散った桜は元には戻らない。
それでも、地面に落ちていく姿はキレイで、儚くて、いつもいつも泣きそうになるから。
いっそ、そんな風に。潔く、美しく散りたいなんていうのは、甘ったれた欲なんだろうか。
「・・・あの。」
やっぱり、沈黙に耐えきれなかったのは俺だった。なんとでも、言ってくれればよかったのに。
拒絶がないから甘えたくなる。そんなこと、もう口が裂けても言えないけれど。
「・・・・・・セン、パイ?」
いいながら、覗きこんだ。瞳がゆらり。揺れていて。
やっと焦点を結んだと思ったら、大きな黒目で。
・・・昔、ウソなんかぜんぶ見透かされていたころと変わらない目で、じい、とオレを見てきた。
「・・・黄瀬。」
ひくいこえ。
だいすきな声がオレの名前をつむぐ。
まるで魔法にかかったみたいに、体が動かなくなった。心臓の鼓動まで、はやい。なんだこれ。
あきらめようって、忘れようって思ったばっかなのに。
「黄瀬。」
やめてやめて、そんな優しい声でオレの名前呼ばないで。みじめったらしく忘れられなくなっちゃうじゃん。
全部、全部、つらくて仕方ないだけなのに。
息をすることも忘れてしまったかのように、オレの体は全然、言うことを聞いてはくれなくて。
「なぁ、黄瀬。」
昔と変わらない、遠慮のない手つきで。
ぐり、と乱暴に、センパイの手がオレの頭をなでた。
あわさった目に、優しさと、でもどこか、あきれたような笑いを浮かべて。
「嘘だろ?」
たった4文字。
この人の言葉は、またオレの心を動かした。
「オマエは絶対、オレに忘れてほしいなんて思ってねぇ。」
(違う。)
「オマエだって、いなくなるなんてできねぇだろ?」
(違う。)
「もう、嘘なんてつかなくていい。」
(違う。)
ぼろり
いつのまにか、頬を伝った涙。
溢れた思いは、言葉にしきれずに。
告白したあの日から、今まで。
全部が透明な滴になって、ぼろぼろぼろぼろ。堰を切ったように溢れ出す。
忘れたいはずなんだ。苦しい思い出だから、捕らわれてたら前には進めないから。
なのにどうして。そんなに優しいの?
幾重にもテープを貼って押し込めた、仕舞い込んだはずの感情が開いて。
涙になって、全部。『好き』が、こぼれ落ちた。
「黄瀬。」
名前を呼んだ、優しい声。
俯いた、涙でぐしゃぐしゃな顔を上げた。
右手の親指。変わらない無骨な指が、するり。涙を拭い去っていく。
「いくら責めてもいいから、もう、泣くな。」
幸せだったあのときと、つらいだけの今。
まったく違うのに、ねぇ。
センパイは、同じ。あのときよくしてたような、ちょっとだけ困り顔の、意地の悪い笑みを浮かべてそう言うから。
ほとんど、衝動的に。
「ん・・・ッ」
唇を、重ねていた。
柔らかな熱。微かな香りさえ、胸を締め付けて。余計に涙が溢れた。
しばらくして唇が離れた。目の前には、ほんの少し赤い顔をした、センパイの顔。
やってしまった、って後悔と、なにしてんだって自責の念。
両方混ざってもう一度、俯いてしまったオレ。
顔を上げれられないまま、少し経ったとき。
ふわり。
体が浮いた。
「・・・黄瀬。」
センパイの肩口に顔を埋めるような格好で。
俗に言う、ダキシメラレテル状態で。
「・・・っちょ、なん、・・・んな・・・ッ!?」
混乱した脳内からまともな文章が出てくるはずもなくて、おかしな言葉を紡ぎなから離れようとしてみる。
けどそれも、がっちりとホールドされていて叶わずに、抵抗をやめるしか選択肢は残っていなかった。
「一つ、聞いてくれるか。」
「・・・?」
打って変わって真面目な声音。大事な話をするときの声。
どこかで聞いたこの声は、そう、あの声だ。
9年前、この木の下で、別れようって言ったときの声。忘れもしない、あの、どこか緊張で固くなった声。
もう重いって、言われる?
付き合いきれないって、見捨てられる?
女々しいって、ヒかれる?
状況も忘れて、浮かぶのは最悪の想像ばかり。
嫌になって。
さよならを、言われるくらいならオレから言おうと思って。
口を開いたときに、一瞬早く。
センパイの口から零れたのは、吐息のような、似合わない揺れた声。
「・・・好きだよ、今でも。」
ぽつり、吐き出すように告げた声は、どこか遠くから響いてきたように感じて。
ただその時は、俺たちの周りだけ時が止まったような気がしていた。
あとがき
桜霞卯涙:第5話
結局5話じゃ終わらなかったのでこうなってます
本当は、これと次の最終話を合わせて最終話のつもりだったんですが、思いのほか伸びに伸びた
ほんと、まとめる力がなさ過ぎて困る
(初出:2011.12.01)
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