夢から始まるラブストーリー・中編


翌朝、登校する為に家を出たわらしは、家の壁にもたれ掛かるようにして待ち伏せていたジョニーを見て酷く驚いた声を上げた。昨日と同じく今の季節には相応しくない軽装だ。

「やぁ、おはよう」
「あ、あなた何でここに…!」
「昨日は急すぎて全然話せなかった。君さえ良かったら、改めてゆっくり話がしたいと思ったんだが…」

そう言いながらわらしの姿を頭の先からつま先までじっくりと眺め、どこか感心したように呟いた。

「若いとは思ったが、高校生か…」
「っ、お子様で悪かったわねっ」
「そうは言っていない。だが、学校があると言っていたから、大学生かと思ったんだ。…まさか、中学生ってことはないだろうからな」

中学生、という言葉にさすがのわらしも頭にきた。からかわれた。

「そりゃ、あなたに比べたらみんな子どもみたいに見えるでしょうよ。あなたはチーム・5D'sの中でも一番背が高かったんだから…」
「ほう、良く知っているな。そういえば昨日、私を探し当てるのに苦労したと言っていたが、名前が違うのにどうやって見付けたんだ?」
「それは…、写真が残ってたから」
「写真?」
「チーム・5D'sの…不動遊星がいた時代の写真や動画がいくつか残っているの。そこであなたの姿は知って……まさか名前が違うとは思わなかったけど、たまたま見た雑誌にあなたの素顔が載ってたから、それで、手紙を…」
「そうか…」

わらしの説明にジョニーは感慨深く頷いた。普段はサングラスをして素顔を撮られることはないが、それでも全くない訳ではない。その写真のうちの1枚を偶然わらしが目にし、ブルーノだと断定できたのは運が良かった。もっとも、サングラスを掛けていないジョニーをジョニーだと判別できる人間は余り多くはないが。

「良く私のことを見つけてくれた。感謝する」
「……別に、当然のことをしただけだし…」
「そこまでしてもらっておいて厚かましいのは承知だが、良ければその写真を私に見せてくれないだろうか。遊星の…みんなの姿をもう一度、この目で見ておきたい」
「ブルーノ…」

無意識にジョニーではなくブルーノの名前を呼んでしまい、わらしは「あっ」と口を押さえたが、ジョニーは気を悪くした様子もなく口元を緩めていた。

「どちらの名で呼んでくれても構わない。遊星の子孫の君にならね」
「そう…。でも本当の名前はジョニーなんでしょ? 私もそう呼ぶようにするわ」
「そうか」
「うん」
「それで、写真は見せてもらえそうか?」
「あ、それならもちろん…、本当は、写真も含めて色々とあなたに渡さなければならなかったんだけど」
「色々と?」
「WRGPのトロフィーとか、Dホイールとか…」
「まだ残っているのか!?」
「う、うん」

ジョニーの上げた声に驚いて、わらしはしどろもどろに答える。

「あなたが必要ないなら、渡すのは手紙だけって決めてたけど…その反応なら、受け取ってくれる?」
「もちろんだ」
「そう。良かった。……これで家の中が片付く」

わらしは安堵したように、最後の台詞は小さな声で呟いた。

「すぐに渡してあげたいところだけど、私これから学校があるから」

また後日、と言いかけたところでジョニーが口を挟む。

「それなら、学校が終わる頃に迎えに行こう。どこの学校だ? 何時に終わる?」
「え?」
「昨夜借りたハンカチもまだ返していない。あぁ、どうせなら新しいのをプレゼントしようか。何か欲しいものでもあるか?」

矢継ぎ早に投げかけられる言葉に、わらしは若干不機嫌になった。

「そんな……別にいいから、あんなどこにでもあるハンカチなんて! 欲しいものだって無いし…。それと、悪いけど学校の後はバイトがあるの。今日はこれ以上あなたと話している暇はないわ」
「そうなのか? バイトは何時までだ?」
「10時」
「10…、遅くないか? まさか昨日もバイトの後にあそこで待っていたのでは…」
「っ、いちいちこっちの都合に首を突っ込まないで。あなたには何の関係もないでしょ」

