寝室には衣類が散乱している。私服を着る時はいつもコーディネートに迷うから、色んな服を引っ張り出して、いつもそのままにしてしまう。
そんな、すっかり生活感溢れるようになった室内で、わらしは照明も付けずにベッドに突っ伏していた。もちろん制服のままで。外はすっかり暗くなっていた。

(もうやだ……私、何であんなことを…)

帰宅してからずっとこの調子である。
遊作の持つエメラルドグリーンの瞳に見つめられ、吸い込まれるように交わした口づけ。ゼロになった距離。そこに確かな感情があったかどうかはわからないが、嫌ではなかった。少なくとも、わらしの方は。
唇に触れた感触を思い出して、指先で触れる。ここに、遊作が触れたのだ。

(っ……やだ、恥ずかしい……)

顔を赤らめ、表情を隠すように枕に押し付ける。
その様子を陰ながら見守っているラーイは、ただ静かに思考の海に精神を漂わせていた。

『(わらしと彼の運命がついに交わった…。逃れられない運命から。でも、この先どうなるかは、わらし次第だよ。君はその為に手に入れた力を、どう使う)』

ラーイがわらしの未来を危惧していることを、わらしは知らない。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


翌朝。あまり眠れなかったわらしはいつもより早く家を出た。
本当は休みたかったが、きっと休んだところでどうにもならない。その先もズルズルと引きずることになるだろうことは明白で、諦めにも近い気持ちである。
教室に入ると既にももえとジュンコがいた。二人とも、わらしのことを待っていた。教室に入るや否や、駆け寄ってくる。

「わらし、おはよう」
「おはようございます、わらしさん。大丈夫ですか? 昨日は随分と大変な目に遭われたって聞きましたわよ」
「本人の意思を無視して事を進めるなんて、これだからバカな男は嫌なのよ!」

「え? あ、おはよう二人とも…」

開幕マシンガンに、わらしはあっけにとられる。
どうやら二人は昨日の騒動のことを既に耳にしていて、わらし以上に怒りを露にしている。しかし当事者であるわらし自身は、昨日の鬼ごっこのことなんて頭から抜けていたので、一瞬反応に遅れた。それよりも遊作との出来事の方があまりに重大過ぎて、そういえばそうだった…くらいの認識しかなかったのだ。
既に感情も沸き上がらないわらしに代わって、ももえとジュンコは更に捲し立てた。

「わたくしたち、先程から話し合っていましたの」
「わらし、あんたしばらくは私たちとずっと一緒に行動するわよ。登下校はもちろん、休み時間も全部。いつまたファンクラブのメンバーがやってくるかわかんないんだから」
「えっと、それはありがとう」
「本当に昨日は不覚でしたわ。まさかわたくしとジュンコさんが委員会でわらしと別れたばっかりに、あんなことになるなんて…」
「そうよ、あの時私がいれば、少なくとも追い返してやれたんだけど…」
「二人のせいじゃないし、気にしないで。結局何ともなかった訳だし」

むしろ何かあったのはあの後だ。遊作とのキスを思い出しそうになって、わらしは慌てて頭の中から追い出した。

「それより、二人にも迷惑がかからないと良いんだけれど…」

あのメンバーたちのことだ。ももえとジュンコにまで何かあったらどうしよう、とわらしは不安になる。
しかし、二人は何てことのない表情でわらしに言った。

「大丈夫ですわ」
「心配しないで、任せて」
「二人とも…ありがとう」

良い友人に恵まれたと、わらしは心の中で感謝していた。
こうして、ファンクラブのことは何とか対処できるようになりーーメンバーの大半が教師達からもこってりしぼられたらしいーー残る問題は、やはり、遊作への謝罪だけとなった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


授業が終わって、ももえとジュンコとともに帰路についたわらし。途中、駅前に寄っていかないかというジュンコの誘いで、女子三人でウィンドウショッピングを楽しむも、頭の中では遊作のことで一杯で。どこか上の空だったわらしを、ももえが指摘した。

