「夜這いっ!違います!」 [ 1/9 ]

「隊長、出発の準備整いました。」

ギルド同士の抗争から一夜明け、偉大なる統領を失った街は静かな夜明けと共に悲しみに包まれていた。
その様な街の中で、フレン隊は作戦の失敗を報告するため、帝都へと戻る準備をしていた。

「ありがとう、ソディア。」

連日連夜の出撃で、疲れが溜まっている中、副官であるソディアはそんな顔一つ見せず、自分が命じるままに遂行してくれている。
本当に良くできた副官だと、フレンは関心していた。

「あの・・・例の方は、一番奥の客室にお通ししました。」

周りを見渡し、側に誰も居ない事を確認し、ソディアはそっと、フレンに近づき小声で伝えた。

「そうか。」

例の方。
その言葉で、誰を指しているのか理解したフレンは、小さく返事を返し、出発の指揮を取る為制御室へと足を向けた。

「お会いにならないのですか?」

てっきり、その者に会いに向かうと思っていたソディアは、フレンの行動に驚きの表情を浮かべた。

「帝都に着くまで、まだ日がある。急ぐ事でもないだろう。」

表情を引き締め、歩く速度を変えず、フレンはソディアを残し制御室へと急いだ。

「フレン隊長・・・。」

そんな彼の背中を見つめ、余裕のない態度に一抹の不安をソディアは感じていた。







『フレン・シーフォ。あなたは帝国騎士?それともアレクセイの駒?』


その日の夜。
フレンは1人、甲板にて夜の海を眺めていた。
ノードポリカを出発して何度か彼女に会いに行く時間はあった。
が、あれ以来彼女の前に姿を現す事ができなかった。
彼女への言葉は全て、ソディアを通し伝言として伝え、伝わってきた。
彼女は帝都へ戻るという。その為に、船への同行も許した。
だが、このまま彼女を帝都に連れ帰っていいものか悩んだ。
彼女の目的がわからない。
何故、騎士である彼女はユーリと一緒にいた?
命令?
それとも・・・・。

「こんな所で、1人悩んでも何も答えはでない、か・・・。」

意を決した様に、フレンは足早に一つの客室へと足を向けた。







ユーリ達と別れて、一日目の夜を迎える。
フレンの計らいで、私は隔離された奥の客室に通された。
船に乗り込む際も、なるべく騎士の人間に姿を見られない様にと、気を使って貰った。
私自身は、鎧を身にまとっていない事で、騎士の人間だという事を隠せていると思っていたが、私と言う人間を知っていれば用意に同一である事に気付くと、フレンに指摘された。
部屋から出る事もできず、ゆらり揺れる船に揺られ、気付けば私は眠っていたようで、微かに聞こえる部屋の扉を叩くノック音で目が覚めた。

