砂漠は3つの地域に分かれている。 砂漠西側の狭い地域の山麓部。 もっとも暑さが過酷な中央部。 東部の巨山部があり、山麓部と中央部の中間地点にオアシスの街がある。カドスの喉笛を出た私達は、砂漠に来た事があると言うジュディスの案内のもと、そのオアシスへと到着した。 「取り合えず、自由行動にしないか?」 オアシスの街、『マンタイク』について早々、ユーリが別行動を提案してきた。 「さんせー。何するにもチョット休憩したい。」 その提案にすぐさまリタが答える。 ココまで来るのにそれ程時間が経っていないが、砂漠の暑さに、皆ぐったりとしている。 まさに照りつける太陽とはよく言ったものだ。 太陽の光りが肌を差し、ジリジリと痛い。 汗も止め処なく流れ、服が肌に張り付き、気持ちが悪い。 この時点でこれ程の暑さだ。中央部なんてどれ程のものなのか、想像しただけで気持ちが沈んでゆく。私達は、日が落ちたら宿屋に集合する事を決め、それぞれ自由行動となった。 皆それぞれ移動していく中、私はその場に残り、日没までどう時間を潰すか考えた。 (取り合えず、外にいると暑いから、建物の中で休んでましょう。) そう思い、目線を横にずらすと、水辺に佇むエステルがいた。 その表情は重く、暗い影を落としている。 「エステル大丈夫?」 私は何故かほって置く事が出来ず、自然と声をかけていた。 「ロゼ・・・・ユーリと一緒じゃないんです?」 私の存在を見て取ると、周りを見渡し意外そうな顔で首を傾げるエステル。 「一緒じゃないわ。彼はラピードとどこかへ行ったみたいよ。」 何故ココでユーリ? と、思ったが、あえて私はその言葉を口にはしなかった。 声をかけて思ったが、私はエステルとこうして二人っきりで話をした事がない。 そもそも、次期皇帝候補、しかも評議会から擁立された彼女とこうして旅をしていること事態が、異常なのかもしれない。アレクセイが台頭してから、それ程までに、騎士団と評議会の関係は悪化していた。 「ロゼは・・・・砂漠へ行く事に抵抗はありませんか?」 静かに揺れる湖面を見つめながらエステルが呟く。 「そうね。ココまで暑いと思わなかったから、正直あまり進んで行きたいとは思わないけど、皆と一緒だったら乗り越えられるって思うわ。」 「皆と一緒・・・。」 「そうよ。一人だったら挫けちゃう事も、皆とだったら乗り越えられる。私はそう考えるわ。」 15歳で騎士団に入団し、父の事はもちろんだが、女であると言うだけで差別的な扱いを受けた事が少なからずある。 それは今も大して変わらないが、19歳で隊長職についた時は、妬みなどの逆恨みから思い出したくもない程の多くの影口を叩かれた。 その度に、騎士でい続ける事に挫けそうになったが、ヴィンセントやエリオットが味方になり、励ましてくれた。 だから、今の私があると誇りをもって言える。 「私はずっと一人でした・・・・。両親を子供の頃に亡くして、辛くても、悲しくても、一人で乗り越えていかなきゃって思ってって・・・・。でも、ユーリ達と出合って自分だけが辛いんじゃない、特別な訳じゃないんだって思ったんです。」 目線を湖面から離さず、静かに言葉を紡ぐ彼女の周りの空気だけが、ひんやりと涼しく感じる。 「皆、自分がやりたい事を探して、やりたい事の為に頑張ってる・・・・。私も自分の本当のやりたい事、やるべき事を見つけなきゃって思ったんです。」 そこまで話してエステルは不意に、私の方へ振り返った。 「その為にも自分で決めて、自分から始めたこの旅の目的を達したい。」 その瞳は、決意を固めた強い瞳をしていた。 先程の重い、暗い影はなかった。 「そうね、それは私にも言える事だわ。」 (自分から始めた旅の目的を達したい・・・・か。) エステルの言葉を聞き、自分自身もまだ何も掴めていない事を実感させられた。 「すみません!いきなりこんな話・・・。」 我に返り、焦りだすエステルに、私は静かに微笑み、首を横に振る。 「うんん。エステルとこうして話ができてよかったわ。」 そう言うと、エステルは少し驚いた様な表情をし、その後、ニッコリと微笑んだ。 どうしだんだろう。と、今度は私が首をひねる。 「すみません。ユーリの気持ちが少しわかるなって思ったんです。」 