オズマからアルトのお目付役を押し付けられたセシルは実に不機嫌だった。

「さっさと入れ」

「ぉうわっ!?」

 乱暴に背中を蹴り飛ばされてアルトはデッキの上に倒れ込む。

「なんっで俺が、ガキのお守りしなきゃならないんだっての」

 ぶつぶつと文句を言いながらエスカレーターへと向かうセシルの後をアルトは慌てて追いかけた。数段遅れてエスカレーターに乗ったところで、先ほどオズマに殴られた頬の痛みに顔を顰める。
 頬を摩りながらセシルの方を盗み見ると、アルトには一瞥もくれずにエスカレーターの降りる先を見つめていた。

「……学校でミハエル達とやたら仲が良かったのは、S.M.Sで繋がりがあったからだったんだな」

 試しにそう声をかけてみると、苛立たしげな舌打ちが返ってきた。

「仲良くしてるつもりは無い。あいつらが勝手に絡んでくるだけだ」

 視線をこちらに向けることは無いが、予想よりかはマシな応えだった。話しかけられれば相手はしてくれるらしい。

「いつからS.M.Sに?」

「……良く覚えてない。美星に入る前後だったような気はするけど」

「覚えてないのか」

「記憶力が悪くてな。人の顔とか名前とか、どうでもいいことはすぐ忘れる」

「……そうか……」

 『どうでもいい』。
 昨日アルトの目の前で死んだあのパイロットに関しても、セシルはそう言った。いや、それはアルトだけでなく、セシルの目の前で同様に起こったことのはずだった。
 アルトは顔も知らないパイロットだが、セシルにとってはそうではないはずだ。

(……そんなにあっさり割り切れるもんなのか……?)

「───うっざい。その顔」

 はっと我に返ると、暗い紫の瞳がアルトを射抜いていた。

「何……」

 自分が今どんな顔をしていたのか、それを問う前にセシルはふいとそっぽを向いた。
 沈黙が降りる。
 これといった話題も無く、お互いにドームの外の宇宙を眺めていると、ふと何かに気づいたようにセシルが首を巡らせた。

「? どうかしたのか?」

「……良い声だ」

 そうセシルが呟いた直後、アルトの耳にも綺麗な歌が流れてきた。


 もう二度と触れられないなら
 せめて最後にもう一度抱きしめてほしかったよ…



 歌声に誘われるように、セシルとアルトはエスカレーターを降りて歩を進める。
 その先には見覚えのある二人の少女がいた。

「お前達……」

 驚いたようなアルトの声に彼女達は振り返る。

「あ、昨日の……」

 セシルとアルトを見て、少女のうちの一人、ランカ・リーが目を丸くした。

「(うっわ……面倒臭い……)」

「見つけたわ! 早乙女アルト!」

 げんなりしたセシルの呟きを掻き消すように、もう一人の少女───シェリル・ノームが言った。
 きょとんとした顔のアルトとランカにシェリルは気の強そうな笑みを浮かべる。



 その瞬間、展望公園に巨大な影が射した。



 見上げた先、ドームの外に。
 赤いバジュラがその二対の目を輝かせていた。
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