「ユーリの嘘つき。」 あれから私たちは別れ、渡された鍵の番号の部屋へ行ってみると、ボロいどころか、綺麗にベッドメイキングされた一人部屋があった。 あんな事は言っていたが、本当は彼が代金を払ってくれたのかもしれない。 明日、彼にお礼を言わなくては・・・・そんな事を考えながら、疲労からくる睡魔に負け、私は早々にベッドで眠った。 部屋の中に、暖かい日差しが差込出した頃、私は目を覚まし昨日の事を思い出していた。 あれからユーリはちゃんと部屋に帰って来て休んだのだろうか。 顔を洗い、歯磨きも済ませ、洋服も着替え、身支度が整った頃部屋の外から大きな声が聞こえた。 「ユーリ!!今までどこに行ってたの!?戻って来ないから心配したよ〜。」 「カロル、静かにしろ。まだ寝てるやつもいんだから。」 外から聞こえてくる声は、少年の声と、明らかにユーリの声だ。 「チョット野暮用があって、それを済ませてたら疲れちまってそのままラピードと外で寝てた。」 「相変わらずだな〜。」 「チョット待って!!」 部屋の中から、外の二人の会話を盗み聞きしていた私は、とんでも無い事を口にしたユーリに驚き。後先考えず扉を開け、外に出ていた。 「よ。おはようさん。昨日はよく眠れたかロゼ。」 そんな私に気付き、朝のあいさつをするユーリ。 「おはようじゃないわよ!もしかして、私が使った部屋ユーリが泊まる予定だったんじゃない?」 てっきり、代わりに代金を払って貰ったんだと思っていたが、よく考えれば帝都の下町育ちの、定職にもついていない、昨日ギルドを新設したばかりのこの男に、そんな余裕あったのだろうか? 「別に俺、外で寝るの慣れてるし、それより。」 ユーリは、はっきりと肯定はしなかったが、彼が部屋を譲ってくれたに違いない。 悪い事をしてしまった。という罪悪感から目線を逸らすと、彼の右手には見慣れた物が握られていた。 「これ、お前の財布じゃないか?」 そう言って差し出されたそれは、盗まれた財布だった。 「どうしてユーリが?」 「チョット寝る前の運動がてら、散歩してたら、いかにもガラの悪いグラサンの男が居たんでね。」 (ユーリは本当に嘘つきだわ・・・・) 財布を受け取りそれを握りしめる。 そんな運よく見つかる分けない。彼は探してくれたのかもしれない。 「ユーリの馬鹿。」 「どういたしまして。」 嬉しさのあまり、泣きそうになるのを我慢して、可愛くも無い事を口にしてしまったが、彼は全てを見透かしているかのように、余裕の笑顔を見せる。 「ねぇ・・・・ユーリこの女の人は誰?僕状況がよくわかんないんだけど。」 すっかり忘れてしまっていた少年の存在を思い出し、私とユーリは同じタイミングで少年を見下ろしてしまった。 「駄目だよ〜少年。二人の世界を邪魔しちゃ〜。」 そしていつの間にか、昨日すれ違った30歳くらいの男も、こちらを見ていた。 * 全員が起きて来たところで、私たちは宿屋を後にし、朝食を食べにカフェテラスにやってきた。 そこで改まって、ユーリご一行と顔を合わせた私は、昨日ユーリに話した内容を掻い摘んで皆に話しをした。 「そう言う事でしたら、ぜひご一緒にその幼馴染さんを探しましょう。」 7人と一匹という大所帯のため、一つのテーブルに座りきれなかった私たちは、隣同士、男女に分かれて座っていた。 私と向かい合うように座っていた清楚なピンクの髪の少女、エステルが最初に同意の声を上げてくれた。 正式な名前は『エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン』。歳は18。甲冑を思わせる白のジャケットが、歩くたびにスカートの裾と一緒になびき、清楚な彼女に良く似合う。 先帝の遠縁として幼き頃よりザーフィアス城に住んでおり、最近は評議会側の推立により次期皇帝候補に選ばれた一人だ。半軟禁生活を余儀なくされていたと聞くので、私と城で会ったことは無い。つまり、私の正体はバレない。 彼女はダングレストの街で、大きな鳥の魔物に襲われそうになり、その時その魔物が彼女の事を『世界の毒』だと言って立ち去ったとの事。 魔物が人の言葉を話すなんて事自体聞いた事が無いが、彼女はその魔物を追って、砂漠があるコゴール砂漠へ。 そして、彼女の依頼を受け、ユーリたちのギルドはエステルの護衛任務を遂行している、と言う経緯らしい。 「僕も構わないよ。仲間が増える事はいいことだもんね。」 隣のテーブルの向かいに座る大きな鞄を肩にかけ、前髪を逆立てた髪型がよく似合う少年。カロルは、ユーリが所属するギルドのボスらしい。 「おっさんも賛成〜。可愛い娘が増えるのは大歓迎よ♪」 そのカロルの隣に座る男、レイヴンもホットドックを頬張りながら仲間になる事を許可してくれた。 30歳を過ぎたくらいのその男は、紫色の派手な上着を身にまとい、良くも悪くもよく目立つ。 そんな彼は、ダングレストで数多のギルドを束ねる最大勢力『天を射る矢(アルトスク)』の幹部と言うから見た目で人は判断できないとは、彼の事を言ってるのではないかと思う。 