心配するジョニーの言葉を打ち切り、わらしは冷たく言い放った。そんなわらしの態度にどこか違和感を感じるジョニーだったが、確かにこれ以上彼女の私生活に口を挟む訳にはいかない。わらしは遊星の子孫だというだけで、赤の他人なのだから。けれど一介の女子高生が夜遅くに帰宅するというのは、世間一般の常識からしても望ましいものではない。何か事情があるのだろうか。

「…とにかく、迎えに来るなんて真似は絶対にやめて。世界を股にかけるDホイーラーがこの街にいるって分かったら、大騒ぎになっちゃう」
「…それもそうだな」
「分かってくれたならそれでいいわ。じゃぁ、私は学校に行くから」

そう言ってブルーノに背を向けた彼女に、ジョニーはある計画を立てていた。




放課後。さっさと帰宅しようと思っていたわらしは、校門の前で待ち伏せていたジョニーにまたもや驚愕の声を上げることとなる。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


授業が終わり帰宅しようと思っていたわらしは、校門の近くの人だかりに視線を向け、目を見開いた。普段は何の変哲もないただの通学路だが、今日に限って真っ青な高級スポーツカーが停車し、そのすぐ横にイケメン高身長の男が立っているとあれば、人目を惹かない訳にはいかないだろう。おまけにちらちらと学校の中の様子を窺っていれば、誰の彼氏なのかと噂も色めき立つ。
普段のわらしだって、こんな状況ならば他の女子高生とそう変わらない感想を抱いただろう。こんなに素敵な彼を射止めた女子は、一体どんなに美しい女性なのかと興味がわく。美しいカップルを一目みてから帰るかもしれない。…もし、そこに立っているのが、今朝揉めたばかりのジョニーでなかったのならばの話だが。

ジョニー、否、今朝言ったことを彼なりに対策したのか、ブルーノの姿で現れたデュエルチャンピオンを認識すると、わらしは気付かれないように人ごみに隠れて帰ろうとした。しかしブルーノは目ざとく、同じ制服を着た学生の中から即座にわらしの姿を認めると、笑顔で手を振った。ご丁寧に名前付きで。

「わらし、待ってたよ。こっち」
「っ!!」

途端、騒がしくなる周囲の波に押されるようにしてわらしはブルーノの前に突き出された。ブルーノはにこにことした表情でわらしを見下ろしているが、わらしはこの状況にいたたまれず目を合わせることができない。

「な、何で来たの…。来ないでって言ったじゃない…!」

思わず吐いた悪態に動じた様子もなく、ブルーノはわらしを車の中に引っ張り込んだ。黄色い悲鳴が上がる。

「ちょっと!」
「まぁまぁ。悪いようにはしないからさ、ちょっと付き合ってよ。話をしたいって言ったでしょ? これでも君の都合に合わせたんだよ」
「だからって…」
「バイトがあるんだったよね? それまでには解放するから」

そこまで言うとブルーノは手早くエンジンをかけ、あっという間に車を走らせてしまった。わらしの意見を聞く気はないようだ。そう言えば、わらしが見た動画の中のブルーノは天然だけどどこか真っ直ぐで、自分のしたいことは譲らないタイプだった。相手を気遣って一線を引くようなジョニーとは違う。だからそれはそれで、わらしの心をかき乱すのは十分だった。

「……こんなのって…酷い。私、明日から学校に行けないじゃない…」

羞恥心にまみれた表情で文句を呟けば、ブルーノは穏やかな口調で答えた。

「君には悪いと思っている。だが私にも都合がある。全てを君に合わせることはできない」

同級生たちの目がなくなると、ブルーノはジョニーに戻っていた。

「さて、少し車を走らせよう。昼間良い場所を見付けたんだ。そこで話がしたい」
「……私に拒否権はないんでしょ? もうこの際だから諦めるけど、こんなこと、二度としないで」
「さて。そこは話し合い次第だな」

