トットリ
「ちょっと、疲れてるんだわいや」
いつも指導してやるとき、ミスをフォローしてやるとき、そういう先輩ヅラしてるのと同じような顔でぼくは薄く笑っていた。大丈夫だわいや、こっちは任しんされ、次頑張るっちゃね。
「嫌なら早めに言ったほうがいいっちゃ。ぼくもどっからか、やめらんなくなる」
嫌なわけない、と知っていた。生唾を飲み込む彼の若さを今はまるごと飲み込んでしまいたい。酷い欲求だ。
「上がええか?下がええ?」
終わってから、さっさと抜いて離れようとしたところを抱き締められて止められた。そして囁かれる。夢みたいです。好きです。ずっと。柔らかく締め付けてくる甘い言葉たちに、ぼかぁ完全に青ざめていた。やっちまったっちゃ。あまりの疲労、精神磨耗エトセトラどんな理由をつけたってやるべきではなかったのだ。職場のコーハイに手を出す。その気もないのに、自分に感情を向けている若者を誑かす。完全に面倒なことになるパターンだ。
ね、トットリさん。
本気で抵抗すればこの腕の拘束も外せないではないけれども、罪悪感もあって、ぼくはそれをできなかった。疲れていて面倒だったのも、大いにある。生返事をして、そのまま眠ってしまった。ただの後輩以上の感情が無いにしても、人肌は思ったよりも心地よくぼくを包んでくれてしまったようだった。
明日も、しましょうね。
終わってから、愛おしげに耳元に囁かれるのにも慣れてしまった。おーおー、明日も命があったらだっちゃね。この言葉もそろそろ言い飽きてきた。はい、と素直に頷きながら、彼はぼくの首筋に唇を寄せる。くすぐったくて、ぼくはちょっとだけ反応してしまって、彼をにらむ。ずいぶん生意気になったもんだっちゃ。後輩の愛撫も初めての夜より巧くなった気がする。こんなことを指導するつもりは流石になかったわけだけれども。
満足そうな後輩の顔を眺めていると、やっぱりやめようとは言い出せなかった。自分の気まぐれで手を出して、相手が本気だから手を引けなんて、あまりにも身勝手だ……というのはやっぱり言い訳で、その実彼の気持ちにつけこんで甘えたいだけなのかもしれない。我ながら人でなしだ。
「トットリさんは、ミヤギさんのことが好きなのかと思ってました」
「はあ?」
好きじゃないなんて言ってねえっちゃ。喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。本当は、はっきりと言葉にしてやるべきだったのかもしれないけれど、ぼくはすっかりずるい大人になっていたらしい。
ごめんなさい。そう言って後輩はぼくを抱き締めた。ごめんなさい。いいんです。ぼくは何にも言ってやれなくて、彼の背中をさすってやった。ずるくて、しかも嫌な大人になっちまったもんだっちゃ。彼の肌の暖かさだけを目当てにして、あんまりだった。
やはり。やはりーーこんな事はやめてやるのが彼のためで、先輩たる己に相応しいのかもしれない。ここできっぱりやめてやるか、もしくはやめられないのであれば、帰ってからも付き合い続けるのか。
帰ってからも、彼と付き合う。
今更ながら初めて考える解決法だった。付き合うのであれば、別に、そう咎められることでもない。仕事終わりに、タイミングが合えば一緒に食事をして、優しくされて。なんやかんや癒されて絆される自分が思い浮かべられた。なんなら、帰れば彼の居る暮らしも悪くはないのかもしれない。誰かが、迎えてくれる。おかえりなさい、待ってましたとかそんな言葉を掛けられるなら、多少は日々も和らぐのかもしれない。今まであまり考えもしなかったことだ。
解決法を思いついたせいで、かえって悩ましいことになってきた。まあいい。帰るまでに、帰るまでには決めればいいんだわいや。
後方で、爆発音がした。
こちらの仕事が片付いたもんやから、そちらはんの仕事はずいぶん重たそうやて聞いて来さしてもろたんどすけど。そう言う懐かしい陰気臭い顔が、完全に変なもんを見る顔をしとった。
「あんさん、何してはるん?」
「火遊びだっちゃね」
黒炭になってしまったもう一つの未来を、ぼくは一生懸命雨で冷やした。
3rd.Nov.2020
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