SUMMER VACATION!−17

鉄格子越しに目が合ったクレアだったが、彼女はすぐに視線を外し「…何の用?」と問い質した。その声色は冷たい。
一体いつからこの場所に閉じ込められているのかはわからないが、光も届かない最低限のものしかない地下の牢屋に監禁されて、味方は一人もいない。彼女は心を閉ざしていた。
「お祖父様に言われて来たんでしょう? もうどうでもいいわ…殺すんなら早く殺せば……」そう呟き、目を伏せてしまった。そんなクレアに向かって、わらしが鉄格子を掴みながら「ダメだよ!」と叫んだ。

「私たちはウィリアムに呼ばれて来たんじゃない…クレアちゃんを助けたいの!」
「……そんな嘘、私には通用しないわ。そう言って、取り入ろうとしても無駄よ。私にはもう利用価値がないもの…」
「クレアちゃん…!」
「……これを見ても同じことが言えるか?」
「?」

遊作が取り出したのは、オスカーから預かったオルゴールだ。ネジを巻き、優しい音色のメロディーが流れる。その曲を聴いたクレアがはっと振り向き二人を見た。

「この音…どうしてそのオルゴールを?」

改めて目を合わせる。遊作は音の鳴りやんだオルゴールをクレアに渡した。

「…弟が渡したの? 誰なの? あなたたちは一体…」

オルゴールを受け取り、クレアは戸惑っていた。そんな彼女に追い打ちをかけるように、遊作はさらに青い石のかけらをクレアに見せた。霊媒師の男から預かった青い石。本来ならばクレアが持っていたはずのものだ。

「!!!」

驚いて開いた口を手で覆う。それを確認して、クレアは静かに言葉を発した。

「青い石の……あの列車の…。やっと、やっと会えた…」

感極まって泣きそうな様子である。わらしが「私たちのこと、覚えてる? あの列車で会ったんだよ」と問うと、クレアは唇を横に結んで頷いた。

「覚えてるわ…。あの時、色々なことがいっぺんに起きて……その中にあなたたちもいたわね」
「うん。私たちはちょっとしかクレアちゃんと話すことができなかったけど、あの後クレアちゃんがどうなったかずっと気になってたんだよ」
「そうだったの…。私はあれから色々あったけど、その結末がこれね。お祖父様に監禁されて、自由に外に出ることもできない。時々オスカーが…、弟がお祖父様の目を盗んで会いに来てくれるけど、危険だから本当は止めさせたいの」

そう言って寂しそうにオルゴールを撫でる。歳の離れた弟がクレアにとって唯一の心の拠り所なのだろう。ウィリアムの元で随分と修羅場をくぐってきたらしいクレアは、まだ若いのに大人びた様子だった。

「それと、クレアちゃんはよして。そんな風に呼ばれる年齢は過ぎたわ。…どういう訳かあの時と見た目が変わらないあなたたちにとっては、私はいつまでも子どもの“クレアちゃん”かもしれないけど」
「あ、ごめんなさい」

クレアは首を横に振って微笑んだ。それから彼女は二人の様子を見て尋ねる。

「あの人はどうしたの? 私に石をくれたあの人は……」
「ヘンリーは……今はいない」
「そうなの。…いいわ、あなたたちを信じます。弟が簡単にこれを渡すわけないもの」

そう言って、クレアは気まずそうに俯いた。何やら伝えにくいことがあるようで、最初の一言を告げるのにやや躊躇った。

「…私はあなたたちに謝らなくちゃいけない」
「謝る? 何を?」
「……、あの石のかけらはお祖父様に…」
「!」

クレアは顔を上げて二人を見据える。

「…色々と調べたわ。あの二つの石のこと。赤い石の力を消すためにあのかけらが必要、そうなんでしょう?」
「! 赤い石の力を消す…」
「そんなことができるのか? まさか、二つの石を重ねてはいけないというのは…」
「なんだ、そこまではわかってなかったの? ……でも必ず必要になるわ。あの赤い石を追っている限り」
「あぁ。その話が本当なら、確かに必要だ。この不完全な青い石ではウィリアムの赤い石に対抗できない」
「えぇ。…約束する。あのかけらは必ず取り戻すわ。私の命に代えても」

