「親方に申し訳ない」と清八は言う。接吻を甘んじて受け取っておいて、それがいの一番に言うことだろうか。目をそらす彼の手のひらを弄ぶ。しわをなぞると、清八はくすぐったそうに小さく身じろいだ。
「そんなの大丈夫だよ」
「…根拠は」
「そのうち俺が親方になるから」
 あれで親父も、馬乗り回すのはそろそろきつそうだからなあ。からからと笑うと、清八は眉を釣り上げた。若旦那!と俺を窘める声色は昔より少しきつめになった。まだ俺の小さい頃の清八ときたら、とんと甘かった。
「そんなこと言ったらいけませんよ」
「でも実際、いつまでも親父任せにするわけにはいかないだろ?」
 はあ、と清八はまだ納得し難いらしい。そりゃあ清八を雇ったのも親父なんだし、親父に恩を感じるのはわかる。清八はどこまでも真っ直ぐで、庄左ヱ門あたりに言わせると単純すぎるくらいなそうだ。そういうところも含めて馬借としては優秀だったし、愛おしくもあった。年上のわりに可愛さが抜けきらない表情も、性格も。
「俺も頼れるようになったんだし、平気さ」
 胸を張ってみせると、清八は微妙な顔をした。たぶん俺がいちおう成長した嬉しさと、まだ残る後ろめたさがないまぜになっているのだろう。そんなに気にしなきゃあいいのに。
「……でも、お跡目は」
「それこそ、どうにでもなるよ」
 跡目なんて血が全てじゃない。見込みのある奴にやらせたらいいんだ。そう言っても、世間はそう思うでしょうかと清八はいつも引き下がらない。問答にはもう飽き飽きした。昔から俺は口が上手くはないし、考えるのも下手だ。好きな事をやるのが好きだし、どちらかと言うと目の前の餌を我慢できない性分だった。
「そうだなあ。じゃあ、清八が産んでくれたら良いんだけど」
 できるまで試してみようか? 悪戯に笑って腰を撫でると、彼は顔を真っ赤にした。
 若旦那、と俺を呼ぶ情けない声がどうしようもなく好きだから、まだもう少し親父には親方で居て貰おう。
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