※お題はレイラの初恋様よりお借りしています。 ※未来話なのでブルーノだけどジョニー(ブルーノの未来世界での本来の名前)。そのせいでだいぶキャラが定まらない。 ※書いた人の独断で遊星の相手はアキでも龍可でもシェリーでもない。 ※ネオ童実野シティの学校は基本的に9月入学の6月卒業という設定。
夢なんて、所詮は砂糖菓子みたいなもの。 甘くて、優しくて、簡単に溶けてしまう。 どんなに願ったところで、叶うはずなどないのだと――
あの日に思い知った。
夢から始まるラブストーリー
薄暗いガレージの中でパソコンの画面に目を向ける男がいる。青い髪、がっしりとした体格に、左利き。彼の背後のソファには黒に金が混じった髪の男が毛布をかぶり、重い瞼を閉じている。屋外へと続く扉が開くと、オレンジの髪をした小柄な男が入ってきて長身の男に話しかけた。 「おい、遊星、ブルーノ」 「シッ」 「あぁ?」 「遊星、さっきやっと眠ったばっかりなんだ。寝かせてあげて」 男が控えめにお願いすると、オレンジ頭は軽く頭に手を当てながら納得したように頷く。 「あぁ、そういうことか…。って、ブルーノ、お前だって昨日は遊星に付き合って徹夜だろ。寝なくて良いのかよ」 「僕は大丈夫。遊星よりは寝てるから」 「俺からしたらどっちもあんま変わんねーけどな…」 「そうかな?」 オレンジ頭の指摘に、男は本気で気付いていない素振りだった。 「それより、僕たちを探してたみたいだけど?」 「あぁ、アキが昼飯持ってきてくれたんだ。それで呼びに来たんだけど」 「それはありがたいね。あ、でも、遊星は…」 「そのまま寝かせておけよ。遊星の分取っておけばいいだろ」 「そうだね。そうしようか」 「午後に龍可と龍亜が来るって言ってたから、その時になったら起きるだろ。問題はジャックだ。遊星の分は食うなよって言っても、あいつのことだから素直に言うことを聞くとは限らねぇ…」 既知の顔を思い出してか、オレンジ頭が困った表情になる。そこへ、男が苦笑しながらもある提案をした。 「あー…。先に隠しちゃう? ジャックが見付けられないところに」 「そうすんのが無難か。遊星の分をジャックに食われちゃ、アキも可哀想だしな」 一見あまりまともな案ではなかったが、オレンジ頭には採用された。バレた時にはひと悶着になるだろうが、結局それが一番手堅い。 「うっし、そうと決まれば急ぐぞ」 背を向けたオレンジ頭を、男が慌てて後を追う。 「あ、待ってよクロウ」 「早くしろよ、ジャックが来ちまう、ブルーノ」 呼ばれた男は扉から外に飛び出し、ガレージを後にして―― 夢はそこで終わった。
(……一体あれは何の夢だったんだ…)
早朝、ホテルのベッドで目を覚ましたジョニーは、先程まで見ていた夢に頭を悩ませていた。 夢に出て来た青い髪の男――オレンジ頭にはブルーノと呼ばれていた――は自分と瓜二つの姿だった。髪の色も体つきも顔、声に至るまで全てが。 しかし普段のジョニーはメカニックのような格好はしないし、利き腕も、名前も、性格さえもやや異なっているように見えた。ジョニーは穏やかな面もあるが、基本的には自信に満ち溢れたDホイーラーだ。似ているが本人ではない。 双子の兄弟と言われればしっくりくるかもしれないが、生憎そんな事実は存在しない。彼、ブルーノはジョニーとそっくりで、ジョニーの知らない場所で知らない仲間たちに囲まれて楽しそうに過ごしていた。もし自分が今の人生を歩んでいなかったらあんな人生もあったのかもしれないと思える程にはリアルで、単なる妄想とも思えない夢だった。だが同時に受け入れがたくもあった。何故ならジョニーは今の人生に満足しているからだ。
(始めは訳もわからずエンジンの設計を行っている夢、その後がカップラーメンすすりながら遊星という男と話をしている夢、そして今日があのオレンジ頭の男……確かクロウと言ったな。彼と話している夢だ。今日は他にも随分と沢山の名前が出て来たな…)
