「俺が、行くなって言ったらどうする?」 [ 19/20 ]

「騎士の姿はちらほら見えるけど・・・・。」

「この前の大会の騒動考えれば、普通の警備って感じ。」

あと2時間程で日が沈む・・・。
私達は騎士団の検問を振り切り、ノードポリカへと戻って来た。
街の風景はいたって普通。
カドスのように、異常に騎士達が警備を行っている雰囲気はない。

「逆に気味が悪いぜ。あんな検問してたってのに・・・・やっぱりおっさんの言うとおり、騎士団め何か企んでやがるな。」

肩透かしのような気持ちでいると、私の真後ろに立っていたユーリが不満気に呟く。

「でも今は、目立たなければ街の中にいても平気そう。」

周りを見渡しながら、カロルが安心した表情で話す。

「ベリウスに会えるのは新月の夜・・・・丁度今夜ね。」

ジュディスの言葉を聞き、私達は日が沈むまでの間自由行動と言う事にした。
疲れた、と愚痴りながら宿屋へ向かうレイヴンの後ろ姿を眺めながら、私はカドスでの出来事を思い出していた。
カドスの出口で遭遇したシュヴァーン隊。
彼らにレイヴンは、騎士団でよく用いられる号令の合図を出した。
彼らはそれを耳にした瞬間、折り目正しく直立姿勢を取り、動かなくなった。
あれは偶然だったのだろうか・・・・?

(レイヴンって、本当は何者なの?)

シュヴァーン隊隊長、シュヴァーン・オルトレイン。騎士団隊長主席であるがゆえ、一番アレクセイに近い男・・・。
表舞台にはあまり姿を見せず、影でアレクセイの命令を遂行する優れた騎士だ。
直接顔を合わせた事は何度かあるが・・・・レイヴンとは似ても似つかない。彼がシュヴァーンであるはずはない。
そんな事を考えていると不意に左肩を叩かれた。

「また考え事か?」

驚いて振り返ると、困ったような表情を浮かべたユーリが居た。

「ユーリ、エステル達とご飯食べに行ったんじゃないの?」

「もう食って来たよ。お前何時までココで突っ立ってるつもりだ?」

「えっ!?」

驚いて空を見上げる。
確かに皆と解散した時より少し日が西に傾いている。

「考え事もいいが、飯は食わなくて大丈夫なのか?」

「あ、うん。少し食欲なくて・・・・お腹空いてないの。」

労わってくれるユーリに、心配かけまいと薄く笑みを浮かべた。

「俺は、お前の目から見たら少し頼りないかもしれねぇが・・・・も少し頼ってくれてもいいんだぜ?」

優しく笑みをこぼしながら、ユーリが私の左頬を撫でる。

「ロゼの考えてる事、全て知りたいとは言わない。だけど、少しくらい話してくれてもいいんじゃね?受け止めてやる器量くらいあるつもりだ。」

「ユーリ・・・・。」

彼の優しさが、触れる指先から感じる。
私がこれから行おうとしている事を考えると、彼に対し罪悪感がこみ上げてくる。
ただそれは、彼を信じきれていない私の心がもたらす弱さでしかない。
どこまで話していいものか・・・・そんな事を考えながら、私は私が思うままに彼に話してみようと思った。







私達は港を歩きながら、騎士の目の届かない所を探し歩いた。
そして、『幸福の市場』カウフマンが報酬にくれた船、フィエルティア号の甲板で話すことに決めた。
海から来る潮風を受け、揺れる髪を押さえながらユーリと向き合う。

「私、帝都に戻るわ。」

ゆっくりと、彼の瞳を見ながら私は告げた。
一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに彼は優しげな表情に変わった。
そして、視線を逸らし沈みゆく夕日を眺め、彼が呟く。

