彼が訪ねて来るのは、本当に気まぐれだ。ふらりと目の前に現れたかと思えば、いざ腰を据えて茶でも入れようかという段階には消えているなんてことも最早ざらだ。
 だからこそ土井も、一日の仕事を終え就寝しようと戸を開いたそのとき、石川が自分に割り当てられた部屋に堂々とあぐらをかいていたことにもさして驚きはしなかった。
「よう、元気そうだな」
「なんだそりゃ」
 お前、一目で人の健康を測れる目でも手に入れたのか。呆れて眉を下げた土井に、石川は片頬を上げて笑った。んなもん手に入れたところで大して愉快でもねえだろ。ああまあ、そうかな。
「さっきちょいと盗み見ただけさ」
「さすが泥棒だな」
 お見逸れしたと土井の出した茶を受け取り、石川は「ずいぶん胃の痛む思いをしてるようじゃねえか」と茶化した。まあなあ、と土井が苦笑する間に、石川は一口を口の中に含み、そうして暫し止まった。
 その様子を訝しんだ土井が彼を呼ぶ数瞬前を狙ったように開かれた口は、殊更ゆっくりと言葉を落としていった。――お前はさ。
「俺にしか、振り回せねえかと思ってたわ」
「は?」
 唐突な台詞に、土井は間抜けな顔をさらした。ぱたぱたと目を瞬かせる土井を、まるで意に介さぬように石川は再び唇を湯呑に寄せた。さらに続いた彼の声は、やけにあっけらかんとしているようだった。
「俺だけかと思ってたけど、……自惚れが過ぎたようだな」
 先に見た授業風景を思い出したか、石川はくつくつと愉しげに喉を震わせる。我慢しきれず、ぷっと吹き出された息はやがて本格的な笑いを引き起こす予兆だった。
「ああ、がきんちょどもにゃ敵わねーな」
「……そんなに笑うこともないだろ」
 ひとしきり笑われて立つ瀬も無い土井だったが、彼はふと、石川の瞳に在るものを見つけてしまった。弓なりに曲げられた形のうちに収まる黒い瞳。その更に内側に映るものが見えたような気がしたのだ。
 土井は石川の傍らに寄り添うように並んだ。こほん、と彼にしてはわざとらしい咳払いをしてそのままそっと広い背中に体重を預けた。
「しかしまあ、な、石川……」
「ああ?なんだよ?」
 きょとんとした石川に、土井は耳元で悪戯に笑った。
「私を押し倒せるのはお前くらいだと思うがな」
「……そりゃお誘いで?」
「押し倒してから聞くか?」
「マナーだからな」
「笑わせる」
 今晩姿を見せてから一番の悪い笑みを浮かべた石川の唇を受け入れながら、土井も笑った。




お前には似合わないよ、そんな顔
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