クレアは力強く頷いて、二人に約束をした。


「…あまり長くいると危険だわ。誰か来るかもしれない」

時間が経っているのを気にして、クレアが言った。そして自分の耳に付けていたイヤリングの片方を外すと、それを遊作に渡す。

「もし機会があったらこれを弟に渡して。私は大丈夫だからって」

金色の綺麗なイヤリングだ。今付けているネックレスとお揃いのデザインで、上品な雰囲気がクレアに合っている。
遊作は頷くと、クレアも笑った。

「二人に会いに行くわ。絶対に…」

その言葉を最後に、二人はクレアの前から姿を消した。



船の中。戻ってきた無線室には、オスカーが二人の帰りを待ち望んでいた。彼は緊張気味の声で『姉さんに会えたの?』と尋ねた。

「あぁ。これをお前に……クレアからだ」

たった今預かったばかりのイヤリングを渡すと、オスカーはそれを受け取って呟いた。

『姉さん…』
「お姉さんは、自分は大丈夫だから心配しないでって…」

クレアのイヤリングをきゅっと握り締める。色々と思うところがあるのだろう。安心したような、期待を込めたような声で二人の顔を見上げた。

『姉さんは君たちと会った……これで、これでやっと運命は変わるんだ……』

そしてそのまま、彼の影は泡となって消えた。足元に、森炎のプレートを残して。





「優しい、お姉ちゃん思いの男の子だったんだね…」

オスカーのいなくなった無線室で、わらしはぽつりと漏らした。

「それだけじゃない。エリナの件や、本の件もある。俺たちも随分と助けられた」
「うん。あの子もきっと、色々なものを見てきたんだね。まだ幼さが残る年齢だったけど……本当に、色々なものを…」

赤い石を持つ人間の傍にいると、それだけで運命が歪まされる。本人の意思に関係なく強制的に。そしてそれは決して本人が望んだような結果をもたらさない。
願わくば、彼らの魂が安らかに召されるよう祈るだけだ。

森炎のプレートを拾った遊作は、天魚のプレートと共に鞄の中にしまった。それと同時に、わらしはふと思いついた疑問を口にした。

「クレアちゃ…、クレアは、青い石のかけらを取り戻すって約束してくれたよね。でも、そのかけらは今遊作くんが持ってる…、これってどういうこと?」

顔を見合わせて考える。遊作が青い石を取り出すと、黄金の枠に嵌め込まれたそれは確かに半分しかない。もう半分は一体どこに。この石はクレアの手元にあったものではなかったのか。
遊作は「わからない」と言って首を振り、ひとまず無線室を出ることを提案した。

「その問題はまた後だ…、とりあえず機関士室に戻ろう」
「うん…」


機関士室に戻ると、それまで無線室を気にしてイライラした様子だった機関士が、平静を取り戻していた。

『やっと無線室が静かになった……これで休める……』

その言葉を残して泡となる。彼は最後までベッドの上から動かなかった。

「…まぁ、寝不足はお肌の大敵って言うし」
「そういう意味ではないと思うぞ」

わらしの言葉につっこみつつ、遊作は機関士室から連れ出した。機関士室前通路から先程通った左舷連絡用通路に出て、乗客専用フロアに出る。大食堂前通路から大食堂に入り、さらにその奥にある扉を開いて調理室に向かった。
調理室には航海士の男の影が、最初にやって来た時と同じように運搬用エレベーターの横で佇んでいる。階下にいた船員たちは全員成仏させた。その報告をしにやって来たのだ。
二人がそのことを伝える前に、何かを感じ取ったのか彼はひとりでに呟き始めた。

