いしどいなんかないよ



わたしがおまえを殺すまで
2013/09/29

 もしも、などというくだらない空想ばかりが土井の胸をつついてばかりいる。もしも、ずっと前に言うことができたなら。もしも、あのとき別れを選ばなければ。もしも、出会うことも無かったのなら。
 なんのことはない、後悔だ。もっとしてやれたことがあったのではないかなどと、いまには何の価値もないことだというのに。
「さようなら、いしかわ」
 清流にさらさらと黒が流れていく。彼の遺髪を抱えて生きてゆけるほどに強くはなかった。これで弔えるなどとは微塵も思わないし、後悔は生きてゆく限り消えることはないのだろう。





冗談
2013/09/27

「そうだな、死んじまったかもしれないなぁ」
 こともなく告げられた言葉にきり丸は目を丸くした。雑炊をよそって渡しながら、当の本人はかえってきり丸の反応を訝しむような様子である。
「ちょっと、先生」
「ははは。まあ殺しても死なんようなやつだよ。お前だってわかるだろ?」
 気にしてもしょうがないさ、と彼はほとんど白湯のような雑炊を啜った。呆れるほどに趣味の悪い話だ。どうしているだろうかなどと気紛れにでも言うべきではなかったのだろうか。
 まあなんとなくわかりますけどね、とやがて少年も同じように薄い雑炊を口にした。少年の雑炊は土井のものより幾ばくか飯の量が多い。それを心憎く思うのにも飽きてしまうほどの時が既に過ぎていた。今では死人扱いを受け始めている男との記憶も、ずいぶん古いものになるはずだった。かの男と過ごした時間は、やけに鮮烈であり、また余りに短いものでもあった。
「でも、ふらっと来ちゃいそうな気がするのも、なんでなんスかねえ」
「さあなあ」
 ずず、と二人分の啜る音をおわりに、気味の悪い冗談もしまいだった。



都合
2013/09/21

 居てくれたら、などと思うこと自体が筋違いなのだ。
 土井が誰を得ても誰を失っても、あの男にはついぞ関係がない。じゃりと表で聞き慣れぬ草鞋の音がすれば、もしやという考えがちらりと掠めることが酷く疎ましい。何のことはなく通り過ぎていく旅人の足音を虚しく聴いた。



ばらばら
2013/09/20

 どうやっても二人は一つになれないということを、当たり前に受け入れることにすら時間をかけていた。それを確かめるために何だって試した。言ってみれば、情交だってその一つに過ぎなかった。どんな方法でも、試せば試すほどに、二人は別の個体であることばかりをなぞっているようだった。
「石川」
「ああ」
「何でもない」
「そうか」
 きっといつか自分たちはこれまで以上にばらばらになる。それを思い知らされていく時間を積み重ねていくばかりであるのだ。そんなわかりきってしまったことをわざわざ口にするのは余りに馬鹿馬鹿しく思えた。


 それから幾つもの季節が過ぎ去ると、やはり二人は一つたりえなかったし、土井の予感どおり以前よりもずっとばらばらになっていた。今となっては揃っているところを数える方が簡単に違いない。考えも、職も、選び取った場所も、ことごとくが不揃いだった。
「石川」
「おう」
「見事にばらばらだな」
 土井の言葉に石川が笑った。その笑みに含まれた感情すら、土井にはもう正確にわかるとは言えない。そもそも、以前からわかっているような気になっていただけではないかとすら思うのだ。何でもわかるなどと身勝手な傲慢を振りかざせるほど共に居たわけでもない。これからも、きっと二人はちぐはぐだ。
「でも、それでいいんだよな」
 遠回りをして、大人になったのかもしれない。






手摺
2013/06/13

 既に蒸暑い季節だったが、屋上に吹く風は土井の汗を冷ます程で心地良い。体重をかけると古びた手摺は軋んだ悲鳴を上げた。おっ、と息を吐く前に隣から男が笑った。
「ボロっちいからマジでやべえかもな」
 そう言いながら、男も手摺を虐める。ギイギイと軋む音に合わせて、落ちる落ちると土井がげらげらと笑う。もしこのままこの錆びた手摺がぼろりと崩れてしまったら。考えないはずがなかったが、どうしてかそうなる気はしなかった。だって自分達は今ここで。
「なあ、」
 土井よ。石川。呼ばわったのはどちらが先だったか。緩やかに目が合って、石川が先に鼻先で笑んだ。この一瞬の穏やかな空気が好きだった。
「行くんだな」
「ああ」
 石川が手摺を背もたれにして肯いた。そして、土井は行かない。その選択を裏切りだろうかと土井は悩んだし、行くと言った石川のそれを裏切りだと責めもした。そうして、そう思うことが裏切りなのだと気が付いた。石川を裏切ることは自分自身を裏切るにも等しかった。


土井が行くなと言わないことも、石川が来いと言わないことももしかしたら互いを裏切っているのかもしれないともなんとはなしに気が付いている。



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