『海、連れてってほしいっス。』
明け方午前三時。
突然のメール受信により叩き起こされた火神の目に飛び込んできたたった1行のメール。
事態をかみくだいて、呑み込むまでに数分を要した。
「・・・あんの、バカ・・・!!」
がばり、とベッドから跳ね起きて、そこからは早かった。肌寒くなった10月、上着を一枚引っ掴んで外に飛び出す。
家の目に無造作に置かれた愛車。
ただただ急いで、火神はそれに飛び乗った。
「・・・ほんとにきた。」
「・・・・・・どういうことだよ。」
自らの居住地である、芸能人御用達のマンションの前。
10月の肌寒さの下、黄瀬はTシャツにジーンズという軽装で佇んでいた。
「や、別に律儀に言う事聞いてくれなくてもよかったのになぁって。」
「じゃああんなメール送ってくんじゃねよ。」
「別に寝てたって無視すればいいじゃないスか。」
「起こされたら行くしかねぇだろ。」
「・・・なんだかんだ言って。」
「あ?」
黄瀬は、まだ全然闇色の空を見上げた。ちかりと一等星が瞬く。
声はどこか、闇夜に溶けてしまいそうな甘さと儚さを含んで響いた。
「火神っちは俺に甘いね。そんなんだから俺がチョーシ乗るんスよ?」
「・・・知ってら。」
火神は言わない。
それくらい想定の範囲だということを。付き合ってられないような奴ならそもそも黄瀬に近づいてさえいないということを。
・・・そして、そのワガママを若干嬉しく受け入れている自分がいることを。
言ったらそれこそ調子に乗ることくらいわかっているから。数年付き合えば、大体の扱い方も心得ていた。
「で、どうすんだよ。わざわざ人呼び出しといて、やっぱいいはねぇぞ。」
「うん。海行こ。湘南がいいス。」
かぱ、と自らもメットを被る。黄瀬も黄瀬で、手慣れたものだった。
続いてエンジンをふかす音。
音をたてて、バイクは海の方へと闇に飲まれていった。
「潮の匂いがする〜っ!!」
「テンション高ぇよ。明け方だぞ。」
海沿いの国道。まわりに他の車はいなかった。一つのエンジン音しか響かないがらんどうの国道は、まるで、世界に二人だけのような錯覚さえ引き起こした。
「火神っち、あの辺。下ろしてッ!!」
「わーったよ。」
誰もいない砂浜。
眼前では海が、静かに漣をたてている。
白い砂がさらさらと靴に入る。
「かがみっ!!」
「うおっ!?」
ぐい、と手を引かれて、海の中へ一歩。水飛沫が盛大に上がる。
「てめっ!」
「はははっ、火神っちずぶぬれー!!!」
「誰のせいだ!!」
「ぼーっとしてる自分が悪いんスー!!!」
続いてばしゃり、顔に掛かるのは海水。当然、黄瀬の仕業だ。
高校時代から数年間、精神的にも当然成長してはいるが、こんな時に堪え性がないのが、火神大我という男である。
「ぅわっぷ!!??」
「・・・やられて黙ってると思うなよ。」
「・・・上等っス。」
そこからは、子供のような水の掛け合い。しかも双方、本気である。
20いくつにもなった男二人が、明け方に水の掛け合いという端から見れば理解出来ない状況が出来上がった。
互いに相手を煽るような言葉を吐きながら、バシャバシャバシャシャバシャ。
その音が止んだのは、たっぷり三分ちょっと経過してからだった。
「あ゛―、失敗した。」
「火神っちほんと、頭に血ぃ昇り易すぎっスよ。」
「オマエがふっかけてくっからだろが。」
「のるアンタもアンタっス。」
ビショビショの服がある程度乾くのを待つ。黄瀬も火神も、どちらからも海の匂いがする。
秋の夜。夜明けは遅い。
幸い防水加工だった火神の時計は、朝の4時45分を指していた。
「・・・オマエさぁ。」
「?」
「なんで、海行きてぇとか言ったわけ。しかも突然。」
「あー。」
呟いて、黄瀬は遠くを見た。
日はまだ昇りそうにない。ただ、大分薄れてきた星が光るのが見えるくらいだ。
「・・・だって、ここんとこ、俺もアンタも忙しくて、全然会えなかったじゃないスか。」
言われて思い返せば、まったくその通りだ。もう一か月近く、日中顔を合わせていなかった。
たまに来る電話さえ、どちらかに用が入って早々に切らなければならなかった。
「邪魔しちゃ悪いってことくらい解ってんスよ。だから、明け方。もう、ちょっとした賭だったけど。」
「・・・もし俺が、本当に寝たふり決め込んでたらどうするつもりだったんだよ。」
「そん時は。」
んー、と少し考え込むそぶりを見せてから、少しだけ、眉を下げて笑う。
「明日、オフになったんス。だから火神っちの大学、乗り込んでた、かも。」
頼りなく笑った顔をまじまじと見れば、目の下のクマが大きくなったことに気付く。
労ってやりたい、と思った。数年間付き合ってきた中で、火神が一番成長した部分。
それが自分の役目だと言う事くらい分かっているのだ。
「・・・明日。」
「ぅえ?」
「明日朝十時。家のカギ開けて、待ってろ。」
「・・・どーいう。」
「行ってやるっつってんだよ。」
「だって火神、講義は」
「やべぇよ。」
実は、とらなければならない単位はギリギリ。出来る事ならもう一つも落としたくなかった。
でも。
「だけど、オマエのが重要だ。」
丸い目を大きく見開いた。茶色の瞳が揺れる。
「・・・たまには、優しいんスね。」
「アホ。」
服はもうすでに乾いて、ぱりぱりだった。
けれども二人は気付かないフリをした。
薄暗い空と海。きらりと淡く光る星々。
朝が明けるまででよかった。そうすればお互いに、あと一日くらい持つから。
残り数時間。
誰もいない夜明けまでの数時間は、二人だけ。
ただ何も言わずに、てのひらだけでお互いを確かめ合っていた。
あとがき
黒バス:火黄
祝火黄の日!!という短編
成人が書きたくなってこうなった、反省はしてない
どうでもいいけど、この二人には一番変わらないでいてほしい
子供のまま大人になってほしいなぁ・・・という希望が詰め込まれてたりもします
(2011.10.09)
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