『あいつら…やっと行ってくれたか……』
「はい。みんな、ちゃんと成仏してくれました」
「残ってるのはあんただけだ」

『ありがとう…これで俺も……』

航海士は二人に向かって敬礼をする。そしてそのまま静かに消えていく。最後まで自分の職を全うした男だった。

男が足元に落とした水葉のプレートを拾い上げ、わらしが若干声を弾ませた。

「プレート…! これで全部集まったね!」
「あぁ。……長かったな」

鞄の中で三枚のプレートがガチャガチャと音を鳴らす。最初の一枚は既に階段通路の扉横に嵌めてある為、この三枚を持って行けばいい。
二人が大食堂に戻ると、そこにいたはずのアーサーとヒルダの姿がなかった。球体もないので成仏した様子もない。彼らは一体どこに行ってしまったのだろうか。
顔を見合わせる遊作とわらしだったが、ひとまずプレートを嵌めてしまおうと階段通路へと向かう。扉を開けると、奥へと通じる扉の横にアーサーとヒルダはいた。遊作とわらしがプレートを揃えたと悟って、先回りしていたようだ。
近付くと、彼らは勝手に喋り出した。

『すべてが揃った』
『さぁ、そのプレートをそこに…』

言われるがままに二人はプレートをそれぞれの位置に嵌めていく。天魚、森炎、水葉…。
全てのプレートが嵌ると、扉の奥でカチっという音が聞こえた。アーサーとヒルダが頷き、二人を見据える。

『私たちは先に行くとしよう…』
『どうか、あの石を封じてちょうだい…』

夫妻の魂は、そこで成仏していった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


扉の先は家族部屋前通路である。アーサーとヒルダの魂を回収した二人は、両開きの扉を開けて中を確認する。すぐ横には照明のスイッチがあったが、何度触れようとも動かない。通路の中は薄暗いままだった。

「これ、あの幽霊が出るって言ってるようなものじゃ…、なんで明かりが付かないの…」

わらしは天井にある二つのシャンデリアを見上げて恨めしそうに呟く。
家族部屋前通路は広いが長さはない。ここから左右にそれぞれ二つずつ部屋があり、奥がオーナー室だ。恐らくそこにウィリアムがいる。
薄暗い通路にいつまでも居続ける訳にもいかず、二人はまず手前の部屋を調べることにした。が、一番そばにあった部屋は鍵が掛かっているのか、扉が開くことはなかった。

「入れないな…、他に行こう」

手前のもう一つの部屋へ。扉の上には二人が集めたプレートと同じ模様が描かれていた。これは森炎のプレートだ。
ドアノブに手を掛ければすんなりと開く。照明のスイッチを入れた二人は、部屋の中の様子を目にして息を飲んだ。

等身大の木々がびっしりと描き込まれた壁紙。切り株のテーブル。大木の形をした暖炉。そして四隅の枝に止まるふくろうの形を模したライト…。
まるで森の一部が切り取られたような部屋は、静けさが溢れかえるはずなのにどこか鬱陶しい。隙間なくデザインが施されているせいなのか。少なくとも明るさは感じられない。ご丁寧に、床までもが落ち葉模様の絨毯に埋め尽くされていた。

「なんか…、すごい部屋だね…」
「森炎のプレートだから、森なのか?」

軽く戸惑っている遊作とわらしの前に女性の影がある。彼女は切り株のテーブルとセットの椅子に座って、二人が部屋に入ってきたのに気付くと顔を上げた。

『あぁ…。来ましたね…』

上品な仕草の女性だ。

「あなたは?」
『私はエミリア。アーサーの妹です』
「じゃぁあなたもウィリアムの…、」
『クレアを探してるんでしょう?』
「!」

エミリアの問いかけにわらしは力強く頷いた。遊作も続けて目線で答える。
エミリアは安堵したような、納得したような声を漏らした。

『そう、あの子……あなたたちを待ってたのね…』
「クレアはどこにいる?」
『クレアの部屋は向かい…ただ、入り方は父しか知らない…』
「向かい…、あの鍵が掛かっていた部屋か」
『えぇ』
「何とかして入る方法はないんですか?」

