『紅の小箱』を盗んで行った、遺構の門のラーギィを追って、私達は砂漠へ続く洞窟、『カドスの喉笛』へとやって来た。ラピードが懸命に、地面に鼻を擦り付け臭いを追っている。 カロルの話では、このカドスの喉笛にはプテロプスという魔物が住み着き、危険なので地元の人でもあまり近寄らないという。 「しかし、闘技場で悪人をぶっとばすだけだったんだがな。」 ユーリがあたりを見渡しながら呟く。 「フレンまでいるとは思いませんでした。それにあのザギも。」 「逃げたラーギィもね。全部が偶然とは思えないわね。」 エステルとリタが話を続けていると、ラピードが呻り声を上げながら壁の窪みに頭を突っ込む。 「ひっ!あぁあ・・は、離して下さい。」 服を引っ張り、隠れていたラーギィをラピードが引っ張り出す。 「よくやった!ラピード!」 ユーリに褒められ、尻尾を振ってラピードは嬉しそうだ。 「箱を返しなさい!」 リタがラーギィに近づこうとすると、上から黒ずくめの赤い目をした三人が現れ、私たちとラーギィの間に壁を作った。 「何!?この人たち?」 「赤目だ!って事は『海凶の爪(リヴァイアサンのつめ)!?」 私の問いに、カロルが答える。 赤目と呼ばれる黒ずくめの集団は、私達に襲いかかってきた。 狭い洞窟内での戦闘に、リタの使う魔術は使えず、私、ユーリ、ジュディス、ラピードの前衛チームで何とか仕留めた。 「ラーギィがいない!?」 私達が戦っているうちに、どうやら洞窟の奥へ逃げたようだ。 「遺構の門と海凶の爪は繋がっていた、と言う事かしら?」 ジュディスが冷静に皆に問いかける。 「ごめんなさい。私ギルドについてあまり詳しくないの。」 皆の話についていけなくなった私は、説明を求めた。 「海凶の爪は、表向きはダングレストを中心に活動する武器商人なんだけど、真実の姿は凄腕の暗殺者集団なんだ。」 そして、その構成員達は赤色のレンズを瞳に入れていることから、赤目と呼ばれている。 ギルドに詳しいカロルが丁寧に教えてくれる。 「これで、話が繋がってきたな。ザギは海凶の爪の依頼でフレンを殺しにきた経緯がある。」 私達は完璧に、ラーギィい騙されていたようだ。 「手伝うふりして、研究所の物を掠め取って横流しをしていたのね・・・・許せない・・・・!」 リタは、怒りが押さえきずに体を震わせている。 「正しいギルドで有名な遺構の門がそんな悪さをするなんて。」 カロルは怒りよりも、ショックの方が強いようだ。 「どうするの?早く追いかけないと逃がしてしまうわよ。」 ジュディスが皆より一歩出で、先を急かす。 「え?行くの?この先には凶暴な魔物が・・・・。」 「あたしは行くわ!あんな奴に遺跡から出た大切な魔導器を、好き勝手させないんだから!!後っ!箱も取り戻さないと!」 怯えるカロルを他所に、リタが追いかける、と言う。 「私も行きます。」 それにエステルも続いた。 「それじゃ、ブレイブ・ヴェスペリアとしても、ついて行かざるおえないぜ。」 ユーリ達ギルドは、エステルの護衛任務遂行中である。 「そうだね、僕も行くよ。」 ユーリの言葉に感化されて、カロルも先に進む事を決める。 「え〜、俺ベリウスに手紙渡すのまだなのに、ノードポリカから離れちゃったら、また ドンにシンドイ仕事させられるよ〜。」 「なら、レイヴン一人戻ればいいんじゃないか?」 ユーリが冷たくレイヴンを突き放す。 「え〜、おっさん一人は寂しいよ〜。ロゼちゃん一緒に戻らない?」 「ふふ、残念。私も皆と先に行くわ。」 「・・・・わかったわよ。おっさんも行きます。」 こうしてラーギィを追って、洞窟の奥へと進んだ。 * 半分ほど進んだ所で、ラーギィを見つける。 彼と、私達の間には水が溜まっており、そこを通らないと彼の所まで辿りつけない。 「やっと追いついたわよ!」 リタがその水溜まりに足を入れようとした時、透明だった水の色が、赤く染まり始め、小さな光の玉が赤く染まった水溜りから吹き上げてきた。 「エアル!?」 その様子を見て、エステルが叫ぶ。 「ケーブ・モックと同じだわ!ココもエアルクレーネだというの!?」 リタは、エアルが噴出すその場所から離れる。 「こりゃどうするんだ!?」 「強行突破・・・。」 