ジョニーがブルーノの夢を見るのは今日が初めてではない。三週間程前から断続的に、似たような夢を見ている。場面は毎回違うが、出てくるのは決まってブルーノと、ブルーノを取り巻く人間たちだ。 どうやらブルーノは記憶喪失らしく、夢に出て来た仲間たちの元で世話になっているらしい。随分打ち解けた様子から、悪い環境ではないようなのが救いである。
だが毎日のようにブルーノの夢を見させられているジョニーには少しずつストレスが溜まっていき、今日がDホイールの重要な大会の初戦だというのに、気分は必ずしも上々とは言い難かった。小さな溜息を吐き、寝台から体を起こす。
(次は一体どんな夢を見させられるのか…、頼むからこれが予知夢なんて言わないでくれよ)
熱いシャワーを浴びながらそう願わずにはいられなかった。
「ヘイ、ジョニー。今日のライディングはあまり君らしくなかったな。何かあったのかい?」
試合後、ジョニーは控室でマネージャーに声を掛けられた。デュエルには勝ったが、あまり満足できる内容ではなかったことを、観客も対戦相手も気付いていた。
「……いや、問題はない」
頭からタオルを被ったジョニーはそう言いかけて、
「…しいて言えば夢見が悪かったくらいだ」
と答えた。マネージャーが大きな瞳をさらに丸くして尋ねる。
「ワッツ? ドリーム? 君が? …らしくないね」 「自分でも分かっているさ」 「まァ、原因が自分で分かってるならボクが言うことはないよ。明日は気持ちを切り替えてくれ」 「あぁ」
短く返事をして終わった。マネージャーとは旧知の仲だ。プロとして活躍するジョニーに今更あれこれと指摘してくることはない。
ジョニーは控室を出るとホテルに戻る為に愛車のデルタ・イーグルに跨った。微かに海の香りが感じられる風は気持ちが良かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……また、あの人が出てる」
ジョニーが出場している大会映像を目にした少女が、遠い地で呟いていたことを、ジョニーはまだ知らない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……明日の決勝はいつものように頼むよ、ジョニー。決して今日みたいなことは起こさないと約束してくれ。君がクラッシュしそうになって、ボクがどんなに肝を冷やしたことか…! ボクだけじゃない、全国にいる君のファンだって…!」 「悪かった、アレックス。明日は問題なくライディングしてみせるから、それ以上喚かないでくれ」 「本当かい? 絶対に? 明日はいつものジョニーでいられるかい?」 「約束する」 「…それならボクに出来ることは、君を安全に送り出すことだけだ!」
マネージャーのアレックスはジョニーの言葉を信用して軽く肩を叩いた。 今日の準決勝で、初戦同様らしくないデュエルをしてしまったジョニーは、危うくDホイールをクラッシュする寸前にまでなってしまった。ライフは3桁前半、ライディングは滅茶苦茶、誰もがジョニーの負けを確信していた。 だがそこはプロデュエリストとして世界のトップに君臨する男。最後の最後に逆転を決めてみせ、見事に復活を遂げた。無事明日の決勝に駒を進めたのだ。
「…例の、夢見が悪いって言うの、まだ続いているのかい? それならカウンセリングを受けてみるのも…」 「夢は関係ない。自分が未熟だっただけだ」 「…君のそういう潔いところは好きだけどね。無理は禁物さ」
アレックスは、ジョニーの夢の内容は知らなくとも、それが続いていることは知っている。労うようにタオルの上から頭を撫で、仕事用のファイルを持って立ちあがった。
「これが終われば君には晴れて二カ月の休暇が待っている。なぁに、デュエルのことを忘れてリフレッシュしていれば、君を悩ます夢もそのうちなくなる。気にするな」