わらしが尋ねると、エミリアはしばし考えて言った。

『ジャックなら、もしかして……』

懐から一枚の写真を取り出し、二人に渡す。そこには姉と弟らしき二人の子供が写っている。随分と古びた写真だ。

『これをあげます…ジャックの部屋に行ってみなさい』
「…わかった」

遊作は答えると写真をポケットの中にしまう。その様子を黙って見守っていると、わらしが「あなたは成仏しないんですか?」と尋ねた。

『…父が解き放たれるその時まで、私はここにいます。私は、何一つ止められなかった、その償いですから…』
「……そうか」

その答えを聞いて二人はエミリアの前から移動した。彼女もまた、赤い石の犠牲者である。

エミリアのいる部屋からバスルーム、寝室と調べて行ったが目ぼしい物は何も見つからなかった。メインの部屋だけでなくこちらの二部屋もしっかり森をイメージしたデザインになっているので、余程こだわって作った部屋なのだろう。風呂はヒノキ仕様で、寝室のツインベッドは丸太で囲ってできていた。素晴らしい出来ではあるが、こちらも妙に落ち着かない。

「んん、特に何もないよね」
「…次に行ってみよう」

森の部屋を出て、隣の部屋に向かった。扉の上には水葉のプレートが描かれている。
中に入れば今度は深い青が飛び込んできて、海の中にいるような錯覚を受けた。壁紙全体が青く塗られ、下の方は海底を表している。泳いでいる魚などは描かれていないが、角の一つに口を大きく開けたウツボがいた。
部屋の扉は潜水艦のような船を意識したデザインで金属製。ライトは口の開いた二枚貝に巨大な真珠が嵌め込まれている仕様で、こればっかりは可愛らしいとわらしは思ったのだった。

中央に、サンゴ色をしたテーブルがある。その上に小さな金属片があるのを見付けて、遊作は首を傾げた。

「これは…?」

分からないまま、とりあえずポケットの中へ。
他に、貝殻を模したデザインのソファにもおかしいところはなく、二人の視線は壁に掛けてある二枚の肖像画に向いた。男性と女性の顔が描かれており、それぞれ下にアーサーとヒルダの名前があった。

「アーサーさんとヒルダさん…、こんな顔をしてたんだね」

肖像画に手を添えて呟くわらしに続き、遊作も近くで見る。二人には影の状態でしか会ったことがなかったので、実際の顔を見るのはこれが初めてである。二人とも穏やかな表情をしている。

「…ということは、ここは二人の部屋なのか」
「あ、えぇと…、そういうことになるのかな。たぶん」

はっきりしない態度で同意した後、わらしは顎に手を当てて考えた。

「…あのね、ちょっと思ったんだけど、もしかしてこの二人って……クレアのご両親? さっきのエミリアさんには旦那さんがいなかったし…」
「そうかもしれないな。他に兄妹がいなければそういうことになるだろう」
「じゃぁ、オスカーのご両親でもあるんだ…、みんなこの船で死んじゃったみたいだけど…。ねぇ、そういえば、あのお爺さんは生きてるの?」
「……何?」
「ん、だってね。この船って一回沈没しちゃったんでしょ? それで結果的にみんな死んじゃって…、アーサーさんとか、一部の人はその前にウィリアムに殺されちゃったけど。ウィリアムが影になってたとして、未練って何? 影になったウィリアムがあの赤い石を持ってるってこと?」
「それは…」

わらしの疑問に遊作も改めて考えた。ウィリアムについては度々話題に出てくるが、今のところ人づてに聞くだけで実体に会ったことはない。列車の中や墓場で見たのは過去の姿だ。

