003 見失った
この先お前はどうする、土井。
石川の言ったことに、最初はぴんと来なかった。この先、などというものをわたしはそれまで考えたことがなかった。いつもそのときそのとき、まだ目の前のことしか見えていなかったのだ。
先なんてわかるものか。なるようになる。忍びをやっていたのだって今日を食い繋ぐためでしかない。そんな考えしか持っていなかったように思う。
答えられないわたしに、石川が鼻を鳴らした。馬鹿にされたような気がしてわたしは食ってかかった。
「なら、お前はどうなんだ?言うからにはお前はあるんだろ」
「俺か?」
にやりと奴の口角が上がる。どうせろくでもないことだろう。
「まあ、忍者はやんねえだろうな」
「はあ?まさか百姓か商人にでもなるつもりか」
つい素っ頓狂な声を出した。石川が忍者以外の真っ当な職に就いているところはどうにも想像しがたかった。だいたい、十分な才も能力もあるというのに、それを真っ向からかなぐり捨てるつもりだというのがわたしには理解できなかった。
それに、一緒にやってきたという自負もあったのだろう。共にやってきた日々を簡単に捨てられてしまったような失望感はそのとき既にじわじわとわたしを侵蝕し始めていた。
そんなわたしの気を知らいでか、はは、と石川が可笑しそうに笑う。それもまあ悪くねえが、すぐに飽きちまいそうだな。
「なら、いったい何になる気だよ」
「そうだなあ……土井、お前謎かけが好きだろう?」
「はあ?」
あからさまに顔をしかめてみせても石川の態度は変わらなかった。悪だくみをしているときとさして変わらぬ薄ら笑い。普段なら流せるそれが今は兎角気に喰わなかった。
「これは謎かけだ」
「何を言ってる」
射殺すほどに石川を睨んだが、奴は相変わらずの薄ら笑いをやめない。
「お前にもいつかわかるさ」
ほどなく石川は姿を消した。あれほど何をするにも共に居たというのに、まるでそんな男は最初から居なかったかのではないかと疑うまでに、忽然と消えてしまった。奴が居たのは最初から夢だったんじゃないかと思うことすらあった。本当は、家族を亡くしたときからずっとひとりきりだったのかもしれない。
しかし、それにしてはやけに埋め難い空白が残ってしまった。そのときわたしは初めて、この先を考えたのかもしれない。当たり前に続くと思っていた道が唐突に途切れてしまったような心地がする。わたしの前に在ったはずの先は、奴が消えることによって潰えてしまったのだ。
いつかわかる、と最後に言った石川の言葉が酷く無責任に思えた。