夢から始まるラブストーリー・その後

わらしと心を通わせることに成功したジョニーは、わらしが卒業する6月を待って結婚式を挙げることにした。わらしが卒業するまでにプロリーグのシーズンは開幕し、二人はしばし離れ離れになったが、それでも時間を見付けてはジョニーはわらしの元を訪れていた。
わらしは就職を取りやめ、卒業後はジョニーの拠点に移りそこで暮らすことになる。トップDホイーラーの突然の結婚宣言に世界には激震が走ったが、誰よりもその衝撃を受けたのはマネージャーのアレックスだろう。彼はジョニーに結婚の計画を打ち明けられ、シーズン中にも関わらず式を挙げられる会場を探したり、各方面への報告や招待客リストの作成など、スケジュールの調整に奔走した。そして二人のことを一番祝福してくれたのも彼である。

「私が手伝えることがあったら良かったんだけど…」
「わらしもこれから忙しくなる。卒業までに何度か私のところと行き来してもらわなければならない」
「分かってる。式のプランはほとんどがアレックスが練ってくれるけど、ドレスとかは私が選ばないといけないもんね」

デュエルチャンピオンの結婚ともなれば、二人で密かに式を挙げる……なんてことは出来ず、ある程度のメディア露出は必要だ。スポンサーの機嫌を取る為に。
わらしはそのことに文句はないが、自分があの不動遊星の子孫であるということは伏せて欲しいと頼んだ。二人の馴れ初めを話しても信じられないからだ。

「ここはすぐに片付くか」
「元々引っ越すつもりで少しずつ整理はしてたからね。遊星のDホイールはどうする? もう大昔のものだし、無理に持って行く必要はないけど…」
「……いや。あれは持って行く。思い出が詰まってるからな」
「そっか」

母親の事件の方も大方片付き、容疑者への判決も間もなく出る。大物政治家のスキャンダルとあって、世間は被害者遺族に同情的だったし、様々な隠蔽工作が悪質だったから実刑は免れないだろう。刑が確定すればわらしにも賠償金が支払われる。これで少しは生活も楽になるはずだ。もっとも、ジョニーとの結婚を了承した時点で、彼女の生活は保障されているのだが。
全てが順風満帆だった。





ある日、わらしの留守中に部屋の中を片付けていたジョニーは、遊星たちの写真が入っている箱を見付けた。以前わらしにも見せてもらったことがある。彼女はこの箱の中に遊星に関するものを全てしまっているようだった。
何となく懐かしさがこみ上げ、ジョニーは蓋を開けた。中に入っているのはいくつかの写真やメダル、それからデータとして残されたチップ。これも以前見せてもらっていた。だがその中に一つだけ、ジョニーの知らないチップが混じっていた。

「?」

これには一体何の情報が入っているのだろうか。不思議に思ったジョニーは興味本位から中を確認することにした。PCを起動し、チップを差し込む。すると中に残っていたのはいくつかの動画のデータだということが分かった。タイトルは付けられていない。
これも遊星の映像だろうか。そう考えたジョニーは特に躊躇いもなくその動画を再生した。そして衝撃を受けることとなる…。



◇◆◇◆◇◆◇◆


そこは狭い家の中だった。飾ってあるものや家具の位置が今と少し違うが、間違いなくわらしの家だ。一体いつ撮ったものなのかと見ていると、カメラが動いて一人の少女が映り込む。まだ小学校にも通っていないような幼い少女だった。こちらに背を向けて熱心に何かに見入っている様子だ。
唐突に、画面手前から陽気な女性の声がした。

『ふっふーん。私のお姫様は何をしているのかな〜?』

女性の声にも動じず、幼子は手に持った紙に夢中だ。カメラが動いたことで顔が映る。その顔には見覚えがあった。ジョニーにはすぐに分かった。わらしだ。
今とは大分年齢が違うが、いつも目にする愛らしい表情にはこの頃の面影が残っている。ということはこれはわらしが幼い頃の記録なのだろう。撮影者は恐らく母親。わらしに似て美人だ。

ジョニーはわらしの映像を勝手に見てしまったことを申し訳なく思ったが、ある意味遊星の映像よりもよっぽど興味が引きたてられ、ダメだとは分かりつつ停止ボタンを押すことはできなかった。続きが見たい。

カメラがさらに子供のわらしに近付くと、彼女の手元が映し出された。そしてそれを見たジョニーは驚いて目を見開いた。

幼子が持っていたのは、ブルーノの写真だった。

『あら、わらしったらまたその写真を見ているのね』

母親のクスクスとした笑い声が響くと、そこで初めてわらしは顔をあげてこちらを向いた。

『だってママ、ブルーノって本当に格好いいの。背が高くて、笑顔が優しくて。王子様みたい』
『わらしは本当にブルーノが好きなのね〜』
『うん!』

「!」
『ふふ、わらしは私に似て面食いなのね〜。……大丈夫かしら。ママはどっちかって言うと、ご先祖様の方がタイプだけど…』
『そうなの? でもママ、ご先祖様…カニだよ?』
『あらあら、わらしったら。ご先祖様がカニなら、私もわらしもカニの子孫ってことになっちゃうわよ〜』
『えぇ〜、わたしカニじゃないもん〜…』


