「かんぱーい!!!」

 貸し切りになった『娘々』にグラスをぶつけ合う音が響いた。

「おめでとうございます。これで、学校でも会社でも一緒ですね」

「ったく、可愛げないぜ。ぬけぬけと入隊しやがって」

 同じ丸テーブルを囲んだルカとミハエルの言葉にアルトは苦笑を漏らす。正式なS.M.S入隊を果たしたアルトの歓迎パーティーだった。

「それにしても、珍しいですね。セシル先輩がこういう席に顔出すのって」

 隣の席で、大皿から取り分けた炒飯や餃子を黙々と口に運ぶセシルを見てルカが言う。目の前の皿から一瞬ルカに目を向け、セシルは「別に」と低い声を出した。

「来たくて来たんじゃないし。修理終わったばっかりのバルキリーをどこぞの考えなしの単純馬鹿野郎が模擬戦闘でぶっ壊したせいでまた徹夜修理作業しなきゃいけなくなったから腹ごしらえしに来ただけだし」

「メカニックは足りてるんだし、お前が徹夜する必要ないだろ。先行偵察は今日ピクシー小隊がやったから、俺達は当分バルキリーに乗る予定ないぜ?」

「……俺が夜の間にうっかりコイツの脳天かち割っても良いならそうするぞ、ミハエル・ブラン」

 「どうする?」とでも言うように首を傾け、セシルは手に持っていたスプーンで自身の真正面の席を指す。そこに座っていたアルトは気まずそうにセシルから目を逸らした。

「わ、悪かったよ」

「『悪かった』? へえ、笑える台詞だな。笑えるついでにお前が今日バルキリーに乗ってからの行動を思い出してみろ。あれはナニ、体張った一世一代のギャグか何かのつもりだったわけ? 死にたいなら早くそう言ってくれよ。自殺志願者のためにバルキリーの整備してやるほど俺は寛容じゃない」

 知り合って間もないアルトでも、セシルが相当頭にきていることは難なくわかった。抑揚が欠け過ぎて、口調がほぼ完全に棒読み状態なのだ。セシルとある程度の付き合いがあるミハエルとルカの様子をそっと窺えば、二人揃って「我関せず」と言わんばかりにあらぬ方を見てグラスを傾けたり料理に手を出したりしている。
 気まずい沈黙が流れはじめた時、セシルの後方から少女の声が飛んで来た。

「こらセシル! あまり新入りを脅してやるな。……ともかく、今日から我々の一員だ。しっかり働けー、少年」

 別に脅してないし。そう呟くセシルの向こうで、S.M.Sの制服を着た長い髪の少女が両手を腰に当ててにっと笑う。軍事プロバイダーという組織の集まりにはあまりに不釣り合いな彼女を見て、アルトは眉を寄せる。

「? なんで子供が…」

「子供ではない! クラン・クラン大尉だ」

「く、クラン…!?」

 聞き覚えのあるその名前に、アルトはぎょっとして思わず隣に座るルカの顔を見る。
 クラン・クランといえば、今日の入隊試験で模擬戦闘の相手を務めたピクシー小隊所属のゼントラーディだ。アルトは帰投後の格納庫内で彼女の姿を見ている。
 しかし、今アルトの目の前にいるクランは巨人の姿とは似ても似つかない。

「マイクローン化すると、大尉は何故かこうなっちゃうんです」

「遺伝子が不器用なんだよ。な、クラン?」

 ミハエルがそう言った直後、コンマ数秒動きを止めたセシルは無言で箸を置くと、迷わず空いた両手で耳を塞ぐ。それとほぼ同時に勢いよくミハエルの方を向いたクランが文字通り髪を逆立てて唸った。

「なんだとぉ!? 私よりちょっっと背丈が伸びたからといい気になりおって…!! ミシェル! 今日こそ成敗してくれる!!!」

 店内でドタバタと暴れはじめた二人を目で追いながら、セシルは眉間に皺を寄せる。

「うるっさい……」

「し、仕方ないですよ。いつものことなんですから……っ」

 必死に笑いを堪えるルカの言葉に、意外にもセシルは小さく鼻を鳴らすだけに止めた。
 こうなる事がわかっていて、それでも敢えて宴席に出てきたのは自分自身だ。あまり声を大にして文句を言えない立場であることは自覚しているらしい。今回はできうる限り我慢することに決めたようだった。

「……さっさと食べて戻って仕事する」

「あまり無理はしないでくださいよ。最近、また寝る時間削って格納庫に行ってますよね。整備の仕事も大事ですけど、それよりもちゃんと休養取らないと……。カナリアさんに怒られちゃいますよ」

「寝ようと思って寝られれば、俺だって苦労してない。………ん、」

 取り皿にひとつだけ残った餃子に箸を突き刺しながらうんざりしたようにそう返したセシルは、ふと瞬きをするとズボンのポケットから携帯電話を取り出した。音声着信の画面に表示された名前を一瞥して通話を保留にすると、餃子を口に放り込み、コップの水を飲み干して席を立った。

「お客様。娘々名物・まぐろ饅はいかがですか? ……あ、すみません。お帰りですか?」

 セイロを持った店員の少女は、顔を上げたセシルを見て小さく声を上げる。

「あ、この間の……。そういえばS.M.Sの制服着てましたもんね」

「……? …ああ、」

 聞き覚えのある声だ。そう思った瞬間に展望公園で聞こえた微かな歌声が甦った。同時に、昼間のミハエルの言葉も。

「ランカ・リー……だっけ。オズマ・リーの妹の」

「は、はい。あの、ごめんなさい。二回も助けてもらったのにちゃんとお礼も言えなくて……」

「そういうの、いちいち覚えてないから気にしなくていい。それに、俺は礼を言われるほどのことはしてないし」

「でも……」

「いい。しつこいのは嫌いだ」

 食い下がるランカを制すと、セシルは踵を返して外へと向かう。

「セシル先輩! 本当にこのまま帰るんですか?」

「俺の用は済んだ。あとは勝手にやってろ。…じゃ、ごちそうさま」

 呼び止めるルカにそう返すと、まだ賑わいはじめたばかりの店内から外へ出る。もう夜とはいえ、繁華街の喧噪はまだ静まる様子を見せない。
 溜息をついて夜の街に一歩を踏み出す。人混みを縫うように歩きながら、片手に持ったままの携帯電話の保留を切って通話に出る。

「……すいません、お待たせしました。いえ、特に問題は。ちょっとした所用で……はい、大丈夫です。それで、ご用件は…仕事ですか?」

 相手の声に適当に相槌を打ちながら、頭の中で仕事のスケジュールを展開させる。今月は特に他所でアルバイトも入っていない。どこにでも予定は入れられるだろう。

「はい。はい……わかりました。それでは明日、そちらに伺います。ええ…それでは」

 通話を切って携帯をポケットに押し込むと、セシルは足早に夜の街へと消えた。
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