「ユーリの気持ち?」 「はい。ロゼの笑顔はとても素敵です。」 「!?そ・・そうかしら。」 私から見れば、エステルの笑顔の方が、絵に描いたようなお姫様スマイルで素敵と言う言葉が似合う・・・と思った。 * 日が落ち、辺りが薄暗くなった頃、私達は約束どおり宿屋の前に集まった。 今日はココに泊まり、明日の早朝砂漠に向けて出発する事に決めた。 宿屋の扉を開け、先頭を進むユーリが店主に声をかける。 「いらっしゃいませ。水と黄砂の街マンタイクへようこそ。」 人のよさそうな店主の隣には、何故か武装した騎士が佇んでいた。 「この騎士・・・なに。」 宿屋のカウンターに騎士とは、あまりにもミスマッチな組み合わせに、たまらずリタが店主に訊ねる。 騎士が身に着けている鎧の色は『紫』、これは『キュモール隊』のイメージカラーだ。 ノードポリカで再会したヴィンセントの話を思い出すに、キュモール隊がカドスの喉笛を抜けて、砂漠に向かったと話していた。 「ええ〜・・・と。」 騎士に目線をチラつかせながら、店主が歯切れの悪い言葉を発する。 そして、話題を変えようと、「宿泊ですか?」と焦り気味に訊ねてきた。 「あぁ、砂漠に行くんで少し休憩にな。」 仲間たちはそれぞれ顔を見合わせ、どういうことだと考えていると、気にする風もなく、自然にユーリが答える。 こんな時のユーリは、本当に空気が読める、できた男だと思う。 「あぁ、砂漠に向かう準備をして欲しいと言うのは、あなた方でしたか。」 「さっきの自由行動の時に、私がお願いしたの。」 どうやら、気を利かせたジュディスが先手を打って、店主に砂漠に行くにあたって、必要最低限の装備の準備をお願いしていたようだ。 明日の朝までには準備ができると言う事で、私達は男女それぞれ部屋を別れ、休む事にした。 * (おかしいわ・・・。) 皆が寝静まった頃、私は部屋を抜け出し、街の様子を見に宿屋の外へと出てきていた。 その際にも、宿屋の入り口には騎士が一人立っており、外に出て街を見渡しても深夜にも関わらず、各住民の家の前に騎士が張り付いていた。 (まるで見張っているみたい・・・。) ノードポリカにはフレン隊。山を越えた砂漠地帯の街マンタイクにはキュモール隊。 (どういう事?) フレン隊は、アレクセイの駒部隊・・・・と言ってもいいだろう。 立場が弱い事を利用され、フレン隊はアレクセイの言うなりだ。 だが・・・・キュモール隊はどうだろう。 キュモールはどちらかと言うと、アレクセイを嫌っている。 彼が直にこんな砂漠地帯に好き好んでやって来るだろうか。 (そして、ギルド『海凶の爪(リヴァイアサンのつめ)』の存在・・・・。) イエガー、正しくはラーギィだったが、彼は闘技場を乗っ取る男を倒して欲しいと言った。 つまり彼は、フレンを、帝国騎士を倒して欲しいと言っていた事になる。どう言う事なのだろう・・・・・。 単純に考えれば、帝国とギルドとの抗争・・・・とも取れるが。 だが、それだけでは真の目的がわからない。 何故、ノードポリカなのか。 何故、ギルドの中枢であるダングレストではない? 「駄目だわ・・・・情報が少なすぎて・・・。」 「また、考え事か?」 騎士達に目を付けられないよう、建物の影に隠れて構想を練っていた私にユーリが声をかけてきた。 「どうしているのよ。」 「どっかの誰かさんが、どうせ部屋を抜け出して行くだろうと思い、ラピードに見張ら せてた。」 確かにユーリの隣には、大人しくお座りをしているラピードの姿があった。 「ねぇ、ユーリ。あなた達イエガーと面識があったみたいよね。」 「ヘリオードでチョッとな。」 ユーリも騎士から隠れるよう、私の隣に移動し、建物の影に入る。 「ヘリオード?」 「あぁ、そこでキュモールとか言う気持ち悪い騎士と、何か悪い事してたな。」 「キュモール!?」 どうやらキュモールとイエガーには繋がりがあるらしい。 「知り合いか?」 「知り合いって言うか・・・同じ騎士ですもの。顔見知り程度には。」 「その・・・・フレンとも会ったりするのか。城で。」 彼にしては珍しく、少し遠慮がちに聞いてきた。 「確か・・・・あなたの幼馴染さんだったわよね。ごめんなさい、小隊についてはあまり詳しくなくてこの間のが始めてよ。」 