わらし親子の会話にジョニーは笑ってしまった。

(遊星、君のその独特な髪形は、遠い子孫にさえ笑われているぞ…)

だがそれ以上に衝撃的な事実がジョニーの頭に残っていた。幼い頃のわらしはブルーノの姿の自分を好いていてくれたのだ。これは大きな収穫だ。
さらにジョニーを驚かせる発言が、この後わらしの口から発せられる。

『…あのね、ママ。もしわたしの代でブルーノに会えたら、わたし、ブルーノのお嫁さんになりたい』

「!」

『わたしがブルーノにゆうせいの手紙を渡すの。それで、結婚してください!って言うの』
『わらしの方から?』
『うん。だって、ブルーノってはっきり言わないと分かってくれそうにないんだもん…』


どうやらブルーノが天然だということはこんな幼子にも伝わっているようだった。ジョニーは少し情けなく思う。

『…なれるかな?』

不安そうに首を傾げた我が子に、母は優しく頭を撫でた。

『わらしなら素敵なお嫁さんになれるわ。ママの子だもん』
『本当?』
『えぇ。ブルーノも、きっとわらしのことを好きになってくれるわ。あなたはとっても可愛くて、優しい子だもの。嫌に思ったりしないわ』
『……うん。わたしも、優しいブルーノが好き』


にっこりと笑うわらし。その表情は純真無垢で、希望に満ち溢れていた。これがわらしの一番幸せだった頃なのだろう。

『…はやくブルーノに会いたいな』

花の顔のような笑顔を浮かべると、映像はそこで終わってしまった。




◇◆◇◆◇◆◇◆





夕方、わらしが帰宅するといつもはいの一番にお帰りのキスをしてくるジョニーが今日はなぜか上の空で考え事をしているようだった。不思議に思ったわらしが声を掛けると、ジョニーはやや俯き加減で呟き始めた。

「どうしたの?」
「…私は本当に君の王子様に相応しいだろうか」
「王子様? 急に何を言って…、………、な、な、な、なんでそれ…! まさか…っ!」

バッとPCを振り返り、そのすぐ横に予想したチップが置いてあるのを見ると、わらしの頬は一瞬にして赤く染まった。ゆでだこのようである。

「っ、見たのね!? あれを…!!!」
「悪気は無かったんだが…」
「っもう! やだ! 信じられない! よりによって何であれを…!」

わらしは両手で顔を覆った。恥ずかしくて見せられなかった。
ジョニーはそんなわらしの体を上から抱きしめると、「あんなに小さな頃から私のことを想っていてくれたんだな…?」と囁いた。声が楽しんでいる。
バレてしまったのなら仕方ないとばかりに観念したわらしは、僅かに頷くことで肯定を示した。

「そうよ……あなたはずっと私の王子様だったの……初恋の相手だったんだから…」

いつも優しくて、穏やかな表情を浮かべている彼。どこか天然だが、メカのことになると一直線で、真剣な眼差しには強い意思が宿っている。それでいて仲間思いだから、惹かれないはずがなかった。彼だから好きになった。愛してしまった。子どもから大人に成長してもその気持ちは変わらなかった。
けれど一人で生きていかなければならなくなった時、少女の恋心はひっそりと蓋をされた。もう夢見る少女ではいられない。現実を見なければいけなかったのだ。だから、念願のブルーノに会うことができても、わらしはその気持ちを隠し続けた。彼と自分は生きる世界が違ったからだ。諦めなければいけない…。
これらは全部、わらしの内に秘められた想いだ。

わらしが告白すると、すぐそばから嬉しそうな声が聞こえて来た。

「プロポーズしたくなるくらいに?」
「……そうよ……」
「そんなに深く愛されていたのか…光栄だな」

ジョニーはわらしの返答に誇らしげに頷く。それと同時に、あることに気が付いてしまった。

「…まさか、私が初めてブルーノの姿で会いに行った時酷く動揺していたが、あれは…」
「っ、そうよ、あなたがあんな真似するから…! 私、どうしたら良いかわからなくて…」
「そういうことか」

なるほど、合点がいった。ジョニーは納得して増々気を良くした。
なんてことはない。わらしはずっとブルーノのことが好きだったから、サングラスを外し髪を下ろしたジョニーを直視することができなかったのだ。おまけにあの時は中身までブルーノだった。相当緊張したのだろう。おかげでいつも以上に素直になれなかった。

「だが、いいのか? 私はブルーノであって、ブルーノではない」

ジョニーが尋ねればわらしは首を横に振った。

「どっちも一緒よ…元は同じ人なんだから。優しいブルーノも、男らしいジョニーもどっちも好き……」
「わらし…」
「…でも、どっちとも話してても実はまだちょっと緊張する…」
「…それは、こんな関係になっても?」

深い息を吐きながら言葉を紡いだわらしの顔に自分の顔を近づけ、ジョニーはブルーノの振りをして話しかけた。途端、わらしの心拍数は跳ね上がる。

「ジョッ…!」
「やだなぁ、わらし。間違えないでよ。今の僕はブルーノだよ」
「!!!」
「あ、顔赤くなったね。可愛い。さすが僕の奥さん」
「な、な、な…!!」

わらしの反応を見て遊ぶブルーノにわらしはもう限界だった。

羞恥心限界突破
リミッター解放レベルMAX レギュレーターオープン オールクリア
目標は眼前の天然タラシメカニック…!


