天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しとどめむ
「君は、本当に天女様だったんだね。」
「えぇそうです。けれどあなた以外信じてはくれませんでした。
私の羽衣を奪い地上へ降りた子を追いかけてきたものの。
偽物が本物へ、本物が偽物へ。なんとも悲しい運命でございました。
ですが私の手に羽衣は返ってまいりました。
それゆえ地上に用はありませぬ、だから私は天へ帰ります。
私を信じてくださってありがとうございました、雷蔵様。」
ゆらゆら揺れる薄い桃色の羽衣に身を包み、彼女は宙へ浮く。
そして彼女の迎えが天からやってきた。
美しい女性が彼女を迎えに。
「行って、しまわれるんですか?」
「私は天女、地上に降りてはならぬ存在でございます。
帰らねばなりませぬ、どうか泣かないでくださいませ。」
彼女に言われて初めて気づいた。
僕は、泣いていた。
帰らないでと、彼女を引き留めれば僕は罪人となるのだろうか。
それでも、それでもいいから、僕は彼女が欲しかった。
「雷蔵様、今口にしようとしている言葉を言ってはなりませぬ。」
「!ど、どうして!」
「…私も言ってほしかった言葉だからでございます。
あなたと出会えて幸せでございました、この気持ち天に持ち返らせていただきます。」
天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
(空を吹き渡る風よ、雲の中にあるといわれる天への道を塞いでくれ。
舞い終わり、天に帰ろうとする乙女達を引き留めていたいから。)
今僕は、神を呪います。
(百人一首より12番僧正遍昭)
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