「そうか・・・。」 どこか安心した様なため息をはくユーリ。 「いや、フレンなんかより・・・・そう言えば、お前この間の夜の男は誰なんだ。」 ぼそりと一人事を言ったのかと思えば、急に視線をこっちに向けて、あの夜について聞いてきた。 「ヴィ・・ヴィンスの事?彼は私の部下よ。」 強い視線を向けられ、何も悪い事はしていないはずなのに、少し焦って答えてしまった。 「それだけか?」 「それだけかって・・・・他に何があるのよ。確かにヴィンスは少し軟派なトコはあるけ ど、公私混合はしない男よ。」 (たぶん・・・・。) 仕事中に、当時付き合っていた彼女と逢引をしていた事があったが・・・・ココは目を瞑ろう。 「ふ〜ん・・・・信頼してるんな。」 「信頼・・・・そうね。辛くて苦しい時、常に側に居てくれてたもの。」 「あ、そう。」 「何よ、聞いといてその気のない返事は・・・!」 興味が無い、と言わんばかりにそっぽを向いて、ユーリは生返事を返す。聞かれたから話したのに、その不真面目な態度に少し腹が立って、私は騎士の存在を忘れ、大きな声を出してしまった。 「誰かそこに居るのか!?」 一人の騎士が、私達の存在に気付いて、近づいてくる。 「ヤバっ。」 「え?あ、ちょっ。」 ユーリが、私を近くにあった背の低い草むらに押し倒す様な形で、倒れこんできた。 とっさの事に対応が遅れ、私はそのまま仰向けに倒れこむ。 (いくら何でも気付かれるわよっ!!) 私とユーリの距離はゼロに等しい。 互いの鼓動が聞こえてくる。 近づく足音を感じ、無意識に息を止める。 あと少しで騎士がこちらにやってくる。 そう思った時・・・。 「ワオーォン!」 「なんだ犬か。」 ラピードが騎士の前に駆け出して行き、一声上げた。 物音の正体が犬とわかった騎士は、そのまま先程居た自分の定位置に戻って行った。 遠ざかる足音を聞きながら、緊張の糸が緩んでいく。 「行ったか・・・。」 「そうみたいね・・・。」 互いに、騎士が遠ざかったのを確認してから、小声で声をかける。 そして、互いに今の状況を確認しあう。 (ユーリの顔の後ろに夜空が・・・見える?) 「!!」 ユーリに押し倒されているこの状況に、私の顔が自然と赤くなる。 「チョットっユーリどいてっ!」 先程の様な失態を繰り返さないため、声量を抑えてユーリに退くよう要求した。 私の両手は顔の横で、完璧ユーリの手で押さえつけられていて、彼が退かない限り起き上がることが不可能だった。 「いや、もう少しこの体勢を楽しいたいというか・・・・。」 こっちは恥ずかしさで一杯一杯なのに対し、何故かユーリは余裕な態度で、じっと私の顔を見ている。 見られているかと思うと、余計恥ずかしさが増し、また顔の赤みが増してしまう。 (いいから!早く退いてっ!!!) 負けじと、私もユーリの顔を見つめていたが、恥ずかしさの我慢が限界をむかえ、私はぎゅっと、目を閉じた。 「はは、閉じたほうが負けなんだぜ。」 側でユーリの声がしたかと思うと、チュッと生暖かい感触が唇に触れた。 「!?」 驚いて目を開けると、勝ち誇った様な笑みを浮かべたユーリがいた。 「ごちそうさま。今日は早く寝るんだぞ。」 そう言って、ユーリはあっさりと私の腕を開放して、上体を起こし、近くに居たラピードに声をかけ、その場から離れて行った。 離れて行くユーリとラピードの足音を、仰向けに倒れたまま私は呆然と聞いていた。 (今のは・・・・何?) 幼く見られるが、これまで、24年間生きてきた経験上、今何をされたのか頭の中では理解していた。 していたが・・・・。 (何でユーリが、私に・・・・キスをするの?) キスって、恋人同士がするのよね? 数少ない経験上、私は恋人とした事はあるが、それ以外の関係の人物とはした事は無い。 (ユーリは違うのかしら?) いや、少ない日数だが、彼の人となりを考えて、手当たりしだい女とみればナンパするようには見えない。 「もしかして・・・。」 そこで幽霊船での出来事を思い出す。 あの時の抱擁は今思えば不自然だ。 そしてあの時彼は何と言った? 「もしかして・・・・ユーリって私の事好きだったりするの?」 私の呟きに答えて欲しい人物の足音は、もう既に聞こえなかった。 第13話につづく・・・。 |