001 気の利いた質問

 決して誰の手にも渡ることのない手紙を書いている。お元気ですかとあんまりな常套句で届かない挨拶を彼に贈る。
 俺はね、そうでもないんですよ。そんなふうに、届かないとわかっているから書けることを森田はそこに書き添えて、すぐにそのくだらなさに笑いが込み上げた。自分から捨てた生活を惜しむのも、こんな風に届かないからと彼に縋るのも全部可笑しかった。
 どうか元気でと願う気持ちに嘘はない。しかし少しくらい自分の抜けた穴というのは彼に残ってくれただろうか。無論、彼を危うくしてしまわない程度のほつれでいい。都合の良いことばかり思ってしまう自分はやはり、あそこには居られなかった人間なのだろう。
 もしも何かの巡り合わせで彼と再び顔を合わすことがあったとして、少しは気の利いた質問ができるだろうか。少し考えたが、想像の中の自分はやはり「元気でしたか」と手紙と同じつまらない文句を吐いていた。彼はそれを鼻で笑うだろう。それから、きっと。
 そこまで考えて、森田はかぶりを振った。彼を思い出にすることは森田に取って余りに酷だった。
 やっぱりダメだな、俺。出されることのない手紙は紙飛行機にして小さな窓から飛ばしてしまった。気の利いた質問のひとつもできない文面は、万が一彼に届いたならきっと笑い種くらいの役には立つだろう。







 再会は前触れもなく訪れた。森田の口からぽろりと落ちていった煙草の火を、彼は笑いながら踏み消してからじっと森田の目を覗き込んだ。そうして、何かしらを森田が口にしようとするより早く、彼は言うのだ。
「お元気でしたか?」
 その瞳はいたずらに輝いていた。本当、お前は気の利いた質問もできねえで。ククと彼は愉快そうに喉の奥を鳴らしている。
 かっと血が上ったように顔に熱が集まり、恥ずかしくて居ても立ってもいられなくなる。まさか、届くわけが無い。けれども彼は実際に森田の目の前に居た。
 具現した奇跡だと思った。何言ってやがると奇跡は笑みを深くする。どうやら口に出ていたらしい。彼の目尻が、うすらと光った気がした。
「奇跡ばっか起こすのはお前の方だろ」
 森田はついに嗚咽した。崩れ落ちてしまいそうになった身体を彼が支えてくれる。手紙、読んだぜとどこまでも信じられないような奇跡を彼は続けて語る。
「しかしなんだよありゃ、気の利いた質問の一つもできなくてすみませんって。笑えたぞ」
 彼は森田の背を叩く。声は少し震えていた。すみませんと森田は謝る。ばかやろうと彼は優しく森田を詰った。一から教え直しじゃねえか。そう言った彼の顔は窺えやしなかったけれど、森田の想像どおりであるならその表情は決まっている。
「お元気でしたか?」
「そうでも無かったかなあ」
 森田が顔を上げて見た彼はやはり笑っていた。俺もですとまた涙をこぼすと、知ってるよと髪を撫でて彼は目を細めた。






「あの手紙、まだ持ってたんですか」
「まあな」
 カクテルを入れたグラスを傾けながら銀二は笑った。からんと涼やかな音を立てて森田はそのグラスに氷を足してやった。自分の方にも二つほど氷を足し、森田もグラスを煽る。
「紙飛行機なんて馬鹿にできねえよな」
「俺もまさか届くなんて思いもしませんでしたよ」
 フフと笑んだ銀二は至極上機嫌であることを隠しもしない。こんな時間が再び訪れるなんてあの紙飛行機を飛ばしたときには考えもしなかった。酔いも回り始めた森田はすんなりと銀二に腕を伸ばす。その手のひらが彼の頬に触れる頃、柔らかく唇を動かす。発せられたのは三度目の、気の利かない質問だった。
「おかげさまでな」

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