「……、そう言われてみれば変だな。死んだ人間に運命を操る赤い石が必要か? まさか……ウィリアムはまだ、生きてる?」
「!」

遊作が導き出した推論にわらしは目を見開いて驚きを露わにした。ウィリアムは生きている。どういうことだろうか。

「ま、待って。この船は一度沈没して、その後呪いを受けて海の上を彷徨ってるんだよね? それならどうしてウィリアムだけが生きてるの?」
「そこまではわからない。が、考えられるとしたらやはりあの赤い石だな…あの石がウィリアムに特別な力を与えている」
「23年間もずっと?」
「……、そもそもここがいつの時代なのか判別がつかない。俺たちはヘンリーの部屋にあった絵に吸い込まれてこの船にやって来たんだ。乗客・船員ともに既に皆死んでいるとはいえ、本当にここが事故から23年経っているかどうかは怪しい」
「あ……、あの家にいた時間から考えると、ここもまた過去かもしれないってこと?」
「そういうことだ」

遊作が締めくくると、わらしもなるほどと頷いた。

「それならエミリアさんの言葉も納得できるけど…」

“父が解き放たれるまで”とは、ウィリアムの死を見届けるということだろうか。影となった死者ばかりの船で、赤い石を手にしたウィリアムだけが生き残っている。だからこそヘンリーも追って来たのではないだろうか。

「…いずれにしろ、対決は避けられないな」

難しい顔をして呟いた遊作の声は、海の部屋の中にやけに大きく響いた。


その後二人は他の部屋も見て回った。寝室はツインベッドルームで、壁紙はやはり青。真珠色に光沢のあるシーツが輝かしく光っている他、特に目ぼしいものはない。バスルームも同様に何もなかった。
海の部屋を出て、向かいの部屋に入る。扉の上の模様は火鳥だ。中は今までの森や海といった自然を表すデザインから一転して、都会を思い起こさせる仕様になっていた。レンガ調の壁紙が一面に貼ってある。壁に備え付けられた、やはりレンガ調の棚の前で男の影が立っていた。
男が二人を見て言った。

『あんたたちが…そうなのか? 青い石を持つ男…』

遊作は男に青い石が嵌った黄金の枠を見せた。すると男は溜息を吐くようにして語り出した。

『赤い石……あれがなけりゃ、ウチはお終いだった…。だから俺は親父がやることに手を貸してきた』
「……、金鉱や、クレアのことも?」
『あぁ。いつから親父があぁなっちまったのか……もう、忘れたがな…』

その口調はどこか寂し気だ。俯いて呟いた。

『なぜ……俺はここにいる…? 思い残すことなんか何もないはずだ……』

そう言って黙ってしまった男に、わらしが話しかけた。

「あの、あなた……ジャックさん…で合ってますか?」
『あぁ』
「エミリアから預かってたものがある」
『姉さんから…?』

遊作がポケットから写真を取り出すと、それをジャックに渡した。ジャックは受け取った写真をしばし見つめると、過去を懐かしむような声で感想を漏らした。

『俺と姉さん…こんな写真……』

『…………………』

『こんな頃もあったっけな……フフ……』

慈しむような、自嘲するような声色で写真を見つめる。幸せが詰まった頃の思い出だ。恐らくウィリアムがまだ赤い石を手にする前、平和に暮らしていた頃の。けれど一度進んでしまった時計の針は戻らない。もう、無邪気だった幼き日には戻れないのだ。

写真から目を離すと、ジャックの影は言った。

『隣は“空の部屋”だ。廊下の大時計を鳥に合わせてみな…』

それだけ告げて、彼は泡となった。




ジャックのいた部屋を出た遊作とわらしは、奥にあるオーナー室の前で考え込んでいた。オーナー室の扉の上には様々なイラストが描かれた円盤が掲げてある。下半分は黄金のプレートで隠されているが、上半分は円周に沿って描かれたイラストが見えた。それぞれのイラストは小さな円で囲まれており、円盤のちょうど真ん中にあたる部分のプレートから、針が鉛直上向きに出ていた。今は宝箱のイラストを指している。

「これ、時計だったんだね」

一見して時計には見えない形態の装置を見上げ、わらしは呟いた。様々なイラストが数字の代わりだったのだ。

「でも、これってどうやって時間合わせるの? 台かなんかないと届かないよ」
「いや、恐らくこれが時計の制御盤だろう。特殊な時計だから単なる壁掛け時計ではないはずだ」