ちらり、と運転席を盗み見ればジョニーは慣れた仕草で運転をしている。彼は世間ではDホイーラーとして有名だが、もちろん車の運転もできる。むしろ高度なテクニックが必要なDホイールと違って、車の方が運転操作は楽だろう。
見慣れた街並みが映画のように通り過ぎて行くのを眺めながら、わらしは泣きたい気持ちになった。

「ずるい…」


「? 何か言ったか?」
「いいえ、何も」

そして、彼の車で案内されるがまま、お勧めのカフェへと連れられた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


二人が入ったのは、国道から少し横道に入ったところの、隠れ家的な静かなカフェだった。高級レストランなどと違って個室などある訳がないが、それでも奥の隔離されたスペースに案内されたのであまり人目にはつかない。だからこそジョニーは気に入ったのだろう。
穏やかな雰囲気の中、彼はわらしの為にケーキセットを注文した。わらしは断ったが、結局押し通された。店員の前で再びブルーノになり切られてしまったら断れない。

「……良くこんな場所が見付けられたわね。前に来たことがあったの?」
「いや、初めてだ。午前中は色々と買い出しをして、落ち着いてから車を走らせてみたんだ。この街の変化を目に収めておきたかったからね」
「買い出し、ね…。あのスポーツカーも?」
「あれはレンタルだ。私は長い期間この街にいる訳ではないから、必要な時に使える足が欲しかっただけだ」
「それであの車を選ぶんだから、やっぱり中身はジョニーなのね」
「何か問題があるのか?」
「……いいえ、あなたらしいと思っただけよ」

ジョニーの答えにわらしは視線を落として呟いた。
ケーキセットとコーヒーが運ばれ、ジョニーは砂糖もミルクも入れないままそれを楽しんだ。

「…君はストレートで飲まないのか」
「コーヒーのこと? …どうせお子様だと思ってるんでしょ、その通りよ」
「そんなことは言っていない。ただ、遊星はよくブラックを飲んでいたなと思って」

言われてみればそうかもしれない。時折お菓子に手を伸ばすことはあっても、動画の中の遊星が甘いコーヒーを飲んでいるのは見たことがない。

「……私は遊星とは違う」
「分かっている」
「…ねぇ、一つ聞きたかったんだけど、あなたはどうして遊星のことを知っているの?」
「?」
「私はあなたに手紙を届ける為に遊星のことを聞かされて、あなたのことも知っていた。だけど正直、乗り気じゃなかったのよ。だって、いくら手紙を渡せって言われたからって、受け取る方のあなたが何も知らなければ、きっと不思議に思うだろうからって…」
「そのことか」

ジョニーはカップを置くと、今まであったことを順を追って説明し始めた。

「実は一カ月程前からある夢を見出した…私がブルーノとして遊星たちの時代に生きた頃の夢だ」
「あなたが…未来から過去に行ったと言われてる時の?」
「あぁ。私は今まで自分自身が世界の存続に関与したとは思ってもみなかった。当然、ブルーノとしての記憶もない。遊星の名前は伝説のデュエリストとして少し知っていたくらいで、それこそ何の感情も抱いたことはない。だが、ちょうど一カ月前から過去の夢を見て…、自分が遊星の仲間だったブルーノだと知り、衝撃を受けた。まさか未来の自分があんな過去を導いていたとはな。信じ難かった」
「………」
「だが私はそれを受け入れた。きっと何か意味のあることだろうと思った。そして、ブルーノとして遊星たちと過ごした時間は本当に幸せだった。あれを夢で終わらせたくはなかった…。それと同時に、何故急にブルーノの夢を見るようになったのか気になった。その答えは……恐らく、これだろうな」
「?」

