※書いた人はビジネスクラスのシートに座ったこともスイートルームに泊まったこともありません。 ※タイミングがわからないのでチップ描写は丸々カット(そもそもチップが必要なのか…)
空調の効いた狭い空間の中で、柔らかなシートに体を預け、持ち込んだ雑誌を広げる。リゾート地の観光名所が紹介されている記事には、パワースポットから有名レストランなど様々な情報が満載で、見ているだけでも楽しい気分になれる。事前にある程度調べてはきているが、雑誌を広げるたびに新しい情報は尽きない。 小さな窓から外を覗き込めば、真っ青な空と、綿あめのごとし真っ白な雲がどこまでも広がっている。 わらしは始終機嫌の良さそうな様子で、隣に座る遊作に話しかけた。
「あ、ここのホラーハウスリニューアルしたんだって。行ってみたいな。遊作くんは怖いの平気?」 「それなりには…。わらしは?」 「んーとね、実は、すっごい苦手。でも、好きなんだよね」
遊作くんが一緒なら、大丈夫かも。と、浮かれながら答える。 二人は現在、海外の有名リゾート地に向かう飛行機の中にいた。シートはビジネスクラス。エコノミーよりは断然快適だが、ファーストクラスのように離れることもなく、隣同士仲良く座って会話に花を咲かせている。傍からは、若いカップルが旅行の計画を立てているように見える。普通の学生旅行とは、スケールこそちょっと違うが。 そもそも、デンシティ・ハイスクールに通う学生の二人が、何故夏休みに海外旅行をすることになったのか。 ことの始まりは、終業式を終えた日に遡る。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
終業式を終えた遊作とわらしは、Café Nagiに寄って草薙に会った後、わらしの家に直行した。昼食ついでに、夏休みデートの計画を立てようと思っていたのだ。 帰宅と同時に郵便物を確認したわらしは、しかし昼食の準備に取り掛かる前に、投函されていたA4サイズの封筒に首を傾げ、封を切る。差出人はエドだった。
「なんだろう、これ」 「どうかしたのか?」 「ん? いや、エドから郵便物が届いてたんだけど…なんかいつもより大きいから」
中をのぞき込めば、細長いチケット用封筒と、本が一冊入っている。 先に封筒の方を確認したわらしは、中の手紙とチケットを見て驚きの声を上げた。内容は、『夏に行われるプロリーグ主催のパーティーに、藤木遊作くんと参加して欲しい。ファーストクラスだとシートが離れるから、ビジネスクラスにしておいた』とのことである。
「遊作くん、これ…」
わらしがエドからの手紙を渡すと、遊作も目を丸くしていた。
「俺も…なのか?」 「そうみたい。遊作くん、エドに気に入られちゃったみたいだね」 「…、いいのか? 俺はプロリーグとは何の関係もないが」 「招待状があるから大丈夫だよ。私もエドに連れられて毎年参加してるんだけど…まさか今年まで呼ばれると思ってなかったから、びっくりした」
春に起こした騒動のせいで、てっきり今年はおとなしくしてろと言われるのでは、とわらしは考えていたのだが。
「場所は、ハートランドシティ……あぁ、ここ有名リゾート地だね」 「行ったことはあるのか?」 「ううん、ここは初めて。プロリーグって、各国に支部があるから。毎年開催国が変わるの」
わらしは説明しながら、さらに封筒の奥を調べる。取り出した本は、いつぞやエドが近々出版すると言っていたタイトルが掲げられおり、メッセージカードには『藤木遊作くんへ』と書かれている。ご丁寧にハードカバーの裏にはエド直筆のサインまでが入っていて。 これ、遊作くん要るのかなぁ…と思いながら遊作に渡せば、案の定困ったような、どうして良いのかわからない表情で固まっていた。
「………、お礼を言っておいてくれないか」 「うん。でも、パーティー当日には会うことになると思うから、その時自分でも伝えてね」 「あぁ…」
結局、特に抵抗もなく、遊作はわらしと共に某有名リゾート地に赴くことにした。 エドからの招待には驚いたが、二人でどこかに出かけようと話していたので、ちょうど良かったのかもしれない。真夏のリゾート地となれば、デンシティでは体験できないことが沢山できるだろう。それも泊まりとあれば、当然その後のことも期待できる訳で。 遊作はわらしの腰に手を回しながら、さりげなく距離を詰めた。