それだけ告げたアレックスは控室から出て行った。残されたジョニーは一人ベンチで深い息を吐き出すと、今日のデュエルを思い出して自己嫌悪に浸っていた。いくら夢見が悪かったからと言って、あの試合はなかった。勝てたのは運が良かっただけだ…。
(……あんな夢如きで情けない。私もまだまだだな。だが、今日の夢は、あれは…)
ジョニーが今朝見た夢は、大量のゴーストと呼ばれるライディングロイドがDホイーラーたちを襲うという衝撃的なものだった。襲われたDホイーラーの中にはブルーノの仲間たちも含まれており、仲間の危機を感じ取ったブルーノは、いつも使っている黄色いスクーターを乗り捨てて海からジョニーの愛車であるデルタ・イーグルを呼び寄せたのだ。そしてその後、デルタ・イーグルに跨ったブルーノは、普段のジョニーと同じくライディングスーツに身を包み、仲間たちの援護をすべく立ち向かっていった。愛用のカードたちを用いて。
(あれは……やはり私なのか……ブルーノと呼ばれた男が……)
ジョニーは床を見つめながら、思考の波に深く身を委ねた。 ブルーノとジョニーが同じ人間だとしたら、あれは以前考えた通り、未来のことを予知しているのだろうか。だがそう考えると辻褄が合わないことがある。 ブルーノのいた世界は、今のジョニーがいる世界より文明が若干遅れている。断片的に見て来たコンピューターやロボの状態がそれを示唆してきた。あれが未来だとは考えにくい。 そうなると、あれは未来ではなく、過去の出来事なのでは…?という考えが浮かぶ。しかし、ブルーノと違ってジョニーには失われた時間はない。生まれてからこの方、一度も記憶喪失になったことはないのだ。ジョニーの過去にもブルーノは存在しない。
(一体、私に何が起きているというのだ…)
もはや自分の頭がおかしくなったのではという可能性さえ抱く。こんなことに意識を割いている場合ではないのに。明日は決勝だ。今度こそ自分も観客も納得するデュエルをしなければならない。 アレックスの言う通り、大会が終わったらどこか遠くに、気晴らしの旅にでも出ようか。そんなことを考えながら、ジョニーは自嘲した。
翌日、ジョニーの圧倒的勝利で大会は幕を閉じた。
「全てを…全てを思い出した…。私に課せられた使命の全てを…。君と戦うべき相手は…僕だ!」
「見せてみろ、君のデュエルを!」
「君たち5D'sが固い絆で結ばれているように、僕とゾーン、そして仲間たちは絶望の中で固い絆で結ばれた。ゾーンとの誓いが僕の使命!」
「限界を打ち破る境地 トップクリアマインド!」 「遊星、君の役目は終わりだ!」
「俺が手にした境地 クリアマインド! 招来せよ、シューティング・スター・ドラゴン!」 「こ、これが君の…」 「そうだ! お前が教えてくれた限界を超える力だ!」
「遊星。見せてもらったよ、君の可能性を」
「遊星とは違う形で出会いたかった。そうすれば本当の仲間になれたかもしれない」 「アンチノミー、いや、ブルーノ! お前は俺たちチーム5D'sの、俺の仲間だ!」 「仲間…。この僕を仲間だと言ってくれるのか、遊星。仲間…か。僕はみんなを励ましながらみんなと共に戦っている遊星を見ているのが大好きだった。そこに君の無限の力と可能性を感じていたから!」 「ブルーノ…」
「君たちと過ごした時間は最高に楽しかったよ!」
「遊星、君は僕の希望だ!アクセルシンクロは光をも超える!光を超え未来を切り開くんだ!行け!遊星!」 「ブルーノ!ブルーノ―――!」
「遊星…」
「―――!!!」
真夜中。ベッドから飛び起きたジョニーは、全身に大量の汗をかき眠っていたにも関わらず酷く息を乱していた。額から一筋の汗が滴る。
(今の夢は……あれは、本当に夢か? 遊星という男はまさか、あの、不動遊星…?)