言いながら、ブルーノが取り出したのは《スターダスト・ドラゴン》のカードだ。わらしがジョニー宛に送りつけた。

「昨夜返すのを忘れていた。これは君のものだろう。改めて返そう」
「スタダが……夢の原因?」

ジョニーからスターダストのカードを受け取ったわらしが、怪訝そうな顔で尋ねる。

「君からの手紙が私の元に届いたのがちょうど一カ月前のことだ。忙しくて、先日まで中を検めることはできなかったのだが。間違いないだろう」
「そう……だったんだ。遊星のカードが、あなたにブルーノとしての夢を…」
「正直、感謝している。このカードが無かったら、私はブルーノとしての自分を思い出すことはなく、君から遊星の手紙を受け取ることもできなかった」
「ジョニー…」
「…昨日は情けない姿を見られてしまったな。だが、あそこで追い返してくれて助かった。ホテルに戻ってからの私は、あれ以上にみっともなかったはずだから」
「?」
「…仲間たちからの手紙を読んで、平常でいられるはずがなかった」
「!」

「遊星…ジャック…クロウ…アキ…、龍可、龍亜……みんな……っ」

仲間からの直筆の手紙を読み、再び涙腺が緩んでしまったのは仕方がないと思う。

チーム・5D'sからの手紙は温かく真っ直ぐで、最後の別れがあんなことになってしまったのに誰一人としてブルーノを責めてはいなかった。それどころか、皆遊星と同じくブルーノを仲間の一人として認め、一緒に過ごした時間がかけがえのないものだと言ってくれた。ブルーノがいてこそのチーム・5D'sなのだと認めてくれていたのだ。

「……私はあの時代でかけがえのないものを手に入れた。彼等と出会うことは二度とないが、今でも彼らとの絆が残っているのなら、喜んで繋がりたいと思う」

それがジョニーの本心であることは疑いようもなかった。



「…君は? 君の話も聞いて良いか?」

ジョニーの話が落ち着くと、今度はジョニーがわらしのことを尋ねた。

「私の方は別に…不動遊星の子孫ってだけで、他には何もないわ」
「ご両親は? 遊星の子孫は君だけなのか?」
「父親はいない。私が生まれる前に蒸発したって聞いたから。母親は…二年前に、事故で」
「! そうか。すまない…」
「…別に、過ぎたことだから」

わらしはコーヒーの水面を見つめながら言った。

「それと、遊星の子孫についてはわからない。たぶん、残っている血筋は私だけ…もしいたとしても、自分のルーツを知っているとは思わない。手紙を受け継いだのは私だったから」
「そうか…。では、2年前から君は一人で?」
「そういうことになるわね」

淡々とした答えだった。

「…バイトは何を?」
「…雑貨屋で店番をしてる。と言っても、客なんてほとんど来ない場所だけど」
「それで夜10時まで?」
「そうよ」
「どれくらいの日数入っているんだ?」
「…6日」
「6日? それでは、休みの日に?」
「……違う」
「違う?」
「月に、じゃなくて、週に、よ…」
「………」
「……週に6日働いているの」

わらしの答えに、時が止まったようだった。



「何故、と聞いても?」

ジョニーが尋ねれば、わらしは恥ずかしそうに視線を落として見えないところできゅっと拳を握った。

「理由なんて…生活の為に決まってるじゃない」
「だが、君はまだ高校生だ。そんなに働かないと生活できないのか? 立ち入ったことを聞くが、母親の保険は降りなかったのか」
「……母は、楽天的で。うちにそんな余裕がなかったのもあるけど、そんなものは最初から考えてなかったから…」