「遊作くん」 「…何だ?」 「それはもうちょっと後でね」 「…………」
大人しく昼食が出来上がるのを待つ遊作であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
快適な機内で、会話に花を咲かせながら数度の食事を楽しみ、途中で仮眠を取って時間を潰せば。長い長いフライトの末、二人はようやく目的地へと降り立った。
「やっと着いたー…太陽が眩しい」
ぐっと体を伸ばす。 軽い時差ボケだろうか。遊作はあくびを噛み殺していた。 太陽の眩しさに目を細めながら、タクシーでホテルへと向かう。
「想像以上に暑いな…」 「でも、湿度が低い分、過ごしやすいらしいよ」
車の中から街並みを眺める。すれ違う人たちはみな、思い思いに過ごしやすい服を着て、とても開放的に見えた。ビーチが近いせいか、水着姿で歩いている人もいる。
「とりあえず、ホテルに荷物置いて何か食べに行こ?」
わらしの提案に遊作も頷く。 着いて早々、遠出する気にもなれない。何より、今夜はプロリーグ主催のパーティーがあるのだ。遊ぶのは程々にしておかないと、その後の準備に差し支える。 ホテルのフロントにスーツケースを預けると、身軽になった二人はさっそく地元の歓楽街へと繰り出した。あえて近代的な建物は避け、南国らしい開放的な店内で地元の名物料理を楽しむ。その後は色々なショップを回り、見慣れない土産品を手にしては「どうやって使うのだろう」と首をかしげ、ここでしか着れない服を試着したり、近場の名所巡りをして過ごせば。時間はあっという間に過ぎて行った。
遊作とわらしはホテルに戻り、改めてチェックインを済ませて予約していた部屋に案内される。 部屋に入るなり、奥の窓からは巨大なパノラマが飛び込んできた。まさに圧巻。広さはもちろんだが、設置してある調度品からもかなりのグレードの高さが予想され、遊作は少しだけ気後れした。 こんな部屋に泊まるのは初めてである。さすがプロ。用意する部屋のレベルが普通じゃない。
「良い部屋だね。景色が素敵」
わらしも満足した様子で呟いた。
「遊作くん、この後どうする? 私は少し休むけど」 「そうだな…俺も休む」 「じゃ、寝室行こ? ここのベッド、キングサイズだって。広いから、今日は体伸ばして眠れるよ」
二人は時々互いの部屋に泊まり合っているが、ベッドは一人用かあるいは少し大きい程度なので、いつも身を寄せ合っていた。
「何なら、ベッドルームは他にもあるけど?」
わらしが敢えてそう聞けば、少し考えた遊作が意味を悟ってすぐに「…必要ないだろ」と答えたので、満足して手を繋ぐ。そのまま主寝室へと向かえば、想像以上に豪華な部屋が二人を迎え入れた。
「わ、本当に大きい。こっちの部屋の景色も素敵だね」 「そうだな…」 「…ねぇ遊作くん、さっきから何か上の空だけど。何か気になることでもある?」 「そうじゃない…。ただ、色々凄すぎて頭がついていかないだけだ。わらしは慣れているな」 「まぁ、エドと暮らしてた頃は当たり前だったし…。でもね、こんなに楽しいのは初めてだよ。遊作くんと一緒じゃなかったら、こんな気持ちにはならなかった。折角だもん、沢山思い出作ろう?」
わらしがそう言って微笑めば、遊作の気持ちもどこか吹っ切れた。 華奢な体を抱き上げて、ベッドへと沈める。上から覆い被されば、クスクス、という笑い声と共に嬉しそうに受け入れられる。
「急だね」 「…わらしが可愛いことを言うからだ」 「ふふ、嬉しいけど…この先は夜までお預けだよ? パーティーがあるの、忘れてないよね」 「……わかっている」
本当はこのまま食べてしまいたい遊作だったが。 わらしは首に絡ませた腕を引っ張って、キスをせがんだ。簡単に繋がる唇。繋がった体温は心地よかった。
「…きっと良いことがあるから、楽しみにしてて?」