ジョニーが生まれる遥か以前、この世界の歴史を変えた男がいた。その男の名前は不動遊星。過去には歴史の教科書にも載った人物だ。 彼が生きた時代から遥かに長い時が経って、今や遊星の名前を憶えている人の数はかなり減っている。遊星の功績は大きく、今の世界があるのは彼のお陰と言っても差し支えない程だ。しかし、長い年月がその事実を単なる情報に変えてしまい、今現在彼の名が残っているのは“不動性ソリティア理論”という名称くらいだろう。顔を知っている人間はほとんどいない。 少しばかり彼について勉強をしたことがある者なら、彼がシンクロモンスターである《スターダスト・ドラゴン》を所持していたことくらいは知っているかもしれない。不動性ソリティア理論のエースとなるカードだ。そしてジョニーは、その数少ない遊星の崇拝者だった。
(スターダストを所持していたということは、あの男は不動遊星で間違いない。そしてブルーノは……私だ。《TG ハルバード・キャノン》は私しか持っていないカードだからな…)
思いがけず伝説のデュエリスト・不動遊星のデュエルを夢の中とは言え身近に体験したジョニーは、興奮冷めやまぬ様子で体を震わせた。だが同時に、どちらかしか生き残れないデュエルで完全に打ち負かされ、遊星を現実世界に送り届ける為に犠牲となったことを思い出し、恐怖が蘇る。ブルーノが。否、自分が。
(遊星に負けて……私は死んだ……過去の世界で、最後の最後に希望を抱いて…)
どうしてブルーノ(自分)が記憶喪失になっていたのか、なぜ遊星とデュエルをしなければならなかったのか、犠牲にならなくてはいけなかったのか。様々な疑問の大分部は夢の中で解消された。だが、何故有りもしない過去を夢で見るのかという根本的な理由はまだわかってはいない。何がどうなって、今のジョニーに分岐したはずの過去が夢として現れるのか…。夢を見始めてちょうど一カ月になる。そろそろノイローゼになってもおかしくはない気がする。どこかで治療を受けるべきかと悩んだところで、いけないな、とジョニーは頭を振った。
「……喉が渇いてしまったな」
時計を見れば、短針はまだ2時を指している。ジョニーはベッドから立ち上がり、キッチンへと向かった。冷蔵庫からキンキンに冷えた炭酸水のボトルを取り出し、ソファに座る。それを一気に飲み干しならが、ふと足元に置かれた紙袋に気付いた。ファンから送られてきた手紙が入っている。 電気的な通信が主流となったこの時代でも、手紙はまだまだ現役だ。特に遠い地に住んでいる人はあえて電子メールではなく手紙で送りたがる。その方が伝わる気がするそうだ。 ジョニー自身、送られてくるメッセージの媒体にこだわりはなく、メールでも手紙でもありがたく読ませて貰っている。時には誹謗中傷でただジョニーを傷付ける為だけに送られてくるものもあるが、そういったものは全てアレックスが検閲してくれるので、変なものがジョニーの手元に届くことはない。ずっと放置していたこの手紙たちも、既にアレックスの検問を受けている。
気晴らしに1、2通でも目を通すかと手を伸ばしたジョニーは、そこで手にした封筒に首を傾げることとなった。封が切られていない。それはすなわち、アレックスの検閲を通っていないことになる。こんなことは珍しい。 封筒自体は真っ白で飾り気がなく、とてもシンプルなものである。ジョニーの気を引く為に香水が振りかけてある訳でもなく、かといって変な薬品の匂いもしない。不思議に思いながらもひっくり返し、裏を見るが差出人の住所はなく、ただ“わらし”という名前が添えられているだけだった。悪意の籠った手紙には無記名が多いから、何となくこれは大丈夫なような気がした。恐らく変なものではないだろう。 そう判断したジョニーは、これが単なるアレックスのミスだということにして、ペーパーナイフを取り出し封を開ける。綺麗に開いた口から出て来たのは、短い文章の書かれた便箋。そして…
「なっ…! こ、これは!!」
