「きゃ──────!!!!!」


突如響き渡った悲鳴に熾苑は文字通り飛び上がって迅徠にしがみついた。それを難なく受け止めた迅徠も、何事かと声のした方向を振り返る。
地面に突っ伏した凜々蝶と、心配そうにそれを取り囲む連勝たちを見て肩の力を抜くと、迅徠は自身にしがみついたまま小刻みに震える熾苑の頭を宥めるように撫でた。

「大丈夫だ。落ち着けよ、なにも問題ねえから」
「……ほんとに……?」
「嘘ついてどうすんだ」

そろそろと顔を上げて周囲の様子を窺う熾苑を促して普段よりやや遅い歩調で凜々蝶たちの元へと向かう。

「どうかしましたか」

携帯電話を耳に当てている凜々蝶の妨げにならないよう声を落として、迅徠は連勝に尋ねる。

「お? ああ、なんか凜々蝶のやつ、タイムカプセルに入れる手紙と御狐神サンに渡す手紙間違えたらしくって」

ひそひそと事情を説明していた時、凜々蝶が無言で通話を切った。

「何書いたのかは薄々想像つくけど……」

芝生の上に崩れ落ちた凜々蝶の正面にしゃがみ込んだ連勝が口火を切る。

「大丈夫だって、どう見ても両思いじゃん。何を今更。おめでとー」
「そーかなー? そーたんの気持ちはあくまで『敬愛』かもよ? 七つも歳離れてるんだし〜☆」
「でもあの男、そういう倫理観欠けてそうじゃない?」
「やーいロリコン。あのキツネにお似合いの称号だぜ!」

それぞれが好き勝手なことを言う中、カルタだけが凜々蝶に棒付きキャンディを差し出していた。

「七つ……二十二歳……? 倫理…敬愛……」
「……。ラブレター……?」

状況と会話から推察するに、つまりそういうことだろうか。深く考えずに思いついた単語を迅徠が口にすると、凜々蝶はがばりと顔を上げる。

「ち、違う! 僕はラ、ラブレターなんて断じてそんなものは書いてない!!」
「はあ…」

必死の形相で否定してくる凜々蝶に迅徠は瞬きをする。別にそこまでムキにならなくても良いんだが。他人の恋愛事情にさほど興味はない。

「まあまあそう落ち込まなくても。てゆーかこのままこうしてると〜……そーたんここに来るんじゃない?」
「旅に出る!!」
「行ってらっしゃーい」

驚きの速さで駆け去って行く凜々蝶を見送って、連勝は空を見上げた。

「青春だねえ……」
「レンレンってばジジ臭ーい」
「いや、なんて言うかずっと凜々蝶のお兄ちゃん的立場だった身としてはさ、凜々蝶ももうそんな歳かぁー、みたいなね」

はははは、と連勝が笑っていると、手紙を持った双熾が姿を見せた。タイムカプセルに埋めるつもりだった凜々蝶の手紙と、双熾自身が書いた手紙だろう。

「お兄さま、凜々蝶さまはどちらに……?」
「『旅に出る』って猛ダッシュで出てったぞ。どこに行ったかはまではわからないけど」

庭に凜々蝶の姿が見えないことに気づいた双熾は、その言葉を聞いてすぐに妖館の外へと出て行った。凜々蝶を探すつもりなのだろう。

「そういえば、妹サン的にはどうなの? 御狐神サンのこと」
「え…?」

遠ざかって行く双熾の姿を食い入るように見つめていた熾苑は、突然話題を振られて若干気の抜けた声を漏らした。

「どう……?」
「兄妹なんだろ? 俺と凜々蝶みたいな『なんちゃって』じゃなく、ちゃんと血の繋がったさ。なんか思うところあるのかなーと」
「………そう、言われても……」

一度目を臥せて、熾苑は再び双熾が消えた道の先を振り返る。

「私はずっとお屋敷の離れで暮らしていたので……血縁の話をされてもあまり実感がないと言うか……」

言葉を探しあぐねて沈黙してしまった熾苑に、連勝はそっか、と相槌を打つだけだった。先祖返りの特殊な環境は、他所の家のこととはいえ、連勝もなんとなくわかってはいるのだろう。

「んーじゃあ手紙も全部そろったことだし、埋めますか」
「そうだね〜。そーたんとちよたんが戻ってくるまで、まだしばらく掛かりそうだし☆」

蓋が閉められたケースの上に土が被せられていく。
先祖返りたちが『来世の自分』へ宛てた手紙。
それが再び自分達の手元へと戻ってくるのがそう遠くない未来の話であると、誰ひとり予想しないままに。



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