「フレン・シーフォです。夜分に失礼いたします。」

寝ぼけ、回らない頭をどうにか振り起こし、私は静かに扉を開けた。

「!寝ていたところを起してしまいましたか?」

扉を開けてから気付いたが、私は今どんな状態なんだろう。
私の姿を見るや、慌てたように謝罪の言葉を述べるフレン。

「皆、仕事頑張っている時にごめんなさい。チョットうとうとしちゃって・・・・。」

「いえ、お疲れだと思いますので、帝都に着くまで気にせずお休みになって下さい。」

そう言って、フレンは乱れていた私の前髪を優しく直してくれた。

「ありがとう。」

前髪が乱れていた事に少し恥ずかしさを感じたが、ここは素直に感謝の言葉を口にした。

「あ、いえ、で、で過ぎたまねをしましたっ。」

言葉とともに笑いかければ、彼は顔を赤くしてその手を引っ込めてしまった。
その反応に、意識していなかった私も、つられて顔に熱が帯びてくる。

「そ、そうね。立ち話もなんだから、座って話しましょう。」

動揺する心を落ち着かせ、私は彼を部屋の中に招き入れようとした。

「い、いえ!よく考えれば、この様な夜更けに女性の部屋へ来るなど不謹慎でした。明日で直します!」

「えっ!?いいわよ!昼間じゃ何かとあなた忙しいでしょ?別に夜這いに来たとかそんなんじゃ・・・・。」

「夜這いっ!違います!そんなつもりじゃっ。」

「わかった!わかったから落ち着きましょう!!」

慌てふためくフレンを落ち着かせ、私は強引に部屋の中へ押し込んだ。

「さすが騎士団専用船だけあって、豪華よね。客室に給湯室が付いてるのよ。」

備え付けてあったやかんに水を入れ、魔導器の力を使いお湯を沸かす。
その間に紅茶の葉を準備する。

「あの、お気遣いなく。」

「ただ単に、私が飲みたいだけだから、あなたが気にする事はないわ。」

椅子には腰掛けたが、そわそわと、まだ落ち着かないフレンの目の前に紅茶が入ったティーカップを置く。

(お互い紅茶を飲んで、リラックスしてから話したほうがいいわね。)

円卓を挟んで向かい合い、淹れたての紅茶を飲む。
一杯目の紅茶を飲干した時、不意に彼が言葉を発した。

「まさか、あなたとこうして向かい合って紅茶を飲む日が来るとは、想像もしていませんでした。」

「そう言えば・・・・あなたと私、顔を合わせた事あったかしら?」

正直、私はフレンの存在を知らなかった。
それは、一緒に仕事をした事も無ければ、城で言葉を交わした事もなかったからだ。

「『緋バラの騎士』は、騎士団の中では何かと有名ですから。」

「そ、そうだったわね・・・・。」

隊としての構成人数で言えば、一番少ないが、1人1人の個性が強いというか、何と言うか・・・。
帝都に残してきた仲間たちを思い出しながら、小さくため息をついた。

「スフォルツァ隊長は特に。」

「わ、私?」

「数多くいる騎士の中で、唯一女性の隊長ですから、私達のような下の者達にとって憧れの存在です。」

「そ・・・・そうなの?」

「えぇ、そう様なあなたが何故単独で行動をしているのですか?」

気が緩みかけた時、彼が確信を突いた言葉を投げかけてきた。

「騎士団長の命令ですか?」

どう、答えていいかわからず黙り込んでいると、遠慮がちにフレンがアレクセイの名前を出してきた。
正直な話をしたところで、彼から知りたい情報を得られるとは限らない。
ここは、様子を覗い、情報を引き出す事が重要だと瞬時に判断した。

「そうよ。騎士団長様の命令なしに、私達騎士が動く事はないでしょ?」

「秘密裏、にですか?」

「えぇ、騎士団長様は私に、聖核を探すよう命じたわ。その途中で、ドジを踏んだ私を助けてくれたのがユーリ達よ。それから情報を探る意味でも一緒に行動していたの。」

我ながら嘘が上手くなったと思う。

「ノードポリカに居たのも、それで・・・・なんですね。」

考え込むように、フレンが視線を逸らす。

「あなたもそう、なのでしょ?」

「はい。私も騎士団長より命令を受けました。」

やはり、フレン隊の行動は全てアレクセイの命令で行われていた事。
つまり、マンタイク制圧、カドスの喉笛の封鎖、また、思い返せばノードポリカでの闘技場出場。
この全てはアレクセイの企みとも言える。
だが、目的は何だというのか。

「ねぇ、私一つわからない事があるの。」

私はここで、彼を嵌めて見ようと考えた。

「何故、騎士団長様は聖核を必要としているの?キュモール隊長に聞いても、わからないと仰っていたのよね。」

「キュモールに会ったのですか?」

これは意外だったのか、フレンは驚いた表情で私を見返してきた。

「会ったわ。彼が聖核を求めてマンタイクに居たのは知っていたから。」

キュモールは、アレクセイの命令で『巨大な鳥の魔物の死体』を探していた。
ノードポリカで出合った始祖の隷長、ベリウスの死後彼女の変わりに現れた聖核。
あれはつまり、始祖の隷長が命を落せば彼らの体が聖核になる、と言う事。
巨大な鳥の魔物、つまりフェローも始祖の隷長だ。かの者も命を落せば、聖核になる。