レイヴンの言葉にユーリが答え、エアルが噴出す水溜り近づこうとする。ユーリの行動に、近くにいたエステルがすぐさま腕を掴み、ストップをかける。 「この量のエアルに触れるのは危険です!」 濃度の高いエアルに触れると、体に悪影響をもたらす事がある。 その影響はその人自身の感受性によって、症状は様々だ。 「こ・・・・こんなものに助けられるとは・・。」 ラーギィがこのタイミングに、逃げようとすると、突然地面が揺れ始め、その場に居た全員が動けなくなった。 そして上から見たこともない鳥を思わせる、大きな魔物がエアルの噴出す水の中に降り立ってきた。 「あれが、カロルの言ってた魔物か!?」 「ち・・違う・・・・あんな魔物僕見たことないっ。」 ユーリの問いに、恐怖で縮こまりながらカロルが答える。 (確かに、私もここまで大きな魔物は見たことがないわ。) 人の大きささの3倍・・・・いや、それ以上に大きなその魔物は、大きな雄叫びを上げ、口を大きく開くと、その場に充満していたエアルを吸い上げていった。 どんどん魔物の口に吸い込まれていくエアルに、私達は唖然とそれを見つめていた。 そして、吸い尽くされ、あれ程濃度の高いエアルが噴出していた水溜りは、最初に見た時と変わらない透明な色をしていた。 「エアルを・・食べた?」 リタが信じられない、といった表情で呟く。 そしてそのまま、その魔物は来た時と同じように飛び去って行ってしまった。 リタは魔物が飛び去った後、エアルが噴出していた水溜りの中へと入って行く。 「リタ、大丈夫なんです?」 心配したエステルが声をかけると。 「大丈夫よ。この程度の濃度ならなんの問題もないわ。それよりも、今のは何だったのかしら。暴走したエアルクレーネをさっきの魔物が正常化した?つまり、エアルを制御してるって事で、ケーブ・モックの時にあいつがやった事と・・同じ!?」 リタがぼそぼそと分析し始める。 「おいリタ!ラーギィを追うぞ!!」 隙を突いて逃げたラーギィを追おうと、ユーリが声をかける。 「わかったわよ!」 「リタ、何か引っかかるの?」 私は『ケーブ・モックの時と一緒』という言葉が気になり、リタに話かけた。 「え、あぁ、うん。ケーブ・モックでも今みたいなエアルクレーネの暴走があったんだけど、その時に不思議な剣を持った男が現れて、さっき現れた魔物と同じようにエアルを正常化したのよ。その時剣から浮かび上がった術式とさっきの魔物の力・・・・リゾマータの公式なの?」 (リゾマータの公式?) 「二人とも!早く!!」 私とリタが話し込んでいると、カロルの急かす声が聞こえた。 リタ同様、私もココのエアルクレーネが気になったが、今はラーギィを追う事を優先し、先を急いだ。 * かなり奥に進んだ時、開けた空洞が現れた。 そして、出口と思われる先にはたくさんのコウモリが飛び交い、ラーギィはそれにより足止めを食らっていた。 「やっと追い詰めた!」 カロルの言葉と同時に、ラピードが飛び出し、ラーギィに威嚇をした。 驚いたラーギィは地面に紅の小箱を落とし、それを器用に尻尾で弾き、ユーリの足元に転がす。 「よくやった、ラピード。鬼ごっこはここまでだな。」 「く・・ここは、ミーのリアルなパワーを!」 いきなり口調が変わったラーギィに、私は驚いた。まるで別人のようだったからだ。 「ふっ、そう言う仕掛けか。」 ユーリはその口調に聞き覚えがあるのか、不適に笑みを浮かべて剣を構える。 ラーギィの体が光だし、そして、その後にラーギィとは似ても似つかない別の人物がそこに立っていた。 「イエガー!?」 カロルがその姿を見て叫ぶ。 前髪を長く垂らし、ラーギィが身に着けていた探索用の作業着ではなく、フォーマルなスーツに身を包んだその男はイエガーと言う名らしい。 イエガーは暗殺集団、海凶の爪の首領だと、カロルがこっそり教えてくれた。 「どう言う事です?イエガーがラーギィさんに変装していたんです?」 少し混乱気味にエステルが言葉をつむぐ。 「いや、ラーギィとイエガーは同一人物だった、って事じゃないか?」 レイヴンは確信したように、エステルの言葉を否定した。 「お〜コワイで〜す!ミーはラゴウみたいになりたくないですヨ。」 