耳元で色っぽく囁かれて、遊作は必死で理性を総動員した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夕方。仮眠の後部屋で夕食を済ませた二人は、パーティーに向けて各々準備を進める。 内輪とはいえ、それなりに規模も大きく正式なものなので、礼装で参加するつもりだ。何より、このパーティーには多くのマスコミが詰め寄せている。下手な格好では出られない。 プロの一部はそれでも普段と同じ格好でいるが、わらしは昔からエドに倣ってドレス着用だ。となると、当然遊作もそれに合わせた格好をしなければならない訳で。窮屈そうなタキシードに身を包んだ遊作を見て、わらしは恥ずかしがって顔を手で覆い隠した。
「遊作くん、格好良すぎ…」 「変じゃないか? これで本当に大丈夫か?」 「大丈夫大丈夫、どこからどう見ても格好良いよ」 「…それならちゃんとこっちを見て言ってくれ」
遊作がそう言うと、わらしはおずおずと隠していた顔を現した。その姿は今までにない程綺麗に着飾っていて、髪の先から足許に至るまで全てが洗練された淑女そのものだ。 惚れた弱みというフィルターを外して見ても輝いている。控えめに言って美しい。
「……綺麗だ」
何と言って誉めれば良いのかわからず、口から出た言葉はそれだけだったが、それでもわらしは嬉しそうに微笑み、遊作の手をとる。
「ありがとう。遊作くんに言われるのが一番嬉しい」 「…この色はもしかして」 「うん。遊作くんの目と同じ色だよ。今日の為に特注したの」
わらしのドレスは遊作の瞳と同じ、エメラルドグリーンだった。遊作の目については、二人の間で今までに何度か話題に出ている。その度に思い違いという結論に至ったが、わらしの中では相当印象に残っていたらしい。わざわざオーダーメイドしたというのだ。 イブニングドレスは大胆に肩が露出しているが、決して下品な印象を与えることはなく、わらしの美しさを引き立たせている。アクセサリーは敢えてシンプルなものにして、ドレス本来の魅力を押し上げた。 わらしの心遣いとその姿に感動した遊作は、今度こそ言葉もなくその身を抱き寄せた。すぐにでも奪ってしまいたい。 キスを落とそうとしたところで、わらしに止められる。
「口紅落ちちゃうから…」 「…まるで拷問だな」
少なくともあと二時間は手を出せないなんて。 仕方ないとばかりに諦め、横に立つ。パーティー会場までエスコートする為だ。 部屋を出ると、エレベータに乗って最上階にある特設会場へと向かう。 改めて口数が減った遊作に、わらしが話し掛ける。
「緊張してる?」 「…少しだけ。ネットでしか見たことのない人間に会うのは…」 「でも、遊作くんだって、ブルーエンジェルとかGO鬼塚みたいな有名人と知り合いなんでしょ? 変わらないよ」 「いや、あいつらは…」
言いかけたところでちょうどエレベータが止まり、扉が開く。その先には会場の外だというのに既に沢山の人がいて、中の活気が伝わってくる。当然、その中にはカメラを携えたプレス関係者も多い。 わらしが緊張気味の遊作とともにその中を突っ切っていると、突然パシャリとシャッターが切られた。驚いた遊作が振り向くと、気の良さそうな青年が二人の姿をカメラに収めていた。 やぁ、と軽く手を振られたのに反応したのはわらしだった。
「速見さん、お久し振りです」 「久しぶりだね、わらしちゃん。珍しい姿があったから、思わずシャッター切っちゃったよ」 「それは構わないんですけど…彼、一般人なんです。あまり大袈裟に書かないで下さいね?」 「そうなの? 残念だけど仕方ないなぁ…後で遠目から撮り直すから、それだったら使っても良い?」 「それならまぁ…」 「良かった」
速見と呼ばれたカメラマンは、穏やかな笑顔を浮かべている。
「あ、僕は速見秀太。駆け出しのカメラマンをやっているよ。よろしくね」
遊作に一言挨拶を述べ、エドにもよろしくと言って去って行った。あまりに簡潔な会話だったので、遊作は拍子抜けした。
「随分と簡単に引き下がったな」 「下手なことするとエドが黙ってないからね。あの人たちも弁えてるの。そこらへんが上流階級の付き合いっていうか…まぁ私自身は全く違うんだけど」
わらしにとってはエドと一緒にいるとついてくるおまけ、くらいの認識でしかない。
「嫌だったら嫌って言っていいから。みんな、エドを無視してまで何かできる訳じゃないの」 「…わかった」
