転校してきてから早一週間が終わろうとしている。最近のわらしはももえとジュンコと一緒にいることが多い。
二人は子供の頃からの幼馴染みで、互いのことを良く知っているらしい。ももえはおっとりお嬢様タイプで、ジュンコはさっぱり姉御肌というのがわらしの印象だ。
昼休みに三人で弁当をつついていると、二人からLINK VRAINSについての話題を振られた。

「先日はあのGO鬼塚様がPlaymakerに負けてしまいましたわね…。わたくしとても驚きましたわ」
「あ! それ私も驚いた! Playmakerが強いって噂は聞いたことあるけど、まさか上位ランカー相手に勝っちゃうなんて思いもしなかったし」
「ハノイの騎士騒ぎもあって…本当、最近のLINK VRAINSはどうしてしまったのでしょうね」
「肝心なことはSOLテクノロジー社もだんまりだから、噂だけが駆け巡ってる状況よね」

「……Playmaker? GO鬼塚? ハノイの騎士?」

ももえとジュンコの話についていけず、頭にクエスチョンマークを浮かべるわらし。
すると二人は驚いた顔でわらしを見た。

「まさかわらし…」
「Playmakerをご存知ないのですか!?」

捲し立てるような剣幕で迫られ、わらしは焦って言葉を出した。

「いや、えっと……名前くらいなら私も知ってるよ? 何か最近やたらと耳にする言葉だから」
「名前だけならそこらへんの子供だって知ってるわよ!」
「つまり…わらしさんはご存知ないと」
「LINK VRAINSに出没してる人だってことは、この間ネットニュースの見出しで見たよ。でも私LINK VRAINSに関わりないし…」
「あっきれた。今じゃデュエルをしない人だってみんな知ってるのに」
「社会現象にまでなってますのよ?」
「そ、そうなんだ…」

わらしは無知を露呈してしまって少し恥ずかしい気持ちになる。
とはいえ、VR世界でデュエルの場となっているLINK VRAINSのことをよく知らないのは事実だし、そもそもデュエルから一線を引く為に、なるべくデュエルに関わることからは避けてきたのだ。話題に出されてもついていけないのは当たり前である。
息巻く二人の背後をちらりと見て聞いてみた。

「…二人はデュエルをするの?」

「まぁそれなりに」
「嗜み程度には」

(そうだろうねぇ…)

ももえとジュンコの後ろで笑顔を振りまいているハーピィ・クィーンとレスキューキャットと目が合い、わらしは二人に気付かれないよう目礼をした。好意的な反応が返ってくる。
横でラーイが「レスキューキャットはOCG次元で僕の親と同じ処遇になってたのに近年エラッタして出所したんだ」とか訳分からないこと言っていたのはまるっと無視する。

「えーと、それでそのPlaymakerが…GO鬼塚って人を倒したの?」
「そうなんですわ」
「Playmakerは最初、GO鬼塚とデュエルする気はなかったみたいなんだけど…」
「GO鬼塚がハノイの騎士の振りをして、Playmakerをおびき寄せましたの」
「? 何でハノイの騎士? それは何なの?」

一連のくだりがよくわからなくて、わらしは質問した。
しかしももえもジュンコも、その質問にはやや困った顔になる。

「それがよくわからないんですの」
「ハノイの騎士は、優秀なハッカー集団だって噂よ。でも、彼らの目的は何もわかっていないの」
「Playmakerがハノイの騎士を追っているってことは確実なんですけれど…」
「そっちの理由も不明だし」
「まさにミステリアスですわ」

「はぁ……なるほど…」

何やらVR世界は大変なことになっているらしい。
わらしが、私は現実世界のことで手一杯だよ…と思いながらお茶を飲んでいると、ジュンコが「ほら、これがPlaymakerのアバターよ」とわざわざ画像を引っ張ってきてくれた。それを見たわらしの感想が「全身タイツ…?」だったものだから、この後滅茶苦茶怒られた。二人はそれなりにPlaymakerを応援しているようだ。

「…ま、デュエルをしないわらしには興味のない話かもしれないけど」
「(本当はとっても興味あるんだけどね)」
「まぁ、でしたらこの話題はどうですか? わたくしさっき友人から聞いたのですが、近々わらしさんのファンクラブができるそうですわよ!」
「へーそうなん………………は?」

わらしは危うくお茶のペットボトルを落としそうになった。信じられない、と言った様子でももえの顔を凝視する。

「いま、なんて……」
「ですから、わらしさんのファンクラブが発足するんですって。おめでとうございます」
「は、え? ちょ、それどういう…」
「そうなの? それは私も初耳だわ、ももえ」
「確かな筋からの情報ですわ。わらしさん、転校してきてからもの凄く有名ですわよ。美人で頭が良くて運動神経も良いって。ファンクラブができるのも当然のことですわ」
「そういえばわらしって編入試験で過去最高点出したんだっけ」
「……私は何も聞いてないけど」
「この間の体育では短距離走が女子の中で一番でしたわ。陸上部のレイさんが悔しがってましたもの」
「それじゃ無理ないわよね」
「えぇそうですわ」

「………………」

わらしは心の底から謝りたいと全力で思った。ファンクラブの人達に。

(待って待って待って……、足が速いのは元々だけど、勉強に至っては………あれだ)

わらしは特別塾に通ったりはしていない。理由は、自由な時間が縛られるのが嫌だからだ。
だが学生の身分で勉強を疎かにすることもできず、どうしたら良いのか考えた末に出した結論が…
魔導サイエンティストを家庭教師にすることだった。
つまり、わらしはカードの精霊に勉強を教わっているのだ。

(精霊ならいつでも教えてくれるから、我ながら名案だと思ってたけど…もしかして、やりすぎた?)