「どうかいたしました?」
「え?」
「わらしさん、今日一日ずっと元気がないように見えましたから」
「ファンクラブのことなら、私たちがいるから大丈夫よ」
「ありがとう。ごめんね、ちょっと別件で考え事してて…」

苦笑するように言ったわらしを見て、ももえとジュンコは顔を見合わせた。

「まぁ…。何かお悩みですの?」
「悩みっていうか…何ていうか…」
「言いたくなければ言わなくてもいいけどさ。何か困ってるなら、手を貸すわよ?」
「ありがとう。でも、これは自分で解決しなきゃいけないと思ってるから」
「そう」
「わかりましたわ。でももし、わたくしたちにできることがあるなら、言ってくださいね。友達ですもの」

ももえとジュンコは頷いてわらしを見た。

「いつもありがとう。私、ももえとジュンコと仲良くなれて良かった…。ずっと友達できるか不安だったけど」

デュエルをしない友達が欲しいと思っていた過去の自分に言ってやりたい。デュエルをする人とでも、友達になれるのだと。
表情を和らげたわらしに、ももえとジュンコは安堵する。
わらしも気持ちが落ち着いたようで、少しだけ勇気がわいてきた。今なら行動が起こせる気がする、と自分を奮い立たせる。

「ごめん、私行きたいとこできた。悪いけど、今日はここで」
「随分と急ね。でも、何か良い方向に向かいそうだし、行ってきなさいよ」
「うん、ありがとう」
「ではわらしさん、また明日」
「うん、またね、二人とも」

わらしは別れを告げると、二人から離れて歩き出した。向かうのはイベント広場。遊作に会いに行くのだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


広場に着いたわらしは、しかし遊作がCafé Nagiにいるのか確信がなかった。オーナーの草薙と知り合いであることは確かだが、だからといって今日もそこにいるとは限らない。
けれど今日を逃してしまうと、この決意もまた揺らいでしまいそうで、とにかく行くだけ行ってみようと思ったのだ。ちゃんと会って昨日のことを謝りたい。許してもらえないかったら、その時はその時で。
わらしがキッチンカーに近付くと、中から愛想の良い声が聞こえてくる。わらしは腹をくくった。

「いらっしゃい」
「こんにちは」
「こんにちは。…あれ? 君もしかして、この間のお嬢ちゃんか?」
「覚えててもらえて嬉しいです。屋敷わらしって言います」
「屋敷さんか。デンシティ・ハイスクールの学生だったんだな。高校生とは思わなかったから、驚いたよ。俺は草薙翔一だ、よろしく」

草薙は相変わらず人当たりの良さそうな表情で応えた。
わらしは笑顔を浮かべたまま、慎重に言葉を選んで口を開く。

「ところで、ちょっと聞きたいんですけど。遊作くんって、今日ここに来てますか?」
「遊作? 遊作ならそのうち来ると思うが…。屋敷さん、遊作の友達?」
「友達…かはわからないですけど、ちょっと話したいことがあって」
「そっか。じゃ、ここで待ってるといい。そんなにかからないと思うから」
「そうさせてもらいます。あ、そしたらジンジャーエールもらえます?」
「はいよ。ちょっと待ってな」

草薙はジュースを用意するとわらしに渡した。
そこから、他に客もいなかったこともあって、わらしは草薙と少し話をした。共通の話題といえば遊作のことしかなかったが、わらしが今までに二回遊作に助けられていることを伝えると、草薙は驚いていた。自分以外とは極端に接触をもたない遊作が他人を助けるなど、考えられなかったことだ。

「そうか。それは災難だったな。だけど遊作が助けに入って良かった」
「えぇ。遊作くんには本当に感謝してます」

感謝だけじゃなくて、今は申し訳なさもあるけど。
そんな風に草薙と話して、わらしは若干の緊張を解いた。このまま、落ち着いた気持ちでちゃんと謝りたい。
キッチンカーの前で待っていると、広場に設置された大型モニターにデュエルの様子が映し出される。一人はわからなかったが、もう一人はわかった。ももえとジュンコに散々教えられたPlaymakerである。