わらしの説明に納得して、遊作は頷いた。 その後会場入りした二人は、わらしの知り合いらしき人に話しかけられながらエドの姿を探す。わらしを昔から知っている人間は皆新しいパートナーに興味を惹かれ、あれこれと詮索してくる。特に良く面倒を見てくれた人は尚更。 わらしはそれらを上手くかわしながら、最低限の情報だけを公開して遊作のことを庇った。元々口数の少ない遊作のことである。初対面の人間に興味本意に詰め寄られて良い気はしない。 そんな折、良く見知った声が背後から掛けられて。
「そのへんにしといてやってくれ。わらしもまだ恋人を失いたくはないはずだからな」 「エド!」
助けに入ってくれたのは、紛れもなくエド本人だった。探していた人物がようやく見つかり、わらしも遊作も安堵する。
「良かった。探してたの」 「さっきついたばかりなんだ。とはいっても、そんなにゆっくりもしていられないが。日付が変わる前に移動しなければならない」 「相変わらず忙しいんだから」 「お陰さまでね。まぁ一目会えて良かった。…マイク、それ以上遊作くんに構うのはやめろ。困ってるじゃないか」
エドは遊作に詰め寄っている知り合いの男を注意した。
「なんだ、エドも公認か。悪かったよ、もうそんな言い寄らないさ」 「そうしてくれ。悪いな、遊作くん。この男は自分の番組の視聴率しか頭にない。相手にしなくて良い」 「…いえ、大丈夫です」
遊作が返答する傍らで、マイクが「おいおい、そこまで言うかぁ?」と頭をかいていたが、すぐに新しいターゲットを見付けて去って行った。切り替えの早い男である。
「久しぶりだな。良く来てくれた」
エドが改めて挨拶すると、遊作も頷いた。
「招待して下さって、ありがとうございます。…俺がここにいるのは、場違いな気がしますが…」 「そんなことはない。ここには色んな人間がいるが…共通点は、みなデュエルが好きだということだ。言い換えれば、デュエルにしか興味がない連中も多い。君もデュエルをするんだろう? きっと良い刺激になるはずだ。日常を忘れて是非楽しんでくれ」 「はい…」
気さくなエドの言葉に励まされて、先程までの緊張が嘘のように和らいだ。 それから、わらしを通じて贈ってもらった著書を思い出し改めて礼を言う。
「本も、ありがとうございました」 「あぁ、読んでくれたかい?」 「はい」 「そうか。…あれは僕としては近年稀にみる傑作だと思うんだけどね。一部では評判が悪くて…買い占めをする奴がいて困ってるんだ。まぁそのお陰で、重版がかかってるんだけど」
全く、良い大人がよくも子供じみた真似をするもんだ。 エドはどこか遠い目をしながら、呆れた声でそう言った。
その後も三人で会話を続けていると、突如会場が暗くなった。と同時に、壇上にはスポットライトを浴びたプロリーグの代表が現れ、陽気な挨拶とともにパーティーの開始が告げられる。グリーンのスーツに身を包み、落ち着いた雰囲気ながらもエンターテイナー顔負けの口上で来場客を喜ばせ、パフォーマンスをしてみせる。 最後に「ハート・バーニング!」の掛け声に合わせて拍手が起こると、会場は再び活気を取り戻した。 照明が元に戻る。
「…今日は割と普通だったね。あの人」
わらしがぽつりと呟いた。
「TPOを弁えているんだろう」 「私、いつものもっと派手なパフォーマンスの方が好きだったんだけどな…」
エドとわらしの会話に、遊作が問いかけた。
「何か違うのか?」 「ん? うーん…ちょっとね。遊作くんもそのうちわかるよ」 「?」
遊作が首をかしげていると、どこからかエドの美人秘書と名高いエメラルダが現れた。エメラルダはわらしと遊作への挨拶もそこそに、エドに耳打ちする。
「エド。千里眼グループの会長があちらに…」 「わかった。…すまないが、僕はここで失礼するよ。わらし、あまりハメを外しすぎるなよ」 「はいはい。じゃぁ、またね」 「遊作くんも、また会おう」 「はい」
それだけ会話を交わすと、エドはエメラルダを連れてさっさと行ってしまった。その背中を見送って、遊作が呟いた。
「本当に忙しいんだな…」 「エドのこと? …そうだね、いつもあんな感じかな」 「わらしは子供の頃からこうしたパーティーに参加しているんだろう? つまらなくはなかったのか?」 「それがね、全然。なんて言ったって、毎回セレブのお姉様方が相手をしてくれたから…」