予想もしなかったものを目にし、彼は驚愕の声を上げた。震える手で送り付けられてきたそれを持ちあげる。まさか。そんなことは…。
酷く動揺したジョニーはその数時間後、地球の裏側へと向かう飛行機に飛び乗っていた。
午後10時過ぎ。外を歩いている人間をだいぶ前に見かけなくなってから、どれくらいの時間が経っただろうか。真冬の夜、それもこんな廃れた雑貨屋なのか骨董品屋なのか分からない店をわざわざ訪れる人間はいない。それでも店主の言いつけを守り、既定の時間まで店番をしていたわらしはシャッターを下ろして店仕舞いをすると、いつものように帰り道にある広場に向かった。 今日は日曜日。どんなに帰りたくともしばらくはそこで過ごさなければならない。それがわらしの出した条件だったから。
(……今夜はいつもより冷えるなぁ。でも水筒の中身は飲み干しちゃったし、あとちょっとだから我慢しなきゃ)
すぐ傍にある自販機は視界に入れないようにして、わらしは誰もいない東屋のベンチに座った。スマホを取り出し、適当に時間を潰す。待つこと自体意味がないのではないかと自分でも考えてしまうが、それでも約束を言い出したのは自分だ。いい加減なことはしたくない。 いつも通り、適当に30分待って来なかったら帰ろうと、明るい画面に視線を落として数分が経過したころ。今日は、いつもと違うことが起きた。
誰かが近付いてくる。歩きではない、その焦った足音に顔を上げれば、近くまでやって来た男とサングラス越しに目があった。青い髪に長身の体躯。真冬にも関わらず軽装で、見ているこっちが寒くなりそうな格好だ。急いだせいか、軽く息を乱している。 彼はわらしの姿を真正面から見据えると、やや戸惑った口調で話しかけた。
「やぁ、こんばんは、お嬢さん。…これを送って来たのは君かい?」
そう言って男が提示したのは、《スターダスト・ドラゴン》のカード。この世で1枚しかない、かつて不動遊星が所持したと言われる伝説のカードだ。 スターダストを見せられたことで、この男が自分の待ち人だと確信したわらしはスマホをしまって立ち上がった。
「…手紙を送ってから3カ月」 「すまない。世界中をあちこち飛び回っているから、私の手元に届くまで時間が掛かるんだ」 「謝る必要はないわ。あなたは私の想定より早く来てくれたし、デュエルチャンピオンが多忙なのは誰もが知っている。私が待てるうちに来てくれて良かった」
そこまで言うと、わらしは男――ジョニーの前を素通りし、広場から出て行く仕草を見せた。
「ついて来て。あなたに渡したいものがある」
わらしの後を黙ってついて行きながら、ジョニーはこれまでのことを振り返っていた。遊星とブルーノの夢にうなされた真夜中、何と無しに開けた封筒に入っていたのは、この少女から送られてきたスターダストのカードと、『日曜夜10時。ポッポ広場』と書かれた便箋だけだった。それが何の意味を持っているのかは分からなかったし、いたずらに応じるほどジョニーも暇ではない。だが同封されていたのがスターダストのカードならば別の話だ。
この一カ月、夢の中で何度も見て来た遊星のエースカード。世界で1枚しかないと言われるこのカードがジョニーの元に届いた。スターダストのカードが何故ジョニーの元へ、それもこのタイミングで届いたのか。 あの手紙が入った紙袋をアレックスから渡されたのはちょうど一カ月前のことだった。ジョニーがブルーノの夢を見始めた時期と重なる。ならばこれは単なる偶然ではなく、スターダストの導きによって、運命の輪が回り始めたのかもしれない。何にせよ、確かめる必要がある…。 そんな感情がジョニーの中に湧きあがり、気付いた時には飛行機に乗り込んでいた。ポッポ広場の正確な場所も分からずに、ただ夢の中のブルーノの記憶を頼ってかつてのネオ童実野シティを探し当てた。町の名前は変わっていたが、驚くことにポッポ広場は健在だった。ネットの写真で見たポッポ広場は、ブルーノの記憶の中のものとは大分様変わりしているようだったが、今でもそこが付近の住民にとって憩いの場所であることには変わりがないらしい。良い街だと感じた。 こうして何とか日曜の夜に目的の街に着いたジョニーは、ネットで落とした地図を参考に歩き始めた。時間はもうだいぶ暮れている上に、途中、道に迷って約束の時間に遅れてしまった。もう行っても意味がないだろうかと不安に思っていたが、件のポッポ広場に差し当たった時、そこにいた一人の少女に足を止めて見入ってしまった。