「・・・・・・騎士団長は、魔導器の新開発を行っています。」

「!?・・・・新開発?それって帝国で禁止されていることよね?」

魔導器は、今だ解明しきれない技術レベルゆえ、その社会に与える影響を考慮し、帝国によって厳格に管理され、所有の制限がされている。

「ヘラクレスをご存知ですか?」

「ヘラクレス?」

聞きなれない言葉に、私は眉を顰めた。

「騎士団長が、始祖の隷長に対抗するべく開発した移動要塞です。」

始祖の隷長に対抗するため?
何のために?
彼らとの戦いは10年前の人魔戦争で終結したのではないの?
さすが、アレクセイの駒と言われるだけはあり、フレンは私が知りえない情報を沢山持っているようだった。


『全ての始まりは、クリティア族の科学者ヘルメスによって開発された高出力の新型魔導器が帝国の手で量産化された事だった。』


ヨームゲンの街で知り合ったデュークの言葉が蘇る。
アレクセイは10年前の人魔戦争に参加していた。
彼がこの時捨てたと思われた、ヘルメス式魔導器の構図を秘密裏に隠し、その技術をヘラクレスとかいう要塞開発に使っているとしたら?


『ヘルメス式魔導器は、エアルの大量消費により、飛躍的な出力の増加を実現した物で、高出力がゆえにエアルが激しく乱れるという欠点があった。』


今、世界各地で起きているエアルの異常。
やはりそれは全て・・・。

「アレクセイがもたらしたもの。」

「え?」

「いいえ、何でもないわ。」

つい、こぼしてしまった言葉を曖昧に誤魔化す。フレンには悪いが、これでアレクセイの糸口を掴む事ができた。
後は・・・・。

「フレンにお願いがあるの。」

「何でしょうか?」

「帝都ではなく、私をカプア・ノールで降ろして欲しいの。」

「カプア・ノールですか?」

「えぇ、身分を隠して秘密裏に行動している私が、あなたと一緒では騎士団長様にお叱りを受けてしまうのよ。」

これは少し無理がある嘘だったか、少し悩んだ後でフレンは了承の言葉を口にした。

「では、私はそろそろ戻ります。夜分遅くに申し訳御座いませんでした。」

フレンはカップに残った紅茶を飲干すと、椅子から立ち上がり扉へと足を向ける。

「いいえ、あなたと話ができてよかったわ。」

彼を見送ろうと、私も椅子から立ち上がり扉へ向かおうとした時、不意にフレンがこちらを振り返った。

「その・・・・この様なぶしつけな質問如何なものかと思うのですが・・・。」

視線を逸らし、頬を少し赤く染め、いい辛そうに彼が口にした事は。

「スフォルツァ隊長は、ユーリとどの様な関係なんですか?」

「えぇっ!?」

予想外の質問に、私は驚きの声を上げる。

「そ、その。ノードポリカで別れる時・・・・その、抱き合っていたので。」

あの時は、ユーリとの別れに感傷的になって、周りが見えていなかった。確かに、周りからしてみれば意味深というか、何というか・・・。
疑問には思うだろう。

「え・・・・っと、ユーリとはその、仲良くなって。それで・・・・別れのあいさつみたいな・・・・感じ?」

動揺しすぎて、自分でも何を話しているのかわからなくなってきた。
顔に熱が集中するのがわかる。
いやな汗も背中を伝う。私の動揺具合を見て、何かを察したのか、フレンは安堵のような笑みを浮かべた。

「ユーリ・・・・彼は、自由奔放すぎて、組織に収まりきれない男ですが、悪い人間ではありませんので、ご安心下さい。」

「え?えぇ!?」

「スフォルツァ隊長は、ヴィンセント殿とお付き合いされていると思っていました。」

「はっ!?え、ぇえ??」

「ユーリの事、見捨てないでやって下さい。」

そう言い残して、彼は部屋を出て行った。
取り残された私は、彼の言葉が理解できず、ただ呆然とその場に立ち尽くした。

「ご、誤解された?うんん。それよりも・・・。」



私とユーリってどんな関係なの?


曖昧な関係のまま、別れてしまったために生じた疑問。
いや、今は考えない事にしよう。
せっかく掴んだアレクセイの糸口を無碍にしないため、私は新たな思案を模索する事に集中した。



第2話につづく・・・・。

[*prev] [next#]