浮気は嫌ですよう、と睦言ついでに口走った男の言葉に、利吉はつい笑ってしまった。なんで笑うんですか。男の尖った唇に噛みつきながら利吉は語る。
 浮気のひとつやふたつ、君だってしたらいいじゃないか。
 いつも丸い小松田の瞳がさらに丸くなった。それから、常に見せない程剣呑な光を灯す。こんな彼の眼の色を、利吉は久方ぶりに見た。
「浮気すればいいって、なんなんですか」
 憤然と言い放った彼の顔を眺めながらも利吉はそれを間抜け面だというくらいにしか思わなかった。間抜け面の男が間抜けな表情をするとこうも笑えないほどのあり様になるものか。利吉の頭は、至極さめていた。
 うう、と小松田はいまにも涙を落としかねないほどに顔を歪めた。涙の前に、鼻水がずるりと少し落ちた。汚いなと利吉は眉をひそめる。
「……ぼくは利吉さん以外なんて、考えたこともないのに」
「そんな貞操観念がきみにあったとはね」
 唇をゆるく曲げると、茶化さないでくださいと小松田は相変わらずの顔で凄んだ。押し倒されている形である以上、利吉は彼の顔から目をそらすこともできないのだ。
「利吉さんは浮気、したんですか」
「それが君以外と寝るということならね」
 わたしは浮気者になるんじゃないかな。詠うより滑らかにそう語る途中に、がぶりと肩口をやられた。組み敷かれながらしゃあしゃあと答えることではなかったかもしれない。やがて肩を離れていった顎から、わずかに奥歯を軋ませる音を利吉は聞いた。彼がいかに嫉妬しようと、怒りに身を焦がしていようと、こわくはない。
 ただ、少しだけ、今になってようやく何ともつかない感情が首をもたげた。涙と鼻水で間抜け面に輪を掛けて間抜けにしている小松田が、可哀想だというような、妙な気持だった。
「利吉さんの、ばかっ」
 ぎゅうぎゅうと力任せに抱きしめられて、やはり利吉は顔をしかめた。痛いわあほ。しかし反抗してやろうとかその拘束を押しのけてやろうとかいう気は少しも起こらなかった。
 こういう気持ちが何と言うのか利吉には未だよくわからない。罪悪感だろうか。それも今更過ぎる気がする。此の夜くらいはされるがままにしてやろうかというような、その感傷の原因がまったくもってわからない。
 もしかしたら、それこそもっともっと今更過ぎる感情なのかもしれないが、それを認めることだけは利吉には未だ許し難い。此の夜くらいだ、あと数刻すれば薄れるはず。自身に言い聞かせて利吉は目を閉じた。これ以上あの間抜け面を見ていたら、いよいよどうにかなってしまう気がした。
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