背中まで伸びたストロベリーブロンド。緩くウェーブが掛かり、睫毛まで同じ色だ。ファーの付いた耳当て、ダウンのコートを着てもなお寒いのか、彼女は細い体を縮こませている。唇の色はあまり良くない。スマホを持つ手も冷えていそうだ。そうまでして、誰かを待っているのだろうか。 スマホの明かりを受けて浮かび上がった少女の表情には感情がこもっていなかったが、不思議とどこか懐かしさを感じさせるものがあった。
本当に彼女が自分を呼び出した人物なのかも判断がつかぬまま、ジョニーは彼女に話しかけていた。そして彼女は肯定した。
(彼女は…私のことを知っているよな、当然だ)
プロのDホイーラーとして、デュエルチャンピオンとして絶好調の今のジョニーを知らない人はいない。世界中に名が知られている。 だが、ジョニーの方は彼女のことは封筒に書かれた名前以外、何も知らないのだ。彼女が一体何者で、何の意図を持ってあのカードをジョニーに送りつけてきたのか。そもそもカードの出どころは?年齢は?名字は…?
「…君は、」 「着いたわ。ここよ」
様々な質問を投げかけようとしたところでちょうど彼女は立ち止まり、古い倉庫のような建物を視線で促した。シャッターを開けて中に入れば、手前はガレージになっているらしく、埃をかぶった工具やキットにまじって隅の方にカバーが掛けられたDホイールがあった。とても手入れをしているようには見えない。 土足のまま入って行けば、奥にわずかな生活スペースがあるのが見えた。ここは彼女の住居なのか。
「ここで待ってて」
そう言って靴を脱ぎ奥に向かった彼女を見送って、ジョニーはガレージの中を見渡した。どこもかしこも埃だらけだ。かろうじて道具は揃っているようだが、もう何年も手付かずの様子に、Dホイーラーとして少しだけ心が痛む。しかしこれが彼女のものとは限らないし、彼女の私生活に口を挟むつもりはない。色々と聞いてみたいことはあるが、私生活を突っ込んで聞いてみて良いものかとも悩む。何より、相手はジョニーより大分若い女性だ。
どうでも良いことに頭を悩ませていると、少女が戻って来た。手には一通の封筒を持っている。無言で差し出され、「これは…?」とジョニーは反射的に受け取っていた。
「あなたに渡したかったもの」 「手紙を? わざわざ?」 「…どうしても直接渡さなければならなかったものだから」
そう答える少女はどこか歯切れが悪く感じる。不思議に思いながらも、ジョニーは封筒の口を開けた。糊付けされていない白い封筒の中に、もう一つ封筒が入っていた。中の封筒は大分古ぼけ変色していたが、状態は悪くなさそうだ。恐らく中の方を守るために新しい封筒を重ねていたのだろう。 外側の封筒から中身を丁寧に引っ張り出したジョニーは、そこに書かれた名前を見て、本日何度目かわからない驚愕に見舞われた。
“ブルーノ”
宛先には、そう書かれていた。
「ブルーノ…だと?」
慌てて裏を見れば、そこには手紙を書いたであろう人物の名前の代わりに、ただ一つ、“チーム・5D's”とあった。
チーム・5D's
それは、かつてブルーノが遊星たちと所属していたチームの名前だ。 遊星を始めとしてジャックやクロウ、アキ、龍可、龍亜……沢山の仲間たちに囲まれて過ごした、ブルーノとしての全ての時間が詰め込まれた象徴だ。大変だったけど幸せだったあの頃。仲間。絆。沢山のものを手に入れた。二度と手に入らない世界で、自分を受け入れてくれた人たちと紡いだものがそこにはあった。 そのブルーノとしての記憶が、手紙を手にした瞬間、ありとあらゆる感情がジョニーの中からあふれ出した。