扉の横にある四角い箱の蓋を開けようとする。しかし鍵が掛かっているのか、蓋はびくともしなかった。
側面を見れば、何やら差し込める隙間がある。その形状を見た遊作がもしかして、と取り出したのは海の部屋で手に入れた金属片である。一辺がギザギザに尖っている。それを箱の隙間に差し入れればちょうど金属片と同じサイズで、奥まで差し込んだ時にカチリと音が鳴った。蓋が開く。
中には壁に掛かっているのと同じ模様の円盤のミニチュアが入っていた。ダイヤルを回し、鳥のイラストに針を合わせる。少し離れたところで再びカチッという音が聞こえた。

「今の……あっちの方だよね」
「恐らく、あの部屋の鍵が開いたんだ」

良かった、と呟きながらわらしはオーナー室の扉に触れた。その途端、それまで静かだった通路に突如王の亡霊が現れた。

『グォォ…』
「! うそっ!」
「走れ!」

遊作はわらしの手を引っ張ってすぐ近くの海の部屋に飛び込んだ。ここは明るい。通常であればこの部屋までは入ってこられないはずだ。
わらしは瞬きを何度も繰り返しながら、はやる鼓動を抑えて息を吐いた。

「あ、あそこで出るの? さっきまで何度も行き来してたのに…」
「……、わらし。今、あの扉に触れなかったか?」
「え? あ、うん。ちょっとだけ触っちゃったけど…」
「もしかしたらそのせいかもな」
「え、私が扉に触っちゃったから、あの幽霊が出て来たってこと?」
「それまでは何もなかっただろう」
「えぇ…まさかそんな…」

自分のミスのせいで亡霊が出てきたのだと知って、わらしは肩を落として項垂れた。苦手な幽霊を自ら呼び寄せるはめになるとは。

「つまり、あの扉を開けようとするとあいつが出てくるのか」
「ごめん、私のせいで…」
「謝らなくていい。どのみちあいつを何とかしないとあの扉は開かないということがわかったんだ。わらしが触らなければ、俺が開けようとしたかもしれない」
「遊作くん…」
「とにかく、奥の部屋の前にクレアの部屋を何とかしよう」

二人は再び通路に出ると、足早に空の部屋に向かった。

空の部屋の扉の上には天魚の模様が描かれている。ここが最後の部屋だ。先程は鍵が掛かって開かなかった扉だが、今再び手を掛ければ抵抗なく開いた。
中を覗き込むと、壁には一面青空が描かれており、下の方は白い雲が。床も一面白い。いつぞや見た子供部屋のように、天井からは飛行機や飛行船の模型がぶら下がり、これがライトとなっているようだった。
部屋の四隅には白い柱が立っている。天空に浮かぶ宮殿でもイメージしているのだろうか。

「《天空の聖域》…」
「え?」
「いや、そんな感じがしたなと思っただけだ」
「あぁ、そうかもしれないね。代行者の方々が沢山出てきそう…」
「…面識あるのか?」
「んー…実は天使族の、特に光属性の精霊たちって何か神々しくって、実はそんなに会ったことないんだよね。一目見るのも恐れ多い感じがして。それに、ドラゴン族と相性の良い天使族の精霊ってそんなにいないから…」

普段ラーイと一緒にいることが多いわらしである。必然的に、ドラゴン族の精霊とばかり繋がることになった。本人としてはドラゴン族が好きなので問題はないのだが。ドラゴン族に次いでは、真竜族や魔法使い族との関りが多い。

「そんなものなのか」

遊作はわらしの話に感想を漏らした。

青い壁紙の上には幾つかの写真が飾られていた。どれも家族写真のようである。それとは別に、扉のすぐ横に一枚だけ大きな絵が飾られていた。どこかの寝室を描いているように見える。
順を追って家族写真を見ていけば、みな優しい表情で微笑んでいた。最初は赤子を抱いた両親の写真、次が成長した二人の子供と共に写った写真。男の子の方はわからなかったが、女の子はクレアである。列車の中で会った時より成長し、聖堂の地下で会った時よりはまだ幼さが残る。これはクレアの家族写真だった。