「あら、あれわらしじゃない?」 「ホント! 今日のパーティーに参加してたのね!」 「隣にいるのは例の恋人じゃない?」 「えっ連れて来てるの? 早速チェックしなくちゃ…やだ、良い男じゃない!」 「これはもう根掘り葉掘り聞くしかないわね! 色々と!」 「わらしー!」
「……こんな風にね」 「…良くわかった」
突然かしましい声が聞こえてきたと思ったら、二人はあっという間に囲まれてしまった。 わらしよりも露出の激しいドレスを着込み、派手なアクセサリーをふんだんにあしらった姿は、まさにセレブと呼ぶに相応しく、キラキラと輝いている。久し振りに会った妹分に詰め寄り、みな興奮した様子で話し掛けてきた。
「久し振りねぇ、元気にしてた?」 「彼が例の恋人なんでしょ? 紹介してくれる?」 「エドとはもう会ったの?」 「今日のドレスとっても素敵ね!」
四方からの質問攻めにあいながらも、わらしはいつもと変わらぬ様子で対応した。遊作のことを紹介し、近況を報告してこれからの予定を話せば、後はいつもと同様に女子のお喋りが始まった。久し振りに会う‘姉’との会話に、わらしもことのほか楽しそうである。 口数が少なく、セレブの美女に圧倒された遊作は、すっかり蚊帳の外で、二、三歩引いたところからその様子を窺っている。沢山の‘姉’と話すわらしの表情は柔らかく、気を許しているのがわかった。積もる話もあるのだろう。 呼ばれるまで待機していようと近くに控えていた遊作だったが、意外にも一人でいる時間は短かった。 立派な夜会服に身を包んだ男が寄ってきて遊作に話しかける。遊作はその顔を見たことがあった。エドと同じくプロデュエリストとして名を馳せている、万丈目グループの三男坊。万丈目準(26)である。
「いつの時代も女性というのは話が尽きないな。そう思わないか?」 「…否定はしません」 「何故あれだけずっと喋り続けていられるのか、俺には理解できん。まぁ理解したところで特にメリットも感じないが」
言いながら、シャンパンの入ったグラスを傾ける。ちょうど近くを歩いていたスタッフを見付けて、「彼にも同じものを」とオーダーした。
「俺は未成年なので…」 「知っている。16だろ? 藤木遊作クン。この国では君の年齢から飲酒が認められている。何も問題はない」 「………」
法律の面から言えばそうかもしれないが、だからと言ってわざわざ飲酒をする予定のなかった遊作は内心戸惑った。しかしここで断るのもマナー違反だと思い、黙ってグラスを受け取る。どうやら相手は自分のことを知っているようだ。 どうにかならないかと思ってちらりとわらしに視線をやれば、いつの間にか彼女の手の中にも同じものがあって、遊作は助けを期待できないことを知る。諦めて一口だけ飲み込むと、口の中で炭酸が弾けた。 万丈目は尚もわらしの方を見ている。
「…あいつはいつになったら話が終わるんだ。全く」
万丈目が呆れた声を出したので、遊作はそれとなく聞いてみた。
「…万丈目さんですよね。プロデュエリストの」 「そうだ」 「わらしと知り合いなんですか?」 「知り合いも何も、俺はあいつが子供の頃から知っている。いつもエドにくっついていたからな。一時はエドが試合の間、子守までしたんだぞ、俺は」
何で俺が子守なんか…とぶつくさ言う割には恨んでいる様子もない。きっと根は良い人なんだろうな、と遊作は思った。 それからしばらく経っても未だこちらに気付かないわらしに、痺れを切らした万丈目がわらしのところまで歩み寄って行った。わらしに群がるセレブ美女を押し退けて声をかける。
「おいわらし、久し振りに会った俺に何か言うことはないのか?」 「あ、万丈目!」 「‘さん’だ!」 「ごめんごめん、万丈目さん。お久しぶり」
万丈目の姿を認めて笑いながら謝るわらし。エドがいつも呼び捨てにしていたので、わらしもついついその呼び方をしてしまう。 ‘姉’たちは「何よ万丈目、私たちとわらしの邪魔をしないでよ!」「あんたはあっち行ってなさいよー!」と文句を垂れるが、万丈目は丸っと無視して話を進める。基本的に好意を寄せている女性以外には興味がない男だ。 結局、セレブ美女たちは諦めて退散して行った。少し離れたところでお喋りの続きをしている。