「どうして…これが……こんなところに…。君は一体…?」
手紙から視線を上げたジョニーは、目の前に立つ少女を見据えた。彼女は少し躊躇うようにして、けれどとても穏やかな表情で答えた。
「私はわらし。……不動わらし」 「不動…わらし…? まさか…、」 「あなたの想像している通りよ。私はかつてあなたと一緒に世界を救ったチーム・5D'sのリーダー、不動遊星の子孫。もう、何代も後の子どもだけど」 「君が遊星の!?」
ジョニーは信じられないと言った様子でわらしの顔を凝視した。予想を遥かに上回る回答に頭が付いていかない。対して、予想通りの反応を引き出したわらしの方は少し笑っていた。
「そう。だから、今あなたに渡したその手紙は、正真正銘不動遊星からあなたへの手紙で間違いない。私は…、私たち不動家に生まれた者は、ずっとあなたのことを待っていたの。不動遊星が書いた手紙を、いつか遠い未来であなたに届けるために。ずっと、何代にも渡って待ち続けていた」 「そんな……遊星が…そんなことを…」 「私は、正直先祖と言っても不動遊星のことは全然知らない。ただ、これだけは絶対に果たさなければならない役目だって小さい頃から言い聞かせられてきたから…、探し続けていたの。だから、私の代であなたに届けられて良かった」 「そうだったのか…」 「本当はもう少し早く届けられたら良かったんだけど、私の知っているあなたの姿と名前が一致しなくて、遅くなっちゃったの。ごめんなさい」 「それは構わない…。私の方こそ、ありがとう。届けてくれて…」
そう言ってもう一度手紙に視線を落とす。“ブルーノ”そう書かれた字は確かに遊星のもので、そして、遊星らしい綺麗な字面にどこか悲しくもなる。これを書いた時、遊星は一体どんな気持ちだったのだろう。過去で出会った時、先にいなくなったのは自分の方だったのに、いざ未来に帰ってくればいなくなっていたのは遊星の方だ。最初から生きる時間が違った。 もう二度と交わることのない運命に胸を痛めながら今は過去になってしまった仲間たちに思いを馳せているいると、目の前のわらしがハッと息を飲んだ。どうしたのかと顔を上げれば、彼女は酷く狼狽えた様子だった。
「何か…?」 「何かは、あなたの方よ。えっと、その……これ使って」
わらしは先程までの落ち着いた口調ではなくなってしまったが、何とか取り出したハンカチをジョニーに渡した。そこで初めてジョニーは自分が涙を流していることに気付き、わらしが心を乱した理由を知った。 こんな少女に気を遣わせてしまうとは、情けないな…と思いながら、ありがたく拝借する。サングラスを取って温かな雨を拭っていると、わらしは余計に落ち着かない様子になった。
「このハンカチは洗って返すよ。またここに来ても…」 「い、いい! それはあなたにあげるから!」 「だが…」 「私の役目は終わったし、あなたは自分の日常に戻って! 遠いところわざわざ来てくれてありがとう!」 「え? ちょっ…」 「ごめんなさい、私明日も学校あるから……おやすみなさい!」 「わっ」
ハンカチを持ったまま何故か慌ただしく追い出され―― 目の前でシャッターが下ろされてしまったジョニーは、展開についていけずにその場にしばらく立ち尽くしてしまった。
「……何か、気に障ることでもしてしまっただろうか」
ぽそりと呟く。 あのくらいの女の子の思考は理解できない。だが、ジョニーを追い出した理由は恐らく悪いものではないだろう。最後に見えたわらしの表情がそれを物語っていた。
「…ふむ」
少女の対応に腑に落ちないことは確かだが、今は時間が遅い。大人しく引き下がるべきだと考えた。それに、一人で確認したいこともある。 ジョニーはわらしから受け取った手紙をしばし見つめると、大事そうにしまって歩き出した。時間はまだある。焦る必要はないのだと自分に言い聞かせて。
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