「ラゴウ?ラゴウがどうかしたんです?」イエガーの言葉に動揺をみせるエステル。 ラゴウは、カプア・ノールの元執政官の名だ。 ダングレストで身柄を拘束された後、行方不明になっていたが、数日前に遺体で見つかっている。 (そうよ。エステル達はそれを知らない。) 世間的にはラゴウの死は、伝えられていない。 「ちょっとビフォアに、ラゴウの死体がダングレストの川にファインドされてたんです よ。ミーはあぁはなりたくネーって事ですよ。」 (わかりづらい・・・。) イエガーの独特な口調に、私は頭が痛くなってきた。 「ラゴウが死んだ・・・・どうして・・・。」 ショックを隠しきれないエステル。 そんなエステルの言葉に、ユーリの表情が曇ったように見えた。 (ユーリ?) 「それはミーの口からはキャンノットスピークよ。」 相変わらず、イライラする口調の後に、ドコからか現れた二人の少女が私達の前に立ちふさがる。 「イエガー様!」 「お助け隊だにょ〜ん♪」 「ゴーシュ、ドロワット後は任せましたよ。ではまた会いましょう。シーユーネクスト タイムね!」 後から現れた二人の少女、ゴーシュとドロワットが出口をふさぐたくさんのコウモリ達の相手をしているうちに、イエガーは逃げて行ってしまった。 「私達も、このコウモリの群れをなんとかして、出口に向かいましょう!」 私がそう言った次の瞬間、たくさんいたコウモリ達が一つにまとまり、大きな魔物へと変わった。大きくなった事で、攻撃力を増したそれは、二人の少女を軽々と吹き飛ばし、私達の方へと襲いかかってきた。 「こいつだ!プテロプスだよ!!」 カロルの言葉の後、私達はそれぞれ武器を構え、戦闘へ突入した。 * 大きく固まっては分裂しを繰り返し、倒すまでにかなりの時間がかかったが、何とか私達はプテロプスを倒した。 気付くと、イエガーの手先の少女達は姿を消していた。 「何か・・・・ユーリと一緒にいると、こんな事ばかりな気がするわ。」 私が息を整えながら、愚痴をこぼすように呟くと、しんがいだと言わんばかりにユーリに小突かれた。 「い・・痛い。」 「わ、悪い、そんなに強く触ったつもりはなかったんだが。」 「違うの。さっきの戦闘で腕を怪我したみたいで・・・・。」 心配するユーリに、私は力なく微笑んだ。 「どこです?見せて下さい!」 私達の会話を聞いていたエステルが駆け寄って来た。 怪我をした右腕を見せると、両手を組み、祈るようなポーズでエステルが目を閉じた。 するとエステルの体の回りが光はじめ、見たことのない術式が刻まれてゆく。 そしてその光りが、怪我をした右手に集中したかと思うと、弾け、気付くと私の怪我は治っていた。 「エステル、今の。」 治癒術自体は珍しい力ではないが、術を発動した時、エステルの左手にあるブレスレット型の武醒魔導器(ボーディブラスティア)は術式を刻んではいなかった。 「ロゼにはまだお話してませんでしたね。私、魔導器を使わなくても治癒術が使えるんです。」 「エステルはチョット変わった体質を持って生まれちまったんだよな。」 驚く私に、ユーリがフォローを入れる。 「うわっ!何この熱気!!」 出口付近からリタの声が聞こえる。 「どうやら山の奥に抜けてきたみたいね。」 レイヴンが、後ろを振り返りながら呟く。 ぽっかりと空いたその出口の先には、熱気によって視界が揺らいでいる砂漠地帯が見て取れた。 「イエガーも気になりますが、あの、私やっぱり砂漠に行って、あの魔物 に会いに行きます。」 エステルの言葉に、皆が集中する。 「魔物ではないわ。彼は『フェロー』。コゴール砂漠に住むものよ。」 静まりかえった空間に、凛としたジュディスの言葉が反響する。 「前に友達に教えて貰った事があるの。」 「フェロー・・・。」 エステルは静かにその名を繰り返す。 「まぁ、取られた箱も戻って来たし、いいんでない?」 そこに緊張感の無い、レイヴンの言葉で、場の雰囲気が少し和む。 「それじゃ、街へ向かいましょう。ココを進んだ先にあったはずよ。」 ジュディスの言葉に、私達は同意し、歩き始めた。 とうとう砂漠にたどり着いた私達。 この地で、私は父の真実を知ることになる。 第12話へつづく・・・・。 |