「そうか・・・・ロゼが決めた事なら反対はしない。淋しいけどな。」

「ご、ごめんなさい。」

「なんで謝るんだよ。ちゃんと理由があんだろ?」

「う・・・・ん。私、騎士団を変えたい。キュモールのような権力だけの人間が横行しな
い、本当に人々の平穏の為に存在するそんな騎士団にしたいの。」

誰にも話す事無く、胸の中に閉まっていた思いを一気に彼に伝える。

「その為に・・・・私は帝都に戻って、戦うわ。」

「それは上を目指すって事か?」

彼の言う『上を目指す』とは、功績をたてて地位を上げていく事だろう。確かにその方法もあるが・・・・。

「違うわ・・・・そんな暢気な事をしていたのでは犠牲が増えるばかりよ。私は、上を引きずり落とすつもりよ。」

「!?」

今度は本当に驚いた表情で私を見返すユーリ。
そんな彼に、私はおどけたそぶりで「内緒よ」と微笑む。

「反旗を翻すって事か?」

「そうね、言ってる事とやってる事が矛盾しているわね。それでも私はこの方法を選ぼうと思う。自分の正義の為に。」

ここまで話すと、ユーリは眉をひそめ、何かを考えるように視線を下へ向け黙ってしまった。
それもそうだろう。
私の言ってる事は、騎士団に・・・・捉え方によっては帝国に武力で持って攻め入る、と言っているのだから。
沈黙が流れ、ただ船へとうちつける波の音だけが聞こえる。

「俺が、行くなって言ったらどうする?」

不意に、波の音に掻き消えてしまうんじゃないかと思うぐらい、小さな声で彼が呟く。

「あら、受け止めてやるくらいの器量があったのではないの?」

彼の問いに、冗談交じりで私が答える。
その言葉に、しまった、という表情でユーリが私を見返えす。

「あんな事言うんじゃなかった・・・・。」

自分の発言を悔やんでいるのか、手すりにもたれうな垂れるユーリ。

「ふふ・・・・私は嬉かったわよ?だからユーリに話そうと思ったんだから。」

そんな彼から少し距離をおき、両手を広げ、潮風を全身で吸い込む。
溜め込んできた思いを吐き出す事ができ、気分が軽い。

「ねぇ、ユーリ。私が・・・・。」

そこまで言って、その後に続く言葉を飲み込む。

「何だよ、ロゼ。」

「うんん、なんでもない。」

ごまかすように、私は曖昧な笑みを浮かべて彼に背を向けた。
自分が言おうとした言葉に、動揺する。
今自分は何を言いかけた?

「ロゼ。」

ユーリに呼ばれ振り返ると、彼の両腕でもって私の腰を抱きかかえられ、足が地面を離れる。
そしてそのまま彼は、グルグルと回りだした。

「な、何?何!?」

「俺を置いて行くような悪い子にはお仕置きだ!」

「やーっ!!やめてっ目が回る!!!」

はしゃぐ子供のように、彼は楽しげに私を軽々と抱きかかえた状態で、高速回転をする。
私はあまりの速さに、目が回り、ぎゅっと彼の頭を抱え、キャーキャーわめきながら耐えた。
数秒程、ユーリの「お仕置き」が続き、そのまま抱き合った状態でデッキに倒れこんだ。

「うぇ、マジ気持ち悪い。」

「馬鹿・・・・ユーリ・・・。」

倒れこんだ私達は、互いに見つめ合い、愚痴をこぼしながら笑っていた。

「なぁ、ロゼ。」

ユーリは上体を起し、私を見下ろす。
私は仰向けの状態で、ただじっと、彼の顔を眺めた。
夕日に照らされ、微笑む彼の表情が眩しい。
こんなにじっと彼の顔を間近で見たのは、もしかしたら初めてかもしれない。
細められた目には、長い睫がもたらす影がおりていて、その奥には漆黒の瞳が覗いている。
そして、その瞳と同じ漆黒の長い髪は、波風をうけて、キラキラと輝きながら夕闇を舞う。

(綺麗・・・・。)

ユラユラと揺れる炎の光りに誘われる蛾のように、私はゆっくりと右手を彼へと伸ばす。が、その手はあっけなく彼の手に捕まり、触れる事ができなかった。

「死ぬなよ。」

切なげに紡がれた彼の言葉を合図に、互いの唇がゆっくりと触れる。
壊れ物を扱うように、優しく触れてくる彼を愛おしく思う。

『死ぬなよ。』

胸を突き刺す刃のように、痛みとともに心に突き刺さった。



ねぇ、ユーリ・・・・。

私が・・・・。


私が死んでも
忘れないで・・・・・。







「ベリウスに会いに来た。」

日が沈み、新月の夜を迎えた。
昼間は、戦いに挑む者達で溢れる闘技場も、夜ともなると人の姿は疎らになり、静まりかえっている。
闘技場、入り口の扉をくぐると天まで続く長い上り階段があり、そこを上りきった所にベリウスの補佐を務めているナッツという人物がいた。
ユーリは単刀直入に用件を伝える。