「久し振りだな。で? 俺に何か言うことがあるだろ」 「えっと………もしかして、エドに怒られた?」 「もしかしなくてもそうだ」 「あー…やっぱり」 「お前、俺には絶対迷惑を掛けないと言ってたよな? エドにも話を通しておくと。それを信用してやったというのに、まさか夜中に苦情電話で叩き起こされるとは思ってもみなかったぞ」
万丈目は不満を露にして言った。
「ごめんなさい。私も上手く説明できれば良かったんだけど…エドには納得してもらえなくて」
手を合わせて謝るわらしに、遊作は一体何のことかと見ていると、察したわらしが説明した。
万丈目はエドに何かあった時の為に、わらしの後見人代理をしている。保護者が必要な場面では基本的にエドが全てその役割を果たすのだが、何せ世界中を飛び回っている人気プロデュエリストである。二、三日連絡がつかないこともザラにある。 そういう時の為に、同じくプロデュエリストでありエドのかつての付き人である万丈目が、エドに代わって諸々の手続きをとることがある。勿論、エドに連絡がつき次第全て報告するのだが…わらしは一度だけ、その報告を止めてもらったことがある。春の一件の時である。
「…そういえば、引っ越しまでしていたのに、エドが何も知らなかったというのは有り得ない話だな。入院に関しても」 「それらは全部俺が手配してやったんだ。じゃなきゃ、新しい部屋だって借りられないだろう」 「その節は本当にお世話になりました…」 「エドには自分から話すから時間をくれと言われて、その通りにしてやったと言うのに…後になって『何であんなセキュリティの低い部屋を契約したんだ!』って随分と怒鳴られたぞ。俺はわらしが持ってきた書類にサインしただけだと言うのに」
お陰で次にエドと試合があった時にはメタを張られまくって酷い目にあわされたらしい。遊作は心の中で万丈目に同情した。
『エドってばわらしちゃんのことになると見境がなくなるからね〜ん。あの時はアタシもボコボコにされて、大変だったワァ…』 「あ、イエローちゃん」 「お前はすっこんでろ!」
万丈目のエースである《おジャマ・イエロー》が現れると、わらしに垂れかかるようにして甘えた。 わらしは《おジャマ・イエロー》を歓迎するが、万丈目は鬱陶しそうにシッシッと手を振る。その様子を見て、遊作は目を丸くした。
「もしかして、万丈目さんにはカードの精霊が…?」 「あ、うん。そうなの」 「不本意ながらな」 『そんなぁ、アタシたちが見えなかったら万丈目のアニキ、寂しいでショ〜?』 「お前らだったら見えない方がマシだ」 『ひ、ヒドイ〜!』
《おジャマ・イエロー》は泣きながらハンカチを食いちぎって消えた。カードの中に戻ったようである。
「あーあ、可哀想…」 「優しくするとすぐ付け上がるから、あれくらいでちょうどいいんだ」
万丈目はバッサリと切り捨てた。
「ところで、お前のドラゴンはどうした? さっきから姿を見せないが」 「あぁ、うん。何か最近はあんまり出て来なくて。…ちょっと、気を遣ってくれてるのかも」
言いながら、わらしが遊作に寄ると万丈目はなるほどと呟いた。
「あのエドが認めるからにはどんな男かと思ったが、案外普通の男を選んだんだな」 「いいの。私が好きになったんだから。それに、遊作くんはデュエル強いんだよ?」 「ほう? なら一度やってみるか」 「いいよ」 「!」
売り言葉に買い言葉。万丈目とわらしはお互い挑発しながら話を進める。慌てたのは遊作だ。
「わらし、何を…」 「ほら遊作くん、デュエルの準備だよ。おジャ万丈目なんか遠慮なく倒しちゃっていいからね!」 「人の黒歴史を掘り返すな!」 「いーじゃないの、おジャ万丈目なんてぶっ飛んだネーミングセンス、後世に残さなきゃ勿体ないよ!」
さぁ早く、と腕を引っ張られた時、遊作は気付いた。 わらしは酔っている…。
「…わらし、あんた、」 「さぁ、こっちの準備はできたぞ。いつでもかかってこい!」 「遊作くん、頑張って! 応援してるからね!」 「…、」
