ただただオレは、終わりを恐れていただけで、 | ナノ

5話。
聞けないひとこと



散った桜は元には戻らない。
それでも、地面に落ちていく姿はキレイで、儚くて、いつもいつも泣きそうになるから。
いっそ、そんな風に。潔く、美しく散りたいなんていうのは、甘ったれた欲なんだろうか。



「・・・あの。」


やっぱり、沈黙に耐えきれなかったのは俺だった。なんとでも、言ってくれればよかったのに。
拒絶がないから甘えたくなる。そんなこと、もう口が裂けても言えないけれど。


「・・・・・・セン、パイ?」


いいながら、覗きこんだ。瞳がゆらり。揺れていて。
やっと焦点を結んだと思ったら、大きな黒目で。
・・・昔、ウソなんかぜんぶ見透かされていたころと変わらない目で、じい、とオレを見てきた。


「・・・黄瀬。」


ひくいこえ。
だいすきな声がオレの名前をつむぐ。
まるで魔法にかかったみたいに、体が動かなくなった。心臓の鼓動まで、はやい。なんだこれ。
あきらめようって、忘れようって思ったばっかなのに。


「黄瀬。」


やめてやめて、そんな優しい声でオレの名前呼ばないで。みじめったらしく忘れられなくなっちゃうじゃん。
全部、全部、つらくて仕方ないだけなのに。
息をすることも忘れてしまったかのように、オレの体は全然、言うことを聞いてはくれなくて。


「なぁ、黄瀬。」


昔と変わらない、遠慮のない手つきで。
ぐり、と乱暴に、センパイの手がオレの頭をなでた。
あわさった目に、優しさと、でもどこか、あきれたような笑いを浮かべて。




「嘘だろ?」




たった4文字。
この人の言葉は、またオレの心を動かした。


「オマエは絶対、オレに忘れてほしいなんて思ってねぇ。」

(違う。)

「オマエだって、いなくなるなんてできねぇだろ?」

(違う。)

「もう、嘘なんてつかなくていい。」

(違う。)



ぼろり
いつのまにか、頬を伝った涙。
溢れた思いは、言葉にしきれずに。
告白したあの日から、今まで。
全部が透明な滴になって、ぼろぼろぼろぼろ。堰を切ったように溢れ出す。
忘れたいはずなんだ。苦しい思い出だから、捕らわれてたら前には進めないから。
なのにどうして。そんなに優しいの?
幾重にもテープを貼って押し込めた、仕舞い込んだはずの感情が開いて。
涙になって、全部。『好き』が、こぼれ落ちた。


「黄瀬。」


名前を呼んだ、優しい声。
俯いた、涙でぐしゃぐしゃな顔を上げた。
右手の親指。変わらない無骨な指が、するり。涙を拭い去っていく。


「いくら責めてもいいから、もう、泣くな。」


幸せだったあのときと、つらいだけの今。
まったく違うのに、ねぇ。
センパイは、同じ。あのときよくしてたような、ちょっとだけ困り顔の、意地の悪い笑みを浮かべてそう言うから。
ほとんど、衝動的に。


「ん・・・ッ」


唇を、重ねていた。
柔らかな熱。微かな香りさえ、胸を締め付けて。余計に涙が溢れた。



しばらくして唇が離れた。目の前には、ほんの少し赤い顔をした、センパイの顔。
やってしまった、って後悔と、なにしてんだって自責の念。
両方混ざってもう一度、俯いてしまったオレ。
顔を上げれられないまま、少し経ったとき。
ふわり。
体が浮いた。


「・・・黄瀬。」


センパイの肩口に顔を埋めるような格好で。
俗に言う、ダキシメラレテル状態で。


「・・・っちょ、なん、・・・んな・・・ッ!?」


混乱した脳内からまともな文章が出てくるはずもなくて、おかしな言葉を紡ぎなから離れようとしてみる。
けどそれも、がっちりとホールドされていて叶わずに、抵抗をやめるしか選択肢は残っていなかった。


「一つ、聞いてくれるか。」
「・・・?」


打って変わって真面目な声音。大事な話をするときの声。
どこかで聞いたこの声は、そう、あの声だ。
9年前、この木の下で、別れようって言ったときの声。忘れもしない、あの、どこか緊張で固くなった声。
もう重いって、言われる?
付き合いきれないって、見捨てられる?
女々しいって、ヒかれる?
状況も忘れて、浮かぶのは最悪の想像ばかり。
嫌になって。
さよならを、言われるくらいならオレから言おうと思って。
口を開いたときに、一瞬早く。
センパイの口から零れたのは、吐息のような、似合わない揺れた声。






「・・・好きだよ、今でも。」






ぽつり、吐き出すように告げた声は、どこか遠くから響いてきたように感じて。
ただその時は、俺たちの周りだけ時が止まったような気がしていた。




あとがき

桜霞卯涙:第5話
結局5話じゃ終わらなかったのでこうなってます
本当は、これと次の最終話を合わせて最終話のつもりだったんですが、思いのほか伸びに伸びた
ほんと、まとめる力がなさ過ぎて困る
(初出:2011.12.01)


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