必要とするって、簡単なこと | ナノ

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笠黄。入部したての黄瀬が笠松にオチるまで。



 この世界はいつだって、いらないもので溢れている。



 たとえるならば負の感情。苛々と収まらない感情。そんなものをなくしてしまえば対人関係ももっとうまくいくのかもしれない。けれど、黄瀬はこの気持ちの捨て方を知らない。知らないから、仕方がない。いつだって、突き放して寄せ付けなければすむだけだ。

「もうオレに、かまわないで。・・・・・・かまわないで、ください。」

 だからあのときのあれだって、黄瀬にとっては精一杯の拒絶で隔絶だったはずだ。少なくとも黄瀬はそのつもりで言葉を発したし、聡い彼が気付いていないとは到底思えなかった。関わることは面倒だから。だからいっそ繋がる前に絶ってしまえばいい。今までそうやって自分を守ってきたから、それ以外の方法を知らなかったというのもあるだろう。それまでの黄瀬にとって、『親しい人間』など、いらないものの一つにすぎなかったのだ。
 自分の思っていることを静かに分かってほしかった。いち早く理解して、そこに触れないようにしてほしかった。彼ならばそうしてくれるだろうと思っていた。そうするだろうと思っていた。


「ヤだよ」


 けれど、たった一言。
 ばっさりと切り捨てて、鋭い眼光は黄瀬をとらえた。ふざけるな、なに考えてる。瞳が伝えてくるそれを、叫び出したいのは黄瀬の方で。けれど、威圧感。雰囲気に呑まれて、一言も発することが出来ない。黄瀬は、自分がどうすればいいのか、どうしたいのかさえ分からずに揺れる瞳で笠松を見上げた。

「ここでオレがオマエの言うとおりにはい分かりました、って頷くとでも思ってんのか?ふざけんじゃねぇぞ。オマエ、いつまでそうやって甘ったれて逃げてるつもりだよ。」
「にげッ、・・・・・・、逃げて、なんか。」
「逃げてんだよ。」

 真っ直ぐに言い放った言葉は、見えない刀剣になって黄瀬の傷口を刺した。じわりと血が溢れ出るように、徐々に徐々に広がってゆく痛み。今までに遭遇することの無かったその痛みが、胸に詰まって声を蝕んだ。ぴたりと音を発することを止めてしまった喉にたじろいで、体すら動かせないでいると、聞こえたのは小さな息漏れの音。それが笠松の溜め息だと気が付くのに、ずいぶんと長い時間を要した。

「どれだけ周りに甘えて生きてんだよ。いいかげんに傷つくことから逃げんのを止めろ。バスケは個人競技じゃねえ、チームプレイなんだよ。周りに心を開かない、信用しないしされないやつが、チームにいたって迷惑なだけなんだ。そんなヤツ、オレはエースとも、チームメイトとも認めない。」

 一息に出し切られたそれは、今までに感じたことのある不特定多数の視線を代弁していた。けれどその時、黄瀬が覚えたのは戸惑い。どうしてよいのか分からないという迷いのようなものだった。
 実際、睨まれることも陰で言われることも慣れていたし、その視線を、音声を、『いらないもの』としてシャットアウトする方法は、幸か不幸か身についていた。そして、だからこそ黄瀬は迷ったのだ。いままでその不満を、不信を、声に出して直接黄瀬自身にぶつけてくる人がいなかったから、だから、尚更。

「・・・・・・しんよう、なんて。」

 音程の狂った声が、隙間から転がり出るように小さく鳴る。それは、注意していても聞き取れないくらいに小さくて、まるで覇気のない、普段の黄瀬からは想像することが出来ないような声であった。それは発した黄瀬自身も分かっていたし、もしかしたら拾われないかもしれないと言うことも薄々分かっていた。
 けれど、それは杞憂にしかすぎなくて。