「っ、まだ奥さんじゃないもん…!!」


涙目で訴えられたところで、ジョニーには痛くも痒くもなかった。








月日は流れ、6月。
待ちに待った結婚式を翌日に控え、ジョニーとわらしは同じベッドの上で身を寄せ合って幸福なひと時を過ごしていた。…否。幸福なのは本当だが、それ以上に悶々とした煩悩がジョニーの頭を占めていた。ジョニーは式を済ませるまで、一線を越えることを堪えていたのだ。

「早く君を私のものにしたい…」

わらしの体を抱き締めながら背後から囁く。わらしは少し呆れ気味に返した。

「もう、私は良いよって言ったのに、勝手に我慢してるのはジョニーじゃない」
「……婚前交渉なんかしたら遊星に顔向けできない」
「そういう時だけ遊星のこと持ち出すよね、ジョニーって」

ジョニーはあれだけわらしと遊星を切り離して認識してるというのに、肝心な時にはやはり遊星の名前を出す。もはや呪いの一種だろうか。
わらしは体を少し捩ってブルーノの正面を向くと、柔らかな表情で頬に手を伸ばし優しく撫でる。

「…でも、それも今日でお終いでしょ? 明日には……私はあなたの妻になるんだから」

照れ臭そうに言えば、ジョニーも諦めたように「…そうだな」と言ってわらしの手に自分の手を重ねる。それと同時に背中に回した腕でなだらかな曲線上を行ったり来たりさせていると、恥ずかしそうに頬を染めたわらしにたしなめれらた。

「ちょっと、ジョニー…」
「…分かっている。最後まではしないさ。少しだけ…」

その甘えた声がどこかブルーノにも似ていて、わらしは声に出して笑いたくなった。やはり二人は同じ人間なのだと本能で悟る。

「明日だ。明日は絶対に君のことを解放してはやれない…」
「はいはい。でもほどほどにしてね。先はまだ長いんだから」

二人が愛しあうにはこれから十分な時間がある。その誓いを立てる為の儀式なのだ。結婚式は。

わらしはやや興奮気味のジョニーを改めて宥めると、彼の腕の中で眠りについた。
無垢な少女の最後の夜だった。





「ジョニー、おめでとう!」
「わらし、幸せにね!」

多くの友人や仲間たちからの祝福を受けたジョニーとわらしは、今まさに世界で一番幸せな夫婦となった。揃いの白が眩しい。

「愛しているよ、わらし…」
「私も…!」

今日何度目か分からない愛を紡ぎ合っていると、実にカラフルなスーツを着込んだアレックスがやって来て、二人を祝福した。

「ヤァ、おめでとう、お二人さん」
「アレックス」
「幸せな二人に祝電が届いている。開けてみなよ!」

アレックスはそう言い、白い封筒をジョニーに渡して立ち去った。祝電なら既に色々なところから届いているが、それらは一括して集められているはずだ。わざわざ手渡しに来る意味は?
不思議に思うジョニーだったが、中を確認してその意図を読み取り、そして愕然とした。急に表情の固まったジョニーを見てわらしが心配になる。

「どうしたの? 何が書いてあったの?」
「これ…は…」
「?」
「……はは、そうか……。彼等もまた……同じ時代に……」

――我々で導いたこの時代で幸せに アンチノミー

送り主はゾーン、アポリア、パラドックスの三人。あえてこの名前で送られてきたのには、意味がある。深い意味が。
ジョニーは額に手を当てると、くしゃりとその表情を崩して喜びを表した。

「ジョニー…?」

わらしが再び尋ねる。

「私が…私たちがやって来たことは、無駄ではなかった。みんなで再び笑い合える未来が欲しかったから、私たちは頑張ってきた。それが今、目の前にある…」

そして、一呼吸おいて青い空を見上げる。どこまでも果てしなく広がる天空には、武器を持った恐ろしいモンスターはいない。人々が襲われることもない。誰もが安心して暮らせる、正しい世界の姿があった。

わらしの方に向き直ったジョニーは、不思議そうな顔をしているわらしの手を取り、穏やかな表情で伝える。

「幸せになろう、わらし。死が二人を分かつまで」
「……うん」

風と共に花びらが舞い、世界は穏やかに二人を祝福した。



END


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