"さよなら"を、次は、オレから言うから | ナノ

4話。
思い出との決別



午前、11時15分前。
約束どおりの時間に、約束の公園。ふわりと揺れる桜の木の下。まだ、彼はいなかった。
はやめに休憩入れてもらって、診察室をとびだしたのが10分前。
めずらしいなぁ、なんてゆるく笑ってみる。昔は、まちあわせに遅刻するのはいつも俺だったのに。
ざぁっと音がして、つよい風。くるくると舞う花びらに、目をほそめる。
いままで、切ない気持ちでしか、眺めたことはなかった。
どれくらい、そうしていただろうか。

「・・・え?」

いつのまにか目を閉じていた。なぜか涙が伝っていた。
気が付いていなかった。思考の波に捕らわれないようにするだけで精一杯だったから。
いそいで拭う。いつくるかもわからないけど、だからこそ、これからくる彼には、見られたくなかった。

「・・・黄瀬。」

直後、だった。
正面からよばれて顔をあげる。センパイが、いた。

「・・・悪りぃ。悠希離してくんのに手間取った。」
「え、連れてこなかったんスか?」

ますます、意図がわからない。悠希がらみのことでなければ、一体今の俺達の中に、何があるというのか。
思いつかないまま、ひらめけないまま。
疑問は、口にするしかなかった。

「・・・で、なんの用・・・スか?」
「あー・・・。」

がりっと頭をかいて、気まずげに視線をそらす。数秒。

「・・・ちょっと、話さねぇか?」
「はなし・・・?」

訳がわからないままだった。訳がわからないまま。歩いてく彼に、それでもついていった。



すみっこに、忘れ去られたように置いてあるベンチ。
古ぼけたその木のベンチに、大の大人が二人揃って腰を掛ける。
なんともおかしな光景だったと思う。
しかも、平日の昼間際。
変な目で見られてた・・・と思う。
けど今は、気にしている場合じゃなかった。

「・・・センパイ、あの、今日、会社・・・。」

気になっていたことをとりあえずぶつけることからはじめてみた。
沈黙が重くて、どうにかなってしまいそうだった。辛気臭いのや、シリアスな雰囲気は、嫌いだ。

「ああ、有給。有り余るほどたまってんだ。」

苦笑。それはどこか、自嘲気味な笑いにもみえた。

「・・・そ、スか。」

そう返すことしかできない自分の語彙の無さが嫌になった。
もっと勉強しておけば良かったなんて思うけど、あのころの俺はバスケにモデルにてんてこまいだった。
そこまで考えて、舌を鳴らしたくなる。なんで今、思いだしてしまったんだろうか。
馬鹿みたいじゃないか。忘れようと思ってたのに。

「・・・別れた後、どうしてた?」
「え?」

不意を突かれて聞き返す。思い出を掘りかえせってことだろうか。
センパイにとっては置いてきた過去でも、俺は現在進行形でまだ、アンタの事好きなんだけどなぁ。
そんな事思ったって、言ったってどうにもならないから。質問の答えを記憶から探った。

「あー、大学3年くらいまでは、高校生のときみたいな生活続けてて。そこから、医師免許取るために勉強して。多分あの時、一生分くらい勉強したんじゃないっスかね?センパイは?」
「俺は、大学4年の時かなり早くから内定もらってたから、部活顔出して後輩の指導したりとかだな。そんで卒業して、今の会社入った。」

会社に入った後のことが、実は今一番聞きたかった。でも俺は、そんなに勇気のある人間じゃなくて。
聞けないまま。結局弱いまま。だから諦めるしかなかったのかな、なんて、いまさら思う。
考えたら、止まらなかった。
やわらかい春の光すら眩しくて、苦しくて、涙がでそうで。枷を外さないように堪えるのが、きっと何より辛かった。
前に『幸せですか?』って聞いたら、あの頃のまんま、格好良く笑ったセンパイ
きっとその時、決定的な一言をもらったら泣いてたんだろうなぁ。でも、その方が良かったかもしれない。

「泣いとけば、良かったなぁ。」
「・・・黄瀬?」

眉を顰めたセンパイには目もくれずに、携帯に視線を落とす。日付を見るだけで泣いてしまいそうだった。
センパイが一昨日、何を考えてたのかなんてわからない。当たり前だ。だって俺はセンパイじゃないから。
だから、なんで指定した日が、よりによって今日なのか。
・・・付き合って、別れたエイプリルフールなのかなんて、考えても俺が俺であるうちは解らないんだろう。
もし偶然だとしても、何か意味があるにしても、今日。
この場所で、付き合って別れたこの場所であなたにあったことに、意味があるんだと思いたい。だから。

「ねぇセンパイ。聞いて、くれますか?」
「・・・何を。」

あのね。
来るまでに、たくさん考えてたこと。
あなたと別れた理由。今まで頑張ってこれた根源。バスケのこと。モデルのこと。あなたのおかげで全部を捨てても追いかけたい夢をもてたこと。
医師免許取るために、泣きながら勉強したこと。この仕事に就いたおかげで、たくさんの笑顔にふれられたこと。
悠希に、そして、もう一度あなたに会えたこと。
考えたことは、言葉にはならずに。喉の奥でせめぎ合って、出てこなかった。
かわりにじわり、視界が歪む。
最後くらい、かっこよく終わりたいよ。あなたの前で情けなかった俺だからこそ。別れて後悔させられるくらい。最後は、せめて。

「・・・あのね、センパイ―――――」

キレイに、あなたと思い出に、さよならしよう。





「忘れてください。・・・俺のこと、ぜんぶ。」





ざぁ、と桜が散る。
視界が朧気に霞んだのは、桜のせいだと思いたかった。




あとがき

桜霞卯涙:第4話
ラストに向けて作る盛り上げの難しさを知った話でした
第4話と最終話は特に速攻デリートかましたいくらいに見てられないのですが、とりあえずUP
一番最初に書き始めた話でもあるのでサイトにはおいておきますが、いきなり消えたら羞恥に耐えきれなかったんだな、と思ってほしい
なんの羞恥プレイかなこれは
(初出:2011.09.25)


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