「・・・信用、が、どうした。」

 小さく目を見開いた。あれを、聞いていた?ただ、よくよく思えば今は部活上がりで、ここは静まりかえった男バスの部室だ。小さな物音でも耳に入ってきてしまうくらいだから、さっきの黄瀬の声だって、意図せずとも聞こえていたのかもしれない。黄瀬自身がうまく聞き取れなかっただけの話で、本当は他愛もなく聞き取れるような、そんな環境だったから。だから決しておかしな事ではない。

「・・・・・・、信用、なんて、オレにとっては、ただの『いらないもの』にすぎないっス。」

 だから黄瀬は、早く絶望してほしかった。自分という人間の深い部分、本来見せることのない部分を見せることで、黄瀬涼太を見損なってほしかった。そうすれば、きっともう構われない。なんにも言われない。傷つくことも出来ないくらいに一人ぼっちで、黄瀬だけの世界は、とりあえず平穏を保つことが出来るはずだから。

「・・・・・・オレは、オマエの過去に何があったかなんて聞かない。」

 低い、声音。地を這うような低音に、体はとっくに縛り付けられて、身動ぎ一つできない。

「信用なんていらない、を頭ごなしに否定する気もねぇよ。だから、いいよ、信用なんてしなくて。」

 言い訳など微塵も許さないような、断絶の意志を併せ持つ声。目を、見開いた。信用しなくて、いい。それはつまり、一人ぼっちで生きろ、ということだろうか。やっぱり見放すのか、呆れるのか、侮蔑するのか。当然、信じることはおろか、他人との繋がりさえ放棄した黄瀬自身に非がある。けれど、けれど、だ。あれだけえらそうに説教をしておいて、バスケはチームプレイだと語っておいて、駄目だと分かったらはいさよなら?
黄瀬は今まで裏切りも、掌返しも、妬み嫉みも、一通りその身に受けてきたことはあるけれど、それにしたって、これはひどい。こんなの、おかしい。間違ってる。ふざけんな。瞳にそう意志を込めて、笠松を睨んで。
 そして、黄瀬は固まった。

「・・・・・・・・・オマエは、」
「・・・・・・ぇ?」
「オマエは、・・・本当に、寂しいヤツだな。」

 それは、何度も吐き捨てられたことのある言葉だった。聞き覚えのある、今この状況で、黄瀬に投げつけられるに相応しいはずの言葉だった。だから黄瀬が固まったのは言葉にじゃなくて。もう一つ、違う別なこと。この場にそぐわない、違和感を持ったもの。だってどう考えたって、違う。おかしい。相応しくない。


 だって黄瀬は、彼のこんな表情を、困ったように眉を下げて笑う表情を、知らない。見たことが、ない。


「オマエの信用なんていらない、はな、信用して傷つきたくない、に聞こえんだよ。」
本当、わっかりやすいヤツ。

 そういって、笠松は笑う。黄瀬が初めて見る、柔らかい笑顔で笑う。それは自らの庇護下にいるものを見つめるような、守るべき対象を見つめるような、柔らかで温かい、慈愛に満ちた目つきで。

「セ・・・ンパイ・・・?」

 自分でも笑ってしまえるほどに、情けない音で空気を震わせたその声は、相手の耳に、それでもきちんと届いていたのだろう。笠松はふ、と小さく溜め息を吐き出して、笑って、黄瀬を見て、言う。

「オマエが自分の好きで他人との間に壁作ってんなら、オレはなんも言わねぇよ。ただな、オマエのそれは、明らかに自分の意志じゃない、何かのトラウマだよ。わかんだよ、そんくらい。」

 自分も味わったことのある種類のトラウマだから。そう笠松は言う。いくら聞いても、今までの黄瀬なら綺麗事にしか聞こえないと切り捨てていたのかもしれない。ただ、今は、それができなかった、できそうもなかった。彼が発する威圧感の中に、裏表のない、嘘偽りのない、真剣な心を感じ取ってしまっていたから、だから、尚更。