彼は、ギルドの仕事でノードポリカに用事があるらしい。 ノードポリカは、コゴール砂漠のあるデズエール大陸最東端にある街だ。行き先が同じと言う事で同行しているらしい。 「私も構わないわ。よろしくねロゼ。」 私の右隣に座る同姓でも目のやり場に困るくらい肌を露出したクリティア族の美女、ジュディスは眩しい位の微笑で返してくれた。 『クリティア族』は、人から派生した種族で、とがった耳、後頭部から長く伸びる感覚器が特徴の種族だ。ナギーグと呼ばれる超常能力を持ち、物に秘められた情報を読みとる事ができるという。 「私はどっちでもいいわ〜。まぁ、そんな世間知らずの貴族様が、砂漠を超えられると は思えないけどね。」 エステルの隣に座る少女、リタが興味がないと言わんばかりにスープをすすりながら答える。 『リタ・モルディオ』。帝国魔導器研究所が置かれ、世界中の魔導士が集まる街、アスピオの研究員。その道で知らぬ者はいないと言われる、天才少女である。 (アレクセイが調査を頼んだ研究員は、彼女の事だわ・・・・。彼女の側にいれば自然と何かを掴めるかもしれない。) 「と、言う事でロゼよろしくな。」 「こちらこそ、お世話になります。」 最後に、左隣に座るユーリがしめて顔合わせの挨拶は終了となった。 財布を渡された時、一瞬この金で帰れ。と、言われるかとも思ったが、ユーリはそんな事は言わなかった。 (彼って変わった人。面倒見がいいと言うか、きっと困っている人をほって置けないのね。) その為気付けば彼の周りには、共通点の薄い個性豊かな仲間たちが集まったのだろう。 * 船着場へ行くと、ギルド『幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)』の女社長、カウフマンがいた。『幸福の市場』は、世界の流通を一手に引き受ける商業ギルドだ。 流通を担う性格上、帝国やギルドといった枠を超えた活動を行っている。どうやら、様子を見るに大変ご立腹な様で、側にいる部下を前に怒鳴り散らしていた。 が、ユーリの姿を見つけると、満面の笑顔で近づいてきた 「久しぶりじゃない。ユーリ・ローウェル君、元気してた?」 「まあ・・それなりに。」 ユーリは嫌なやつにあった、と言わんばかりに顔をしかめ、そっぽを向く。 「え?ユーリ『幸福の市場』と知り合いなの?」 二人のやり取りを見ていたカロルは、驚いた表情でユーリに尋ねる。 『幸福の市場』のカウフマンと言えば、ギルドを統制する『五大ギルド』の幹部の一人だ。 その関係者と知合いとなれば、ギルドとしての仕事がし易くなる。 「知合いって程じゃねーよ。」 「あら、そっけないのねぇ〜。チョットユーリ君にお願いしたい事があるんだけれ ど。」 「ヤだよ。これから俺達はノードポリカヘ行く予定なんで。」 「あらっ偶然♪私たちもノードポリカに行くところなのよ。ぜひ、船の護衛をお願いできないかしら。」 ノードポリカという名前が出た瞬間、カウフマンは手合わせ、先程以上に満面の笑顔を作った。 「船の護衛?」 「そうなの。今、ココからノードポリカまでの海域で魔物が出て、船を襲うのよ。護衛用に頼んだギルドはまとめていたボスが急に死んだとかで、役にたたないし困ってたのよ。あ〜これで先方との契約にも間に合いそうだわ♪」 「勝手に決めんな!!」 「ねぇねぇユーリ。これってチャンスじゃないかな。ギルドとして仕事を請け負えば名も上げられるし、何より『幸福の市場』と関係を結べるのは今後の役にたつよ!!」 目を輝かせてやる気満々のカロル。 「あら、あなた達ギルドを始めたの?」 「うん!!ブレイブ・ヴェスペリアって言うんだ。」 「それじゃ、ギルドの仕事としてお願いするわ♪代金も払うし、何だったらこの船もあげちゃうわ♪」 ギルドのボスであるカロルが決めた事なら・・と、ユーリは渋々了承をした。 (どうしてそんなに嫌がるんだろう?) 「良かったじゃない、ユーリ。船賃代節約できたし、何よりあの大きな船貰えるのよ。」 皆が出航の準備をしている時、ユーリは甲板の手すりに寄りかかり、海を見ていた。 複雑な表情を浮かべながら。 「ロゼか・・。まぁそうなんだが・・・・何か俺あの女苦手なんだよなぁ。」 「ユーリは年上苦手?」 「そんなんじゃねーよ。現に、別にロゼは嫌いじゃないし。」 「じゃ、好き?」 「す・・・・はぁ!?」 少し顔を赤らめ、ビックリした表情で勢いよく、私の方に振り向くユーリ。 「ふふふ、ユーリって案外純情なのね。」 「〜〜っお前なぁ〜!!」 「そこのお二人さん、いちゃついてないで、手伝って頂戴!!」 「はぁ〜い。」 ユーリをからかって遊んでいると、レイヴンに注意され、私は素直に出航の手伝いに行った。 「勘弁してくれよ・・・。」 左手で、赤くなる顔を隠すように覆い、ユーリは静かに呟いた。 私がユーリの気持ちに気付くのは、まだまだ先の話。 第5話につづく・・・・。 |