頭を抱えて一人唸るが、時既に遅し。わらしの預かり知らないところで物事は進んでいるのだった。

『わらし、人気者?』



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



衝撃的な事実を耳にしてしまった翌日。考えても仕方がないことは忘れてしまおう、というのがわらしのスタンスである。
この日も朝から天気が良かったので、愛用のバイクを走らせてスターダスト・ロードに向かった。
いつもはスカートを履くことが多いが、さすがに二輪でそれは暴挙としかいえないので、ジーンズを履いて髪を束ねる。足元もブーツで固め、安全第一で運転していたのだが、当の本人は本日の装いに満足していない様子で、鏡に映った自分の姿を見て「この服に合う帽子が欲しい」とのたまっていた。当然、ラーイからは批難の声が浴びせられた。

心地よい潮風を感じながら流していると、ちょうど良い休憩スポットがあったので、愛車を止めてヘルメットを脱ぐ。柵の向こうで、海が穏やかに煌めいていた。

「綺麗ね…」
『そうだね』
「…………」
『…………』

「で、これのどこがスターダスト・ロードなの?」
『さぁ』

何てことはない。目の前に広がっているのはただの海である。まごうことなき海。
スターダスト・ロードを期待してやってきたわらしとラーイは、一体何がスターダスト・ロードなのかわからず首を傾げた。

「何だろう……私には普通の海にしか見えないんだけど」
『奇遇だね。僕もだよ』
「でも、ここがスターダスト・ロードなのよね? 観光マップにはちゃんと載ってたし…」

そう言いながら、駅前で買ったデンシティのマップを広げると、確かにスターダスト・ロードの記載がある。その横には「カップルにオススメの一押しスポット!」とまで書かれている。

「……何だろう、もうちょっと近づいてみなきゃわかんないのかな」

わらしは地図をしまうと、道路の柵から乗り出すようにして海を覗き込んだ。しかし、やはり目の前にあるのはただの海だ。

「……普通には見れないからレアってこと? もっと下の方なのかな」
『ちょっとわらし、危ないからやめなよ』
「そうは言っても、ここまで来て諦める訳にはいかないでしょ」
『いやいや、諦めなよ。そんなことしちゃダメだって!』
「よっと…」

ラーイの忠告に従わず、わらしは自身の腰の位置より高い柵に足をかけ、乗り越えようとした。ラーイが「わらし!」と叫んで止めようとするが、本人は「大丈夫大丈夫」と言って片足を抜き、もう片足を抜こうとしたその時。

「……………………」
「……………………」

道路からわらしを見ている男と目が合った。ついでに男の後ろにいるドラゴンもじっとわらしを見つめている。

「……………………」
「……………………」

無言で足を引っ込めた。そして笑顔で男に挨拶する。

「こんにちは!」
「…危険な真似はやめた方が良い」
「(ごまかせなかった!)えっと……その……落とし物しちゃって」
「(嘘だな…)残念だけど諦めるんだな。この下はとても深くなっている」
「(バレてる気がする…)そうですね…。あの、地元の方ですか?」
「そうだが」

上手く話をそらしたくて聞いてみた質問に、男は肯定してみせた。ちょうど良い、とわらしは続けて尋ねる。

「あの、じゃぁスターダスト・ロードってご存知ですか? それを見に来たんですけど」
「…スターダスト・ロードが見れるのは夜だけだ。こんな時間には現れない」
「え…!?」

わらしはショックを隠せない声をあげて項垂れた。

「そんな……夜って…」
「君は観光客か?」
「いえ、最近デンシティに引っ越してきたばかりの新参者で…スターダスト・ロードのことはちょっと小耳に挟んだので、見てみようかと…」
「あぁ。だったらまた来れば良い。たまにしか見れないが、運が良ければ見れることもある」

男は、がっかりするわらしを気遣うように言った。その後ろで彼の黒いドラゴンも頷いている。

(まぁ…事前に調べなかった私がいけないんだけど。精霊にまで同情される私って…)

「ありがとうございます。そうしてみます」

気を取り直して、わらしはお礼を言いヘルメットをかぶり直した。そんな様子のわらしを男は物珍しそうに見つめている。

「珍しいな。君みたいな若い女の子がバイクに乗ってるなんて」
「そうでしょうね。私も最初は乗るつもりはなかったんですけど、足がないと不便だって知人から勧められて。車の免許をとるまでの繋ぎです」
「そうか。気をつけて」
「はい。色々とありがとうございます」

男は優しかった。どことなく品のある若いイケメン。もしここにももえとジュンコがいたら、間違いなく騒ぎ出したであろう容姿をしていた。
優しいついでにさっきの記憶まで消えてくれないかな、と無駄な希望を抱きつつ、わらしは再びアクセルを回したのだった。




『これからどうするの?』
「ショッピングセンターに行って買い物でもする。帽子が欲しくなっちゃったし」
『えっそれ諦めてなかったの』

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