「だからな、黄瀬。よく聞け。」

 そうして、黄瀬はうっすらと気付くのだ。笠松の言葉の真意。これから、なにを言おうとしているのか。


「オレがぜってぇに、オマエを人が信じられる人間にしてみせる。だからオマエは、辛いかもしんねぇけど、黙ってオレの後をついてこい。」


 不信感。それも、確かにあった。なに言ってんだ。馬鹿じゃねぇの?彼を見下す、そんな思い。
 けれどその時、黄瀬が取った行動は罵倒でも、非難でも、切り捨てでも、なんでもなくて。

「・・・オマエ、泣いてんのか?」

 勝手に溢れた涙は、黄瀬の頬を伝って、無機質なリノリウムの床の上を静かに滑った。自分でも、なぜ泣いているのかなんて分からなかった。ただただ、痛かったのだ。麻酔無しに傷口を縫われているような痛み。けれど開いた風穴が、確かに閉じていくと実感できるような痛み。ずきずき、じくじく、黄瀬の心から広がった痛みは、あっという間に隅々を浸食して、体中へと広がった。立っていられないくらいのそれに、膝を抱えて蹲る。嗚咽が、後から後から零れてきて、声を上げて泣いた。

「・・・・・・・・・。」

 赤子のように蹲り、泣きじゃくる黄瀬を、笠松はただただ黙って見つめていた。黙って、見つめて、頭の上に手を置いた。普段の彼からは考えられないほどにゆっくり、慎重に、黄瀬の頭の上を滑らせる。
 そんな、あやすような彼の手つきが、優しくて、温かくて、強くて、・・・・・・どうしようもないくらいに大きくて。
黄瀬はその時、初めて自らを曝け出すことを覚えた。曝け出してもいいと思えたのだ、彼になら。それでよかった、それがよかった。そう思える存在。それがなにより自分に必要なのだと、本当は黄瀬が一番よく分かっていたのだ。



***



「・・・なににやにやしてんだオマエ、気持ちわりぃ。」

 常駐させている眉間の皺をさらに深めて、笠松は溜め息と共に溢す。原因は、溢れんばかりの笑みを顔に浮かべた黄瀬。顔面崩壊、と言われてもおかしくない緩みっぷりは、溜め息だって吐きたくなるのかもしれなかった。
ただ、一つ安堵したことと言えば、もうあの頃のように、周りを必要以上に突き放すことが無くなったことだろう。
未だにあれでよかったのか、笠松には分からない。ただ、今黄瀬は笑っている。あれが作り笑いだとは、どこから見たってもう思えないのだ。それだけが、すべてを物語っているような気がして。

「・・・・・・ちょっと、昔のこと思い出してたんス。」

 そう言って、笠松を見て、さらに顔を緩ませる。合点がいった、のは、きっと笠松だけだ。他の部員は知らない。きっと黄瀬が考えていたのも、あの日のことなのだろう。

「なんだ黄瀬、エロいことでも考えてたのか?」
「エ(ロ)いことってなんスかも(り)やまサン!!」
「ウルサイ早川。オマエは知らなくていーの。」
「気にな(る)っス!!!」

 そうしてそこに、早川と森山が乱入して。

「はいはい、お前ら、練習中だから後にしろよなー。」

 小堀がそれを納めて、

「つーかオマエが笑い転げてっからだろ!いいかげん黙らねーとシバき倒すぞオラァ!!!」
「いてッ!いッてッ!!!ちょセンパイ!顔はマジ勘弁してください仕事に響く!!!」
「るせぇいっちょまえに顔だけ庇ってんじゃねぇモデルかオマエは!!!」
「モデルっス!!!これでも!!!」