わらしの母は明るく朗らかな性格をしていたが、人生を楽観視しすぎるところがあった。笑っていれば何事も乗り越えられると思っていた人で、だからこそ恋人に逃げられてもわらしを産もうと決意したのだと聞いている。わらしはそんな母親を愛していたし、母親もまたわらしに十分な愛を注いでくれた。決して裕福とは言えない家庭だったが、仲の良い親子だった。
だが、その大好きな母親が運悪く事故に遭い、そのまま帰らぬ人となってしまった後、わらしにはつらい現実が待ち構えていた。親戚など幼い頃亡くなった祖父母以外に存在すらわからず、頼れる人もいないまま、彼女は一人で生きていくことを余儀なくされた。国からの援助はあるが、それも母親が死ぬ前に手を出していた仮想通貨が暴落してその借金返済に充てている。「これで私もわらしちゃんも楽な生活を送れるようになるわよ!」と喜んでいたあの頃の母を止めるべきだったとわらしは心底後悔していた。
そういう訳で生活はカツカツだし、古い家は格安とはいえ賃貸だから家賃も発生する。その他光熱費に学費、生活費…と出て行くものは多い。お金はいくらあっても足りない。毎日必死になって働いている理由はこれだ。もっとも、今のバイト先は何もしなくても時給が発生するようなものだから、これ以上の幸運はないのだが。

「…事故の相手からは?」

ジョニーがさらに深く突っ込むと、わらしは苦笑しながら首を振った。

「…ひき逃げだったから。相手が誰かもわかってない」
「そうか…悪いことを聞いた」
「気にしないで。2年も経てば慣れた。…悪いことをした人はいつか捕まる。犯人のしたことは許せないけど、報いを受ける時は必ず来るはずだから、私はその時を待つだけ。日々の生活を守りながら、ね」

穏やかに、けれどはっきりと言い切ったわらしはを前にして、ジョニーはわらしの強さに触れた気がした。彼女は強い。自分が為すことをきちんと理解していて、弱音を吐かずに頑張っている。ジョニーは素直にわらしのことを尊敬した。
だが同時に同情の心も芽生えた。これはわらしが遊星の子孫だからという理由もあるが、単純に可哀想な女の子を放っておけなくなったのだ。貧乏だったブルーノの時代を思い出し、あの頃の自分も似たような経済状況だったが、それでも仲間がいたから助け合って生きて来れた。それをこんな十代の女の子が一人で自分を犠牲にしながら生きていると思うと、何かをせずにはいられなかった。


「…君さえ良かったら、私が君の生活を保障するが」

だからすんなりとそんな言葉が出て来てしまったのは仕方がないと思う。だが、その言葉でわらしの機嫌は一気に地の底まで落ちた。


ジョニーの提案に、わらしは不機嫌を隠さずに返事をした。

「あなたにそんなことをしてもらう理由がない」
「だが、君の状況は世間一般に照らし合わせても、随分と良くない…」
「大丈夫よ、それくらい」
「それでも……、君は、遊星の子孫だし」

そこでわらしはジョニーの顔を思いっきり睨み付けた。
まるで親の仇とばかりに、憎しみを込めた目で乱暴にカップをソーサに置いた。

「馬鹿にしないで。そんな理由であなたに支援してもらおうなんて思ってない! 私は一人でもやっていける」
「君ができないとは言っていない」
「なら放っておいて! …話がそれだけなら、帰る」
「! 待ってくれ、」

立ち上がりかけたわらしの手を引っ張り、再び椅子に座らせる。ジョニーは居たたまれない気持ちになりながら素直に謝罪の言葉を口にした。

「悪かった。君が望まないならもうこの話はしない。ただ純粋に君のことが心配だったんだ。君みたいな若い女性が危機に陥っていると知って…」
「………別に、私だけじゃないわ。世の中にはもっと不幸な人だって沢山いる。でも、私は自分が不幸だとは思ってないから、誰かに手を差し伸べてもらう必要がないだけよ」
「君の気持ちは理解した。余計なことはしないと誓おう。ただ、私にまた君と会うチャンスを貰えないだろうか」
「?」
「遊星の子孫とか関係なく、君ともっと話がしたい。もちろん、君さえ良ければ遊星の話だって聞きたいが…そこは無理にとは言わない」
「………」
「わらし?」