「あれがPlaymaker…」

アバターの画像を見たことはあったが、実際にデュエルしているところを見るのは初めてだった。

「屋敷さんはPlaymakerのこと、知らないのかい?」
「デュエルしているのを見るのは初めてです。私、自分じゃデュエルしないからLINK VRAINSにも関わりがなくって…」
「今時珍しいね。誰でも昨日のPlaymakerとリボルバーのデュエルのことは知ってると思ったけど」
「あぁ…、そういえば今日友人たちがそんなことを言っていたような…」

例によって、上の空だったが。

「そうか。あれはその昨日のデュエルを流しているんだ。映像がなくて、リアルタイムで実況ができなかったからな…。録画だけど、未だにみんな熱が収まらないらしい」

そう、草薙はどこか誇らしげに言った。
モニターに映像が流れ続ける。わらしは普段は決して見ることのないLINK VRAINSでのデュエルを眺め、互いに一歩も譲らない展開に気持ちが昂る。
序盤からずっとPlaymakerが劣勢だったが、苦境でも彼は決して諦めない。本人は苦しい戦いを強いられているはずだが、見ているわらしはその先に何が起こるのか、わくわくしていた。

(いいな…、とっても楽しそう)

そしてデュエルはついに終盤を迎え、Playmakerは逆転のカードを手にし、彼のエースモンスターでリボルバーを倒した。すなわち、攻撃力が7200となったファイアウォール・ドラゴンが、リボルバーのヴァレルロード・ドラゴンを圧倒したのだ。

「凄い……」

(Playmakerのプレイングも凄いけど、彼のファイアウォール・ドラゴンも…。なんて美しいの…)

初めて見るLINK NRAINSのデュエル。息が詰まるような攻防と、それを立ち回らせるタクティクス、心の駆け引き。そのどれをとっても新鮮で、絶対的な魅力を備えている。感動するなという方が無理に決まっている。
わらしが画面に夢中になっていると、突然草薙が声を発した。

「よお、遊作。遅かったな。屋敷さんが待ってるぞ」
「!」

その声にわらしは本来の目的を思い出して、息を呑んだ。全身に緊張が走る。しかしここで逃げる訳にはいかないと、一瞬で心を決めると、思いきって遊作の方を振り向いた。

「突然ごめんなさい、私どうしても遊作くんに話があってーーー」

しかし…
わらしの言葉が最後まで発せられることはなかった。


遊作の背後に佇む、ファイアウォール・ドラゴンと目が合う。




(なん…で……)

言葉を失い、何故か焦点の合っていないわらしに、遊作は怪訝そうな表情を浮かべる。
その間にファイアウォール・ドラゴンは遊作の肩から首を伸ばし、わらしの顔に鼻を近付けた。挨拶をするように穏やかなうなり声を上げ、ラーイとも顔を合わせる。
この時点で、導き出される結論は一つだけだった。

「そんな……じゃぁ、遊作くんがPlaymaker…」

囁く様に口から漏れた言葉は、かろうじて遊作の耳に届いた。その瞬間、表情が一層険しくなる。

「あんた、今何て…」

失言に気付くも時既に遅し。
わらしはハッと口を覆い、慌てて頭を振った。

「ち、違う! 何でもないの! 何も言ってないから!」
「だが、」
「ごめん、本当にごめんなさい…!!」
「待て…、!」

混乱したわらしは、遊作の制止の声も聞かずにその場から逃げ出した。皮肉にも、それは昨日と同じ状況で。違うのは、遊作がわらしを引き止めようとしたこと。そして、昨日以上に取り返しのつかない過ちを犯してしまったことだ。

『わらしちゃん、何でお前の正体を知ってるんだ? えぇ、何で? どゆこと?』

Aiがしきりに疑問を投げ掛ける。

「……草薙さん、屋敷わらしという人物について調べてくれないか」
「構わないが…、遊作、どうしたんだ?」

わらしの呟きは草薙の耳には届いていなかったらしい。突然謝って脱兎のごとく消えてしまったわらしに、草薙はクエスチョンマークを浮かべる。

「少し、厄介なことになったかもしれない」

遊作はわらしの去っていった道を見つめて、呟いた。


※アニメの中ではこのリボルバー戦の映像は公開されてない

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