「クレア、笑ってる…良かった。ちゃんとこういう時もあったんだね」

幼き頃も大人になった時も、わらしが会ったクレアは決して幸せではなかった。ウィリアムに利用され、どす黒い運命に翻弄されていた。
その時のことを思い出し、わらしは「なんであんなことに…」と呟いた。

「どうにかして、クレアのこと助けてあげたいね…」
「あぁ」

遊作はわらしの肩を抱いて同意した。

次の写真に写っていたクレアは先程よりは少し若い。弟のオスカーの姿はまだなく、両親と共に笑っている。

そして最後の写真は、幼いクレアを肩車する父と共に写っていた。撮影者は母親だろうか。日常の一コマを切り取ったものだ。

「隅に何か書いてある…」
「“1898年 クレア 4歳”」

「……、列車で会う前だね。凄く、優しい顔をしている…」

これが本来のクレアの笑顔なのだろう。


クレアの人生を垣間見、感傷に浸りながら二人は部屋の中を探索した。バスルームに寝室。しかし何もない。
他に何かないのかと考えていると、やはり気になるのはあの絵だ。クレアの写真が並ぶ中で、これだけが異様だった。

「何かあるとすればこれだな…」
「これって…あの、古城に雰囲気似てないかな」
「俺もそう思った」
「やっぱり…」

描かれている寝室は、二人が以前飛ばされた古城の中のもののようである。石造りの壁も床もあの時と同じだ。中央にあるのが天蓋付きの立派なベッドであることから、王の寝室なのかもしれない。

「……、もう一度、あそこに行けということなのか?」

呟きながら遊作が絵に触れると、その通り、二人は再び古城の中に飛ばされた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


部屋の真ん中に巨大なベッドが鎮座している。シーツは上等なシルク。その正面には暖炉があり、扉は離れた場所に二枚。片方は鍵が掛かっており、もう片方は開いていた。
部屋の中を十分に検分した遊作とわらしは、互いに頷きあって未だ雨の音の鳴りやまないバルコニーへの扉を開けた。
目の前には、雨に打たれて絶命している王の姿があった。

「っ!!」

強く息を飲む。多少覚悟をしていたこととはいえ、無残に殺された人間を目にするのはつらかった。
ここはあの時、二人が王がアレン・ロックウェルによって殺害されたのを目撃した少し後で間違いないようだ。

「悲しい…、ね」

王に向かって祈りを捧げるわらしの傍らで、遊作が傍に落ちていた物を回収した。それを目にしたところで二人の姿はクレアの部屋に戻る。


「……それは?」

わらしが尋ねた。

「カメオみたいだな。女性が描かれている」
「綺麗な人…きっと、あの王様にとって大切な人だったんだね」

遊作の手元を覗きこみ、わらしが囁いた。
中世ヨーロッパ貴族のようにボリュームのあるドレスを着ている、美しい女性だ。気品にあふれた佇まいから王に近しい人物であることが窺える。

「これがあの王の横に落ちていたということは、これもまた、あの霊を成仏させる為に必要なものだってことだ」
「……うん」
「行こう。あいつを止める為に」


二人が暗い通路に出ると、奥の扉の前で王が待ち構えていた。二人が出てくるのを知っていたのだろうか。見えない力に引き寄せられる。二人に向かって杖を高く振りかぶった瞬間、遊作はカメオを王の亡霊の前に差し出して叫んだ。

「これが何なのか、良く見てみろ! お前が探していたものはこれじゃないのか!?」
『!』

途端、亡霊の動きが止まる。カメオを受け取り、大事そうに見つめる。その表情は既に亡霊のものから優しい父のものに変わっていた。

『ジャンヌ…私の…娘……』

王の霊はカメオを抱き締めると、静かに成仏していった。

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