「あんた達は確か・・・・ドン・ホワイトホースの使いだったかかな?」

私達を見渡し、ナッツは確認するように言葉にする。
それに、ユーリが静かに頷く。

「そそ、んなワケだから通して貰いたいんだけど。」

ユーリの後ろで様子を伺っていたレイヴンが、ズイっと前に出て更に付け加える。
レイブンをチラッと見た後に、考え込むように視線を下に向け、黙り込んでしまったナッツ。
どうしたんだろう?とエステルとカロルが顔を見合す。
そして、数秒の沈黙の後彼が口にした言葉は。

「そちらは通ってもよいが・・・・他の者は控えて貰いたい。」

つまり、ドンの使いであるレイブンはいいが、それ以外の私達は中へは通す事はできない、という事だ。

「えー!どうしてですか!?」

ベリウスとの対面を楽しみにしていたカロルは、言葉の意味を理解すると、すぐに不満の言葉を口にした。

「あたしらが信用できないっての?」

「申し訳ないが、そう言う事になる。」

リタの言葉にナッツは、言葉とは裏腹に表情一つ変える事無く、淡々と話していく。

「そんな・・・・。」

エステルが落胆の言葉を口にした時。

「よい。皆通せ。」

ナッツが塞ぐ扉の置くから、中年くらいの女性の声が聞こえた。

「統領!しかし・・・・。」

その声に、ナッツが驚いた表情で声を荒げる。
統領・・・・彼は確かにそう言った。
つまり、今の声は『戦士の殿堂』統領、ベリウスのものらしい。

「よいというておる。」

再度、ベリウスが入室を許す言葉を口にすると、諦めにも似た表情でナッツが塞ぐ扉の前から離れる。
そして、扉を開けて中へ入ろうとする私達に。

「くれぐれも中で見たことは他言無用で願いたい。」

「他言無用?・・・・どうして?」

カロルが素直に疑問を口にする。

「それが、我がギルドの掟だからだ。」

「わかった、約束する。」

頭を下げ、懇願するように申し出るナッツに、ユーリは力強く答え、両手を扉に置き、力の限り押して行く。
石で作られた扉はかなり重いらしく、開くと同時に重々しい軋音が辺りを包む。
中へと入ると、上り階段が続き、壁面に蝋燭が何本か灯っているだけの、とても薄暗い空間だった。
階段を踏み外さないよう気を付けながら上りきると、突き当たりに大きな石作りの扉があった。
どうやらココが、統領の私室らしい。
私達は全員いる事を確認し、ユーリとレイヴンがゆっくりと扉を押す。

「え・・・・えぇ!これ何?」

中へと入ると、光りが一つもない、真っ暗な空間が広がっていた。

「皆いるよな!?」

焦るカロルの後に、ユーリの声がする。
それに、仲間達がそれぞれ自分の存在を伝えるように返事をする。

「ロゼっ!いるか?」

「え!?あ、うん!」

ユーリからの問いかけに焦りながら返事を返す。

「何で、ロゼちゃんだけ指名なの?」

暗闇の中、不服そうなレイヴンの声がする中、少しすつ暗闇が晴れ、うっすらと周りが見えるようになってきた。
そして、ぼっ、ぼっという音と共に前方に蝋燭の明かりが灯され、はっきりと目の前のものが見えてくる。

