「石川!」
 常よりも鋭くなった土井の声を聞いたときには、もう遅かった。研ぎ澄まされた刃が石川の右肩に食い込むようにして突き刺さった。焼けるような痛みに石川は歯を軋ませる。刀の持ち主と目が合う。覆面に包まれた顔の中でその瞳は笑っていたのだろうか。石川には判らないが、それが男の死に顔だった。
 ずるりと男の体が崩れ落ちると共に石川の右肩を抉る刀も滑り落ちていく。その背後から土井が駆け寄った。
「石川、腕…」
「わりぃな、助かったわ」
「油断しやがって」
 手早く傷口に頭巾を巻いて土井は難しい顔をした。
「……結構深いぞ」
「あの野郎、最後っ屁にしちゃ上出来だな」
「ふざけてる場合か」
 仕上げにきつめに縛り、とりあえずの止血を済ませると土井は西の空を見上げた。
「追手も来るだろうな」
「モテすぎんのも考えもんだ」
 立ち上がる石川の腕を取りながら土井はさすがに顔をしかめた。なんだよ、と薄く笑う石川に憮然としたままの顔を彼は寄越した。
「お前、そうふざけたことしか言わないのは返って虫の息かと焦るぞ」
「そりゃどうも」
「とりあえず山小屋でも探そう」 
 兎にも角にもこのまま全力で山を越えてしまうよりは、どこかに身を潜めてやり過ごしたほうが良さそうだ。土井は懐を確かめて息を吐く。もう彼のお得意の爆発物も底を尽きたらしい。









 せっせと忙しく腕を動かしている土井の背中に石川は奇襲を掛けた。うわ、と小さな悲鳴が上がる。背後からもたれかかってきた石川に、土井は呆れて腕を止めた。
「お前は……」
「うん?」
 先までぎゅっと引き結ばれていた土井の唇からためいきが漏れた。
「石川、お前わかってるのか?今がどういう状況だか」
「――そうだな」
 石川は、しばし間を置いた。それから常のように、口の端を吊り上げて言う。
「とりあえず、俺はお前に触りたかった」
 まるで餓鬼のように無邪気な欲だ。土井はやはり呆れる。いくら呆れてもこの男には呆れ足りない。
「それは、何も今やることか?」
 やらなきゃなんないわけ、と重ねて問う土井に、石川は悪びれもせず答えた。
「俺が今そう感じたことを我慢するような男だと思うか、お前?」
 石川は相変わらず土井を抱き込んで拘束している。耳に当たる息が土井にはこそばゆかった。そろりと視線を動かすと、横目に互いの視線がかち合う。石川の黒い瞳は緩やかに弧を描きながらも、退くような気配は微塵も滲ませない。土井は我慢しきれずに、噴き出した。ばかなやつだ、ほんとうに。
「傷が開くぞ?」
「そうしたらまた治療してくれ」
 やだよと笑った土井の手が石川の頬を撫でる。その手からは火薬の匂いが微かに香った。


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