ユーリ・ローウェル。 帝国の下町で育ち、かつて帝国騎士団に籍を置いていたが、上官と折り合いがあわず退官。 現在は、下町に一軒しかない宿屋で居候中。 「・・・・ただの甘ったれたガキ・・なのかしら?」 帝都を出発して早2日が過ぎた。 ヴィンセントから貰った洋服のポケットの中にはユーリ・ローウェルについて簡単なメモが入っていた。 (用意周到と言うか・・・・抜け目ないというか・・) 今、自分が着ている服もよく考えたらいつの間に準備していたのだろう。サイズだってピッタリだし・・・・。 「嬢ちゃんまもなくカプア・ノールだよ。」 「あ、はい!!起きてます!!」 ハルルの街から荷馬車に乗せて貰い、イリキア大陸の港街、カプア・ノールまでやってきた。 ココまでお世話になった荷馬車のおじさんにお礼を言い、早速、隣の大陸トリビキア大陸の港街カプア・トリムへ向かうため、定期船が出ている船着場まで移動する。 「まもなく出航します!!乗られる方はお急ぎ下さい!!」 急いでチケットを買い、船に乗り込む。 「それにしても、また、船が出せるようになって本当によかったわね。」 「本当に。以前の執政官の時は災難だったわ。」 船に乗り込み、デッキ付近を歩いていると、商業人と思われる、大きな荷物を抱えた女性二人の話声が聞こえた。 執政官とは、帝国の治安を司る騎士団に対し、政府機関の役割を担う評議会の一員であり、帝国から各街に派遣され税などの取り締まりを行う。 (確か・・・この街の執政官はラゴウと言う人物だったわよね) 独断で重税を課し、私腹を肥やしていると、一時期隊の中で話が出た事を思い出す。 表沙汰にはなっていないが、その後彼はヘリオードで死体で発見されたと聞いた。 (悪い事をしたら、報いを受けるって事ね) 沈む太陽を見ながらそんな事を考えていると、船の出航を知らせる汽笛が響いた。 「本当に砂漠に行こうって言うの?」 「はい。私決めたんです。砂漠に行ってあの魔物と会って、どうして私が『世界の毒』なのか知りたいんです。」 日が傾き、夜が近づく街の片隅に、大きな一匹の犬を連れた6人組みが複雑な表情を浮かべ、佇んでいた。 ゴーグルを頭にのせ、幼さを残す一人の少女が、ピンクの髪を綺麗に肩で切り揃えた上品に、だが、硬い決意の表情を浮かべた少女と向き合っていた。 「そう心配するなって、リタ。俺たちブレイブ・ヴェスペリアがちゃんとエステルの護衛するって決めただろ?」 「そうだよリタ。僕たちに任せてよ!!」 ゴーグル少女、リタに向かって、長く腰元まである黒髪の青年と、大きなバッグを肩から提げた少年がピンクの髪の少女、エステルを庇う様に声をかけた。 「それは・・・そうだけど・・・。」 「それよりおっさん疲れちゃったんだよね〜。早く宿屋に行ってご飯にし ない?」 「あら、たまには良い事言うのね。おじ様。ねぇリタ、取り敢えず宿屋に行きましょう。」 不満げに言葉を繋ごうとしたリタに対し、ザンバラ髪を一つにまとめただらしなく座り込む中年男と、しなやかな肢体を惜しげもなく見せ付けるクリティア族の美女が言葉 を遮る。 「よし。そんじゃ宿屋に行きますか。」 黒髪の青年の言葉に同意するように、6人と一匹は歩き出した。 傾いていた夕日は完全に沈みきり、星が瞬く夜空へと変わっていた。 月を映し煌く大海原からは、本日最後の定期便が港に着いたことを知らせる汽笛の音が、街を包みこんでいた。 ノール港を出発して1時間程で、トリム港に到着した。 二つの港は、別の大陸にあるが、海を挟んですぐ向かい側にあるため、互いの街を肉眼で見ることができる。 遥か昔、ノール港とトリム港の間に、カプア・ デュオと言う名の、もう一つの港街があった。三つで一つの巨大な街を形成し、栄えていたが、ある日突然崩壊し、海に沈んでしまった。 (取り敢えず・・・今日はココで夜を越すことにしましょう) 急ぎ足でココまで来たので、この二日間野宿を余儀なくされ、ゆっくり休めていない。 疲労も溜まってきたので、ココはゆっくりシャワーを浴びて、ふかふかのベッドで休みたい。 そんな事を考えながら、ふらふらと歩いていると、突然左肩に強い衝撃を受ける。 ビックリして振り返ると、いかにもガラの悪そうなサングラスをかけた男が私を見ていた。 「ネエちゃん、気をつけな。」 「す・・・すみませんでした・・・。」 そのまま何も無かったかのように、その男はあっさり立ち去っていった。 てっきり、因縁つけられてお金を巻き上げられると思っていた私は、呆気にとられた。 (ココはもう、ノール港と違って、ギルドの勢力が強いんだから・・・気をつけないと・・・) 緩みかけていた気持ちを引き締め、私は一軒の宿屋に到着した。 「チョット青年、話があるんだけど、外まで出てくんないかな?」 