雪が、降る。


 熱を奪ってゆくその冷たさを着物越しに感じながら石川は舌打ちした。何故こんな北の僻地まで来てしまったのだろうか。気の向くまま足の向くままにしていたはずだが、いつのまにかどこかを目指してしまっていた気がする。鼓膜にはまだ、こびりつくように残っている声があるのだ。


 ――なあ、石川。


「雪は良いな」
「はァ?」
「此方ではあまり降らないが、冬中降っているところもあるそうだぞ」
「……そりゃ難儀だろうな」
「そうか?わたしは好きだけどな」
 その頃腰を落ち着けていた場所では年に数日見られるかどうかという雪が、珍しく積もるまで降った日だった。
 石川は、袖に両腕を突っ込んだまま怪訝な顔をした。気が知れねえ。そう顔に書いてあった。土井はううんと何でもないように伸びをした。ふはと吐き出された息が白く煙る。あれだなあ、わたしは。
「雪の中で死にたいんだ」
 つめたくて、血も埋もれて、なんだか良さそうじゃないか?
 そう言った土井の瞳があまりに濁りないものであったから、石川は少し窮した。いつもならすぐに口を突いて出るようなそれが喉の奥で引っかかる。つめたいのがいい、と言う彼を引き寄せて力任せに抱き締めた。石川、痛い。そう言う土井になんて構ってやれなかった。俺はさみぃんだよ。そう言うのが精一杯だった。




 いつしか雪の絨毯に寝転びしんしんと降り積もるのに任せていた。空からは塵のような雪が降って石川のことなど構わずに埋めてゆこうとする。冷たい。――やっぱこりゃあ死に場所にはどうかと思うぜ。それだけ言ってやりたいが為に自分は此処にいるのかもしれない。だけどあいつは言っただけでは聞かないかもしれない。あれで頑固なやつだった。やはり次は連れて来てやった方がいいだろうか。
 ゆっくりと身を起こして身体に積もった雪を払いながら、石川は首を巡らした。地平には殆ど白が広がるばかりで生きた心地がしない。他にあるとしたら、幾らかの凍えた木々くらいなものか。葉も残らず全て落ちた枝には、やはり雪が積もっている。
 ふと、あの枝は如何な花をつけるのかと興味が湧いた。真白の上に足跡を残しながら石川は一際目立っていた木のもとまで歩いた。
 張り詰めた枝は雪を受けながらも力強くうねっていた。それを下から見上げていた石川は、その枝振りに見覚えがあった。
「やっぱ違えな」
 ひとりごちて、笑う。やはり春だ。次は春に奴を此処まで連れてやろうと思った。石川の目には、春に咲くそれの薄紅色が既に見えた。
 北国に咲く桜の妙くらいはいくら莫迦なあいつにも解るだろう。また一つ楽しみを増やしてしまった。くつくつと喉を鳴らす。今度の春は、いやに待ち遠しくなりそうだった。
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