マジック



 最近それ、好きですね。そう言うと、彼は私の腹に頬擦りしたまま少し笑った。彼の髪が震えながら触れるものだからくすぐったい。
「なんだろうね。…もしかしたら、今さら恋しいのかもしれない」
「はあ、なんですか?」
「おかあさん」
 よもや想像していなかった響きに私は目を瞬かせる。日常的であるはずのその言葉も、この壮年の男性から聞くのはなんだかちぐはぐな感じがした。懐かしむわけでもない。そもそも彼は懐かしめるはずもないのだ。
「私たちに母親が居ないことは君も知ってるでしょ?…だからかなあ」
 私はそれをよく知らないけど、きっと恋しいんだ。そう言って笑う顔はやはりいつもと変わらないようであった。そうする間にも私は彼の金髪に指を通して遊ぶ。無論私だって母になどなったことはないのだけれど、母ならこうしたのかもしれないというような思いはあった。
「でもヤですねぇ、自分の倍生きてる息子なんて」
「あはは。まあ母子よりはよっぽど不純だしね」
 するすると伸びてきた腕に、苦笑を一つ。そんな口説き方って無いですよ。彼はとくに悪びれるでもなく、大人になるとどんどん卑怯になるんだよと笑った。




10th.Nov.2011

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