 笠松が黄瀬をシバき倒して。トドメを食らった黄瀬が転がって。それで、それで。また、顔を見合わせて笑い出すのだ。なんでもない日常の一瞬。それを作り上げるまでに要った努力の事なんて、彼らはきっと今どこかへ吹き飛ばしてしまっているのだろう。
 そして黄瀬は思うのだ。自分が『いらないもの』だと切り捨ててきた信頼は、ひとたび得てしまえばこんなにも温かくて、黄瀬に多くを与えてくれるものだったのだ、と。側にあるのが当たり前になってしまった今、あの頃を振り返ると、こんなにも変わることができた自分がいることに気付く。そしてそれは、他でもない彼らのおかげだ。

「黄瀬。」

 呼ぶ声に顔を上げる。眉間の皺を、少しだけゆるめた彼がそこにいて、手を差し伸べていて。

「いいから早くついてこい。外周行くぞ。」

 それだけ。ぶっきらぼうに呟いた。
 少しだけ目を見開いて、それから、ほんの少しだけ笑って。

「・・・・・・はいっス。」

 差し出された手を、ほんの少しだけ掴んだ。
変わりのない、優しい手だ。温かくて強くて、そして、大きな手だ。黄瀬があの時、縋り付いた手だ。
 引っ張られて、立ち上がる。付いてこいと背中が語る。あれほどまで必要ないと言った彼が、今ではもう、なによりも黄瀬に必要なものになってしまっていた。大切だ、大事だ、そしてそして、・・・大好き、だ。

「ね、センパイ。」
「あァ?」
「・・・・・・大好き、っス。」
「・・・知ってるよ。」

 知らないくせに、とは言わない。分かってないくせに、とも言わない。黄瀬は知っているから。彼が自分を認めてくれていて、ほんの少しだけ、大切に思ってくれていることくらい。だから今はそれでいい。そんなことで壊したくないのだ。だからいい、彼の解釈した「大好き」で。それが自分の気持ちなのだ。
 彼に救われた自分だから、彼を幸せにしたい、彼に幸せにされたい。その思いは、けして間違いではないはずだ。



 黄瀬があの日、切り捨ててしまったのは、幸せや、信頼といった大切なものと、もう一つ、彼が生きる世界、彼の居場所だったのかもしれない。それがあの日、笠松の言葉で救われ、いつのまにか笠松を中心に回り出した。
そして今、黄瀬が新たに構築した世界から、閉じこもっていた自分を見たときに思うのだ。


(いらないもので溢れてる、と思ってたけど、それより多くの大切なもの、で溢れてるんスね、世界って。)


 気付くことができた。今は、大切なものが抱えきれないくらいになった。それでもう、十分だ。十分すぎるくらいに貰った。与えてもらった。
 だから、黄瀬は願う。夢に見る。いつかいつの日か、笠松が大好きの本当の意味に気付いて、願わくはそれを受け入れてくれることを。そうして初めて、黄瀬は彼に恩返しできる。今度は黄瀬が、彼を幸せにしてあげられる。ああ、そうなったら、なんて幸せだろうか!!

「センパイ、センパイ。」
「んだよ。」
「オレ、センパイのことが大好きっス!!!」

 だから黄瀬は、今日も言う。言葉にする。
 黄瀬が生きていく上で、最早必要不可欠な彼に。この世界は捨てたものじゃないと教えてくれた彼に。大事で大切で大好きな彼に。
思いの丈を詰め込んで、幸せにしてほしいと、黄瀬は大声で願うのだ。




あとがき

黒バス:笠黄
これ1本のために1ヶ月かけた私って・・・
ほんとなんというか、久しぶりにUPしたのがこんなしょーもない笠黄もどきですみません
妄想が既に頭の中で展開していた私だけが書いてて楽しい(楽しかった)おはなしです
わりと妄想先行で作ってたので、私のあーこんな笠黄もいいなーと言うのが随所に入ってます
ただ、ほんとにタイトルとラストがないと思ってるので、その気になったら変えに来ます
(2011.03.26)


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