曲がりなりともプロデュエリストからデュエルを挑まれて逃げる訳にもいかず、遊作は仕方なしにディスクを構える。こんな格好でも一応デッキとディスクは持参している。デュエリストとしては当然である。 しかし、だからと言ってこんな風にプロとデュエルをすることになるとは…。遊作の頭の中は、喜びよりも困惑の方が勝っていた。
デッキは【サイバース族】ではなくサブで回しているもの。弱小ダミーデッキでないだけマシだが、まさか自分がPlaymakerであることをバラす訳にもいかない。海外とはいえ、プレス関係者も多く、今夜の出来事はあっという間にネットに拡散するだろう。折角なら【サイバース族】で挑みたかったところだが。
色々な感情に蓋をして、遊作は目の前の相手を見据える。 唐突に始まったデュエルに、会場中の視線が集中した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふ、ふふ、ふふふ…」 「わらし、笑いすぎだ」 「だって、あの時の万丈目の顔って言ったら…!」
わらしは堪えきれず、お腹を押さえて笑った。 あれからしばらくして、遊作はわらしを部屋に連れ帰った。アルコールと旧知の知り合いに会えた安心感からか、いつにもまして機嫌が良い。遊作にとっては意外な一面を知れた喜びがあるが、正直対処に困るというところ。 力の入らない体をベッドに下ろし、ミネラルウォーターの入ったペットボトルを渡す。わらしはそれを少し口に含みながら、尚も笑いが込み上げるのを止められなかった。
「大丈夫か?」 「ん、へーき。ちょっと、笑いが止まらないだけ」 「…ならいいが」
遊作も先程までのデュエルを思い出し、何とも言えない気持ちになった。
デュエルは序盤、遊作の有利で進んでいた。しかし途中で万丈目が《おジャマ・イエロー》を召喚し、彼のエースカードの登場に「くるか」と遊作が警戒心を強めた時、なんと《おジャマ・イエロー》は万丈目の命令にことごとく反抗したのだった。 会場中の目が点になる中、《おジャマ》と万丈目の言い争いが勃発。《おジャマ》は先程の万丈目の言葉を撤回しろと息巻くし、万丈目は言うことを聞けと怒鳴る始末。その最中、《おジャマ・イエロー》が怒った万丈目の《最終突撃命令》により攻撃力0の状態で特攻させられ、巨大なケーキに頭から突っ込んで破壊されるという事態が起きた。 …遊作のデッキは【マドルチェ】。可愛いからという理由で、わらしに頼まれて組んだデッキだ。遊作の趣味ではないが、それなりに回り、壊す理由もなかったのでそのままにしていたのだが。《おジャマ・イエロー》が生クリームまみれになった時には、会場中で爆笑が起こった。あれでは万丈目がおジャ万丈目と呼ばれても仕方がなく思える。 ちなみに、《おジャマ・イエロー》が突っ込んだケーキというのは、リンク2の《フレッシュマドルチェ・シスタルト》である。
「遊作くん、かっこよかったよ」 「…結果は負けだが」
腐ってもプロデュエリスト。あの状態からまさか逆転されるとは思ってもみなかった遊作だったが、あれから万丈目は《おジャマ》の心を取り戻し、何だかんだコンボを決められ、気付いた時には負けていた。 悔しいという気持ちより、何故か充実感で満たされる。これがプロのデュエリストか。絶対違う。
「ううん、かっこよかった。よく笑ってたし」
にこりと笑うわらしは大分落ち着いたらしく、いつもの優しい表情だ。もしかしたら、プロとデュエルする機会を持たせる為に少し演技も入っていたのではないかと遊作は思ったが、憶測の域を出ないので考えるのを止めた。それより今は、他にすることがある。
わらしの手からペットボトルを奪い、サイドテーブルに置く。少しまだ赤い頬を撫で、身を屈めて口付ける。わらしの口からん、と声が漏れた。数時間我慢していた分、じっくりと味わう。
「…ゆ、さくくん、」 「ずっと我慢したんだ。良いことがあるんだろう?」 「そ…だね。もう、いい、よ」
わらしの許しが出て、遊作はネクタイを外しながら押し倒そうとした。それを留めて、わらしが遊作の首に顔を埋める。
「わらし…?」 「遊作くんのにおい…好き」
首元をすんすんと嗅ぎながら、喉仏を舐める。いつも遊作がしている行為を、今夜はわらしが積極的に行おうとしている。
「座って」
