無優病 | ナノ

雑怪奇な愛に口づけ
笠黄。浮気ネタ。For 真夜さん



それはたとえるのなら、リトマス紙が一瞬で色を変えるのと似たような。
とにかくその時、黄瀬の世界からは急速に色が消えていった。
抱えていた袋が、急に質量を増したように重くなる。
ひどい、息切れがした。目眩がした。しゃがみこめたなら、どれだけ楽だっただろうか。
渇いたのどからは、ひゅう、と掠れた吐息が出てくるばかり。
言葉にしなければならないモノは、渦巻いたまま一向に出ては来なかった。


(嘘?本当?)


ただただ一点を見つめ続ける瞳は、焦点が合わず彷徨っている。
もしかしたら、夢なのではないか。否、夢だったら、どんなに気が楽だったのだろうか。
けれどこれは現実で、黄瀬一人の力ではどうしようもない真実で。


「・・・、・・・せ、んぱい・・・」


ようやく一言。零れた声は掠れきって。それでもそれは、遙か遠く。喧噪の中を歩く彼には届くはずもない。
嘘か、本当か。
問の答えは解りきっている。自覚したとおり、真実だ。現実だ。そして何一つ、間違ってはいない光景だ。
だから黄瀬は、認めなければならなかった。身を、引かなければいけないはずだった。
黄瀬が知っているとおり、笠松幸男という人物は、真っ直ぐで、あまりにも汚れがなさ過ぎて。
そして何より、嘘がつけない人だから。
だから。


「・・・本気、なんスね。センパイ・・・・・・」


あれは、浮気ではなくて、本気、だ。
小さな女子と腕を組んで照れたような笑顔をした笠松と、おそらく、ひどい表情をしているであろう黄瀬。
ふと、デジャヴを感じた。
そうだ、これは。
青峰が、黒子が、遠くに行ってしまったときの感覚とよく似ていた。
何故、何故、黄瀬が好いた人は皆、黄瀬から離れてゆくのだろうか。
黄瀬はいつだって、気がつけばそこに一人ぼっちで。追いかけているものは遙か、遠くにあったのだ。



***



それからは、ずっとモノクロだった。
黒板、消しゴム、町並み。
大好きなはずのバスケットボールでさえも、黒と白と灰色。三つの単色で、黄瀬の世界は成り立ってしまっていた。
物の見方、色。なにもかも全て忘れてしまったのではないか、という気分にさせられた。
けれど。


「あ、黄瀬―。日曜の練習試合だけどさ。」
「あ。オッケー。了解。」


同級生との会話。モデルの撮影。
そう言ったとき、自然に笑顔を作れてしまう自分が心底嫌だった。
染みついた、過剰なまでのプロ根性が、疎ましくもあった。



***



そうして一週間がたった。
ここまでの一週間、仕事が上手い具合に重なって、練習に出ることなく時が経っていった。
その間、一回も笠松とはしゃべっていない。顔さえ会わせないように、意図的に避け続けた。
けれど、それもここまで。
まさかいつまでも、練習に出ないわけにはいかない。練習に出れば、嫌でも笠松と顔を合わせることになる。
でも、それが黄瀬自身にとってどんなに辛かろうと、出なければチームメイトに迷惑がかかる。
それだけは本当に嫌だった。
どれだけ黄瀬を信頼してくれているか知ってしまったから。もう、練習を蔑ろになんて、黄瀬にはできそうもない。
だから今日も、プロ根性に任せようと思った。
きっと自然に、・・・自然ではないかもしれないけれど、笑顔を出すことができるから。
笑って、きっと。来るであろう『さよなら』にも、対応できると思うから。


けれど思った以上に、黄瀬の心は、彼に弱かったみたいで。



「あ、おい、黄瀬。今日は出れんのか?」


たった、一言だった。
なにも気にしていないような、まるで、一週間前のあれなんて無かったような顔。
ただ、”キャプテン”としてのほんの僅かな声掛けにさえ、黄瀬の喉は大きく、ひゅうとなった。


「あ、あぁ、ハイ、っス。今日は、へーきっス。」


言葉が、単語が、上手く出てこない。一度のどに引っかかって、ようやく口から転がった。
そんな黄瀬を訝しむような視線で見やってから、笠松は続けた。


「・・・オマエ、体調でも崩してんのか?」


視線。足音。近づいて、来る。
そこだけいやに鮮明で、けれど黄瀬の頭の中では警報が鳴り響いていて。


「黄瀬?」


声が、響いた。黄瀬の肩を、笠松の手がつかむ。無骨な、でもどこまでも黄瀬に優しい手。離れられなくなるのに。
捕まれた肩が、熱い。


「おい、黄瀬」


ひゅうと音を立てるのど。
おかしい、息苦しい。体が、酸素を欲していた。取り入れなければ。
けれど黄瀬がいくら口を開閉させても、二酸化炭素がいたずらに逃げていくだけ。酸素で、体が満ちない。
そして、思うのだ。