「な・・・魔物!?」

驚いたカロルの声に導かれ、皆が前方に視線を向けると、そこには六本の尾を持つ、狐のような大きな魔物がそこにいた。

「ったく!豪華なお食事付きかと期待してたっていうのに、罠とはね。」

騙されたと、ユーリは剣を鞘から抜き、攻撃態勢に入る。
そんな彼に、ジュディスが前に出て剣を納めるよう促す。

「罠ではないわ、彼女が・・・・。」

「ベリウス?」

ジュディスの言葉に、エステルが疑問の音を含ませながら続ける。

「いかにも、わらわがノードポリカの統領、『戦士の殿堂』を束ねるベリウスじゃ。」

私達よりも遥かに大きい体を持つベリウスは、1人1人を見定めるように見下ろしながら答える。

「こりゃ、たまげた。」

いつも飄々としているレイヴンも、さすがに驚いたようで呆気にとられながらベリウスを見上げていた。

「あなたも人の言葉を話せるのですね。」

エステルがゆっくりとベリウスに近づいて行く。

「先刻、そなたらはフェローに会うておろう。なれば、言の葉を操るわらわとて、さほど珍しくもあるまいて。」

「あんた、『始祖の隷長(エンテレケイア)だな。」

確信を込めて、ユーリが話す。

「左様。何百年も昔から、わらわはこの街を統治してきた。」

「ドンのじーさん、知ってて隠してやがったな。」

レイヴンが苦虫を噛み砕いたような表情で毒付く。

「そなたは?」

「ドン・ホワイトホースの部下のレイヴン。書状を持って来たぜ。」

そう言ってレイヴンは預かっていた書状をベリウスに渡す。

「今更、あのじーさんが誰と知り合いでも驚かねーけど、いったいどういう関係なのよ?」

受け取った書状に目を通すベリウスにお構い無しに、レイブンが愚痴るように話かける。

「人魔戦争の折に、色々と世話になったのじゃ。」

「人魔戦争・・・!なら黒幕って噂本当なんですか?」

カロルの言葉に、ベリウスは読み終わった書状から目を離し目を細めた。

「ほほ、確かにわらわは人魔戦争に参加した。しかし、それは『始祖の隷長』の務めに従ったまでの事。黒幕などと言われては心外よ。」

ベリウスの言葉に、その場がシン、と静まりかえる。
人魔戦争が『始祖の隷長』との戦い・・・。
隣でカロルがぼそりと呟く。

「さて、ドンはフェローとの仲立ちをわらわに求めている。あの剛毅な男もフェローに街を襲われては敵わぬようじゃな。無下にはできぬ願いよ、一応承知していこうかの。」

「ふぃ〜。いい人で助かったわ。」

役目を果たせ、安心しきったようにレイヴンが肩の力を抜く。

「街を襲うのもいれば、ギルドの長やってんのもいる。『始祖の隷長』ってのは妙な連中だな。」

腑に落ちないのか、ユーリが複雑な顔で呟く。

「そなたら人も同じであろう。」

そんなユーリに諭すようにベリウスが答える。

(その通りね・・・。)

見た目が魔物に近い、という事もあり、彼らを同一の種だと見がちだが、彼らとてそれそれ個性を持った種族なのだ。
私達人がそうであるように、彼らにもそれぞれの考え方や接し方があるのかもしれない。

「さて、用向きは書状だけではあるまい。のう、『満月の子』よ。」

そう口にし、ベリウスは視線をエステルに向ける。

「わかるの?エステルが『満月の子』だって。」

つかさずリタがベリウスに問いかける。

「我ら『始祖の隷長』は『満月の子』を感じる事ができるのじゃ。」

そう話すベリウスの前に、意を決したようにエステルが更に近づく。

「エステリーゼといいます。『満月の子』とはいったい何なのですか?私フェローに忌まわしき毒と言われました。あれはどういった意味なんですか!?」

今まで抱え込んできた鬱憤を吐き出すように話すエステル。

「ふむ。それを知ったところで、そなたの運命が変わるかはわからぬが・・・・・。」

「ベリウス、その事なのだけれど・・・・。」

ベリウスが話し出そうとした時、今まで言葉一つ漏らさず、じっと成り行きを傍観していたジュディスが、話の中に割って入ってきた。

「ふむ。何かあると言うのか?」

「フェローは・・・。」

ガタンっ!!

ジュディスが、今までにない神妙な面持ちで言葉を口にしょうとした時、表で大きな物音が聞こえた。
それは招かざる客の訪問を知らせる音だった。



第一章
最終話に続く・・・・。



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