遊作はわらしの好きにさせながら、指示に従った。 ベッドの縁に腰掛けた遊作に覆いかぶさるように寄り添い、口づけを繰り返す。ボタンを外し、露わになった素肌に細い指先が触れる。わらしよりも高い体温は、興奮によりさらに上昇する。 遊作もまた、わらしの背中を支えながら首や肩に触れ、柔らかい唇を貪る。移動する為に離れようとしたわらしの舌を追いかけて、逃がさないとばかりに絡みついた。わらしの口から何度も小さな矯声が漏れる。
「ん、っちゅ……、ん、ぁ……っふ、…」
ドレスの上からまろやかなバストに触れると、わらしの体は面白いように跳ねた。遊作の手が背中のファスナーへと伸びる。いつもならば素直に受け入れるところだが、それでもわらしはひと欠片の理性でそれを押し留めた。
「ん、待って遊作くん…」 「もう待てない」 「やだ、お願い、ちょっとだけ待って……ね、?」 「………」
潤んだ瞳で言われてしまっては、従う他にない。たまにはわらしの好きにさせようという気持ちと、若さゆえ強引に攻め込みたいという感情が入り交じりながら、遊作はわらしの行動を見守る。 わらしは大人しくなった遊作の胸元に口付けて、段々と体を屈ませて足の間に入り込んだ。女性とは違う膨らみのない先端を舐めれば、詰まったような息が吐き出され、頭を撫でられる。それなりに効果はあるらしい。
遊作が反応してくれるのを、やや恥ずかしくも嬉しく思ったわらしは、躊躇いがちにズボンの上から半勃ちになっているそこを撫でた。遊作の口から思わず小さな呻き声が出る。若い遊作のそこは、簡単に反応した。 わらしはゆったりとした手付きで、幾度も上下に往復させる。やがて、すぐに窮屈になってしまったファスナーを引き下ろし、下着の上から優しく愛撫した。
「っ、わらし…」 「遊作くん、気持ちいい…?」 「あぁ…」
ここまでくれば、遊作もわらしのしようとしていることに何となく察しがつく。戸惑いながらも、わらしに触れられるのが嬉しくて、剥き出しの首や肩を撫でた。
二人は今までに幾度か体を重ねてきたが、わらしが遊作自身に触れるのは今回が初めてである。初心者同士の遊作とわらしは、まだ互いの欲求を上手く伝えきれないでいた。 遊作はわらしに積極的に触れて欲しいと思っていたが言えずに、わらしもまた、自分から触れたいとは恥ずかしくて言葉にできなかった。 しかし今日はいつもと違う。デンシティを離れ、見知らぬ土地のホテルで、誰もいない二人きりの空間。アルコールの手助けもあって、殻を破るには十分だった。
しばらく下着の上から遊作を撫でていたわらしだったが、やがて下着の中に手を差し入れ、取り出した。雄の匂いを充満させたそれを目の前にして、恍惚とした表情を浮かべる。もはや互いに恥ずかしいという感情はない。 天を向く遊作の息子に直接触り、竿を扱く。途端に遊作の腰が震えた。しばらく抜いてなかった為、一発目は割と簡単に訪れてしまう。
「、わらし、直接触ると、すぐに、イクから……」
懇願するような声が出た後、尚も手を動かすのを止めないわらしに、遊作の息が荒くなる。本音を言えばもっと強く動かして欲しいが、今それをやられたら三十秒ももたない。できる限り長くわらしを感じていたい。 快楽と我慢の狭間で揺れる遊作を見上げながら、わらしはそっと熱い塊を口に含んだ。ぴくん、と腰が揺れる。
「っぁ、わらし……それは……、っ」
思ってもみなかった愛撫に、動揺が激しい。しかしそんなことも考えられないくらいわらしの口の中は温かく、吸い付いてきて。決して上手いとは言えない動きであるが、遊作はそれ以上に満たされるものを感じた。 今まで体験したことのない快感に、必死で堪える。
「…ん、……はぁ、ぅ……んッ、っぁ……」
わらしの舌が動く度に先走りが溢れているのを感じながら、乱れた呼吸を直そうと試みる。腰が揺れるのは止められない。 限界を感じて、これ以上はさせられないと離そうとするが、思考とは反対に手は無意識に頭を引き寄せた。膨張するそれに、わらしが気付いていないはずがない。しかしわらしもまた、口を離そうとはせず、愛撫を続ける。 そして。 やがて口内に迸った精を、黙って受け止めた。
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