(あぁ、今の、オレじゃないスか。)


もしかしたら黄瀬は、笠松がいなければ息もできないのかもしれない。
当たり前すぎて忘れていたそれを思い出したとき、黄瀬は戦慄した。


怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。
(いなくなるのが?)
苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。
(違う、また、一人ぼっちになることが、だ。)


ああ、駄目、だ。




息が、できない。





***



真っ白だった。
夢を、見ていた。
小高い丘の上の教会での結婚式。
新郎は、ああ、笠松だ。そして隣にいるのは黄瀬、ではない。誰か違う、可愛らしい女の人。
黄瀬は、隣に立つことさえ許されなかった。
ただ遠くから、その幸せそうな笑顔を見ていた。
その光景は、世間的に何ら”間違った”ものではなかった。
自然な、幸せに溢れた、恋仲にあるもの同士としてあるべき姿。
だから、間違えたのは、黄瀬の方。間違った道に、笠松を招き入れてしまったのは、黄瀬の方、だ。
間違っている。間違っている、間違っている。
そんなことくらい、気付いていた。
ただ、認めることを、認めて失ってしまうことを、黄瀬は何よりも、怖がっていたのだ。



***



「黄瀬ッ!!」


は、と目を見開いて、そして。
気付いたそこには、笠松の姿。天井は、驚くほどに白かった。


「・・・は、え。なんで、せ、んぱい、ここ。」


断片的に紡ぐ言葉。正常に機能しない思考回路を、必死で総動員する。


「オマエがいきなり気ィ失って倒れたから、保健室連れてきたんだよ。・・・もう、平気か?」


呆れ顔、打って変わって、心配そうに、そう呟いて、体温を見ようとするから。
駄目、だ。
近づいたら、ブレてしまうから。


「・・・ゃ、・・・ッやめて・・・ッ!!!」


後ずさった。


「近づかない、で、ください・・・ッ!!」


驚きで固まった笠松の瞳。黒目は、ただただ黄瀬を映した。
涙。滲む視界。


「・・・ッに言ってんだよ。おい、黄瀬!」
「ダメなんス!」


決心が鈍ってしまうから。
笑って『さよなら』と、言えなくなってしまうから。


「・・・やめて、センパイ。オレ、が、笑えなくなる、前に、・・・ッ、やめて・・・!!」
「・・・黄瀬?」


さすがの笠松も、怒りを一度引っ込めた。おかしい。黄瀬の何かがおかしい、と悟ったらしい。


「わかってる、わかってるんス。センパイはオレなんかといても幸せにはなれないって。女の人、と、付き合うべきだ、って。」
「おい、待て、黄瀬。」
「でも、どしよ、も、なくて・・・ッ!オレは、まだ、好きなのに。」
「黄瀬ッ!!」


大声に、は、と口を止めた。
見たこともない形相で、笠松がこちらを睨んでいた。
今、今切り出されるのだろうか。さよなら、と、言われるのだろうか。ひゅう。息を呑む。


「『幸せになれない、』ってなんだよ。『まだ』ってなんだよ。オレは、まだオマエと別れる気はねぇぞ。」
「ッ!!じゃ、あ、二股、かける気っスか?」


それでもいいか。
心の隅で考えて、情けないと首を振る。どんな形でもそばにいたい、そんな思いからきた考え。
ああやっぱり、こんなところが重いのだろうか。
もっと軽く、遊びのような関係でいられる人間の方がよかった?


「二股、ってなんでだよ。なんでそうなるんだよ。」
「だって・・・ッ、一週間、前、女の人と、歩いてて・・・!」


腕なんか、組んでて。
照れたように、笑ってて。
それで、それで。


「おかしいんスよね。男と男が付き合うなんて。だから、も、ムリして、つきあわなくていい、スから。オレ、が、センパイがしあわせになる権利、奪う資格なんて、もってるわけ、ないって、」
「おかしいよ。」


遮って、黄瀬の耳に届いた。
凜とした声。意志のある声。黄瀬が、大好きな声、だ。


「なんだよ、おかしいだろそれ。なんでオマエが、オレの幸せが何かなんて知ってんだよ。」
「だ、って。」


だって、普通の男の人ならば、結婚して家庭もつことに幸せを感じるものではないのか。
黄瀬はそんなことを夢見たりはしなかったけれど、笠松の中にそんな感情がないはずがなかった。
だって彼は、黄瀬より大人で、落ち着いていて、物事を広い視野で見られる人だったから。これがすぐに間違いだって気付くはずだった。子供を作ったりなんかして、幸せな家庭を築くこと。
それができるから、似合うから。
でも黄瀬といたら、そんなことはできない。現段階の科学技術じゃ、到底再現できない夢のまた夢だ。