黒髪の青年率いる一行は、宿屋に到着し、手続きを済ませると、それぞれが思い思いに自由に過ごしていた。 エステルを取り戻そうとする幼馴染から逃げるように、不眠不休の状態でココまで来たため、疲れた体を、ベッドに沈めたところで、ザンバラ髪の男に声をかけられた。 「何だよレイヴン。俺、マジ疲れてんだけど。」 「ココじゃチョット話ずらいって言うか・・・。」 仕方ない。と青年は立ち上がりザンバラ髪の男・・・レイブンの後を追い、 部屋を出た。 階段を降り、ロビーに来ると、エステルとリタ、大きなバッグを肩に提げた少年、カロルがソファーに座り、談笑していた。 3人に外に出てくると声をかけ、外に繋がる扉を開けようとした時、カランと言うベルの音とともに扉が開かれた。 タイミングよく開かれた扉の先には、緋色の髪を一つにまとめた、小さな女が佇んでいた。 「あ・・・すみません!!私邪魔ですよねっ避けますっ!!」 どうやら、何も言わずにただ見つめてくる青年が、威圧していると勘違い をしたらしく、その女はあっさりと道を譲った。 「青年〜可愛い娘にガンつけちゃや〜よぉ〜。」 「俺は何もしててねーよっ!!」 そのまま二人と一人はすれ違い、二人は宿の外へ、一人は中へと入って行った。 ビックリした。 宿屋に到着し、中に入ろうとしたら、背の高い長い黒髪の男性が立っていた。 私の頭2個分はあるのであろう長身に見下ろされてつい誤ってしまった。 私が道を譲ると、彼の後ろにいたもう一人の男と外へ出て行った。 気を取り直し、宿屋のカウンターへと進み、赤茶色の髪を二つに束ねた可愛らしい少女に、空きがあるか尋ねる。 「はい、丁度一人部屋が空いてますのでお使い下さい。代金の方は先払い にさせて頂いておりますので、こちらでお願いします。」 「お世話になります。」 空きがあった事に安堵し、背負っていたバッグから財布を取り出そうと肩から下ろそうとした時、違和感を感じた。 (あれ?軽い・・・) 嫌な予感がして、急いでバッグを確認すると・・・。 「何・・・これ!?」 バッグは鋭い刃物の様な物で縦に切り込みを入れられ、そこから中身がこぼれ落ちていた。 そして、最悪な事に財布が無かった。 「すみません!!財布を落としたみたいで・・・・急いで探して来ますので部屋取っといて下さいっ!!!」 私は慌てて宿屋から出て、今まで来た道を折り返した。 (絶対っ!!さっきぶつかってきたサングラスの男だわっ!!!) バッグの切り口は何かに引っかかってできた物ではなかった。 明らかに、刃物で切られている。 先ほど歩いて来た道には、私が落としたと思われる保存食や飲み水の他に、鏡などの身だしなみの為に持ち歩いていたポーチなどは見つかったが、肝心の財布が無い。 「はぁ〜・・・・私これでも帝国騎士なんだけどなぁ・・・・どうしよう。」 お金が無いのでは宿屋に泊まる事はできない。それ以上に、これからの旅をどう進めて行けばいいのか・・・・。 (ほんと・・・・私って駄目ね・・・・。一人じゃ何もできない) 今まで順調にきた事が、奇跡のように思えてくる。 「どうかしたのか?」 ショックのあまり、呆然と立ち尽くしていると、後ろから声をかけられ、そのまま振り返る。 そこには先ほど、宿屋ですれ違った長い黒髪の男が立っていた。 「財布を・・・・落としたみみたいで・・・・。」 ショックから立ち直れないまま、私は力ない声で言葉を返した。 「どこに落としたのか、検討がついてるのか?」 尋ねてくる男に、私は右手に持っていた、変わり果てたバッグを見せた。 「これは・・・・酷くやられたな・・・・。相手覚えてるか?」 「サングラスをかけた、ガラの悪い男・・・・としかわからないわ。」 私の頭の中は、これからどうやって旅の目的である、ユーリ・ローウェルと接触するかその事で一杯で、話しかけてくる男の事など気にもしていなかった。 ダングレストまで、まだかなりの距離がある。 歩いて行くにはかなり時間がかかりすぎるため、どうしても荷馬車などに乗せて貰わなければならない。 もちろん、馬なども今は無い。 ダングレストまで行く途中に、建設中のヘリオードがあるからそこで兵士に事情を説明して、お金を工面して貰うか・・・・。 「おい、大丈夫か?」 思案に集中していると、大きな手が私の頭に乗せられる。 ハッとして、そのまま頭に手を乗せている男を見上げた。 「落ち込んでも財布は帰って着ちゃくれないぜ。」 「しっかりしろっ。」とそのままグシャグシャとを撫でられる。 その行為が、ある人物を思い出させて、私は大きく目を見開いた。 「あ・・・・ありがとう。」 初めて目線を合わせた私に、その男は優しく笑顔を返してくれた。 「名前は?」 「ロゼ。」 「ロゼが。俺はユーリ。ユーリ・ローウェル。」 これが、私とユーリの出 会いであった。 第3話に続く・・・・。 |