急に黙ってしまったわらしを心配してジョニーが顔色を窺う。わらしの表情には直前までの不機嫌さはなく、何やら少し考えている様子だった。恐らく、遊星の子孫であるという以外に二人が会う理由を見出せなくて困っているのだろう。

「その…、不動遊星については、私、ほとんど知らないの。たぶんあなたの方が良く知ってると思う」
「そうか。それならそれで構わない」
「………」
「……連絡先を教えてくれないか?」


数瞬の迷いの後、わらしはスマホを取り出した。連絡先を交換して保存する。ジョニーはわらしのスマホに自分の連絡先が加わったことに安堵して、「何かあったらいつでも連絡していい。何かなくても連絡してくれ」と伝えると、わらしは「理由もないのに連絡なんてしない」と言って少しだけ笑った。どうやら少しは打ち解けてくれたらしい。

「…私、そろそろバイトに行かないと」
「送っていこう。君が働いているところがどんなところか見てみたい」

わらしは一瞬嫌そうな顔をしたが、断らなかった。もはやジョニーの言動にいちいち反応するのは無駄だと悟ったようだ。


それからしばらくして、わらしは毎晩バイトが終わるとジョニーに迎えに来られるという日々を送った。わらしとしては鬱陶しいことこの上なかったが、夜に一人で帰宅するわらしを心配してこれだけはジョニーも譲らなかった。結局わらしが根負けした。
その代わり、学校には迎えに来ないという約束は徹底して守らせた。ジョニーがわらしを迎えに初めて学校を訪れた翌日、わらしは友人たちの質問攻めにあって大変だったのだ。「あれは親戚のお兄さん」という説をゴリ押しして納得させるのにどれだけの労力が必要だったか。だがわらしの家庭事情を知っている一部の友人たちからは「あんな金持ちなイケメンが親戚にいるはずがない」と押し切られ、こちらの説得はもっと大変だった。わらしは心の中でこっそりジョニーのことを恨んだ。

週に1日、バイトが休みの日にスーパーに買い出しに行ったところで、付いてきたジョニーに尋ねられた。

「君って本当に逞しいなぁ。せっかく休みの日だっていうのに、帰ってきて早々スーパーに買い出しに行くなんて」

人目があるから今日はブルーノの振りだ。

「休みって言っても、学校はあるし。バイトが休みの時に買い出ししないで、いつするのよ」
「そんなの、僕に言っておいてくれたら、君が学校行っている間に済ませておくのに」
「あなたが?」
「うん。なんなら、料理もしておこうか。わらしの好物を作って待ってるよ」
「……冗談は程々にして」

一体どこの誰が、世界のトップに君臨するデュエリストを家政婦のように扱えるというのだ。今はブルーノの振りをしているジョニーがデュエルチャンピオンだと気付いている人はわらし以外誰もいない。しかしだからと言って、わらしにはそんなことをさせる気はなかった。

「良い案だと思ったんだけどなぁ…」
「っ…」

図体のでかい男が意気消沈している姿はどこか保護欲をそそられる。
わらしはブルーノの方を見ないようにして、特売の品を詰められるだけ籠に詰め込んだ。彼がジョニーではない時は極力顔を合わせないようにしている。

「ねぇわらし、プリンがあるよ。これ買わない?」
「そういう高級品には手を出さないの」
「えー、でも僕わらしと一緒に食べたいしなぁ。わかった、じゃぁこれは僕が買うよ」
「待って、私食べるなんて一言も言ってな…」
「いいからいいから、楽しみにしてて」
「っ…」

そしてジョニーがわらしの家に来るのも、いつのまにか日課のようになってしまった。

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