、殺すことも放置することも出来ず、こんな関係になるまで因縁を腐らせずに済んだだろう。
 臨也がこれ以上余計な口を開く前に、耳元に唇を寄せてまだ赤い耳に噛み付いた。まだ完全に快楽から抜け切っていない身体があからさまに震える。

「んなくだらねえこと聞く余裕があんなら、もう一回くらい付き合えるよなぁ?」
「え――ぁ、あっ!」

 さっき散々出して萎え切っている臨也の性器を掴んで刺激してやると、連動するようになかが締まった。さっきからきゅうきゅう締め付けられて、こっちもとっくにその気になっている。途中まで引き抜いてから奥までぐっと押し込むと、臨也の高い声が上がる。

「待っ、まだ、むりだって、俺……っ」
「知るかよ」
「っあ! や、あっ、しず……っ!」

 俺を呼ぶ声は途中で嬌声になって消えた。
 臨也が、許した覚えもないのにしつこく呼ぶあだ名。ムカつくのも確かだが、こうして嬌声に紛れて何度も繰り返し呼ばれるときのそれは、嫌いじゃない。何をしてもどう痛めつけてもヘラヘラ笑って最後にはするりと逃げ出す、雲のように掴みどころのない臨也に、縋られているような錯覚に陥ることができるからだろうか。

「いざや」
「っ、し、ずちゃん……っ」

 臨也の細い両腕が持ち上がって、俺の背にまわされる。ナイフを振り回しビルの間を身軽に飛び回るために見た目よりは柔らかくない臨也の掌が俺の背を撫でて、声を殺すためや口寂しさからキスをせがむのとは違う、ただ身体を寄せたがるその甘えるような仕種に、頭の奥が白くちかりと弾けた気がした。
 しずちゃん、と荒い吐息交じりに俺を呼ぶ臨也が、笑う。どろりと蕩けた瞳の中に、獰猛な執着にも似た色が見える。

「ねえ……、しず、ちゃん」
「ん、だよ……」
「今夜の、きみになら、」

 臨也が笑う。生理的な涙で潤む、快楽にどろりと蕩けた瞳を細めて。紅潮した頬は汗ばみ、柔らかな黒髪が張り付いていた。笑みを浮かべる口元が言葉を紡ぐ。上擦って掠れた声が囁いた。


 ころされてあげてもいいよ。


「――、」
 一瞬、息が詰まった。

「っクソが……!」
「、ぁ! んっ、んん! し、ちゃ……」

 噛み付く勢いで唇を塞ぐ。歯列をなぞって舌を絡めて、細い肢体を押さえつけながら反応の良いところだけを擦り上げれば、意味のある言葉はもう紡げない。

「手前は、やっぱ、黙ってろ……っ」
「ん、はあっ、っん、んぅ〜……っ!!」

 幾度目かも分からない絶頂を迎えた臨也の悲鳴は、俺の舌の上で儚く溶けていった。








 開け放ったままのカーテンから差し込む月明かりが、意識のない臨也の白い頬を照らす。
 激しい絶頂の末に体力の限界を超えて気絶した臨也は、耳を澄まさないと寝息も聞こえないくらい静かに眠っている。生の気配のない臨也は、まるで美しい死体のようだった。

 ――殺されてあげてもいいよ。

 臨也の言葉が甦る。
 荒い呼吸と上擦った声。秘め事を打ち明けるような密やかな声音。不思議と柔らかく響くその声が、心臓を絡め取っていった。

 眠る臨也の首に手を伸ばす。
 元から日に焼けていない肌は、月明かりの下でよりいっそう不健康に白い。

 ――たとえば、この細い頚を圧し折れば。
 折らずとも締め上げれば。
 あるいは、まんまるい頭蓋を砕いてしまえば。

 俺の下で無防備に脈動する心臓を、静かに繰り返される呼吸を、止める術などいくらでもあった。他にどんな凶器も必要なく、臨也が化け物と嫌うこの膂力だけで。
 身体の奥深くまで暴かれた臨也には武器を隠し持つ場所もなく、今は意識すらもない。殺意に反応して目を覚ましたとして、過ぎる程の快楽に叩き落されたばかりの身体ではたいして動けないはずだ。抵抗らしい抵抗も出来ない、無抵抗で無防備な身体。それを臨也は、俺の前で投げ出している。

 ――ころされてあげてもいいよ。
 臨也の声が、言葉が、耳の奥にこびりついて離れない。

 臨也が、どういうつもりであんな言葉を吐いたのかなど、分かるはずもなかった。
 俺がこうして臨也を殺せないことを分かっていて、どうせ殺せないだろうと高を括って煽ってみただけなのかもしれないし、あるいは、本気でそう思って口にしたのかもしれない。
 どちらにせよ、朝陽が昇れば忘れるような一時の気まぐれに過ぎない。分かっていて振り回されてしまうのが腹立たしい。

 殺してもいいって言うんなら、殺せるような顔で言えよと口に出さずに毒づいた。
 こびりついた声と共に、先程の臨也の姿が瞼の裏に甦る。

 身体の奥まで暴かれて、頬を紅潮させて、瞳を涙で潤ませて。快楽に震える身体は臨也の意思のままには動かせなくて、背中に回った腕には大した力も入らなかっただろう。
 いつもナイフを隠し持っているはずのコートは部屋に上がって早々に脱ぎ捨てて、玄関のそばに落とされていた。化け物と呼び、互いに殺意をぶつける相手の部屋で、早々に武器を手離してしまえる。シャツの一枚も身に着けずに、俺が望むままにどこまでも暴くことを許してしまえる。俺が臨也を殺そうと思ったら、ただその細い首を掴んでへし折るだけで事足りるのだと、この世の誰よりも分かっているくせに。そんな俺に組み敷かれ、身体を暴かれることを、許しておきながら。
 そうして暴かれながら、まるで、幸福を詰め込んだような満ち足りた顔で笑うくせに。

 白い首筋をなぞる。穏やかな脈動が、死んだように眠る臨也が生きていることを伝えてくる。
 添えた指先に力を込められないことなど、とっくに知っていた。




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ほんとはもうちょっと続いてたけどぐだぐだになったのでカット

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