「だって?」


静かな声は、先を促した。


「男と男、なんて、おかしいじゃないスか。最初から、間違ってた、のに。」


そう、どこから間違えたかをあえて突き詰めるとするならば、最初から。
黄瀬が思いを打ち明けたところから、すでに間違っていたのだ。


「女の人と、歩いてるの見たとき、自然で、間違ってたんだ、と思って。だからオレは、間違えたんス。ね、センパイ。なかったことに、するから。オレ、また、いつもみたく笑うから。だからセンパイも、オレのこと、忘れて・・・!!」


笠松は黙って聞いていた。黙って、聞いて、黄瀬の気持ちを理解して。
それで、行動に移した。
迷いなんて、1oもなかった。


「ッ!!?」


床に座り込んだ黄瀬の体を、思い切り、腕の中へ閉じこめた。
抵抗できないように、強く、強く。



痛い、苦しい、痛い。
ぎゅうぎゅうと抱きすくめられて体中が悲鳴を上げた。
だからだろうか。
だから余計に、涙が溢れて止まらないのだろうか。



「アホかオマエは。」


そうして出てきたのは、いつもの罵倒だった。
ただし、心底呆れた声で。でもどこか、笑いさえ含ませて。


「やめッ、離し、て・・・!!」
「いやだ。」


意志を持った拒絶。
ぽつりぽつり。そうして笠松は一つずつ、言葉を繋いだ。


「まず、オマエ、誤解してる。オマエが見たってあれは、ただの俺の妹だ。」
「!?・・・う・・・ッそ・・・。」


なんとベタな間違いだろうか。なにをしているのだろうか。
一気に、たった一言で、晴れてしまった疑問に、黄瀬は頭を抱えたくなった。
アホか自分は、と。
こんなに簡単に解決するものなのか。否、はいそうですと答えるしかないだろう。


「あとな、黄瀬。」
「・・・ハイ。」
「オレ、怒ってんの解ってっか?」
「・・・ハイ。」


腕の中で首を竦めた。
解っていた。先走った行動の結果がこれなのだ。


「オマエは。・・・解ってるようで、なんも解ってねーな。」
「え、」


それは、どういうことだと問おうとした言葉は、しかし、笠松の言葉によって遮られた。


「解ってねーよ。オマエが将来オレの側からいなくなるくらいなら、オレは死んだ方がマシだ。」


死んだ方が、マシ。
それ、は。


「そばに、いて、いいんスか・・・?」


その問いに、笑う。
優しい顔で、笑って、一言。


「ばァか。んなの、当たり前だろうが。」


今度こそ、ダメだった。
黄瀬の涙腺は決壊した、次から次へ。とどまることを知らない涙がぽろぽろ溢れて、服に吸い込まれてゆく。


「ふ、ぅあ・・・ッく、ぇ・・・ッ・・・。」


声を、殺して。笠松の胸に思い切り縋り付いて。
ただただ、黄瀬は泣いた。涙が一粒零れるたびに、世界に色が戻っていった。鮮やかで、綺麗で、穏やかな世界。
笠松はただただ、そんな黄瀬の背中をさすりながら、まるで宥めるように、いくつもいくつもキスを落とした。




愛や想いだけではどうにもならないことがある。
この世界は複雑で、そして残酷だ。
けれどきっと、誰しもが明確な思いを抱いて、この関係を忌み嫌うわけではないと思うから。
幸せは、本当に人それぞれだ。
だから黄瀬もいつか、決して万人に歓迎されるわけではないこの思いを、気後れすることなく宣言できる日が来ることを願うのだ。
この人に愛されている。そう実感できれば、きっとこの先怖いものなんてないと思うから。
とりあえず今は、絶え間なく降り注ぐキスの雨を、差し出されるままに享受することにした。
なぜなら口付けは、何よりも甘く、そして何よりもわかりやすい愛情表現に、他ならなかったのだから。





あとがき

黒バス:笠黄
まずはじめに、真夜さん、リクエストありがとうございました!!!
切甘笠黄、黄瀬が泣くはなし、とのことでしたが、上手く切甘ってましたでしょうか?
途中から書いてるこっちが楽しくなって、いつの間にやら5000字超えてました
黄瀬が泣く〜の部分に関してはもうこじつけくさいですね、申し訳ない・・・!!

切甘とのことでしたので、テンプレの『浮気と勘違い』でお送りしました
笠松センパイは浮気なんてする人じゃありませんよ
宅の笠松センパイは、なんだかんだ言っていつも黄瀬が大事です

こんなのですがお納めくださいませ
もしも返品、書き直しの要求等ございましたら、真夜さんのみ受け付けます
お持ち帰りも、真夜さんのみでお願いいたします
すてきなリクエストありがとうございました^^
真夜さんへ愛を込めて&お誕生日おめでとうございますのかわりです
らぶちゅっちゅ!!(タヒ


H23.12.24 夕月


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